フランス遠征から月日が経って。ついにアイリッシュチャンピオンステークスの日がやってきた。
(ついに、か)
ここで見つけなければならない。俺が走る理由を、俺は、何をもって走るのかを。
フランケル会長の言葉がこびりついていた。
(一つずつ取り除いていって……最後に残ったものが俺の走る理由になる。そして、原初に立ち返るのもいいかもしれない、か)
俺の原初はというと……転生したての頃か?もしくは、新馬戦の頃。あの頃の気持ちを、思い返せばいいのだろうか?よく分からない。
ただ、そうすればきっと見つけられる……そう考えている時だった。
「『日本から随分とかっこいい挑戦者が来てるのね?』」
……なんか、凄く振り返りたくない。スゲェ嫌な気がする。でも、絶対俺のことだから振り返らないといけない。そうしないと失礼だし。
意を決して、振り返る。そこに立っていたのは、まぁ知らないウマ娘だ。でも、前世で絶対関りがある!だって左耳に髪飾りつけてるし!ジェネ先輩達と一緒だし!
「あ、ど、どもです」
とりあえずぺこりと一礼しておく。そのウマ娘さんは興味深そうに俺を眺めた後、愉快そうな笑みを浮かべた。
「『今日はよろしくね?わざわざ日本から来てくれたのに、苦い思い出になるだろうけど』」
……挑発だろうな。別に乗る必要はねぇが、応えてやろうか。
「『そっちも、泣きを見る羽目になっても知らないぜ?』」
「……『ふ~ん』」
またも面白そうな顔。お気に召したみたいだな。
「『私、タルナワ。精々楽しませて頂戴ね……日本の挑戦者さん』」
……あぁ、タルナワさんだったのかこの人。
そんな一幕があったが、ウォーミングアップは順調に進んでいる。というか……少ねぇな今回。俺合わせて5人かよ。日本ならギリギリ開催できる人数だぞ。これも欧州の醍醐味かもしれんが。
俺の枠は
レース場に集まったファンの視線を感じる。そしてその中に──見つけた。ジェネ先輩の姿を。
「がんばれ~!ヴァーディく~ん!」
必死に手を振って応援している。こっちも手を振って応えて、頬を叩いて気合を入れた。
……このレースは凄く重要だ。凱旋門賞に挑むために、俺の走りのために、かなり重要になってくる。
(見つけてみせる……俺の、走る理由を!)
気合を入れて、ゲートへと歩いていく。
◇
レパーズタウンレース場。多くのファンが見守る中、実況の声が響き渡る。
《今年もやってきましたアイリッシュチャンピオンステークス!今回は5人という少人数での出走ですが集まったウマ娘達はまさに精鋭揃い!ジョッケクルブ賞、そしてエクリプスステークスなどを制してG1を4連勝中と勢いに乗っているクラシック級のセントマークスバシリカ!BCターフを制したタルナワに英2000ギニーを制したポエティックフレア!加えて日本からヴァーディクトデイが出走してきました!この精鋭揃いとなったアイリッシュチャンピオンステークスを制するのはどのウマ娘か?各ウマ娘がゲートに収まります!》
レースの様子を見守るクロノジェネシス。彼女は体調がすぐれなかったため、フォワ賞も使わずに凱旋門賞へ直行することになった。今日は幾分か調子が良いためレースを見に来ている。
そんなクロノジェネシスに、数人のウマ娘が近づく。
「隣、よろしいでしょうか?」
「ま、わたしちゃんは勝手に見るがな!ここ見晴らし良いし!」
エネイブルとバティスタ、そしてベルフラムである。ベルフラムはバティスタを無言で睨みつけているが。
「……いいですよ。どうぞ」
特に断る理由もないのでクロノジェネシスは了承する。エネイブルは一礼して、クロノジェネシスの隣で観戦することになった。
《今最後のウマ娘がゲートに入りました。アイリッシュチャンピオンステークスはまもなく出走。全員のゲートインが完了して今……スタートです!》
そして、ゲートが開く音が響き渡る。同時に、ウマ娘達が一斉に駆け出した。ウマ娘達が向こう正面、右奥のコーナー半ばからスタートする。
