愛チャンを走っている最中、ずっと頭の中にこびりついていた。俺が走る理由は何なのかを。
(相変わらず幻影は消えない……今も俺の前を走り続けている)
夢で見ることは減ったが、それでも幻影は消えない。俺が答えを見つけるまでは、きっと残り続けるのだろう。
最後方で控え続けるいつもの展開。この少人数で控える意味はあるのか?と思わなくもないが、強敵相手にはいつもこうやって来た。自分のレーススタイルを崩さないで、このスタイルで勝つことを信条に。
間もなく最後の直線に入る。他のウマ娘達にもギアが入るのを確認して、俺もトップギアに入れ替えた。
「クソッ!」
だが、追い抜くには至らない。頑張って走っているが、どうしてもあの時の感覚を手に入れることができない。宝塚記念や大阪杯の時に感じた、あの感覚を。
出走しているウマ娘、タルナワさん達も、俺にだけ見える幻影も。ずっと俺の先をいっている。踏ん張ろうとしたその時、フランケル会長の言葉を思い出した。
「走っている最中に思考のあらゆる雑念を取り払いたまえ。1つずつ、1つずつ取り払っていって──最後に残ったものこそが、君の走る理由になるんじゃないかな?」
(そうだな……余計な思考を、まずは取り除かねぇといけない)
走るのに余計な
「原初に立ち返ってみるのも、良いかもしれないね」
原初。俺にとっての原初は多分前世。競走馬として、初めてレースを走った時か?あの時は確か、コントレイルとも会っていない。というか、レースの世界のことを何にも知らなかった時だ。
そんな時のことを思い出してどうにかなるのか?そう思うが今はなりふり構っていられる状況じゃない。もうすぐ残り200の標識が見えてくる頃だ。
思い出せ。俺は、どんなことを思っていた?レースを走って、どう感じていた?何を立てた?
考えて考えて……思い出す。あの、当時のことを。
(……あぁ、そうだったわ)
何というか、拍子抜けしそうになる。だが、これがきっと。俺の走る理由になるんだろう。
思えば随分遠い回り道をしたようだ。バカみたいに考えまくって、アホみたいに悩みすぎて。深刻に捉えていた。そのせいで、迷惑をかけた。
コントレイルを意識するのを止めるつもりはない。俺にとってアイツは最高のライバルで、越えるべき目標なんだ。それを変えるつもりはない。ただ、
「ようやく、至れたぜッ!」
今まで自分にまきついていた鎖が壊れるような感覚。それと同時に、身体の奥底から力が湧き上がる!これがあれば──負ける気がしねぇ!
走ることに全神経を集中させる!もうなにも、考える必要はない!
「なっ!?」
「速い……!けど、負けない!」
この愛チャンに出走しているウマ娘達はトップレベル。だからどうした?
《残り200を切ってポエティックフレア、セントマークスバシリカ、タルナワ3人の勝負になる!パトリックサースフィールドとヴァーディクトデイは厳しいか!?この2人は厳しいか!最後は3人での叩き合い……ではない!?ここでヴァーディクトデイがさらに上がってきた!ヴァーディクトデイが上がってくる!前を走るタルナワに並ぼうとしている!大外からヴァーディクトデイだ!凄まじい走り、まさに
そのままタルナワさん達を外から躱す。そして──俺が1着でゴールした。
レースを終えた後、肩で息をする俺。地面を見ながら、先程のことを思い出す。
(そうだった……そうだったな)
考えてみりゃ、スゲェ単純なことだったわ。なんで俺が走っていたのか?その答えは──最初からあったんだ。
これでもう、迷うことはないだろう。この感覚を身体にしみこませる、というか次からもできる。なんとなくそう思っていた。
(さて、帰るか)
そう思った矢先の出来事──誰かが俺にもたれかかってきて!?
「うわっ!?だ、誰ですか!?」
「ウフフフっ」
「ひぃっ!?」
ぞわっとした!顔に指を這わされてぞわっとしたぞ今!?というかこの声……タルナワさんか!
「びっくりしたわ。あなた本当に強いのね……ヴァーディ?」
「は、はぁ。とりあえず、離れてもらってもいいですか?あの、走ったばっかで汗臭いと思うので」
「あら、私は気にしないわ。だからこのままくっつくわね」
こっちが良くないんですけど!?誰か助けて!えっと、えっと!あ!そ、そこのウマ娘さん!一緒に出走した仲でしょ!?助けてー!
「……フイッ」
目を逸らすなぁぁぁぁぁ!?誰でもいいから助けてぇぇぇぇ!
