宝塚記念。ヴァーディクトデイが去った後……コントレイルは物思いに耽っていた。
彼女の脳裏に浮かぶのは、先程のヴァーディクトデイの言葉。
(お前がいたからだよ……お前がいたからだよ……フフ、フフフ……!)
ヴァーディクトデイの言葉を脳内でリフレインするコントレイル。傍から見ると、宝塚記念の勝者がボーっと突っ立っているのだから奇妙極まりない光景である。
「大丈夫なのか?コントレイル」
「もしかして、何か異常でもあったのか?」
「う~ん……そんな素振りはなさそうだが」
心配する観客をよそに、コントレイルはヴァーディクトデイの言葉を思い出していた。
(僕と並び立つのに相応しい自分になる……フフ、フフフ!楽しみだなぁ!きっと強くなってくるんだろうなぁ!そんな君と走るのが……)
「僕はとても楽しみだよ……」
ぼそりと呟くコントレイル。その呟きは誰にも聞こえない。
スピカのメンバーは……グランアレグリア以外は何とも言えない表情でコントレイルを見守っていた。最終的にコントレイルは一礼をしてターフを去っていく。異常がないことにファンは安堵していた。
◇
さ~てさて、学園の夏休みとともに近づく海外遠征の日。みんなともまたしばらくお別れだな、プボちゃん以外。
「ずるいずるい!パンもフランス行きたい!」
「旅行に行くわけじゃないんだからさパンちゃん。それに、パンちゃんもコツコツ頑張れば海外のレースに出走できるさ」
「う~っ!」
唸ってもダメなもんはダメなんだよなぁ。まぁパンちゃんなら近い将来海外遠征だってできるだろう。
「にしても、ここで海外留学の件が生きてくるってわけか。向こうの芝で走ったことあんだろ?」
「まぁな。トレーニングはあっちの芝だったし、それなりのノウハウはある」
「実際どんなもんよ?向こうの芝は」
向こうの芝か。正直参考にならないと思うが……答えるとしたら。
「俺好みの重い芝、とだけ言っておこうか。俺からしたらすげぇ走りやすい環境だ」
「そういやお前重バ場とか不良バ場得意だったもんな」
「ヴァーディは雨の中よく飛び出してるからな!パンもお供してるぞ!」
「風邪引くから正直止めて欲しいけどね~」
そりゃ無理な相談だプボちゃん。俺は雨が好きだからな。
なので向こうの芝の適応自体は問題なくできる。プボちゃんはちょっと心配そうにしていたが。
「ぼくは心配だな~。向こうの芝分かんないし、走ったこともないもの。だからフォワ賞で確かめるんだ~」
「そういやボンドはフォワ賞を前哨戦にするんだったな」
「ま、王道のローテだな」
フォワ賞からの凱旋門賞。日本のウマ娘が良く使うローテだ。レース場が同じなのと距離も同じ。なので前哨戦にはもってこいのレースだ。エル先輩とかオルフェ先輩がフォワ賞で勝ったはず。
だからこそ、俺のローテは異端なわけだが。
「……んで?なんでオメーは王道のローテと分かっていながら愛チャンの方に行くわけ?」
ジト目のラーシー。その気持ちは分かるぞ。俺のことなんだけど。
「ま~一番はどこまでいけるかを試したい、って理由だな。向こうの中距離レースでも俺は通用するのかどうか。それが知りたいんだ」
「ほーん……他には?」
「自分探し」
おぼろげながらも形は出来てきた。後はしっかりとした形にするだけなのだが……それが見えてくるかもしれない。理由としてはそんなとこか。ラーシー達は俺が自分探しといったことで口をポカーンと開けてるけど。
そして心配するような表情のラーシーである。なんだその顔は?
「あー……なんだ?悩みがあるなら相談に乗るぞ?」
「言葉足らずだった俺に責任があるが、そこまで深刻なもんじゃねぇよ!?いや、深刻ではあるけども!」
その憐れむような目を止めろ!
