ヴァーディ君の勝利を、ぼくは素直に喜べなかった。
「ヴァーディ君……」
秋の天皇賞。アーモンドアイさんとの勝負に挑んだヴァーディ君が見せたのは、凄まじい末脚だった。
喜ぶべきなんだと思う。実際はヴァーディ君が勝って喜んでいる自分もいることは分かる。
だけど……ヴァーディ君の走りが、凄く痛ましくて。あの走りを見ていると心が苦しくて。ぼくは……素直に喜べなかった。
視線の先のヴァーディ君は静かに佇んでいる。纏っている空気はいつものヴァーディ君とまるで違う。
荒々しい雰囲気。でも孤独で、苦しんでいるようで。どうしてそんな雰囲気を出すのか分からなくて。
(どうして、そんなに苦しそうに走るの?)
答えてくれる人はいない。分かる人もいない。ヴァーディ君は……頑なに話さないから。
でも分かっていることは1つだけある。それはヴァーディ君に見えているナニカがいること。それがきっと、ヴァーディ君を苦しめている元凶なんだ。
(そのナニカの正体が分かればいいんだけど……)
でも、何となく察しはついている。本人が教えてくれないから、合っているかどうか分からないけど。
秋の天皇賞が終わった日は夢を見た。
いつもの夢。ぼくとヴァーディ君が立っていて。ヴァーディ君は……苦しそうにしていて。
(ヴァーディ君……)
ぼくは寄り添うことしかできない。ヴァーディ君の苦しみを取り除くことは……夢の中のぼくにはできなくて。
申し訳なさそうな表情を浮かべるヴァーディ君が凄く嫌で。ぼくはただ無言でヴァーディ君の側に寄り添うだけ。
──でも、その日の夢は少し違った。
(な、なに?ヴァーディ君が……!)
ヴァーディ君が走っている。
万人を魅了する走り。背中に翼が生えているような、そんな走り。
だけどその翼は──赤黒く染まっていた。
(凄く気持ち悪い……っ!?あれは、なに!?)
この気持ち悪さは、嫌な予感がする感じのものだ。不気味だとか嫌悪感とかそういうのよりも、
ぼくは必死に追いかける。ヴァーディ君の後ろを必死に追いかける。
雨が降っている。周りは凄く暗い。ぼくとヴァーディ君の2人だけ。
ここはどこのレース場だろう?少なくとも、見たことはないような……。
いや、そんなことはどうでもいい!
(待って……!お願いだから待ってよ!ヴァーディ君!)
必死にもがく夢の中のぼく。
だけどヴァーディ君との差は──無情にも開いていく。
走って走って……でも、追いつける気がしなくて。
ゴール板を過ぎようとしたその時、ヴァーディ君は。
(あ、あぁ、あぁ……ッ!)
まるで心が折れたかのように、立ち尽くしていた。
こんな光景知らない。知らないはずなのに……見覚えがある気がして。
(ヴァーディ君……ヴァーディ君……!嫌だ、嫌だよっ!)
ヴァーディ君に必死に話しかける夢のぼく。だけどヴァーディ君は──。
「ごめんなプボ君。もう、いいんだ」
凄く辛そうに、悲しそうに、なにもかもを諦めているように。ぼくにそう告げて。その瞬間、ぼくの心が凄く苦しくなって──
「うわあああぁぁぁぁっ!?!?」
布団から飛び起きた。
「はぁ……はぁ……っい、今のは?」
寝間着が汗でぐっしょりだ。もの凄く気持ちが悪い。
……そ、そうだ!思わず大声上げちゃったけど今何時だろう!?
