教室に着くと、同じクラスのシャフが高笑いをしていた。
「ハーッハッハッハ!余を讃えよ!この大帝、シャフリヤールの凱旋を!」
なんて言うか凄くテンションが高い。理由は大体見当がつくけど。
というのも、シャフはこの前の日本ダービーを勝利した。私は……惜しくも2着。写真判定にもつれ込んだ結果、ハナ差10cmの差で負けてしまった。凄く悔しい。無敗記録が途切れたのもそうだけど、負けたという事実が凄く悔しかった。
姉さんは、次勝てばいいって慰めてくれたけど。それでも悔しいものは悔しい。そういったら、その悔しさを忘れないようにしろ、と教えられた。
ちょっと思考がずれたけど、高笑いしているシャフの近くが私の席。必然的に近づく必要がある……シャフ、なんか背が高くなった?って思ったら椅子に立ってたんだね。
「シャフ、危ないしはしたないから椅子からは下りた方がいいよ」
「おぉ、エフ!お前も祝うがいい、このシャフリヤールの凱旋をな!」
「私負けた側なんだけど」
適当にいなしてシャフを椅子から降ろす……シャフには抵抗されたけど。でも危ないから仕方ない。
「離せー、離せ!これでは余の威光を知らしめることができぬだろうが!」
「余の威光?……なんで?」
そんなことしなくてもシャフは立派だと思うけど。どうして知らしめることができないんだろう?
「別にシャフは椅子なんかに立たなくても立派だと思うけど。どうして?」
「うぐっ!?お、お前の気持ちはありがたいが……こ、これはデリケートな問題だ!察しろ!」
「デリケートな問題?……あぁ」
何となく察しはついた。シャフが言いたいのはとどのつまり。
「身長が低いから少しでも目立とうとしてたんだね」
「口に出して言うでないわこの痴れ者がぁ!」
なんでだろう、シャフが怒ってる。とりあえず宥めよう。
「大丈夫だよシャフ。確かに身長は低いかもしれないけど、ウマ娘の価値は身長で決まらない」
「喧しいわ!小さいだの低いだの大きなお世話だ!」
「たとえ小さくったって結果を残した先輩達はたくさんいる。シャフだってきっと、その1人になれる。だから小さくても気にしない方がいい」
「喧嘩売ってるのか貴様っ!」
どうしよう、余計に怒らせてしまった。何がいけなかったんだろう?シャフは凄いってことを伝えたのに。
良く分からないでいると、溜息を吐きながらタイホがこっちにやってきた。
「エフ……そんなズバズバと本音を言っちゃダメだよ?シャフだって気にしてるんだから」
「そうなの?でも……事実だし」
「そういうとこだよエフ」
シャフが強いことは事実だ。だから私なりに一生懸命褒めてるんだけど……どうも上手くいかない。暴れているシャフを押さえ込んでいるタイホも呆れた表情をしている。
シャフは、タイホに押さえつけられながら私に指を突きつける。我慢ならない、といった様子で。
「大体エフ!お前がデカすぎるのだ!もっと余にその身長を献上しろ!」
「無茶苦茶言うねシャフ……さすがに無理だって」
怒るシャフと宥めるタイホ。私の身長、か。
自慢じゃないが、私の身長は大きい方だ。なんなら姉さんよりも大きい。確か……この前測った時170を超えていた、と思う。詳しい数値は覚えてないけど。
「胸も背もデカくなりおって……!余もその内お前以上にデカくなってやるわ!」
「そうなの?頑張ってねシャフ」
「~~~~~!」
「悪気がないのが質悪いな……」
今日はちょっと騒がしいけど、これが私の日常。この日常が、私は好きだ。
シャフもようやく落ち着いて、腰を据えて3人で話す。話題は、私の姉さんのこと。
「そういえばエフよ。お前の姉さんのことだが」
「ヴァーディ姉さんがどうかしたの?」
始まりはシャフの疑問。
「確か、凱旋門賞に挑戦するのだろう?」
「そうだね。姉さんは今年凱旋門賞に挑戦するよ」
「へ~、やっぱり凄いね。エフのお姉さんは……色んな意味で」
そう、タイホの言う通りだ。ヴァーディ姉さんは凄いんだ。
姉さんは今年、世界最高峰の舞台である凱旋門賞に挑戦する。それに姉さんは、この凱旋門賞のために向こうに留学していた時期がある。きっと準備は万全、日本の悲願を叶えてくれるはずだ。
