ヴァーディ君達と別れて自分の部屋に戻った後、ぼくは自分のベッドにダイブした。ちょっとはしたないけど、誰も見てないからいいよね。
ベッドに寝て、枕を抱いて。ヴァーディ君のことを思い出す。
(ヴァーディ君の目、迷いがなくなってた)
悩みが晴れたような、気分の良い朝を迎えたかのような。そんな感じの表情と目。それは勿論嬉しいことだ。ぼくだって、
でも、どうしてもぼくの脳裏にはあの夢がよぎる。ぼくが小さい時からずっと見ている──ヴァーディ君の夢。
夢にも変化が訪れていた。小さい頃は赤黒い翼だったのに、最近では少しずつひび割れていってるような、そんな感じがする。ヴァーディ君がよい方に向かっているんじゃないか?と思わなくもない。実際のところは分からないけど。
それでも心配なものは心配だ。ヴァーディ君がどこか遠くへ行っちゃうんじゃないかって。晴れやかにしているけど、それは我慢しているだけなんじゃないかって……そう思っちゃう自分がいるわけで。
(そもそもこの夢自体、本当にヴァーディ君のことなのか分からないわけで……う~!もう分かんないよ~!)
頭こんがらがってきた。とにかくもう寝よう。
「おやすみなさい!」
誰に言うわけでもなく。虚空に向かって言い放って。ぼくは意識を落とした。
◇
夢を見る。いつもの夢を、パリロンシャンレース場を走っているこの夢を。
いやに鮮明だった。今まさに走っているようなそんな感覚。ぼくは集団の中にいて、ペースを乱さずに走っている。ただ、ついて行くのもやっとという状態。
天気はあいにくの曇り空。芝は……さすがに分からない。夢の中だから。
(いつもと変わらない夢っ?)
じゃあここからいつも通りにヴァーディ君が抜き去って、ひび割れた翼を広げてロンシャンを駆け抜けていくのだろう……と思うが。その見通しは甘かった。
最終直線。ヴァーディ君はいつも通りに大外から駆け抜けている。だがいつも見えていたその翼は──ドス黒く染まっていた。
(……え?)
戸惑うぼくをよそにヴァーディ君は外から凄まじいスピードで上がっていく。やっぱりぼくは追いつけない。集団から抜け出すこともできず、スタミナが切れたのか順位を落としていった。けれど……重要なのはそこじゃない。
どうして?なんで?だって、つい最近までは違ったじゃないか。晴れやかな表情で走っていたのに、さっきチラッと見えたあの表情は。
(まるで、全部を諦めていた前までみたいな……)
気づけばゴールしていた。ヴァーディ君を見据えるぼく。当のヴァーディ君はというと。
「……」
ただ、感情の籠っていない瞳でぼくを見ていた。
(や、止めてよ……そんな目で見ないでよっ)
夢だというのは分かっている。こんなものはぼくの夢で、こんなことになっているのはぼくの不安が現れているからだっていうのは分かってるんだ。
(や、やだ……やだ……っ!)
でも、夢のような感じがしなくて。これは、
感情がこもっていない目でぼくを見ているヴァーディ君。息が苦しくなって、呼吸すらままならない。
「ハァー……、ハァー……!」
動悸が激しくなって。ヴァーディ君の目は変わらないままで。冷たい目をしてぼくを睨みつけていた。
「そ、そんな目で見ないでよヴァーディ君……ぼく、ヴァーディ君に何かしちゃったかな?」
夢のヴァーディ君は何も言わない。必死に呼びかけても反応しない。
やがてヴァーディ君は走り出す。レースも終わったのに、その場から立ち去るように走っていた。
ぼくも急いで追いかける。このまま行かせたらダメな気がしたから。走るけど……追いつけない。それどころかどんどん離される。
「待って、待ってよっ!」
1人にしないで!ぼくを置いてかないでよ!ヴァーディ君!