「……良かった。夜中とかじゃなかった」
よく見れば、隣のベッドで寝ているはずのヴァーディ君はすでにいなかった。
それにしても、あの夢は……。
「凄く、嫌な感じがした……なんだったんだろう?」
……考えても答えは出ない。だから起きて、登校の準備をすることにした。
ヴァーディ君からは起きてることをビックリされた。……そんなにいつも寝坊してるかな?ぼく。
秋の天皇賞からしばらく経って。寮の消灯時間前にヴァーディ君に聞いてみる。
「ね、ねぇヴァーディ君。ちょっといいかな?」
「おん?どうしたよプボちゃん?」
ヴァーディ君は不思議そうな表情をしていた。
ちょっと聞くことが躊躇われた。でも、聞いてみる。
「ヴァーディ君は、さ。どうしてレースの時と雰囲気が違うの?」
「いや……そりゃのほほんと走るわけにはいかねぇだろ?」
ヴァーディ君は何言ってんだ?みたいな表情で見るけど……そういうことじゃない。
「じゃあ質問を変えるね。ヴァーディ君には──なにが見えているの?」
ぼくの質問にヴァーディ君は──冷たい表情をしていた。
思わず気圧される。ヴァーディ君がレースの時に見せる表情、周りを拒絶する時の表情だ。
でも、視線はそらさない。ぼくとヴァーディ君は見つめ合う。
(ここで視線を逸らしたら、教えてもらえなくなっちゃう)
だから、外さない。
どれだけの時間が経っただろう?凄く長い時間が経ったような気がした。
ヴァーディ君は、ぼくから
「……気合が入ってるだけだよ。それ以上でもそれ以下でもない。理由なんてそれだけだ」
嘘だ。すぐに分かる。
ヴァーディ君の嘘は凄く分かりやすい。だからこれは嘘。本当の理由は……別にある。
「嘘、だよねヴァーディ君。ヴァーディ君の嘘は凄く分かりやすいもの。今言ったことが嘘だなんて、すぐに分かるよ」
「……ふぅ」
溜息を吐くヴァーディ君。僕は二の句を待つ。
また訪れる沈黙。ヴァーディ君は、申し訳なさそうに口を開いた。
「悪いな、プボちゃん。こればっかりは誰にも喋れねぇんだ」
……そんな心苦しそうに言わないでよ。そんな辛そうにするなら、ぼくに喋ってよ。
でも、言わない。言ったら、ヴァーディ君を余計に苦しめる。それはぼくにとっても嫌なこと。切なくて……心が苦しくなるから。
だから、いつもの調子に戻る。
「そっか~。じゃあしょうがないね~」
「そうそう。しょうがないしょうがない」
ヴァーディ君はうんうん頷いている。
聞くことはできなかった。だけど、本命はもう一つある。
「ね、ねぇヴァーディ君。今度の週末って暇?」
「今度の週末?……別に予定はないが。でもジャパンカップの日だよな?」
そう、今度の週末はジャパンカップの日だ。
ぼくは、勇気をもってヴァーディ君を誘う!
「そ、そのジャパンカップなんだけどさ!ぼくと一緒に見に行かない!?」
驚いた表情をしているヴァーディ君。でも、すぐに笑顔になって。
「おう、良いぜ!」
快諾してくれた。
や、やった……!誘えたっ!
(ヴァーディ君はコンちゃんを意識している。だからきっと……情報収集にはもってこいのはず!)
ヴァーディ君的にはコンちゃんの情報収集ができるついでかもしれないけど、それでもいい。
ヴァーディ君の役に立てるなら、ヴァーディ君が幸せになれるなら。それがぼくの幸せにもつながる。
今度の週末を楽しみにしながら、今日は眠りについた。
◇
それにしても、プボちゃんから誘ってもらえるとはな~。
(ぶっちゃけトレーニングする予定だったけど、プボちゃんがせっかく誘ってくれたんだ。行かないわけにはいかないだろ)
プボちゃんと東京レース場でジャパンカップの様子を観戦する。さてさて、アイ先輩の様子はというとッ!
「アイ先輩、調子良さそうだな」
纏っている雰囲気が凄い。鬼を宿すとはこのことかもしれんな。
「そうだね、ヴァーディ君。でもでも~コンちゃんにタクトちゃんも調子良さげだよ?」
コントレイルとタクトちゃんは~……お、いたいた。
確かに調子良さそうだな。特にコントレイルは菊花賞からの直行なのに、疲れがあんまり残ってなさそうだ。実際のところは分からないけど。
《各ウマ娘が順調にゲートに入ります。そして今最後のウマ娘がゲートに入ってっ、スタートしました!三冠ウマ娘3人が出走する世紀の一戦ジャパンカップ!この一戦を制するのはどのウマ娘か!?まず飛び出したのは……》
お、始まった始まった!