ただシャフの疑問はそこじゃないようで。どうやら気になるところが別にあるみたいだ。
「どういうローテで向かうのだ?色々とあるだろう?」
「そうだね。宝塚記念から直行か、それともフォワ賞とか前哨戦を使うのか」
ローテ、ローテ……確か、海藤トレーナーが言っていたのは。
「宝塚記念からアイリッシュチャンピオンステークス。その後に凱旋門賞だって言ってた」
「アイリッシュチャンピオンステークス?それは、また……」
「随分と珍しいね。あんまり聞かないけど」
確かに珍しいローテだろう。そもそもアイルランドで開催されるレースだし、凱旋門賞を見据えるならフォワ賞とかの方が格段に良い。それでもなお、姉さん達はアイリッシュチャンピオンステークスを選んだらしいけど。
「理由は、強い相手と戦えるからだって。アイルランドのG1だし、距離も中距離だから問題ないだろうって」
「まぁ愛チャンから凱旋門賞に行くウマ娘もいる。選択肢としては候補に挙げられるだろうな」
「珍しいことには変わりないけどね。というか、ヴァーディさん宝塚に出走するんだ」
どうやらタイホが気になったのは別のことみたいだ。ちょっと驚いている。
姉さんは前走の大阪杯でかなり疲れを残していた。疲労が抜けにくい体質だから、確かに驚くかもしれない。ただ、姉さんも何も対策しなかったわけじゃない。日々の努力……それこそ、小さい時からの努力の甲斐もあってかそれなりに改善している……姉さん曰く、微々たる差らしいけど。
でも、その微々たる差で出走ができるんだからバカにできたものじゃない。
「うん、姉さんは宝塚記念に出走するよ。さすがに前走なしに向こうに渡るのは不安があるみたい」
「だろうな。大阪杯からの直行となると……愛チャンで半年近くレースに出走しないことになる。レース勘を鈍らせんためにも、レースを挟んだ方が良いという判断も当然だ」
シャフの言う通りだ。頷いて答える。タイホは……心配している表情。
「でも、大丈夫なの?エフのお姉さん、疲労が抜けにくいし……万全な状態で出走できるの?」
「多分、無理だと思う」
即答。2人は驚いている。でも、取り繕っても仕方がない。事実だから。
「改善はされているけど、微々たる差。出走は問題なくできるけど、万全な状態とは言えないと思う」
「それでも出走するのか……理由は?」
「
疑問の表情。あんまり想像がつかないだろう、ヴァーディ姉さんがもがいている姿なんて。
海藤トレーナーが姉さんと話していたことを伝える。姉さんが、考えていること。
「姉さんは今、理由を求めてもがいてる。自分だけの走る理由を、自分が納得できるだけの理由を求めてもがいてる。だから出走する」
「……宝塚記念で、それが見つかると?」
「分からない。それは姉さん次第。だけど、無駄にはならない。それが姉さん達の考え」
宝塚記念はクロノさんに加えて──コントレイルさんも出走してくる。姉さんが一番意識している相手で、お互いがお互いを想い合う最大のライバル。かなり気合が入っているみたいだ。
だけど、姉さんは不調気味。万全とは言えない状態。勝てるかどうかは五分とすらいえない状態……それでも、姉さんは走ることを決めた。
「正直、答えが出るかは分からねぇ……けど、アイツと走ることで、なにか見つけられるかもしれねぇ」
それが姉さんの言葉だった。まぁ、元より私に止める権利はない。本当にダメなら海藤トレーナーが止めるだろうし。
シャフ達は……納得したような表情だ。
「そうか……まぁ、頑張れとだけお前の姉君に伝えておいてくれ」
「私からも。応援してますって伝えてくれる?エフ」
「いいよ。姉さんもきっと喜ぶ」
この宝塚記念がどういう結果をもたらすかは分からない。だけど……姉さんにとって良い結果になりますように。それが、私が願うことだ。
「ところでシャフ。身長が小さくても気にしなくていいと思うよ。ファンの人達も、ありのままのシャフを評価してくれる」
「今更その話を蒸し返すでないわ!やはり喧嘩売ってるだろう貴様!?」
「お、落ち着いてシャフ!?エフも、その話を蒸し返さないでよ!」
「?」
ヴァーディの次走は宝塚記念。しかし体調は思わしくなく……