その馬は、イギリス競馬界に半世紀以来となる偉業をもたらした。
イギリスクラシック三冠。1970年にニジンスキーが達成して以来長らく誕生することはなかった。これにはいろんな事情があるのだが詳しくは割愛する。
そんな快挙を成し遂げた馬の名はBatista(バティスタ)。父に日本調教馬として初となる凱旋門賞制覇、また史上8頭目となる凱旋門賞連覇を成し遂げたヴァーディクトデイ。母に史上7頭目の凱旋門賞連覇を達成したエネイブルを持つ超良血馬である。母親譲りの鹿毛の馬体だった。
父と母はどちらも気性としては穏やかな方であるが、そんな本馬の気性はというと。
主戦を務めた騎手をして、悪ガキのような馬だった……と言わしめるほどである。
◇
このBatistaという馬、気性がものすごく荒かった。大人しい両親から生まれたとは到底信じられないほどに。
「おい!誰かバティスタを止めろ!」
「必死に止めてる!クソッ、こっちをバカにしたように動きやがって……!」
「アイツ!俺らが追いつけないギリギリの速度で走ってやがる!おい、もっと追い込め!」
厩務員や調教師達を舐め腐った態度をしており、調教もまともにできない日もあった。
しかも、他の馬に良く喧嘩を売りに行った。他馬にちょっかいをかけてはその反応を楽しんでいる節があり、悪ガキという表現がぴったりの馬だった。
そんなBatistaも調教を進めていき、デビューを迎える。騎手を務めたのは最近ブレイク中の若手騎手。この時の騎手が最後まで乗ることになる。
Batistaのデビュー戦は──8馬身差の圧勝劇。まさに圧倒的な強さでねじ伏せた、といったレースだった。
沸き上がる歓声。超良血ということから注目されていたBatistaの圧倒的な勝ち方を見て観客は大いに盛り上がり──歓声が悲鳴に変わった。
「っへ?ちょっ!?うわぁっ!?」
なんと、激しく暴れまわって騎手を振り落としたのである。しかもその後、騎手の顔を覗き込んで……。
「どんな気持ち?どんな気持ち?」
と、言っているような雰囲気があったのだという。ニヤついていたように見えた、と騎手は語った。
その後もレースを4つ勝ち、5連勝で2000ギニーに乗り込んだBatista。ここを2馬身差で快勝すると、続くダービーステークスも5馬身差で圧勝した。そして次走は──古馬との初対決となるエクリプスステークスである。
このエクリプスステークスもBatistaは大楽勝だった。古馬相手に4馬身差楽勝。文句の付け所は気性以外にない馬だった。
本来であればここからキングジョージに向かう予定だったのだが……馬房で暴れ回った結果怪我をしてしまい出走を取り消し。幸いにも軽い怪我だったがキングジョージの出走は叶わなかった。
陣営はダービーが楽勝だったことからセントレジャーステークスに出走。クラシック三冠へと歩を進めた。
結果は……3馬身差で快勝。実にニジンスキー以来の三冠馬の誕生である。
「英雄の誕生だ!」
「すげぇ!二年目の産駒でこれかよ!?」
「種牡馬としてもとんでもねぇなヴァーディクトデイは!」
歓声に気分良くしていたのか、Batistaは大人しかった……もっとも、新馬戦以降癖になったのかロデオのように暴れ回ることは止めなかったが。しかも騎手が振り落とされないギリギリのラインを攻めているから質が悪い。
その後は凱旋門賞に出走。ニジンスキー越えを狙ったのである。
凱旋門賞のBatistaは……激しく入れ込んでいた。
他馬に喧嘩を売りに行こうとするわ、落ち着きなく暴れまわっているわで大変だった。おかげでブックメーカーのオッズも落ちて4番人気。半世紀ぶりの三冠馬がそれでいいのか?と言わんばかりの人気である。
