生徒会室。2人のウマ娘が向かい合って会話をしていた。
「だからさ~、私としては!もうちょっとお姉ちゃんと仲良くしたいわけですよ」
鹿毛の髪をストレートロングにしたウマ娘が、不満げな表情で向かいに座るウマ娘に話しかける。それを聞いたウマ娘──ヴァーディクトデイは、苦笑いを浮かべた。
「あ、アハハ。まぁ、会長って普段は近寄りがたい雰囲気がありますし」
「そうかな~?私としてはフレンドリーな雰囲気を出してるつもりなんだけど。少なくとも、前会長よりは親しみやすいと思うよ?」
「それ聞いたらルドルフ先輩泣くので黙っといた方が良いと思いますよ」
「アハハ!流石に本人を前にしては言わないよ!それにしてもな~、
生徒会長──ディープインパクトはヴァーディクトデイにそうぶちまけた。ヴァーディクトデイは、辟易した様子を見せる。
「それをなんで俺に言うんです?しかも、生徒会室で。俺役員じゃないですよね?」
「う~ん、どこで話しても変わらないし。それに君はドンナのお気に入りだからね。君がいるだけで、ドンナは嬉しそうだし」
「尊敬している先輩の1人から良く思われているのは嬉しいですね。まぁ、オルフェーヴル副会長には怖がられてますけど」
ヴァーディは一転、落ち込んだ様子を見せる。
「なんでだろうね~。私には皆目見当もつかないや」
「本当になんでだろうなぁ……。で、なんでブラックタイド先輩と仲良くしたいっていう話を俺にするんです?」
「え?だって君、タイドお姉ちゃんと仲良いじゃない?」
「たまに会って話すぐらいなのに仲良いって言います?」
「え~?絶対それだけじゃないでしょ!だってタイドお姉ちゃん、結構頻繁に君を呼びつけるじゃん!」
「あ、アハハ……」
ヴァーディは誤魔化すように笑う。
実は、ディープインパクトを前にしては言えない事情がある。ヴァーディがブラックタイドと話す時は大抵、妹への接し方が分からずコンプレックスを抱いている、といった内容なのだ。
『は~ぁ。本当にプイちゃんは凄いよね。わたしなんかとは大違いだよ』
『そ、そんな落ち込まないでくださいよ。ブラックタイド先輩も凄いですって』
『そんなことないよ。あっちは生徒会長で無敗の3冠ウマ娘。対してわたしは……はぁ、鬱だ……』
『元気出してくださいって!』
『プイちゃんも、こんなダメダメなお姉ちゃんでうんざりしてるよ……本当にわたしって、ダメだなぁ』
『会長がブラックタイド先輩を嫌うなんて、それだけは絶対にないんで安心してください』
『はぁ、プイちゃんわたしのことどう思ってるんだろう?良く思ってくれると嬉しいなぁ』
『絶対に良く思ってますよ!自信持ってください!』
ヴァーディがブラックタイドと話す時は、大体こんな感じである。姉は妹にコンプレックスを抱きつつも仲良くしたいという意思はあり、妹は姉と仲良くしたいと思っている。ヴァーディは何故かその板挟みにあっていた。
(まさか俺の女難の相ってここでも発揮されてんのか?)
