年末。学園を出て実家に帰ってきている。
「どうしたのヴァーディ?ここ数日ずっと元気がないけど」
母ちゃんの心配する声。エフやペリ、父ちゃんも心配そうに見ている。
「……ちょっと、な。考えたいことがあって」
「でも、姉さん。さすがに心配だよ。なにかあったの?」
「わりぃ、まだ気持ちに整理がついてないんだ。だから、そっとしておいてくれ」
そう告げて、部屋を立ち去る。後ろからは引き留めるような声が聞こえたけど、聞こえないふりをして部屋を出た。
階段を上がって、自分の部屋に入る。ベッドで横になろうとも思ったけど、そんな気分じゃない。
「……風呂に入る気分でもない。こんな時は」
ベランダに出る。さすがにこの時期だから寒い。
少し身震いをして、屋根に上る。星は……綺麗に見えた。
「……」
ジェネ先輩から言われたことがチラつく。
「あなたが見てるのは、本当にコントレイルちゃんなの?」
幻影は、あれからも悪夢として俺を苛んでいた。
あの幻影に勝てと。あの幻影に勝って己の価値を証明しろと。アイツに勝たなければ世界一ではないと。小さい頃から、いや、前世から俺を蝕み続けていた悪夢。
だけど、悪夢はそれだけじゃない。
「ジェネ先輩に言われて、思い出した。二度目の凱旋門賞……いや、それよりもずっと前に。俺は心の奥底で分かっていたことを」
目を背けるなと。現実を見ろと。ずっと訴えかけていた。
あの幻影は俺が作り出した理想だ。俺が世界一になるための、俺が世界一になったと感じるために作り出した都合のいい幻想。
決して追いつくことのできない、追い越すことはできない理想の幻影。俺が強くなるたびに理想は強くなるのだから当然だ。
……そもそも、俺が世界一になりたかったのは。
「コントレイルと戦うためで……だけど、アイツとは戦えなくて……」
どうしたらいいのか分からなくて。走る意味を見失って。
そんな時にアイ先輩に出会った。そしてアイ先輩に言われたんだ。俺の世代の強さを証明するために、強くあれと。
その後、ラーシー達に託された。
世界一の座を守り続けて欲しいと。俺が強くあることで、世代の強さを証明し続けなければならないと。俺は……そう託された。
我ながら、自分に嫌気がする。
「結局俺は、誰かに縋らなきゃ走ることもできねぇ……臆病もんだ」
そりゃ自分を責める夢を見るわけだ。
俺が走っているのは世界一になるため。その理由も、他人から託されたものだ。他人から与えられた道を走っているだけ、決められたレールの上をただ走るだけのもの。
結局何も変わっちゃいねぇ。屋根の上で1人、うずくまる。
「どうすりゃいいんだよ……っ」
涙が零れそうになる、そんな時だった。
「やっぱり、ここにいたんだね。ヴァーディ」
優しさを感じる男性の声。その声の主は──
「っ父、ちゃん?」
「隣、良いかな?」
今世の、俺の父親だった。
「や、やっぱりこの時期は冷えるね。ヴァーディは大丈夫?」
「……まぁ、平気」
身体を震わせる父ちゃん。お互いに厚着はしているけど、やっぱり寒いものは寒いだろう。
お互いになにを言うでもなく無言。め、めっちゃ気まずい……!
(別に仲が悪いとかそういうんじゃないけど……すげぇ居心地が悪いっ!)
でも帰ったらせっかく来てくれた父ちゃんに申し訳がないし……。
そう考えていると、父ちゃんの方から話しかけてきた。
「なにか、学園で悩みでもあるのかい?」
「っな、なんで?」
「こっちに帰って来てから、ヴァーディずっと元気がなかっただろう?それとも、実家に帰ってくるの……嫌だったかい?」
ッ!そ、それは!
「それだけはないっ!断言できる!」
「そっか。それは良かった。じゃあ、学園でなにか悩みが?」
「そ、それも違う」
「そっか」
父ちゃんの朗らかな笑み。思わずこっちも笑っちまいそうな、そんな人懐っこい笑み。
父ちゃんは夜空を見上げる。俺もつられて見上げる。相変らず、星が綺麗だ。
「……それじゃあ、レースのことかい?」
「っ!?」
「図星、みたいだね。昔っからヴァーディは分かりやすいね」
僕と一緒だ、そんな父ちゃんの言葉。
父ちゃんは一生懸命言葉を選んでいるんだと思う。俺を傷つけないように、言葉を選んで。てか手をわたわたさせてるし。ちょっと面白い。
「なんていうか、さ。ヴァーディはレースでは別人みたいだろ?あ!で、でもそれが悪いとは言わないよ!?あのヴァーディも僕はカッコいいと思うな!うん!」
なんだそりゃ。思わず笑ってしまう。
「だけどさ。ヴァーディの走りはなんというか……
「……っ」
やっぱり、そう見られてんのか。
「僕じゃ頼りにならないし、何の助けもできないかもしれないけど……それでも、ヴァーディさえよければ。話してみてくれないかな?なんでヴァーディは、そんな風に走るのか」
……この際良いか、教えても。そんな単純な思考で、俺は父ちゃんに部分的に打ち明けた。
俺には追い越したい相手がいること。その相手は凄く強いということ。だけどその強さは……俺が作り出したもので。
俺の理想だから絶対に届かないのだということ。そのことにずっと気づかないふりをしていたこと。今までの自分は間違っていたんじゃないか?という疑心。そして今……どうしようもなく自分がダメなヤツなんだと気づいたこと。
大体この辺を打ち明けた。さすがに前世が云々は打ち明けない。
それを聞いた父ちゃんは──
「そっか。確かに……難しいことだね」
共感するように、そう言った。
だけど、父ちゃんはそう続ける。
「間違ったって良いんじゃないかな?」
父ちゃんのその呟きに、俺は少し呆れる。
「いや……間違っちゃダメだろ」
「そうかな?人生なんて間違いだらけだと思うけど。僕だってよく間違えるし」
それに、と。父ちゃんは続ける。その言葉は。
「
俺にとって、予想だにしない言葉だった。思わず口をポカーンと開ける。
「きっとヴァーディにも、本当に走りたい理由があるんだと思う。じゃないと自分の本当の気持ちから目を背けてレースを走ることなんてできないと思うし」
「そ、そんなこと……」
「それにさ、幻影に追いつきたいのは……本当にそんな理由だったのかい?」
幻影に追いつきたい、理由。それは世界一になるためで。
……待て、本当にそうだったか?
