俺は自らが追い続ける幻影について、父ちゃんと海藤さんに打ち明けた。
どうして打ち明けたのかは分からない。ジェネ先輩に指摘されたことが思ったよりも精神的にきたのかもしれない。もっとも、それでジェネ先輩が悪いとは到底思わんが。
目を背けていたのは事実。気づかないふりをしていたのは事実。だけど──事情を打ち明けたところで変わることはない。
「無様なもんだな」
響く声。きっと夢だろう。
周りは真っ暗。右も左も上も下も分からない。真っ暗闇な空間。
立っているかも分からない。そんな空間に声が響く。
「勝て、あの幻影に」
「追いつけ、あの幻影に」
「成せなかった対決を、アイツとの決着を!」
「至れ、至れ!お前が到達した領域へ!」
声は特定できない。色々な声が混じっているような、そんな気持ちの悪い声だ。
老若男女問わない。なんなら俺の声も少し混じっているか?良く分からない。ただ、ジッと耐えるだけだ。
「覚醒へ!アイツとの決着を!」
「どっちが上か、証明を!」
「「「勝て!勝て!勝て!」」」
耳を塞ごうか関係ない。この声は頭に響くのだから。
……テメェらに言われなくても!
(分かってんだよンなことは……!)
「「「決着を!アイツとの決着を!」」」
(もう少しだ。もう少しで至れる……!)
だから……だから!
「「「コントレイルとの決着を!」」」
「黙れぇぇぇぇ!!!」
叫びとともに、意識が遠のく──
◇
……気づいたら目が覚めていた。
「ッチ。
寝間着が汗でぐっしょりで気持ちわりぃ。急いで脱いで裸になる。……うん、さすがに真っ裸は寒いわ。しくじった。
急いでタンスから着替えを出して、と思ったが。そろそろ自主トレの時間だ。
「体操服に着替えるか……」
勢いで脱いだことを後悔しながら着替えて、自主トレへと向かっていった。
自主トレの最中、アイ先輩と走り込みをする中考える。
父ちゃんや海藤さんに話したところで俺は変わらない。
全盛期の力を取り戻して、あの幻影に追いついて。ケリをつける。俺を蝕むあの幻影を消し去る。
勝てばいい。勝てばあの幻影に苛まれることは無くなる。
アイツに勝って……勝って……。
(俺は、どうすればいい?)
その先は?その先俺は、どうすればいいんだろうか?
海藤さんの言葉が頭にちらつく。
(コントレイルに勝って、どうしたい?幻影に勝って、何をしたいんだ?俺は)
……分からない。考えたこともない。
「随分と悩んでいるのね」
「アイ、先輩」
俺が悩んでいるのを察して今まで黙っていたアイ先輩が口を開いた。さすがに辛気臭い空気に耐えれなかったのだろう。すんません。
「どんな悩みかしら?私でよければ相談に乗るわよ」
思えば、前世もそうだったな。
コントレイルと戦えなくて、先のことを悩んでいた俺に、道を示してくれたのはアイ先輩だった。
強くあれと。世代の強さを証明しろと。そう発破をかけてくれたのもアイ先輩だったな。
あの時と似てんな。思わず笑みがこぼれる。
「いえ、アイ先輩はどうして走るのかなって。そう思っただけです」
「……そんなこと?」
怪訝そうなアイ先輩の表情。実際嘘は言ってない。気になるのは本当だし。
考え込んだアイ先輩が出した結論は、思った通りのことだった。
「強さの証明よ。私は私の強さを証明したい。後はまぁ、無難に走るのが好きだからよ」
「アイ先輩らしいですね」
「これが私よ。それで?参考になったかしら?」
顔を覗き込むアイ先輩……近い、近いですって。ガチ恋距離まで近づかんでください。ドキドキするんで。
「はい。参考になりました。なので離れてください!近い、近いですって!」
「……釈然としないけど、まぁいいわ」
よ、ようやく離れてくれたか。
「それにしても、随分深刻そうな空気を出すのね。走る理由で」
離れたと思えばそう口を開くアイ先輩。俺としては結構気になるというか……気にし過ぎなのか?
実際どうして走るのかなんて気になるし……って、溜息吐かれた!?
「あなた、本当に考えすぎるタイプよね」
「ど、どういう意味ですか!?」
「言葉通りの意味よ」
言うだけ言って走り込みを続けるアイ先輩、って!
「ま、待ってくださいよ!」
俺も急いで追いかけて。朝の自主トレは過ぎていった。
◇
日は流れて日経新春杯の日。
年明けの始動戦。ここでも、俺は
第3コーナーまで最後方に控える。そして第4コーナーに入って、最後の直線に向こうかというところ。
(ッ!今度こそ……テメェに追いついてやるッ!)
《第4コーナーを回って最後の直線!先頭はダイワキャグニー、ダイワキャグニー先頭だ!内ではミスディレクションも粘っている!ミスディレクションも負けていない!しかしここで、ここで!大外からヴァーディクトデイが上がってきた!やはり恐ろしい末脚!このウマ娘の脚は次元が違う!横に広がったバ群の大外からヴァーディクトデイが伸びてくる!》
《有マ記念の影響が心配されましたがこれは問題ないでしょう!凄い末脚です!》
《ショウリュウイクゾ!ショウリュウイクゾも頑張っている!しかし大外からヴァーディクトデイ!残り200でヴァーディクトデイが先頭に変わった!ショウリュウイクゾも粘る!ショウリュウイクゾも粘るがヴァーディクトデイが突き放す!先頭はヴァーディクトデイ!2番手はショウリュウイクゾかクラージュゲリエそしてミスマンマミーア!ミスマンマミーアも来たがこれはヴァーディクトデイに届かない!そして今ヴァーディクトデイが後続を突き放して突き放してゴールイン!》
しかし結局は幻影に追いつけず。先頭でゴールしたものの、いつも通り消化不良のようなレースだった。
(クソ……、クソッ!)