そう思わずにはいられないヴァーディである。
そんなこんなで。ヴァーディはディープの言葉に曖昧な言葉で濁し続けた。不承不承ではあるものの、ディープも納得したようである。
「ちぇ。まぁいいけど」
「ところで、他の役員は来ないんですか?ディープインパクト会長しかいらっしゃらないですけど」
「オルフェもドンナもまだ来ないよ。ドンナはゴールドシップを追いかけてるし、オルフェも彼女のお姉ちゃんに捕まってるんじゃないかな?」
「オルフェーヴル副会長はともかく、今度はなにをやらかしたんですかゴールドシップ先輩は」
「さぁ?でも何かやらかしたんだな~って想像はつくよ」
ディープインパクトはお手上げのポーズを取る。ヴァーディもゴールドシップが何かをやらかしたんだな、とは思っているが。お目付け役兼親友の彼女は何をやっているのかと思いたくなる。
「それにしてもさ~。ヴァーディは凄いねぇ」
「なにがです?」
「クロノジェネシスのチームに入ってさ、期待の新人って言われてるらしいじゃん?いよ、次世代のホープ!」
「そんなことないですよ。クロノジェネシス先輩のチームに入ったことでリギルのアイ先輩や他チームのアレグリア先輩には引き抜きに会う毎日ですけど……」
「アハハ!アイちゃんもアレちゃんも君を相当気に入ってるからね!それに、欧州でもそうじゃない?」
ディープの言葉にヴァーディはたじろぐ。何故それを知っているのか?ヴァーディはそう思わずにはいられなかった。
「か、会長がどうしてそれを?」
「え?だってたま~に欧州から君宛に手紙が来てるじゃない?それを検閲する時があるからさ」
「あ、あ~……」
言われてヴァーディは納得する。そして思い出すのは欧州にいる彼女のこと。
(毎回毎回手紙の量がとんでもねぇんだよな。便せんにギチギチに詰め込まれてる手紙なんて初めて見たよ俺は)
というか、LANEでもやり取りしているのに足りないのだろうか?しかも内容は決まってこっちのトレセンに来ないかという内容。無論、行くつもりはないので断っているが。
「コンちゃんとも仲良いよね~ヴァーディは。本当に誰とでも仲良くなれるな~」
コンちゃん、という言葉にヴァーディは反応する。おそらくディープインパクトが言っているのは、コントレイルのことだろう。そう思ったからこそ、ヴァーディは反応する。
ただ、内心を悟られないように必死に表情を抑える。
「そうですかね?あんまり関わっていないと思いますけど」
「そうだねぇ……ヴァーディ、君は普段からあまり自分を出さない子だ」
ディープは唐突にそう語り始める。ヴァーディはその言葉を──黙って聞いていた。
「穏やかで、誰にでも分け隔てなく接して。周りの意見を聞いて自分の意見を出す。そんな子だ」
「アハハ。波風立たせない方が良いですからね」
「だけどそんな君が、唯一自分を見せる相手がいる……それが、コンちゃん」
ディープは寂しそうに笑う。
「悔しいよねぇ。
ディープの言葉。それにヴァーディは。
「……
誤魔化すような笑みで返した。
「みなさんとは走ってみたいとは思ってますよ?でも、コントレイルとはクラシックでぶつかるかもしれませんから。だから意識しているのかもしれませんね」
ディープは探るような目でヴァーディを見る。ヴァーディは、そんなディープの視線に微笑みで返した。普通ならば、万人を魅了するような優しい微笑みだろう。
「ま、君がそう言うならいいよ。それにしてもさ」
ディープも探るような目を止めて、興奮気味に語り出す。
「コンちゃん可愛いよね~!きっと彼女も、君と同じように凄いウマ娘になってくれるよ!」
「当たり前じゃないですか。コントレイルは強いんですから」
「うんうん!私もコンちゃんはお気に入り!あ、勿論君もそうだよ?ヴァーディ」
ディープの言葉に、ヴァーディは訝し気だ。ディープの言葉を疑っている。
「俺、会長に気に入られる要素あります?」
「え?だって君は私と普通に話してくれるし。それに、
「そうですかね?」
「そうだよ!あとあと~、君はなんだかんだいいつつもこうして相談に乗ってくれるでしょ?だから、君も私のお気に入りなんだよ。ヴァーディ」
「ま、お気に入りと言われて悪い気はしません。ありがとうございますディープインパクト会長」
「さっきから思ってたけど!私のことはプイで良いってば!」
「恐れ多すぎて呼べませんよ……せめてディープ会長で」
「許そう!」
ヴァーディは時計を確認する。そろそろいい時間だった。
「それじゃあ俺はこの辺で、ディープ会長。また機会があれば」
「うん。また楽しく話そうね、ヴァーディ」
「はい。それでは」