「いけいけ~!」
「頑張れ~!」
応援の声が飛ぶ。アイリッシュチャンピオンステークスが始まった。
まず飛び出したのはパトリックサースフィールド。本レースにおいては最低人気のウマ娘。2番手にポエティックフレア、その外3番手にセントマークスバシリカ、タルナワ、ヴァーディクトデイと続いている。
《ハナを切るのはパトリックサースフィールド。コツコツと勝利を積み重ねてきた彼女が先頭を走ります!2番手は2バ身ほど離れてポエティックフレア。3番手にセントマークスバシリカ、今ノリに乗っている彼女は3番手につけます。4番手にタルナワ、その後ろ2バ身ほど離れて日本のヴァーディクトデイが機会をうかがう形。レースの序盤、向こう正面へと入ります。隊列は……ばらけています。大体どのウマ娘も1バ身から2バ身の差をキープしています!》
この少人数ならば紛れはおこならないだろう。強いウマ娘が勝つ、そんなレースになる予感がしていた。
拳を強く握るクロノジェネシス。ヴァーディクトデイの勝利を祈っていた。
「頑張って……ヴァーディ!」
「フン!アイツは最後方か」
バティスタは鼻を鳴らしてレースを見ている。彼女はヴァーディクトデイを苦手としているので素直に応援したくはないのだろう。それが分かっているエネイブルは、微笑ましい目でバティスタを見ていた。その後、険しい目でレースを見つめ、レパーズタウンレース場の説明を始める。
「レパーズタウンレース場は、コース全体の勾配に関してはさほど大きくはありません」
「みたいだね。でも……後半に上り坂が集中している」
「そうです。急坂こそありませんが、緩やかな上り坂が続くというのも辛いものがあります。スピードだけではなく、パワーとスタミナも求められるレース……それがアイリッシュチャンピオンステークスです」
レースはハナを切ったパトリックサースフィールドが後続との差を広げようとしている。しかし、そうはさせまいと後続もつかず離れずの位置をキープする。ハナを切っているウマ娘からしたら、面倒なことこの上ないだろう。
最後方に控えているヴァーディクトデイも同様だ。自身の前にいるタルナワから2バ身の位置をキープし続けている。
「ヴァーディ君はいつもの位置……後は」
「えぇ。最後の直線での勝負になるでしょう。少人数なので」
パトリックサースフィールドもこれ以上差を広げるのは無駄だと判断したか脚を溜めることにした。最後の勝負に全てをかける……そのために。
レースはよどみなく進んだ。隊列が大きく変わるわけではなく、誰かが仕掛けるわけでもない。ただ淡々とレースと流れていく。
《4コーナーへ入りました。先頭はパトリックサースフィールド!3バ身ほど離しているが徐々に差が縮まってきている!ここで差を詰めにかかってきたか!2番手以下も変わらず、虎視眈々と機会をうかがっております!こうなると有利になるのはやはり前につけているウマ娘達でしょう!最初に仕掛けるのはどのウマ娘か?まもなく最後の直線へ入ります!》
先頭から最後尾まで7バ身もないほどに密集している。最後の直線に入った時──レースが動いた。
2番手に控えていたポエティックフレア、そしてセントマークスバシリカとタルナワも一斉に仕掛け始める。先頭を走るパトリックサースフィールドとの差を詰めていた。ヴァーディクトデイは……つられるように動いている。
「頑張れ~!ヴァーディく~ん!」
「頑張ってくださいませ!ヴァーディさま~!」
「フン!アイツなんか負け「何か言った?バカ姉」な、何でもないぞベル!?」
一気に戦局が動いた。パトリックサースフィールドは粘るが……後続は彼女よりも速い。あっという間に追い抜かれる。
ヴァーディクトデイは、タルナワの後塵を拝していた。表情からは必至さが見て取れるが、明らかに追いつけなさそうな雰囲気を醸し出している。