なおこの時、日本からは期待の馬が出走してきていた。ヴァーディクトデイ以来の凱旋門賞制覇は確実!なんて触れ込みがあるくらいの。
実際その日本馬はこの年のドバイシーマとプリンスオブウェールズステークスを勝っており、前哨戦のフォワ賞も楽勝。実力は申し分なしだった。この年の戦績は凱旋門賞まで無敗。期待が高まっての1番人気に支持されていた。
そして始まった凱旋門賞。Batistaは18頭の中団に位置していた。
フォルスストレートを越えて最後の直線に入る各馬。先頭を走っていたのは件の日本馬。まだ余力を残しており、後はここから突き放すだけだった。
これは勝てる!そう思った観客の目に映ったのは──中団11番手からぶっ飛んできたBatistaの姿である。
「アイツいつの間に来たんだ!?」
「つーかあの末脚、ヴァーディクトデイみたいだな!」
「うおおぉぉ!?逃げろ逃げろー!」
必死に逃げる先頭の日本馬だが、奮闘空しくBatistaが捉える。そのままあっという間に躱してBatistaが凱旋門賞を制した──レース後、ロデオのように暴れまわることも忘れず。
凱旋門賞後すぐにシャドモンドファームで種牡馬入り。ヴァーディクトデイの後継馬として期待を集めることになった。総合戦績10戦10勝。一度も敗北しなかった。
確かな血統と輝かしい実績。しかしそれを無に帰するほどの気性の悪さ。
そんなBatistaはファンからこう呼ばれていた。
──【悪童の三冠馬】と
種牡馬入りしてもふてぶてしい態度だったBatistaだったが、ある日を境に大人しくなる。これは、そんな時のお話だ──。
◇
あ~、めっちゃ久しぶりにシャドモンドに帰ってきたな。
「よ~しよし、久しぶりだなヴァーディクトデイ。会いたかったぞ~」
「ヒヒン(俺も久しぶりに会いたかったぜ)」
スタッフさん達に撫でられる。これで
……ま、苛ついているのも理由があって。長距離輸送と悪夢のWパンチがきた結果、今の俺はまーじで苛ついている状況だ。
「ちょっと気が立ってるなヴァーディクトデイ……やっぱり長距離輸送か?」
「でしょうね。幸いにも大人しくしていますけど……本当にバティスタとはえらい違いだ」
「なんでヴァーディクトデイとエネイブルからアイツが生まれたんだろうなぁ……」
バティスタ?誰、と思ったが話を聞く限りどうも俺の息子らしい。エネさんとの子だ。
なんでもそのバティスタ、とんでもねぇ気性らしい。俺とエネさんから生まれたとは到底思えないほどの。
ま、俺には関係ないだろ。会うとは限らないわけだし。スタッフさん達に案内されて馬房へと入る。
(あ~、なんか落ち着くわ)
シャドモンドには最初の3年間お世話になったな。その後はアメリカに飛んで、またこっちに帰ってきた。なんでも俺の産駒が走るわ走るわの大活躍だったらしい。
初年度からG1を勝つ大活躍っぷり。なんとしても!って状況だとか。ま~なんか起こってんだろうなとは思う。
しばらく馬房でゆっくりしていると馬房が開かれた。
「ヴァーディ、放牧の時間だよ」
「ブルル(あいよ)」
どうやら放牧の時間らしい。それにしても、こっちの言葉ももう分かるようになってきたぜ。
放牧地でゆっくりのんびりと過ごす。苛つきも大分収まってきた~……と思ったところに、
『へぇ?見ねぇ顔がいるじゃねぇか』
誰だ?と思いそっちを向くと──エネさんみたいな毛の色をした知らんヤツがいた。
(少なくとも知らんが……もしかして、コイツがスタッフさん達の言っていたバティスタ、ってヤツか?)
