有マ記念はわたしが勝った。
(これで、ヴァーディの秘密を!)
なんて、最初は思っていたんだけど。
よくよく思い返すと、わたしはヴァーディのことについて教えてといっている。これはつまり……!
「ヴァーディのあんなことや、こんなことが聞けちゃう……ってコト!?」
そ、それはそれで楽しみが……ぐへへっ!
おっと、いけないいけない。あくまで主目的はヴァーディが見ているナニカについて。それを教えてもらうのが目的なんだから!
「……でも、ちょっとは期待しても「なにをです?」いや~ヴァーディのあんなことを、って!?きゃあああぁぁぁ!?」
い、いつの間に来てたのヴァーディ!?
ヴァーディは、不思議そうな表情。多分、わたしがビックリした声を上げたからだと思う。
ま、まさかこんなに早く来るなんて!
「それじゃ、有マ記念の約束。果たしてもらうよヴァーディ!」
「良いですよ。そういう約束なんで」
ヴァーディは毅然とした態度。逃げも隠れもしない、って感じがしてる。
多分ヴァーディは嘘を吐かないだろう。嘘を言ったところですぐに分かるけど、ヴァーディは不義理なことはしない子だ。
負けたからちゃんと教える。ヴァーディはそういう子だ。だから安心して聞くことができる。
……でもそういう子だから、あんなことやこんなことも教えてくれるのでは!?
た、例えば……
「ヴァーディの弱いとこ教えて?」
って聞いたら!
「そ、それ聞く必要あります?」
「わたしが教えて欲しいの。それに~、ヴァーディは有マでどうしちゃったかな~?」
「ま、負けました……」
「じゃあ、ちゃ~んとヴァーディの口から教えないとね?」
「お、俺の弱いところは……」
顔を真っ赤にしたヴァーディが教えてくれちゃったりなんかして……
「立ち去れわたしの煩悩!」
「急にどうしたんですか!?」
あ、危ない危ない……煩悩に取り込まれるところだった。自分で自分を殴らないと危ないところだったよ。
とりあえず心配しているヴァーディをなんとかしないと!
「な、なんでもないよヴァーディ!」
「いや、急に自分のこと殴っといて何でもないは無理が」
「なんでもないの!じゃあ聞くよ!?」
「は、はい」
早速聞こう、ヴァーディのことを。
「ヴァーディはさ、走っている時ずっとナニカを見てるよね?」
「……まぁ、そうですね」
「それっていつからなの?」
考え込むヴァーディ。一体いつからナニカを見ているのか……それが最初の疑問。
少なくとも、わたしが最初にレースを見た時からそうだった。新入生の模擬レースからずっと、変わっていない。
少し考え込んだ後、ヴァーディは口を開いた。
「……ずっと昔からです。ずっと前から俺は、ジェネ先輩達が言うナニカを見て走っています」
「それは、小さい時も?」
「はい」
嘘じゃない。ヴァーディは本当のことを言っている。
小さい時からずっと……そんな前から、ヴァーディは苦しんでいるの?
(いつも辛そうに走っている……それが小さい時からずっと……)
心がズキリと痛む。だけど、まだまだ聞きたいことはたくさんある。
「次の質問。ヴァーディにとってナニカってどんな存在なの?」
「超えるべき相手。俺が抜かさなきゃいけない相手です」
ヴァーディの目が鋭くなる。それほどまでに思い入れが強い相手……ってことか。
「そのナニカは凄く強いの?」
「とても。どんなに追いかけても届かない、どんなに速くなっても追いつけない……そんな相手です」
え?そんなに強いの?
ヴァーディはハッキリ言ってかなり強い。現時点でも世代の代表格だろう。
クラシックレースを取ってないといえばそうなんだけど、そもそもヴァーディは皐月賞にしか出走していない。それに秋天ではあのアイさんに勝ったんだからかなりの強さを誇っている。
そんなヴァーディが勝てない相手……思わず喉を鳴らしてしまう。
「そのナニカって、誰なの?」
思わず、核心に触れるであろうこと。それを切り出す。
ヴァーディは少し考えた後、答えてくれた。
「コントレイルですよ。俺はずっと……コントレイルを見ている」
「こ、コントレイルちゃん?」
「はい、そうです」
コントレイルちゃんか……え、なんで?
いや、ヴァーディがコントレイルちゃんを意識しているのは知ってる。というか周知の事実だと思う。
でも、ヴァーディにとって追いつけない相手なんだよね?