「そ、そんな!?……~~~ッ!ヴァーディ君頑張ってー!」
ヴァーディクトデイの苦しそうな表情が見えたクロノジェネシスは、必死に声援を飛ばす。残り200。先頭はポエティックフレアに変わっていた。
声援が飛び交うレパーズタウンレース場。ポエティックフレアとセントマークスバシリカ、タルナワの叩き合い。その後ろにヴァーディクトデイが控える。
ここからヴァーディクトデイの逆転は難しいだろう……そんな時だった。
「……ッ」
ヴァーディクトデイは俯いている。表情は見えない。ただ──纏う空気が一変していた。
「えっ?」
「な、に……あれっ」
観客は目にする。追いつけないと思っていたヴァーディクトデイが息を吹き返し、ポエティックフレア達に追いつきそうになっていることに。残り100mの地点で、彼女達の叩き合いにヴァーディクトデイも参戦する。4人での勝負となった。
《残り200を切ってポエティックフレア、セントマークスバシリカ、タルナワ3人の勝負になる!パトリックサースフィールドとヴァーディクトデイは厳しいか!?この2人は厳しいか!最後は3人での叩き合い……ではない!?ここでヴァーディクトデイがさらに上がってきた!ヴァーディクトデイが上がってくる!前を走るタルナワに並ぼうとしている!大外からヴァーディクトデイだ!凄まじい走り、まさに
4人での激しい叩き合い……にはならなかった。ヴァーディクトデイは瞬く間にタルナワ、ポエティックフレア、セントマークスバシリカの3人を躱して先頭に立つ。そのまま突き放しにかかった。
「うおおおぉぉぉ!?す、すげぇぇぇ!」
「いけいけー!ヴァーディく~ん!」
「そのまま突き抜けてくださいまし!ヴァーディさま~!」
「……」
バティスタはヴァーディクトデイの走りを見る。ジッと、何かを観察するように。
ポエティックフレア達が必死に追うが、ヴァーディクトデイの末脚が勝つ。そのまま突き放し──2バ身差でヴァーディクトデイが勝った。
《ヴァーディクトデイ!ヴァーディクトデイだ!日本から来た挑戦者、ヴァーディクトデイがアイリッシュチャンピオンステークスを制したぁぁぁぁ!とんでもない脚だ!まさに飛ぶような末脚!これが日本の撃墜王だ!次走の凱旋門賞に向けて死角なし!これが日本のウマ娘の強さだと言わんばかりの走りでした!2着はセントマークスバシリカ!3着はタルナワです!》
喝采に包まれるレパーズタウンレース場。勝者を讃えていた。
無論、クロノジェネシス達も例外じゃない。ヴァーディクトデイの勝利を讃える。
「やったやった!ヴァーディ君やったー!」
「おめでとうですわ~!ヴァーディ様~!」
「お姉さまおめでとう~!」
そんな中、バティスタはヴァーディクトデイをじっと見つめ──愉快そうに笑う。
「へ~、成程成程……
「?どうしたの姉。ヴァーディお姉さまがなにか?」
バティスタは、自信満々に答える。確信を持っているように。
「アイツ、バカじゃなくなった!」
「……バカ姉はお姉さまの事バカだと思ってたの?聞き捨てならない」
「い、いや!そういうことじゃないぞ!?ベル!わたしちゃんはただ……」
「何やら面白そうな話をしていますね……バティ、ベル?」
バティスタは心臓が飛び出すほど驚く。恐る恐る振り返ると……そこには鬼の形相をしたエネイブルが立っていた。
「ち、違うんですエネイブルさん!別に悪い意味でバカって言ったわけじゃなくて……!」
にっこりと笑うエネイブル。次の瞬間には、雷が落ちていた。
「あなたは目上の人に対する言葉遣いを憶えなさいッ!」
「ぎゃひ~!?」
苦笑いをするクロノジェネシス。ターフへと視線を移し、今なお俯いているヴァーディクトデイを見つめていた。
「……大丈夫かな?ヴァーディ君」
およそ勝利したとは思えない立ち居振る舞いだろう。ただ、クロノジェネシスはなんとなく察していた。
ヴァーディクトデイは──喜んでいると。
勝った勝った勝ったぞー!