飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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大阪杯本走。


大阪杯 がむしゃらに

 

 

大阪杯

 

 

枠順番号ウマ娘名人気

1
1モズベッロ6

2
2サリオス4

3
3アーデントリー13

3
4ブラヴァス11

4
5ペルシアンナイト10

4
6ワグネリアン6

5
7コントレイル
1

5
8レイパパレ5

6
9クレッシェンドラヴ9

6
10カデナ12

7
11ハッピーグリン14

7
12グランアレグリア
3

8
13アドマイヤビルゴ8

8
14ヴァーディクトデイ
2

 

 

 阪神レース場は雨が降っていた。雨の影響により、稍重だったバ場はさらに悪化して重バ場に。

 スピカのトレーナーは不安げな表情でつぶやく。

 

「この雨がどう影響するかだな……」

「コントレイル、重バ場得意じゃなかったわよね?」

 

 ダイワスカーレットの言葉に頷くスピカトレーナー。懸念点はそこだった。

 コントレイルは重バ場が得意ではない。調整自体はバッチリだったが、この重バ場がどう響くかが焦点となっていた。

 

 

 そんなコントレイルはというと。ヴァーディクトデイと話している。

 

「フフ、皐月賞以来のレースだね?ヴァーディ君」

「……おう」

 

 嬉しそうなコントレイルとは対称的に、ヴァーディクトデイは何か気になるところがあるのかブツブツと独り言を呟いていた。コントレイルの言葉にも生返事をするだけである。

 コントレイルは──あんまり気にしていないようだが。

 

「楽しいレースにしようね?ヴァーディくぅん」

「……あぁ」

 

 最後まで生返事のまま、2人の会話は終わる。余計な言葉は必要ない、そう思ったのかもしれない。

 その様子を見ていたレイパパレは、気に入らなそうに鼻を鳴らす。

 

(フン、ワタシらなんて眼中にないって感じかしら?その思い上がり、叩き潰してやるんだから!)

 

 そう気合を入れる。

 

 

 そしてヴァーディクトデイはグランアレグリアといった面々に絡まれても変わらなかった。ただ、己のやるべきことを確認している。

 

(果たしてこのレースでリミッターを外せるか……ここで外せなかったら、ジャパンカップにはほぼ間に合わねぇ。だからこそ、ここが大事なんだが……)

 

 生憎とここで外せるかどうかは分からない。どうすれば外せるかどうかも分からないのだから。

 

「……考えても仕方ねぇか。とりあえず勝つ、それだけだ」

 

 そう呟いて、ゲートへと向かった。

 

 

 各ウマ娘のウォーミングアップが順調に進んでいく。

 

《空はあいにくの雨模様、重バ場での開催となりました。阪神レース場芝2000m大阪杯です!このレースの注目はなんといってもこの2人!コントレイルとヴァーディクトデイの2人でしょう!》

《皐月賞以来となる対戦カード。ここにグランアレグリアが入っているわけですから、かなりの好カードですね》

《勿論この2人だけではありません!目下5連勝中と勢いに乗っているレイパパレを筆頭に、コントレイルのクラシックに立ちはだかったサリオスも出走!道悪巧者のモズベッロもおります!ウォーミングアップを終えたウマ娘達が、続々とゲートへと入っていきます!三強対決と目されている大阪杯、栄冠は誰の手に渡るのか!?》

 

 順調にゲートインが進んでいき、今大外枠のヴァーディクトデイがゲートに収まる。

 

 

 観客が静かに見守る中──ゲートが開く音が鳴り響いた。それと同時に、ウマ娘達が一斉に駆け出す。

 大阪杯が始まった。

 

《大阪杯が今っ、スタートしました!コントレイルは良いスタート!ヴァーディクトデイ、グランアレグリア、注目の3人は良いスタートを切ります。しかしヴァーディクトデイは先行争いには加わらない、ヴァーディクトデイは良いスタートを切りましたがやはり最後方に控えることを選択したか?》

