飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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秋天敗北後のアーモンドアイ陣営。


最強女王の心境

 天皇賞・秋を終えて数日、リギルのトレーナー室。東条ハナとアーモンドアイが向かい合っている。

 お互いの表情は……あまり良いものではない。やはり、秋天の敗北が尾を引いているのだろう。

 

「……すいませんでした、東条トレーナー。G1・8勝目、皇帝越えを成すことができず」

 

 頭を下げるアーモンドアイ。東条ハナはアーモンドアイを労わるように声をかける。

 

「顔を上げなさい、アーモンドアイ」

「……」

「今回の敗北は、ヴァーディクトデイの実力を見誤った私の責任でもあるわ」

 

 東条ハナも自らを責める。秋天の敗北は、自分が実力を見誤ったせいだと。そう判断していた。それはアーモンドアイも同様である。

 このままだといたちごっこになるだろう──そう判断したアーモンドアイは切り替えることにした。

 

「それならば、我々の敗北ということになるでしょう。私も、東条トレーナーも。彼女の実力を見誤っていた」

「えぇ。まさか、あれほどの末脚を見せてくるなんてね……」

 

 言いながら東条ハナはスクリーンに映像を映し出す。その映像は、先日行われた秋の天皇賞だ。

 シーンは最後の直線。ヴァーディクトデイが爆発的な末脚を見せた、あの瞬間である。

 

「東条トレーナー。我々は、万全の態勢で挑みました。軽んじていたつもりはない、最大限警戒していたつもりだった」

「……えぇ。だけど彼女は、私達の想像のはるか上をいっていた」

 

 第4コーナーで加速しているヴァーディクトデイ。そして──残り200mでその加速はさらに上がった。

 この映像に、2人は思わず舌を巻く。

 

「二段階加速……ラップタイムも、ラスト3ハロンは加速し続けている」

「上がり3ハロンのタイムは31秒7。従来の最速タイム32秒を上回り、上がり2位のフィエールマンに1秒近い差をつけています」

「これがクラシック級のウマ娘だというのだから恐ろしいな……」

 

 今回の秋天はどちらかと言えばスローペースだった。それを加味しても恐ろしい速さ。2人の意見は合致する。

 秋天の映像を見る2人。アーモンドアイは、悔しさから拳を強く握り締めていた。

 

(侮っていたつもりはない……だけど、心のどこかで驕りがあったのかもしれないわね)

 

 アーモンドアイは自らを叱責する。自分ならば勝てると、そう慢心していた自分に。

 決意の籠った瞳でアーモンドアイは東条ハナを見据える。

 

「もう油断はしません、東条トレーナー」

 

 東条ハナも、アーモンドアイを見つめる。

 そしてアーモンドアイは宣言した。

 

「次のジャパンカップ──今回の秋天以上に仕上げます。私の過去最高レベルに仕上げて、ジャパンカップを獲ります」

 

 アーモンドアイの次走となるレース、ジャパンカップを獲ると。

 その宣言に、東条ハナも同調する。

 

「次のジャパンカップ、世間では三つ巴決戦とも言われているな。三冠ウマ娘3人の世紀の対決……そんな前評判だ」

 

 東条ハナの言葉にアーモンドアイは頷く。

 彼女の次走となるジャパンカップにはこの年のクラシック三冠ウマ娘に輝いたコントレイル、そしてトリプルティアラに輝いたデアリングタクトが出走を表明している。

 どちらも無敗で偉業を成し遂げた世代を代表するウマ娘。そしてアーモンドアイもトリプルティアラを成し遂げたウマ娘である。

 三冠ウマ娘3人の夢の共演。世紀の三つ巴対決。それが世間での評判だ。

 

「コントレイルとデアリングタクト。2人は一筋縄ではいかない。さらにお前は現役最強女王という立場から誰よりもマークされるだろうな」

「関係ありません」

 

 アーモンドアイは確固たる意志を持って答える。

 自信に満ち溢れた目、揺らぎのない心。

 