(……違う。
俺はコントレイルの幻影に固執している。だけどそれは、世界一になるのが理由だったか?
……違う。頭が、心が違うと叫んでいる。ならきっと、違う理由があるんだと思う。
だけど、それが思い出せない。どうしてコントレイルに固執しているのか……その理由が、分からない。
「僕は詳しいことは分からないけどさ」
父ちゃんは立ち上がる。俺は、父ちゃんの顔を見る。
父ちゃんは、薄く微笑んでいた。
「もし困ったら、いつでも力になるよ。ヴァーディは──僕達の大事な娘だからね」
僕でも話を聞くことぐらいはできるから!と胸を叩く父ちゃん。次の瞬間にはむせてて台無しだったけど。
「そ、それに!僕じゃない他を頼っても良い。誰かを頼っても良いんだよ?ヴァーディ」
「でも……迷惑じゃ」
「迷惑なんかじゃないさ。きっと相談に乗ってくれる。だから、誰かを頼っても良いんだ」
それじゃあ、僕はお風呂に行ってくるよ。そういって父ちゃんは屋根から降りていった。
誰かを頼る……か。
(よく、分かんねぇや)
だけど、少しだけ胸が軽くなったような気がする。
ひとまず、屋根から降りて。部屋に戻ってゆっくりと過ごすことにした。ひとまずは、
◇
新年が明けての部室。俺の目の前にはヴァーディが縮こまっている……別にそんな圧を出してるわけじゃないんだから怯えないで欲しい。
まぁ、
ヴァーディからとあることを打ち明けられた。それは、ヴァーディが理想の幻影を追っているということ。
その理想の幻影はコントレイルの形を取っていて、併走やレースの度にその幻影に苛まれていたこと。だからレースの度に雰囲気が変わっていた……とのことらしい。
そして、リミッターと呼んでいるものについても聞かされた。曰く、ヴァーディの能力に蓋をするようにあるものらしい。リミッターが外れたら強くなれるということ。そのリミッターを外すことを目標に頑張っていたこと。そのため多少の無茶はやむなし、と考えていたこと。
……一部始終を聞かされたわけだけど。
「お、怒ってる?」
機嫌を窺うように覗き込んでくるヴァーディ。
俺は笑顔で答える。
「勿論。凄く怒ってるよ」
「ひ、ヒィィィィ!?」
ごめんなさいごめんなさい!と頭を下げているヴァーディ。うん、怖がらせ過ぎたな。
溜息を吐いてヴァーディを見る。
「いいかい?ヴァーディ。俺が怒っているのは、
「へ?」
「ねぇ、ヴァーディ」
ヴァーディの目を真っ直ぐ見て、俺は問いかける。
「君にとって、俺はそんなに頼りないトレーナーかい?」
「そ、そんなことは……」
「いや、確かに担当がこんなに思い悩んでいることに気づかないようなトレーナーだ……確かに頼りないか」
わざとらしく演技をしたら、ヴァーディは面白いように釣れた。
「そ、そんなことない!ただ、バディに心配かけたくなくて……」
「……そっか」
この子はやっぱり、
迷惑にならないだろうか?そんなことばかり考えて、自分で解決しようとする子。誰かの負担になるのが嫌だから相談しようとしない子。
ヴァーディも罪悪感のようなものを感じているのだろう。伏し目がちだ。
そんなヴァーディを安心させるように、俺は彼女の肩に手を置く。
「そんなこと、気にする必要はないよ。だって俺は君のトレーナーで、君は俺のチームのウマ娘なんだから」
驚いたように目を見開くヴァーディ。
「どんどん相談してくれていいさ!担当の悩みを解決するのもトレーナーの仕事、負担になんてなるわけないだろう?」
これが俺の本音だ。嘘偽りのない本音。
俺の言葉にヴァーディは──笑った。
「……そっか」
彼女の笑みにつられて、俺も笑う。
「そうだよ。それにヴァーディは1人で思い悩み過ぎだ。もっと自分のことを他人に相談した方がいい」
「これでも結構してたつもりなんだけどな……」
「それ、トレーニングとかフォームとかでしょ?そういうのじゃなくて、他人に悩みを打ち明けるとかだよ」
に、苦手だ……と呟くヴァーディ。確かに苦手そうだ。ヴァーディは1人で抱え込むタイプだし。
微笑ましく思いながらも、少し呆れて。
「ま、少しずつでいいさ。少しずつ、自分のことを打ち明けるようになれればいい」
「……ゼンショシマス」
「……先は長そうだね」
明らかに無理したように宣言するヴァーディに呆れつつも、ヴァーディが俺を信用して打ち明けてくれたことに嬉しさを感じた。
少しだけ軽くなった心。こっからどうするヴァーディ。