《ヴァーディクトデイの武器は直線での末脚ですからね。しかしこの重バ場、この選択が吉と出るか凶と出るか?》

《スタンド前、注目の先行争いです。内から上がってくるのは2番のサリオス、だがこれはハナを取りにはいかないか?無理には取りに行かないようだサリオス。ここでハナを切ろうと上がってきたのはレイパパレ!8番のレイパパレが上がってハナを取ります!その後ろにハッピーグリンとサリオス、そして外にワグネリアンが並ぶ形。グランアレグリアは5番手につけた!先行集団に位置をつけたマイル女王グランアレグリア!》

《彼女は前でのレースもできますからね。状況を見て前につけた方が有利と判断したのでしょう》

 

 第1コーナーを曲がる各ウマ娘。レイパパレがハナを取り、その1バ身後方にハッピーグリンとサリオス、ワグネリアンの3人が並ぶ形。グランアレグリアはその後ろにつけていた。

 コントレイルは中団、ヴァーディクトデイはやはり最後方に控える。

 スピカのトレーナーはレースを見守る。視線の先にいるのは、最後方のヴァーディクトデイ。

 

「……不気味だな」

「あくまで自分のレーススタイルを崩さない、って感じだね」

 

 それだけ自分の末脚に自信を持っているということだろう。そう結論づけた。

 ペースはバ場を考慮すればやや早め。向こう正面でも変わらずレイパパレが先頭でレースを展開し、2番手に1と半バ身差つけている。

 最後方のヴァーディクトデイはというと……後方集団のペルシアンナイトのさらに4バ身後ろを追走していた。

 

 

 向こう正面は縦長の展開で流れる大阪杯。1000mを通過した。

 

《1000mを通過しました。1000mのタイムは59秒8!バ場を考慮すればやや早めに流れています先頭はレイパパレ!2番手にハッピーグリン、3番手は1バ身離れて内にサリオス外にワグネリアンダービーウマ娘!5番手にグランアレグリア、6番手以下が差を詰めてきたか?クレッシェンドラヴにアドマイヤビルゴ、アーデントリーがいて……そして三冠ウマ娘のコントレイルが上がってきたぁ!コントレイルがじわじわと押し上げる!コントレイルが上がっていくぞ!》

《少し早めに仕掛けましたね。これは早く良いポジションについておこうという判断か?最後に脚を残せるかどうか、そこが焦点となるでしょう》

《コントレイルが上がっていって、グランアレグリアのすぐ外までつけました!》

 

 第3コーナーで早めに仕掛けたコントレイル。これはヴァーディクトデイの末脚を警戒してのことだった。

 

(ヴァーディ君の末脚は凄い。だから早めに仕掛けて、差を広げておくに越したことはないよね)

 

 それはほぼ全てのウマ娘が思っていることだろう。コントレイルに押し上げられる形で他のウマ娘もペースアップした。

 しかし11番のハッピーグリンだけは少し無茶をしていたのか、ズルズルと後退していっている。

 第3コーナーを越える頃には、ヴァーディクトデイを除いた上位人気の4人が固まっていた。縦長だったバ群も2人のウマ娘を除いて固まってきている。

 1人は力尽きたハッピーグリン。もう一人は──いまだに動く気配のないヴァーディクトデイだ。

 

《上位人気の4人が固まっております第4コーナー!まもなく最後の直線、上位人気最後の1人、2番人気のヴァーディクトデイは……ま、まだ動いていない!?ヴァーディクトデイは固まったバ群から3バ身は離れた位置につけている!?》

《これはどういう判断か?そろそろ動かないと届きそうにないですが……それでも届くかもしれないというのが彼女の末脚です!》

《まもなく最後の直線!外にコントレイル!一番外にコントレイルがいる!先頭はまだレイパパレ!レイパパレ、レイパパレ先頭!内を突いてサリオス!すぐ後ろにはグランアレグリア、グランアレグリアが控えています!外にはコントレイルだ!この4人での争いになるか!?ヴァーディクトデイは……まだ後ろ!まだ後ろだ!力尽きたハッピーグリンを除いて、後方に控えているヴァーディクトデイ!先頭との差は──12バ身はあろうかという差!この差を詰められるかヴァーディクトデイ!》