「私は皇帝を越える。誰が相手だろうと……G1・8勝目をこの手に掴んでみせます」

 

 アーモンドアイの宣言に、東条ハナは思わず笑みを浮かべた。

 

「その意気だ、アーモンドアイ。ジャパンカップ……獲るぞ」

「抜かりなく。万全の態勢で臨みます」

 

 アーモンドアイと東条ハナのミーティングは終わる。

 そして──アーモンドアイの仕上げは相当なものとなり。関係各所で話題を呼んでいた。

 

「とんでもねぇな、アーモンドアイ」

「あぁ。秋天以上に仕上げてくるつもりだなありゃ」

「とんでもねぇポテンシャルだな……コントレイルとデアリングタクトでも、こりゃ相当厳しいぞ」

「鬼気迫る、鬼が宿るってのはこういうことなんだろうな」

 

 ニュース記事でもすぐさま話題になり、アーモンドアイの気合の入りようは全国に広がった。

 三冠ウマ娘3人による夢の共演。ジャパンカップの時間も刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 さてさて、ジャパンカップが近づいている今日。僕はスピカのみなさんとトレーニングに励んでいる。

 

「コントレイル!ペースが落ちているぞ!もうギブアップか!?」

「ッ、いえ!まだいけます!」

 

 菊花賞の疲れがないといえば嘘になる。だけど出走すると決めた以上、弱音は吐いていられない!

 

「その意気だ!デアリングタクト!お前も気合入れろよー!」

「ッはい!」

 

 タクトちゃんも気合が入っている。それはタクトちゃんもジャパンカップに出走するから。

 思えば、最初はあんまり良い顔されなかったな。僕がジャパンカップに出走すること。

 ジャパンカップに出走することを決めた、あの日のことを思い出す。

 

「トレーナーさん、ちょっといいですか?」

「おう、どうした?コントレイル」

 

 不思議そうな表情をしていたトレーナーさん。

 

「今度のジャパンカップなんですけど」

「あぁ、デアリングタクトは出走を表明しているな」

「僕も出走して構いませんか?」

 

 トレーナーさんは少し渋い表情をしてた。

 それも当然で、菊花賞からのジャパンカップローテは厳しいから。このローテで思い浮かぶのは、やっぱりシンボリルドルフさんだろう。

 シンボリルドルフさんも無敗の三冠を成し遂げてジャパンカップに参戦。だけどカツラギエースさんに逃げ切られて勝利を逃した。

 このローテで勝利した人はいない。それにスピカからタクトちゃんも出走を表明している。トレーナーさんが難色を示すのもまぁ無理はないよね。

 だけど、僕は出走したい。これはきっと良い経験になるから。

 

「分かっているか?コントレイル。菊花賞からジャパンカップのローテは」

「分かっているつもりです。これがどれだけ難しいことか」

 

 僕の思いの丈をトレーナーさんにぶつけた。

 

「だけど僕は、タクトちゃんと戦ってみたい。無敗のトリプルティアラを成し遂げたタクトちゃん、そして……現役最強女王であるアーモンドアイさんに、僕の全てをぶつけてみたい。そう思っているんです」

「……」

 

 トレーナーさんは、無言。ちょっと厳しいかな?と思っていたけど、すぐに表情は笑顔になった。……ということは!

 

「分かった。お前さんの体調も万全に近い状態まで回復しているし、出走しても問題ないだろう!」

「本当ですか!?」

「あぁ。だが、無理だけはさせない。俺の判断で決めさせてもらう。そのことを頭に入れておいてくれ」

「はい!」

 

 こうして僕のジャパンカップ出走は決まった。

 今はこうしてトレーニングに励んでいる。ネットなんかではアーモンドアイさんがかなり仕上げていると話題になってたな。

 

(僕だって、負けていられない!)

 

 厳しいローテではあるけど、僕だって!