(確かにコントレイルちゃんは強いけど……ヴァーディと同じくらいじゃないかな?)
少なくとも、決して追いつけない相手ではないと思うんだけど……。嫉妬の気持ちよりも、戸惑いの方が大きかった。
ま、まぁいいや。きっと何かあるんだろう。
「そんなに強いんだ、そのコントレイルちゃんは」
「はい。どんなに頑張っても届かない、追いつけない……それでこそコントレイルだよ……ッ!」
うん、素敵な笑顔。嫉妬よりも戸惑うよこんなの。
「それにしても知らなかったな~、
「え?」
「え?」
いや、ヴァーディ。そんな不思議そうな表情してるけどさ。
「ヴァーディって、ナニカを小さい時から見てるんだよね?」
「はい、そうですよ?」
「そのナニカって、コントレイルちゃんなんだよね?」
「そうですね。俺はそう思ってます」
うん、じゃあさ。
「小さい時から見てるんだったら、コントレイルちゃんと小さい時に会ってるんじゃないの?」
そうじゃないと辻褄が合わなくない?
ヴァーディは小さい時からナニカを見ている。そのナニカの正体はコントレイルちゃん。ヴァーディはそのナニカをずっと追いかけてる。
そうなると、小さい時にコントレイルちゃんと走った記憶が焼き付いてて、それ以来ずっと追いかけている……そう考えるのが自然だと思うんだけど。
でもヴァーディは違うみたいで。
「俺とコントレイルは学園で初めて会いましたよ?小さい時に会ったことはないです」
……え?おかしくない?
待って待って!?そうなると完全に辻褄が合わない!
ヴァーディは小さい時からナニカを見てた!そのナニカはコントレイルちゃん!じゃあ小さい時に会ってないとおかしい!
でもヴァーディは会ってない!嘘の可能性もあるけど、ヴァーディは……!
(嘘を言ってるようには見えない……!ということは、全部本当のこと!?)
あ、頭がこんがらがりそう……本当に意味が分からない。
小さい時に会ってないとナニカは見えないはず。でも小さい時に会ってなくて……となると。
「……ねぇ、ヴァーディ」
「どうしました?ジェネ先輩」
ねぇ、ヴァーディ。
「あなたが見ているのは──本当にコントレイルちゃんなの?」
そう思わずにはいられなかった。
◇
ジェネ先輩の一言。
「あなたが見てるのは、本当にコントレイルなの?」
思わずぽかんとしてしまう。
でも、考えてみりゃ当たり前か。
(俺がコントレイルと会ったのは前世からだからな。そりゃ分からんわ)
でも前世なんて言っても痛い子扱いされそうだしな~どうやって伝えるべきか……そんなことを考えていると。
突然、あの凱旋門賞が頭によぎった。
「ッ」
「?どうかしたの?ヴァーディ」
ジェネ先輩が俺を見ている。心配するような表情。
でも、俺の頭にあったのは──あの時の凱旋門賞の記憶。
二度目の凱旋門賞。あの日の光景が、俺の頭をよぎった。
(……なんで、今更これを?)
分からない。分からないけど……訴えかけるように声が響く。
俺が追っているのはコントレイルで
……違うそうじゃない
いや、コントレイルのはずだ
……あの時気づいただろう?
アイツは俺の目標で
……あの日気づいたはずなんだ
アイツに勝たなきゃいけなくて
……そんなことしなくても君は
アイツに勝って世界一に
……いい加減気づいてあれは
あの幻影を越えてこそ俺は
……現実を受け止めたはずだろ
みんなと約束したんだ
……その約束はもう果たしてる
みんなが願った世界一のために!
……アレはコントレイルなんかじゃなくて
頭に声が響く。
合っているはずだ。俺が追っているのはコントレイルで、そのはずなんだ。
間違ってない……ッ、俺はっ、間違ってないはずなんだ!
ずっとずっと追いかけて、アイツは俺の目標で!
「ヴァーディ?ヴァーディ!」
アイツを越えなくちゃいけなくて!アイツに勝たなきゃ世界一になれなくて!
「ヴァーディってば!」
世界一になれなきゃ、みんなとの……ジェネ先輩やラーシーとの約束だって果たせなくて!
「どうしちゃったのヴァーディ!?」
そのためにも勝たなきゃ……あの幻影に勝たなきゃ!俺は世界一になんてなれない!だから追いつかなきゃ、勝たなきゃ!