「前に聞いたろ!なんで走るのかって!それの延長線上みたいなもんだよ!それが愛チャンで見えてくるかもしんねーの!」
「んだよそういうことか。つーかまだ見つかってなかったのかよ」
「ヴァーディは頭が固いな~」
何だろう、パンちゃんにも言われるとすげぇショックなんだけど。プボちゃんは……苦笑いを浮かべるだけだ。こっちもこっちで傷つくな。
「ま、なんにせよ頑張ってこいや。世界一の称号……獲ってこいよ」
二っと笑って拳を突き出してくるラーシー。俺も、笑ってラーシーと拳をあわせる。
「任せとけ。凱旋門賞……獲ってきてやるよ。勿論、プボちゃんにだって負けねぇからな?」
「あ、ちゃんと覚えられてた~」
当たり前だろ。プボちゃんだって凱旋門賞に出走するわけだし。ジェネ先輩はこの場にいないから割愛。
「よ~し、ぼくだって負けないぞ~ヴァーディ君!」
「パンも今から凱旋門賞走れないかな~?」
「トレーナーを説得してくればいんじゃね?」
そんな会話をラーシー達とした。余談だが、パンちゃんは凱旋門賞挑戦をやんわりと断られたらしい。
月日は流れ、学園も夏季休暇に入り。チームでの夏合宿も程々に済ませた後──俺とジェネ先輩、プボちゃんがフランスへと旅立つ日になった。
「当日は、みんなで応援に行くから。頑張ってきて、姉さんにクロノさん、ボンドさん」
「頑張ってね~!お姉ちゃーん!」
「おう!任せとけエフ!ペリ!絶対に勝ってきてやるよ!」
みんなとの別れを済ませて飛行機へと乗り込む。ここからはフランスに着くまで暇だ。
「ねーねーヴァーディ~。暇だから何かしない?」
「なにかって言われても……時間潰せるようなものあります?」
「ぼく色々と持ってきたよ~。トランプに~将棋に~リバーシに~」
どんだけ持ってきてるんだプボちゃん。というかその類のものちゃんと手提げ袋の方に持ってきてたんだな。俺なんて思いっきり着替えとか入れてるバッグの中に入れちまったよ。
それからは3人で色々とやって時間を潰す……が。
「さすがに飽きが来た……」
「映画とかもなさそうだしな~……もう寝た方がいいかな?」
「寝てもまだ着いてなさそう」
「それあり得るから止めてくれプボちゃん。今から気が滅入るわ」
さすがに日本からフランスに着くまでずっと遊べるはずもなく。仕方がないので寝ることにした。起きたら向こうについていることを祈るだけである。
「「「おやすみ~」」」
そういや最近はあの夢を見なくなったな……これも、意識が変わってきたおかげなのかね?
◇
夢を見る。いつもの夢、ぼくとヴァーディ君の夢。
夢の中のヴァーディ君に寄り添うぼく。彼女の悲しみを、少しでも和らげるために頑張る。
だけど……彼女の悲しみは決して癒えることはない。いつも辛そうに、申し訳なさそうにするだけ。その表情を見ると、心がズキリと痛む。
(どうやったら……君を救えるのかな?)
果たしてぼくにできることはあるのだろうか?そう、思わずにはいられない。
景色が変わる。知らないレース場……
(パリロンシャンレース場……凱旋門賞が開催される、その場所で。ヴァーディ君は……)
血のように赤い翼を広げて、飛び立つように駆け抜けるヴァーディ君。ぼくはそれを、バ群の中で見るだけ。決して追いつけないし、差を縮めることもできない。
走り終わったヴァーディ君は……いつだって辛そうな表情をしている。それが、凄く嫌だった。でも、どうしようもできない。ぼくは……彼女の側にいることしかできない。
ただ、今回の夢はちょっと違った。血のように赤い翼が──少しひび割れていた?そして、ボロボロと剝がれていく。
(え、え?な、なに?どういう、こと?)
血の色に染まっていた翼は、ボロボロと剥がれていって──少しずつ、純白の色をのぞかせていた。
真っ白に輝いて、思わず感嘆の息を漏らしてしまう。ヴァーディ君の表情も……心なしか晴れやかになっていて。
(あったかい……)
胸が、ポカポカしていた。
気づいたら、目を覚ました。まだ飛行機の中。隣にいるヴァーディ君は……まだ寝てるや。クロノさんもまだ寝てる。
「……なんだったんだろう、あの夢?いつもと違ったけど」
夢のヴァーディ君はいつも辛そうにしていた。辛い表情で、耐え難い現実を受け止めるような、そんな表情をしていた。
でも今回の夢は違う。少し、ほんの少しだけど……晴れやかな気持ちを感じた。翼も変わろうとしていたし、どういうことか分からなかった。
(ヴァーディ君の中で……何かが変わろうとしている?)
……どうなんだろう?そもそも夢の中のヴァーディ君の話だし、これ。
それにしてもぐっすりと寝ているヴァーディ君だ。寝息を立てて、穏やかに眠っている。
「……そろーり」
ウマホを構えて、フラッシュをOFFにする。起こさないように慎重にして……パシャリと。
「……うん、よく撮れてる」
ヴァーディ君には申し訳ないけど、寝顔を撮らせてもらおう。ま、まぁ許してくれるよね?
その後、ぼくたちは無事にフランスに着いた。これからお世話になるところへと向かう。
「それにしてもみんな一緒なんだね~」
「あぁ。エネさんとこが協力してくれてな。ありがたいぜ本当に!」
「……まぁありがたいけど。でもなんだかな~」
クロノさんはあまり納得いってないみたい。エネイブルさんが相手だからかもしれないけど。
よ~し、フランス遠征頑張るぞ~!
フランスに遠征(到着しただけ)。