「しっかり見とかねぇとな!」
「そうだねヴァーディ君。これ本当に凄いレースだから」
見やすい位置でプボちゃんと並んでレースを見る。どんなレースになるのか。
気づけばレースも終盤。展開としてはキセキ先輩の大逃げだった。
最初の1000mを57秒台で駆け抜けるキセキ先輩。でもそれにも限界があったようで、キセキ先輩は最後の直線に入って失速していた。
注目のアイ先輩は4番手の位置、タクトちゃんはその後ろ、コントレイルもタクトちゃんと似たような位置についていた。
2人はアイ先輩をマークするような形でレースを展開している。
そして迎えた最後の直線。
《先頭はキセキ、先頭はキセキです!菊花賞ウマ娘キセキの一人旅!キセキが先頭で最後の直線に向きました!逃げて逃げて逃げまくってこの直線!アーモンドアイは前から4人目!デアリングタクトとコントレイルはその後ろ!先頭から2番手との差はまだかなりあります!この差をどう詰めるか!?キセキは頑張れるか!?》
キセキ先輩の大逃げ。それを追う14人のウマ娘。
最初に抜け出したのは──アイ先輩だった。
「ッ!」
「す、すごい……!」
周りの観客から声援が飛ぶ。走るウマ娘達を応援する声が。
アイ先輩は瞬く間に2番手に登りつめると、そのままキセキ先輩との差を詰めていく。そしてアイ先輩を追うようにタクトちゃんとコントレイルが伸びてくる。
だがハッキリ言って──アイ先輩の強さは凄まじかった。役者が違う、とはこのことだろうな。
《さぁグローリーヴェイズを躱してアーモンドアイが2番手に躍り出た!アーモンドアイ2番手!先頭キセキとの差を詰めていく!アーモンドアイを追うようにデアリングタクトとコントレイル!無敗のトリプルティアラと無敗のクラシック三冠がアーモンドアイをマークする!キセキはもう粘れないか!?キセキは苦しいか!?》
残り200mを越えて、ついにアイ先輩がキセキ先輩を捉える。キセキ先輩は後続に捕まり始めてきた。
先頭に立ったアイ先輩。それを追うコントレイルとタクトちゃん。2人は必死に追走するが、アイ先輩には届かない。
「決まった、か」
アイ先輩は、誰よりも早くゴール板を駆け抜け。G1・8勝目を勝ち取った。
《アーモンドアイ!アーモンドアイだ!なんとアーモンドアイ!ついに皇帝ルドルフの壁を越えたぁぁぁぁ!これが夢にまで見たG1・8勝目ぇぇぇぇ!コントレイルとデアリングタクトは届かなかった!世紀の対決を制したのは1番人気アーモンドアイ!やはり現役最強女王は強かった!これが最強女王の実力だ!おめでとうアーモンドアイ!》
三冠ウマ娘3人の夢の共演。その舞台を制したのはアイ先輩だった。
うん、やっぱり強いなあの人は。
「コンちゃんとタクトちゃん、2人とも惜しかったね、ヴァーディ君」
「あぁ。だけど、今回ばかりはアイ先輩が強かったよ」
今回のアイ先輩はマジで強かった。秋天以上の強さだったんじゃねぇか?
それにしても良いレースだった。誘ってくれたプボちゃんには感謝だな。
「ありがとよプボちゃん。おかげて良いレースが見れた」
「ううん、気にしなくていいよヴァーディ君。ぼくだって見たかったから」
「それでも、だ。ま、そのせいでこのレースに出れなかったこと滅茶苦茶後悔してるけどな」
出たかったけど、まぁしゃーない。これも
「仕方ないよ。万全な体調で出走するため、でしょ?」
「わーってるさ。ちゃんと分かってる」
プボちゃんと帰りのご飯のことを相談しながら帰路についた。
これも純愛。純愛ですよ。