だけど、いつまでも悪態をつくわけにはいかない。すぐに笑顔を作って、ファンの声援に応える。
「よっしゃぁぁぁ!勝ったぜぇぇぇ!」
次こそは勝つ。そう思いながら。
……ついでにレース後はまた絡まれた。もう様式美だから気にしないし、前世がそうだったからもういい。
《ヴァーディクトデイがウマ娘達に囲まれていますね。健闘を称え合っているのでしょうか?微笑ましい光景です》
周りがキャーキャー言っているが平常心、平常心だ。
そんなこんなで日経新春杯は6バ身差で勝った。
レース後。海藤さんとのミーティング。
「……それで?どうだった?」
遠慮がちに聞いてくる海藤さん。俺は無言で首を横に振る。
それで察したのだろう。海藤さんは軽い溜息を吐いた。呆れているとかそういうのじゃない。やっぱりか、とかそんな溜息。
「当たり前だけど、一筋縄じゃいかないね幻影は」
「そりゃあな。昔から俺を蝕んでいたものだし」
人に話したぐらいで取り除けるんだったら、苦労はしない。
「ひとまず状態を見ながらだね。この後のライブ頑張っておいで」
「あいよ」
その後はウイニングライブ。しっかりとファンサもして一日が終わった。
レースが終わった次の日。トレーニングも休みなので一日をゆっくりと……過ごせたら良かったんだがいつも通り誰かしらに絡まれた一日だった。
「まさか逃げた先で花壇に水を撒いていたエアグルーヴ先輩のところに出るとは……」
「ビショビショだったねヴァーディ君」
エアグルーヴ先輩が水を撒いていたところに俺が思いっきり突っ込んでいった。エアグルーヴ先輩は謝ってきたが、正直言って悪いのは何も考えずに逃げていた俺。
なのでお互いに謝り合う。埒が明かなかったので、不幸な事故だったと不問になった。
その後もひと悶着あったが……まぁいいか。結構色んなことがあった一日だったが今はもう寮でゆっくりとしている。
お風呂にも入って後は寝るだけ。布団で横になりながら物思いに耽る。
良い意味でも悪い意味でも俺は変わらない。幻影に追いつくために走り、幻影に勝つことを目標としている。
次走は大阪杯。この予定も今のところは変わらないと海藤さんは言っていた。
この大阪杯にはコントレイルだけじゃねぇ。サリオスも出走を表明している。アイツマイル路線行くっつってたのに何でだろうな?
(……まぁ気にしなくていいか。その辺はサリオスの事情だし)
俺が口を挟んでどうこう言う問題じゃない。
後注意すべきは──目下5連勝中のレイパパレ。アイツのことを考えると身体が震える。
(なんで俺会う度に睨みつけられんの?正直怖いんだけど!?)
アイツに何かした覚えなんてないんだけど俺は!前世も今世も!
ま、まぁいい……いや、よくはないけど。
(大阪杯に向けて調整、だな)
そのことを考えながらそろそろ寝ようかというところ。
「ヴ、ヴァーディくん。ちょっといいかな?」
突然プボちゃんが恥ずかしそうに俺を見ていた。なんで?
「どうしたよプボちゃん?なんかあったか?」
寝ようとするのを中断してプボちゃんをジッと見る。
プボちゃんは……顔を赤くして何か言いづらそうにしていた。
もしや、俺の格好に何か問題が?と思って自分の服を見るけど……。
(いつもと変わらん寝間着……問題はなさそうだが)
じゃあなんでだ?と思うが、ついにプボちゃんが遠慮がちに口を開く。
「そ、その~……い、一緒に寝ても良いかな?」
……おん?
「なんで?」
聞き返すと、プボちゃんは相変わらず恥ずかしそうにしていた。
「ほ、ほら~。昨日ちょっと怖い夢見ちゃってさ。それで寝れそうになくて~」
へぇ?怖い夢を見た、ねぇ……。
(どんな夢かは知らないが)
「案外可愛いとこあんだなプボちゃん。怖いから一緒に寝てくれだなんて」
「い、言わないでよ~!」
ニマニマしながら言う俺と顔を真っ赤にして恥ずかしがるプボちゃんである。フハハ!俺に話したのは失敗だったな!いや、別に誰かに話す気はさらさらないけど。
断る理由もないので承諾。つーか恥ずかしいだろうに勇気をもっていってくれたプボちゃんのお願いを無視はできない。
「せ、狭くない?」
「だ~いじょうぶだっての。んじゃ、おやすみ~プボちゃん」
「う、うん。おやすみ」
プボちゃんは俺の背中に抱き着く形で寝ている……うん、やわらけぇ。なにがとは言わないけど。
(今日は、あの夢を見ねぇと良いんだが……)
プボちゃんに迷惑がかかるし。そう思いながら、プボちゃんと一緒に寝た。
微笑ましいですね()。なおプボちゃんの夢とはいつぞやの夢です。