大阪杯の日が着実と近づいている今日。
「あ、パパレ!」
「タクトじゃない。調子はどう?」
デアリングタクトは同世代のレイパパレと廊下でばったりと会った。2人は笑顔を浮かべている。
お互いの調子を尋ねあい、その流れてお互いの次走の話になった。
「タクトはもうすぐ金鯱賞でしょ?頑張ってね、応援してる」
「うん!シニア級に上がってからの大事な初戦、勝ってくるよ!」
気合を入れるデアリングタクトを微笑まし気に見つめるレイパパレ。素直に激励の言葉を贈っていた。
そして話はレイパパレの次走になるのだが。
「パパレも次は大阪杯でしょ?」
「そうだね。コントもいるし、グランさんも出走してくる。サリオスもいるから、凄く厳しい戦いになると思う。だけど、ワタシは負けない」
握り拳を作って決意を固めるレイパパレ。だが、デアリングタクトは今呼ばれなかった名前が気になっていた。
(大阪杯って、ヴァーディも出走するはずよね?パパレが知らないはずないと思うんだけど……)
レイパパレとヴァーディクトデイは同じクラス、加えてヴァーディクトデイはその注目度の高さから大阪杯出走のニュースはすぐに出回っていた。レイパパレが知らないはずはない、そう考える。
少なくとも出走するメンバーの中では上位人気は必至、何なら大本命の相手である。たまたま名前を挙げなかっただけと言われればそれまでだが、挙げてもおかしくないウマ娘なのは確か。
だが、レイパパレは気にも留めていなかった。
「ティアラ戦線には間に合わなかった……だけど、ワタシはワタシの道を進む。みんなには負けていられないから」
「ち、ちょっといいかな?パパレ。気合を入れているところに水を差すようで悪いんだけど……」
「どうしたの?タクト。遠慮なく言って」
不思議そうな目でデアリングタクトを見つめるレイパパレ。意を決して、デアリングタクトは指摘した。
「大阪杯はヴァーディも出走するよね?なんか、意図的に外さなかった?」
「……」
デアリングタクトの言葉に、レイパパレは
見たことないような反応にデアリングタクトは思わず困惑する。
(え、え?なんでそんな親の敵を見るような反応を?)
訳も分からず戸惑っていると、レイパパレは不機嫌そうに答える。
「あぁ……そういえばそうね。
見るからに敵意を向けている態度。デアリングタクトにはその理由が分からなかった。
ヴァーディクトデイというウマ娘は基本的に人当たりが良い。だからここまで敵意剥き出しにするのも珍しいなと思いつつ、デアリングタクトは質問を投げた。
「パ、パパレはヴァーディのこと嫌いなの?そんな、あからさまに不機嫌そうにして」
少しの沈黙。その後、気まずそうにレイパパレは答えた。
「……別に、嫌いというわけじゃないわ。ただ気に入らないだけ」
(それ、嫌いっていうのとほぼ同じ意味じゃ……)
そう思ったが口には出さないデアリングタクトであった。
どうもレイパパレはヴァーディクトデイが気に入らないらしい。となると、次に気になるのはその理由。
「どうしてヴァーディが気に入らないの?パパレに対して何かやったり?」
「何もしてないわよ。アイツがそんなことするようなヤツに見える?」
「……まぁ、被害を被ったりはするけど基本的に嫌がらせはしないよね」
となると、本当にどうしてだろうか?デアリングタクトはそこが気になった。
「……単純に、レースに対する姿勢が気に入らないのよ」
「レースに対する、姿勢?」
こくりと頷くレイパパレ。
ヴァーディクトデイのレースに対する姿勢。あまり考えたことはないが……少なくとも
レースでは苦しそうに走っているし、とても辛そうにしている。疲労的な、レースで体力を消費したとかそういう疲れではない。精神的な辛さを覚えているような、そんな走りをするのは知っている。レースの映像を見れば分かることだから。
レイパパレは続ける。
「アイツ、いっつも苦しそうに走ってるでしょ?なんか精神的に追い詰められてるような」
「そうだね。どうしてなんだろ?」
「知らない。ただ、
レイパパレはヴァーディクトデイを憐れむような、そんな目をしていた。
「アイツ優しいでしょ?どうせ、自分が悪いんだーとか、そんな風に思って走っているに違いないわ」
「そ、そうかな?そんなことないと思うけど……」
「絶対そうよ!ああいうのって自罰的なタイプよ!色んなことを自分が悪いと思うタイプ!それが気に入らないわけ!」
憐れむような表情から一転、今度は怒るような態度。思わずデアリングタクトも苦笑いを浮かべる。
「ホンット気に入らない!なんでもかんでも自分が悪いって決めつけて、自分だけの中で完結しちゃうタイプ!他人に相談しないで抱え込むタイプよ!ドMかっての!」
「お、落ち着いてパパレ。確かにその傾向はあるかもしれないけど……」
「落ち着いてられるかっての!あ~も~、思い出すだけでイライラしてくる!」
思わずヴァーディクトデイがドMであることを肯定しかけているデアリングタクトだが、レイパパレの勢いは止まらない。色々とぶちまけていた。
「なんでそんな自罰的に走るのかホンットに意味分かんない!だとしても!他人に相談しないのも良く分からない!」