……だけど、あの日気づいたはずじゃなかったのか?
(あの幻影は、
本当は、本当は……「ヴァーディってば!」ジェネ、先輩?
ふと我に返ると、ジェネ先輩が心配そうに俺を見ていた。
「どうしちゃったのヴァーディ!?急に身体を震わせて……頭を痛そうにして!」
「……すいません、心配かけちゃいました」
ひとまず謝罪をする。ジェネ先輩は気にしなくていいって言ってくれた。
「……今日はこれでお開きにしようか」
「良いんですか?まだ聞きたいことがあるんじゃ」
ジェネ先輩は、首を横に振る。
「大丈夫だよ。ヴァーディはひとまずゆっくりして!身体を休めちゃおう!」
……凄く心配かけたみたいだ。
「……ごめんなさいジェネ先輩。また後日にでも」
「だ、大丈夫だよ!聞きたいことは聞けたから!後はもう大丈夫!」
「そうですか?それならいいですけど」
ジェネ先輩と別れて帰路につく。
帰り道、あの時頭に響いた声を反芻して──自分に言い聞かせる。
「間違ってない……俺は、正しいはずなんだ……」
そう言い聞かせるが、納得し切れない自分がいて。
俺がやっていることは本当に正しいことなのか?そう思わずにはいられなかった。
◇
ふと気になったことを呟いただけ。その呟きが、ヴァーディの琴線に触れた。
「本当にどうしちゃったんだろう……ヴァーディ」
ヴァーディが見ているのは本当にコントレイルなの?そう呟いた瞬間、ヴァーディは──激しく狼狽えていた。
顔面蒼白にして、傍目から見ても大丈夫じゃなくて。
うわごとのように違う、違うって呟いてて。
「勝たなきゃいけない、勝って世界一にならなきゃいけない……どういうことなんだろう?」
コントレイルちゃんとどういう関係が?う~ん……「お話は終わりましたか?クロノ」わぁっ!?ビックリした!
「ら、ラヴズ!?いつの間に!」
ラヴズは悪戯っ子のような笑みを浮かべてる。す、凄く驚いた……っ!
「つい先ほど。……それで、話し合いは終わりましたでしょうか?」
「そ、それは……うん」
ひとまずラヴズに先程話してもらったことを教えた。
ラヴズは時折相槌を打って、全てを話し終わった後。
「……やはり、
そう、呟いた。
お、思った通り?どういうこと?
「ら、ラヴズは何か知っているの?」
「ヴァーディクトデイさんの詳しいことについては、存じ上げません。ですがそのナニカについては、予想のようなものはついています」
ナニカの正体……ヴァーディはコントレイルちゃんだって言ってたけど。
「違うの?ラヴズ」
ラヴズは首を縦に振る。じゃあ、ナニカの正体ってなんなんだろう?
「有マ記念で、わたくしはクロノに言いましたね?ヴァーディクトデイさんは愛に囚われていると」
「そ、そういえば言ってたね」
ぶっちゃけいつも愛、愛って言ってるからあんま気にしてなかったけど。
「おそらくですが、ヴァーディクトデイさんの言うナニカとは──自らが作り出した理想の幻影でしょう」
「り、理想の幻影?」
「はい。あくまでコントレイルさんの姿を取っているだけで、それはコントレイルさんとは似て非なるもの」
追いつけるはずがありません、と語るラヴズ。
「ヴァーディクトデイさんが見ているナニカは、自らが追い求める理想が幻影となって現れたもの……その理想が高くなればなるほど幻影は強くなりますし、追いつくことはできなくなります」
「そ、それは……」
「愛は素晴らしいものです。ですが大きすぎる愛は──呪いとなる」
ラヴズはヴァーディを危険視している。それだけ、ヴァーディは危うい状況にあるってことなのかもしれない。
ふぅ、と溜息を吐くラヴズ。それにしても、ヴァーディにとっての理想の幻影……か。
「それがどうして、コントレイルちゃんの形をしているんだろう?」
「そこまでは。ですが、彼女にとって特別な相手なのでしょう」
……それはそれでちょっと妬ける。
ヴァーディのことについて知ることができた。
正直、謎は深まるばかりだけど……それでも変わらない。
「わたしはヴァーディの側にいる。それだけだから」
「成程……愛ッ!ですね!」
ラヴズと一緒に帰りながら、わたしは決意を改めた。
ナニカの正体判明。ヴァーディも……?