「『ヴァーディ君から離れなさ~い!』」
「『ヴァーディ様への狼藉、許しません!』」
その後ジェネ先輩とエネさんの仲裁が入ったことで事なきを得た。ま、マジでヤバかった。
◇
愛チャンも終わって数日が経ったある日。宿舎で俺とジェネ先輩、プボちゃんも集まって3人で話し合う。
「それでヴァーディ君……何か掴めたの?」
開口一番、心配するように質問するジェネ先輩。思えば、ジェネ先輩の言葉があったからこそここに至れたようなもんだからな。ジェネ先輩が指摘してくれなければ俺はどうなっていたか。あのまま理想の幻影を追い続けて、他人の言葉に耳を貸さずに突っ走る……考えるだけでもゾッとするわ。
ひとまず、ジェネ先輩を安心させるためにも笑顔で答える。それに、嬉しい報告でもあるわけだからな!
「
「「本当ッ!?」」
うわ!ジェネ先輩もプボちゃんもめっちゃ詰め寄ってきた!近い近い!
「近いから離れてくれ2人とも!」
「そんなことより!本当なのヴァーディ君!」
「走る理由を見つけたって!」
「本当ですから!だから2人とも離れてくれ!」
渋々ながらも引き下がる2人。た、助かった……。なんか詰め寄られることが多いな俺。なんでだ?
それは後で考えるとして。2人に教えた。俺が走る理由、俺の原点を。2人の反応はというと。
「うん、それくらいシンプルでいいんだよヴァーディ君」
「そうだよ~。ヴァーディ君はいろいろと考えすぎなんだから。それくらいシンプルに走ってる方がらしいよ~」
「本当にそうだと実感してるよ……」
我ながらえらい遠回りをしたもんだ。ただ、これでもう問題はない。凱旋門賞に抜かりなく挑める。
というわけで……これでプボちゃんと心置きなく戦えるわけだ。
「プボちゃんもフォワ賞、おめでとう。良い逃げ切り勝ちだったな」
「本当本当!これはわたしもちょっと怪しいかな~?」
「えへへ~。ヴァーディ君もクロノさんもありがと~。でも、凱旋門賞は負けないぞ~」
むん、と気合を入れるようにガッツポーズをするプボちゃん。こっちも負けねぇからな!
「後は凱旋門賞に向けて調整するだけですね。俺とプボちゃんはレース後なんでまだトレーニングはできないですけど」
「ふっふ~ん!この間にわたしが劇的に強くなっちゃうもんね~!」
「そんな魔法のトレーニングがあるんですか~?」
「うぐっ!……な、ないけど……っ」
思えばジェネ先輩は体調の問題でぶっつけ本番だもんな。いくら重バ場に強いとはいえ、果たしてどうなるのか?前世のレース結果なんてもうあてにならんし気にすることもない。
そういえば、日本からも応援が来るんだったな。
「確か、バディと数人こっちに来るんでしたっけ?応援に」
「そうだね。海藤トレーナーとチームの何人かがこっちに来るよ」
「カノープスの先輩達も応援にくるみたいなんだ~。かっこ悪いところは見せられないぞ~」
エフは秋天があるからこない。ペリも自分のレースがあるからこれないって言ってたな。2人とも残念がっていた。自分のレースに集中するように、とだけ伝えたけど。特に秋天にはコントレイルとアレグリア先輩が出走する予定らしい。一筋縄じゃいかないだろう。
みんなでゆっくりとした時間を過ごす。思い思いの会話をしていたら、いつの間にか消灯時間が迫っていた。
「もうこんな時間か。じゃあみんな寝ましょうか」
「ふわ~あ。そうだねぇ、ぼくももう眠いや」
おやすみ~、といいながら部屋を退出するプボちゃん……足取りふらふらしてたけど、無事に部屋に辿り着けるだろうか?
「じゃあジェネ先輩もおやすみなさい。体調を万全に整えましょう」
「そうだね。しっかりと整えないと!」
じゃあねヴァーディ!と元気よく退出するジェネ先輩。部屋は俺一人となる。
さて、と。
「ようやく、見つかったな。というよりは、思い出せた、が正しいか?」
ま、どっちでもいいか。それにしても我ながら単純なもんだ。
ここまで随分と迷っちまった。でも、これから先は──迷うことはないだろう。
確固たる信念ができた。俺が走る理由を、思い出すことができた。後は。
「コントレイルとの決着をつける……それだけだっ!」
あの日出走できなかったジャパンカップ。俺の身体は、ラスト1年の全盛期に至っている。ジャパンカップに出走はできるだろう。そのためにいろいろと手を尽くしてきた。それにできなかったとしても……その時はまた考えればいい。
「待ってろよコントレイル!世界一の称号を引っ提げて、お前に挑んでやる!」
そう決意をして。俺は眠りについた。
完・全・覚・醒