 

 観客は不安に包まれていた。

 

「いや……さすがに届かねぇだろ」

「このバ場だしなぁ」

「ヴァーディクトデイはここまでなのか?」

 

 アルクトスのメンバーも不安を隠せない様子だ。

 

「姉さん……」

「だ、大丈夫だよエフお姉ちゃん!ヴァーディお姉ちゃんなら……!」

「ヴァーディ……」

 

 ハラハラとした気持ちで見守るメンバー達。

 そんな声を聞きながら、彼女のトレーナーである海藤は。

 

「……()()()()()()()()()()?ヴァーディ」

 

 確信めいた表情で、ヴァーディクトデイを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 相変わらず、幻影は俺の前を走っている。

 変わらない。何も変わらない。

 

(アイツに追いつくことで……!)

 

 だけど次第に感じる──苛立ち。

 

(なんで俺は……コイツに縛り付けられなきゃなんねぇ?)

 

 決まってる。この幻影はコントレイルで、俺にとっての理想で、越えるべき相手で……。

 そうか?これは俺が作り出した理想に過ぎないだろう?つまりは、コントレイルではない。

 感情がぐちゃぐちゃになる。目の前にはドス黒い光の道筋。

 

アイツはコントレイル、いやコントレイルじゃない、違うコントレイルだ、違わないコントレイルじゃない

 

 一度疑問に思い出すともう止まらない。この光の道筋を辿ることが正解なのかどうかすらも分からない。

 分からない、どうすればいい?俺はどうすれば……そう考えて、思い至る。

 いつかの言葉。

 

「自分の本能を無理矢理抑えつけて走るな」

 

 本能を抑えつけるなという言葉。

 

「死に物狂いで走れ。なーんにも考えず走れってーの。オメーは考えすぎなんだよ」

 

 そんな言葉を思い出した。

 ……はん、この状況で思い出すのがこれかよ。

 

(いまだに、なにをすればいいのかなんて分からねぇ。だけど……!)

 

 全身のバネを脚に集約させる。いつも通りのイメージ、重バ場だろうがやることは変わらねぇんだ。

 しっかりと地面を踏みしめる。地面を蹴る度に、集約したバネを解放する。

 

(今はッ!何にも考えずに走ってやるよ!

 

 頭を空っぽにしてバカになる。ただ先頭を走るウマ娘に追いつくために、俺は全神経を集中させた。

 ──瞬間。今まで黒く染まっていた光の道筋がひび割れて。そこから綺麗な光が、凱旋門賞の時に見たあの道筋が見えたような気がして。

 

「──2つ目」

 

 そう、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 驚愕。今阪神レース場で大阪杯を見ている観客も、配信で見ている人達も。驚きを隠せなかった。

 

「嘘だろ……ッ!?」

 

 スピカのメンバーも例外じゃない。

 

「ちょっと待ってよ……なにさ、あの速さ!?」

「いやぁ……これはちょっと、次元が違いますねぇ」

 

 トウカイテイオーの信じられないような声も、ジャスタウェイのビックリしたような声も。各所で上がっていた。

 

 

 観客でこれなのだ。実際に走っているウマ娘達はその比じゃないだろう。

 

「っ、え?」

「いつのま」

 

 気づけば追い抜かれていた。そうとしか言いようがなかった。

 大阪杯を見ている全員が目にしたのは──コントレイルのさらに外、大外から上がってくるヴァーディクトデイの姿だった

 