部屋を退出するヴァーディ。その後、入れ替わりでオルフェーヴルが入ってきた。
「お、お疲れ様です会長」
「うん、お疲れオルフェちゃん」
「さ、さっきまでヴァーディさん来てたんですね」
オルフェーヴルは怯えたような目をしている。そんなオルフェーヴルの態度に、ディープインパクトは困り顔だ。
「ヴァーディのこと、相変わらず苦手?」
ディープの言葉に、オルフェーヴルは慌てる。
「べ、別にそういうわけじゃないっす!で、でも……ヴァーディさん、たまに凄く怖い時があるから」
「あ~、気持ちは分かるよ。レースの時とかもの凄いもんね、ヴァーディ」
「は、はい。前を走るウマ娘全員を殺さんばかりの勢いで走るもんですから……怖くて怖くてっ!」
「それはさすがに言い過ぎでしょオルフェ。確かにそれぐらいの気合はあるけどさ」
ヴァーディクトデイというウマ娘は真面目な生徒だ。優しく、気さくで親しみやすい生徒。何故かトラブルに巻き込まれやすいものの、それもチャームポイントなのかもしれない。
だが、そんなヴァーディクトデイはレースになると人が変わったように冷酷になる。別にラフプレーをするとかそういうわけじゃない。レースを走る時の気合が、他のウマ娘の比じゃない。前を走るウマ娘をただ切り捨てる、冷酷無比な一面をのぞかせるのだ。
どちらが本当の彼女かは分からない。あるいは、どちらもヴァーディクトデイというウマ娘なのかもしれない。二面性を持つウマ娘というのはいるのだから。例えば、ディープインパクトの目の前で縮こまっているオルフェーヴルなんかがそうだろう。彼女もレースになると人が変わる。
ディープは1つ手を叩く。
「ほら、仕事に戻るよオルフェちゃん」
「は、はい」
ディープとオルフェは仕事に戻る。途中でジェンティルドンナも合流して、生徒会の仕事は始まった。
学園のトイレ。鏡の前で、ヴァーディクトデイは1人呟く。
「さて、と。誰もいないことは確認済み、と」
ヴァーディクトデイは洗面台に手をつく。
「あっぶねぇあぶねぇ。ディープ会長の前だってのに、闘志を抑えきれねぇとこだったぜ」
ヴァーディクトデイは自嘲する。だが、それも一瞬。すぐに楽しそうな笑みを浮かべる。
「ぶっちゃけ、会長達とも戦ってみたいとも思うけどな。強いし。だけど」
それは、獲物を前にした肉食獣のような笑み。およそ純粋な笑みとは思えないような、そんな笑みだった。
「天衣無縫も、皇帝も、怪物も、英雄も、暴君も。俺にとっては
ヴァーディクトデイは鏡に手をつく。その手に、力が入る。
「ようやくだっ、ようやく、ようやくお前との決着をつけられる……!俺がこの時を、どれだけ待ちわびたか!」
あまりの強さに鏡にヒビが入る。それでもお構いなしにヴァーディクトデイは無意識に力を込めていた。
「お前との戦績は1勝1敗。だけど、俺はあの勝利を自分の勝ちとは思わない。あんな勝利を、俺は勝利とは認めない」
ヴァーディクトデイは、笑っていた。そして次の瞬間、ヴァーディクトデイの表情が怒りに染まる。鏡のヒビがさらに広がった。
「本気のお前とぶつかって!本気のお前に勝たなきゃ!俺は勝利とは断じて認めない!」
ヴァーディクトデイの込めた力があまりにも強すぎたせいか、鏡が大きい音を立てて割れる。みるも無残な姿になっていた。
「なぁコントレイル。ようやくお前と決着をつけることができるぜ?お前は覚えているかは分かんねぇけど、
ヴァーディクトデイは、怒りの表情から一転、今度は笑みを浮かべた。
「死ぬほど後悔した。どれだけ勝っても、心は満たされなかった。もう戦えないと思っていた。だけど、ここなら戦えるかもしれないと知った時、俺がどれだけ歓喜したか!またお前と走れることが、どれだけ嬉しかったか!」
笑みを抑えるように両手で顔を覆う。それでも、ヴァーディクトデイの笑みは止まらなかった。
「さぁ、存分に戦おうじゃねぇかコントレイル。今度こそ……俺が勝ってやるッ!世間の声なんて関係ねぇ。俺が上だとか、お前が下だとか
ヴァーディはそう宣言する。彼女の言葉を聞いた者は、いない。
ひとしきり言い終わった後、ふとヴァーディクトデイは冷静になる。
「やっべぇ!?鏡割っちまった!ど、どうしよう!?とにかく誰かに報告しないとっ!」
ひとまずヴァーディクトデイがやったことは、先程まで話していたディープインパクト会長に連絡を取ることだった。
トイレの惨状を見たディープインパクトは。
「なにやってたの?ヴァーディ」
「ちょ、ちょっと自問自答を」
「……まぁいいけど。今度からは気をつけてね?」
「は、はい」
呆れつつもヴァーディクトデイをやんわりと叱りつけた。
割と重い感情をお持ちの主人公。