「パ、パパレ……」
「そんなに苦しいなら相談すればいいじゃん!?周りに相談できる人沢山いるんだからさ!みんな優しく相談に乗ってくれるじゃん!ジェンティルドンナ副会長とか!」
「ま、まぁヴァーディにもきっと考えが……」
「いーや!ああいうタイプは話したら迷惑掛かるからって抱え込むタイプよ!断言できるわ!バッカみたい!そんなもん話してから判断しろってーの!」
レイパパレの怒りは収まるところを知らない。デアリングタクトは諫めつつも、レイパパレの様子を微笑ましく思っていた。
この会話で気づく。レイパパレはヴァーディクトデイのことを心配しているのだと。いつか抱え込み過ぎて大変なことになるんじゃないかと。そして誰にも頼らないその姿勢が危ういと感じているのだと。言葉の端々から心配の気持ちが伝わってきた。
「優しいんだね、パパレは」
「は!?何が!」
心外だ、とばかりに憤慨しているレイパパレ。デアリングタクトは、彼女が気づいていないであろうことを指摘する。
「
「は、はぁ!?」
デアリングタクトの指摘に顔を真っ赤にするレイパパレ。その後も、デアリングタクトは笑顔で追撃した。
「後は……相談されなくて寂しい、かな?頼りにされてなくて、悔しいって思ってるんでしょ?」
「ち、違うわよ!?ワタシはアイツが気に入らないだけ!ただそれだけ!」
「フフ、はいはい」
「ちゃんと分かってるんでしょうね!?タクト!」
問い詰めるレイパパレだがデアリングタクトは微笑むばかりである。その後もレイパパレはヴァーディクトデイに対する思いをデアリングタクトにぶちまけていたが、彼女は微笑ましく思うだけだった。そして内心。
(コンちゃんもこれぐらい可愛げがあったらなぁ……)
と思わずにはいられない。
ヴァーディクトデイと言えばコントレイルが真っ先に浮かぶが、コントレイルがヴァーディクトデイに向ける感情と言えば……こう、なんというか、とても
コントレイルもこれぐらいだったら……そう思いながら、レイパパレの言葉に相槌を打ちながら聞くデアリングタクトだった。
ようやく落ち着いたのか、それとももう無駄だと悟ったか。レイパパレは普段通りに戻った。
「……ただ、大阪杯で一番注意すべき相手なのは確かね」
「そうだね、ヴァーディは……強い」
それはデアリングタクトも分かっていることだ。
ヴァーディクトデイは、デアリングタクトやコントレイルも勝てなかったアーモンドアイに勝っている。それも東京レース場の上がり3ハロン最速を記録して。
上がり3ハロン31秒7。ヴァーディクトデイが記録した天皇賞・秋のタイム。この末脚が大阪杯でも炸裂すると思うと、身震いするだろう。
「アイツの末脚は驚異的よ。なにより、囲まれようがバ群に飲まれようが関係ない。包囲しようと思ったその瞬間には飛び出してくる」
「追い込み、という位置取りが拍車をかけてるね。大外に振らされようとヴァーディの末脚なら間に合わせることができる」
「しかも大外じゃなくても上がってくるってのが厄介ね。バ群の真ん中であっても、下手すれば最内からでも突っ込んでこれる。1人分のスペースがあれば即座に上がってこれるわ」
改めて情報を精査すると恐ろしいことこの上ない相手だ。トップスピードが飛び抜けている、そうとしか言いようがない末脚。
ただ、対策がないわけじゃない。それを有マ記念でクロノジェネシスが証明した。
「やっぱり早めに仕掛けて差を広げておくってのが最適解ね。それしか取れないんだけど」
「ヴァーディが追いつけないほどの差を広げる……それが一番良いよね」
2人がそうやって話していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
窓から外に目をやると、ジェンティルドンナ副会長が誰かを追いかけているのが分かる。
「まぁぁぁぁちなさぁぁぁぁぁい!この白饅頭ぅぅぅぅぅ!今日という今日は許しませんわよぉぉぉぉ!それとヴァーディも置いていきなさぁぁぁぁい!」
白饅頭、ということからゴールドシップ先輩か、と即座に思い当たる2人。ジェンティルドンナ副会長が追いかけているその先を見ると。
ゴールドシップとともに必死に逃げているヴァーディクトデイの姿があった。手には何かを持っているようだが、さすがに見えない。
「うっひょおおおぉぉぉ!やっぱ楽しいなぁぁぁ!そうだろヴァー坊!」
「こっちは全然楽しくないんですよ!?俺を巻き込まないで貰えます!?」
「なにふざけたこと言ってんだ!お前だってノリノリだったろうが!」
「そりゃ事情を知りませんでしたからね!?」
おそらくゴールドシップが何かをやらかして、いつものようにヴァーディクトデイがそれに巻き込まれた形だろう。2人は乾いた笑いを浮かべる。
「なんというか、いつも通りだね。ヴァーディ」
「フン、良い気味よ」
「素直じゃないなぁ」
「なにが!?」
心外だ、とばかりに憤るレイパパレ。そんな言葉になんでも、と答えるデアリングタクト。
──大阪杯も、着実に近づいていた。
デアリングタクトからもどうかと思われているコントレイルである。