 

「ハァァァァァ!」

「気合十分だなコントレイル!怪我するなよ!」

「はいッ!」

 

 トレーニングの時間は過ぎていった。

 帰り際、なにかの映像を見ているトレーナーさんを見かける。

 

(なにを見てるんだろう?)

 

 気になったので後ろから覗いてみると……ヴァーディ君の秋天だった

 

「……?うおっ!?コントレイル!お前いつから「トレーナーさん、そのまま見させてください」いや、つってもお前「僕のことはお構いなく」お、おう」

 

 場面は最後の直線。

 第4コーナーから加速していたヴァーディ君はその加速が衰えることはなく。それどころか残り200m付近でさらに加速していた。

 あぁ……やっぱり凄いなぁ、ヴァーディ君は♥

 

(現役最強女王であるアーモンドアイさんにも勝っちゃうなんて……やっぱり君は凄いね)

 

 それに走りも凄く綺麗。み~んな目を奪われちゃうような、そんな走りだ。

 

「あれ?トレーナー何見てんだ?」

「そりゃオメー、あれに決まってんだろウオッカ。人には見せられないような「コントレイルさんが一緒に見ているのでそれはないでしょう」んだよマックちゃんノリわりーな」

「いや、親友。コントレイル氏が見ているから絶対にそれはないと断言できるよ」

「何見てるのー?トレーナー」

 

 どうやらチームのみなさんも帰ってきたようだ。

 

「なに、この前の秋天だよ。改めてヴァーディクトデイの末脚を見ていたところだ」

「「「あ~それで」」」

 

 なんか視線を感じるけど気にしない。それにしても凄いな~どのアングルを見ても飽きないよ。

 

「ヴァーディの秋天と言えば、すっげぇ末脚だったよな」

「そうですね。あれは僕もちょっと……」

「ヴァーディだ!カッコイイね!」

「アレグリアさんもいつも通りですわね」

 

 アレグリアさんが映像を見ようと詰めてきた。まぁいいや。

 ただトレーナーさんはPCを閉じる。……ケチ。また寮に帰ってから見よっと。

 トレーナーさんは厳しい表情。なんでだろ?

 

「ハッキリ言って、ヴァーディクトデイの末脚は異次元だ。展開がスローペースだったといえ、31秒7の上がりはそう出せるもんじゃねぇ」

 

 みなさん納得したように頷いている。

 確かにそうだ。新潟レース場で31秒台を計測したことはある。だけど東京レース場で計測されたことはない。現時点でヴァーディ君1人だけだ。

 これがいかに恐ろしいことか。そして──そんなヴァーディ君と戦えることが、どんなに楽しいことか!

 

(楽しみだなぁ、凄く楽しみだなぁ!ヴァーディ君と戦えるその時がっ!)

 

 ジャパンカップにヴァーディ君は出走してこないらしい。有マに出る予定だとか。

 僕も出走を表明しようかな?でもトレーナーさんに止められそうだしなぁ。適性的に合わなそうって言われてるし。

 ふふ、うふふ。ヴァーディ君とのアレコレを考えるの楽しいなぁ♥

 

「フフ、フフフ……っ」

「絶対ヴァーディのこと考えてるぜコン坊」

「なんでヴァーディが絡むだけであぁなっちまうんだろうな……」

「知らないですわよ……私だって知りたいですわ」

「ヴァーディ氏が絡まなければ真面目な良い子なんですけどねぇ」

 

 ヴァーディ君と戦うその時が楽しみだなぁ。

 ……まぁ、その前にアーモンドアイさんとの対決か。

 

(一筋縄じゃいかない。でも、勝つ!)

「トレーナーさん、ジャパンカップまでビシバシお願いします!」

 

 トレーナーさんは戸惑った表情。なんで?

 

「お、おぉ。勿論そのつもりだ……なんて変わり身の早さだよ本当に

 

 他のみなさんも微妙な表情してるけど……まぁいいや!

 ジャパンカップに向けて頑張るぞー!




ジャパンカップも近づいていらっしゃる。現実の方も近づいていらっしゃる。
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