《ヴ、ヴ、ヴァーディクトデイだ!?ヴァーディクトデイが最後の直線でついにスパートをかけたぁ!ヴァーディクトデイが捲ってくる!ヴァーディクトデイの脅威の捲り……!いや、最早それだけじゃすみません!?まさに次元の違う末脚!最後方大外からぶっ飛んできたぁぁぁ!?》

《こ、ここまでとは……!重バ場を全く苦にしていません!?いや、空を翔ける撃墜王には!バ場など関係ないのかもしれません!》

《まさかここから届くのか!?残り200m!先頭との差はまだまだある!まだある!だが!あまりにも速い!あまりにも速すぎる!?届くのか!?届くのか!届くのか!?》

 

 先頭は依然としてレイパパレ。レイパパレに並ぶようにサリオス、コントレイル。そしてモズベッロが飛んできていた。

 しかし、ヴァーディクトデイは彼女達以上の末脚で。彼女らに並ぼうとしている。

 そしてついに──その瞬間は訪れた。

 

《届くのか!届くのか!届いた!届いた!ヴァーディクトデイ届いた!ヴァーディクトデイが届いた!ヴァーディクトデイがレイパパレ達になら……ばない!?そのまま躱してクビ差でゴォォォォォォル!ヴァーディクトデイが衝撃の末脚で大阪杯を制したぁぁぁぁ!!!》

《お、恐ろしい末脚です……!最後の直線を向いた段階ではまだ10バ身以上は開いていました。ですが!その差をあっという間に詰めた!》

《2着はレイパパレ!3着はコントレイル!1着から5着のサリオスまでクビ差ハナ差の大接戦でした!しかし、しかし!このレースで圧倒的な存在感を放ったのはやはりこのウマ娘!凄まじい上がりを見せたヴァーディクトデイでしょう!》

 

 最後の直線で全てのウマ娘を捲って。ヴァーディクトデイが大阪杯で勝利を収めた。

 観客は呆然としている。あまりの末脚に、開いた口が塞がらなかった。

 

 

 レースを終え、ターフのヴァーディクトデイは倒れそうになる身体を必死に支えていた。

 いつも以上に呼吸を荒げ、俯いたまま顔をあげない。観客に対するパフォーマンスもしない。それほどまでに疲弊していた。

 

(この感覚は……そういうことかい)

 

 ヴァーディクトデイは感づく。2つ目が外れたのだと。

 コントレイルのおかげか?そう思うが……おそらく違うだろうと。ヴァーディクトデイはそう結論づけた。

 そんなヴァーディクトデイに近づくウマ娘は多い……が。彼女の様子を見て躊躇していた。

 しかし、1人のウマ娘が話しかける。

 

「……珍しいじゃない。そんな闘志むき出しに走るなんて」

 

 レイパパレだ。彼女は意外そうにヴァーディクトデイを見ている。

 

「いつもみたいに、機械のように走るんじゃないの?あんたにしては珍しく、闘志むき出しだったじゃない──()()()()()()()

 

 レイパパレの言葉にヴァーディクトデイは反論する……前に。呼吸を整えていた。

 ようやく呼吸を整えたヴァーディクトデイは、改めてレイパパレに反論する。

 

「……うるせぇ。目下自分探し中なんだよ、俺は」

「ふ~ん……そんなあんたに負けるなんて、ホンットに腹立たしいわね」

 

 でも、と付け加えて。

 

「今日のあんたの走り──()()()()()()()()()。それじゃ」

 

 手をひらひらさせて去っていくレイパパレだった。一瞬呆けるヴァーディクトデイ。

 

「……なんじゃそりゃ」

 

 考えても分からなかったので、深く考えないことにした。

 

 

 その後、ヴァーディクトデイは他のウマ娘に絡まれる前に控室へと戻る。海藤トレーナーの計らいによって、少しでも疲労を回復できるようにとウィナーズサークルでのインタビューは控えさせてもらった。

 

「バディには……感謝しかねぇな」

 

 そう呟いて。ヴァーディクトデイは控室で身体を休めた。




史実より着差はないけど史実以上にヤバいことをした。
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