そう思っているとバティスタ(仮)は俺の周りをウロチョロし始める。鬱陶しいことこの上ない。
あーヤバい。イライラが収まりそうだったのにまたイライラしてきた。さっさとどっか行けよコイツ。
だが、コイツはバカにしたような態度を取る。
『ハン!所詮ロートルだろ?すっこんでな!』
お前よう初対面のヤツにそんな態度取れんな?そこだけは尊敬するよ。見習いたくはねぇけど。
『いいか?俺様はバティスタ!超・超・超!偉い馬だ!覚えとけロートル!』
すげぇガキっぽい言い回しだ。もうめんどくさいからどっか行けよお前。
『あーはいはい凄い凄い。んじゃ、そういうことで』
関わるのを止めて放牧地でゆっくりとしたい俺。
だがバティスタはそれを邪魔するように俺につきまとってきた。
『……』
『へへへへ』
わざと俺に尻尾をぶつけてくるわ、俺の道を塞ぐように歩いてくるわ。
『わっ!』
『……』
『ビックリしたか?ビックリしたか?』
挙句の果てには蹴るふりをして驚かしてくるわ。本当に何がしたいんだよコイツ。イライラがどんどん溜まっていく。
だが俺が徹底して無反応だったのが面白くなかったのか、ようやくどっかにいった。
内心溜息を吐く。
(アレが俺の息子ってマジかよ?なんだあのクソガキは?)
そう思っていると、バティスタは他の馬に絡んでいた。
見るからに迷惑をしてそうな相手。それを見て──俺の中の何かがキレた。
(……
ゆっくりと、バティスタに近づく。そしてバティスタが虐めている相手とバティスタの間に立ちふさがるように入った。
『んだよロートルが。すっこんでろ。今いいとこなんだからよ』
『ヴ、ヴァーディさん?』
無言。俺はひたすらに無言。
無言のまま……バティスタを押す。
『おい、なんだよ?』
無言を貫く俺。そして、バティスタをどつく。脚を使って蹴る素振りを見せた。
当然、バティスタはキレる。
『何すんだテメェ!?』
バティスタはお返しとばかりに反撃するが、それをひょいと躱す。
俺は終始無言でバティスタをどつく。
『ハッ、ロートルが!俺様はこのまま逃げるぜ!』
そのままバティスタは去ろうとしたが──そんなことはさせん。
徹底的にアイツを追い回す。アイツの後ろにピッタリと張り付いて、アイツをどつきまわした。
『ちょ、マジでなんなんだよお前!?』
『……』
『ついてくんじゃねぇ!どっか行けよおい!』
アイツは俺から離れようとするが、無駄なことだ。
俺はアイツを徹底的にどつきまわすと決めた。俺のストレス発散に付き合ってもらうぞ。
俺の追い回しは放牧の時間が終わるまで続いた。
『よ、ようやく解放される……やい!覚えておけよテメェ!』
そんな捨て台詞を残したが、
夜間放牧の時間。その時間も俺はバティスタを見つけ出し──どつきまわした。
『ほ、本当になんなんだよ……!?』
アイツからすればさぞ怖いことだろう。終始無言でどつきまわしに来る相手なんて恐怖でしかない。
だが、知らん。俺のストレス発散に付き合え。
『ご、ごめんなさい……!許して、許して……!』
無言。
『も、もう喧嘩売りません!ちょっかいかけるの止めます!だから許してください!』
無言。
『だ、だれかたすけて……!』
無言。
その後、ひとしきりどつきまわしてストレス発散が済んだ俺は放牧地で寝た。バティスタは多分別の場所で寝てることだろう。
その後の放牧。バティスタと一緒になった。
その時のヤツの態度は、180°くらい変わってた。
『ウッス、ヴァーディさん!おはようございます!』
『お、おう?』
なんていうか、舎弟のような態度になった。
『舐めた態度取ってすいませんでした!俺様、心入れ替えます!』
『そ、そう?まぁ別にいいけど』
……ちょっとやりすぎたかもしれんな。
その後のバティスタはというと、悪戯こそするもののスタッフの言うことを聞くようになった。あまりの豹変ぶりにスタッフさん達もビックリしてたな。
「なにがあったんだ?バティスタ」
「あれじゃないですか?ヴァーディクトデイにずっと追いかけ回されていたので」
「あ~……多分バティスタからちょっかいかけたんだろ」
あまりにも信用のないバティスタ。事実だけど。
その後、どういうわけか俺はシャドモンドファームのボス馬に抜擢されたりと色々あったものの。シャドモンドファームで久しぶりの種牡馬生活を送った。
バティスタ、親父に分からされる。