「ヴァーディ君!ヴァーディ君ッ!」
そのままぼくはヴァーディ君を追いかけて──
◇
「ヴァーディ君ッ!」
気づいたらベッドから飛び起きていた。ヴァーディ君の名前を叫びながら起きちゃった。窓の外から見える景色は、暗い。まだ夜中だ。
「ハァ……ハァ……」
寝汗が凄い。ぐっしょりで気持ち悪い。それぐらいの悪夢だった。少なくとも、ぼくにとっては。
ヴァーディ君がどこか遠くへ行っちゃう夢。加えて、良くなっていたヴァーディ君が元のように戻っちゃってた。冷たい目で、無感情な瞳で。ただジッとぼくを見ていた。
今までにないパターン。もしかしてアレが、ヴァーディ君とぼくの未来?
(う、う~ん。どうなんだろう?少なくともヴァーディ君はそんなことしなさそうだけど)
今のヴァーディ君を見ていると、とてもそんなことをするようには思えない。
でも、うん。
「やっぱり不安になっちゃうな……」
寝汗が酷い寝間着から着替える。タオルで汗も拭いておかないと。
一通り終わったらまたベッドで寝ようとするけど。頭にさっきの夢がチラつく。ヴァーディ君の冷たい目が、ぼくを睨みつけているような気がして。
ヴァーディ君はそんなことしないっていうのは分かっている。けど、やっぱり不安で。
「……ば、バレなければいいよね?」
ぼくは自分の部屋を、こっそり抜け出した。
少し暗めの廊下を歩いて、とある部屋の前まで足を運ぶ。1つ深呼吸をして扉を開けた。
「やっぱり鍵は閉めないんだねヴァーディ君……」
なんというか、もうちょっと危機意識を持った方が良いと思うんだ。そう思ったけど。
「おん?どうしたよプボちゃん。俺になんか用?」
「うひゃあああぁぁぁ!?」
「プボちゃん、一応夜中だから声抑えてな?」
ヴァーディ君起きてたの!?部屋の中は明るいし、ヴァーディ君起きてるし!う、うぅ……ヴァーディ君のベッドにこっそり忍び込もうとしてたのに……。
ヴァーディ君はまじまじとぼくを見ている。枕を抱いて、縮こまっているぼくを見てヴァーディ君は──ニヤニヤしていた。
「なんだなんだ?また怖い夢でも見ちゃったのか?プボちゃん」
「う、う~っ!」
間違ってない、間違ってないんだけど!でも改めて指摘されると凄い恥ずかしい……ッ!
「図星ってわけかい……分かった分かった。俺が悪かったからそんな顔真っ赤にしながら睨みつけないでくれ。怒らせたの謝るから」
違うよ!恥ずかしいんだよ純粋に!
「んじゃ、いつも通り一緒に寝るか?」
「え?い、いいの?」
「そのつもりで来たんだろ?枕持ってきてるし。俺は別に構わねぇよ。それにそろそろ寝るつもりだったしな」
そういえば、ヴァーディ君こんな時間まで何してたんだろう?ちょっと覗いてみると……。
「あれ?これって」
「ん?あぁ、ロンシャンレース場のコース図だよ。改めて勉強しておこうと思ってな」
こんな時間まで勉強してたんだ。凄いなぁ。
ぼく達は一緒のベッドに入る。寮でも何回か寝ることはあるけど、やっぱり安心するなぁ。
(何回?何回……うん、何回だよ何回)
数十回は寝ている気がするけど気のせい気のせい。やっぱりヴァーディ君の温もりは安心する。
「んで?今回は何の夢を見たわけよ?」
「へ?」
寝ようと思っていたら、唐突にヴァーディ君からそう質問されて。考えてみれば当たり前の質問なんだけど。
「寮ならともかく、部屋が違うここまで来たってことはよっぽど怖い夢を見たんだろ?そうなるとちょっと気になるんだよな~」
のほほんと聞いてくるヴァーディ君。確かに、ヴァーディ君の視点からすると気になるよね。
夢のことだけど、ぼくは毎回怖い夢としか言ってない。具体的な夢の内容は伏せるか誤魔化していた。
でも……今回は。
「その、ヴァーディ君に置いていかれる夢を見ちゃってっ」
なんでか、素直に教えてしまった。ヴァーディ君は意外そうな表情をしている。目を丸くしていた。
「俺に?……そりゃまたなんで?」
「分からない。夢のヴァーディ君はぼくを置いていって、どんどん先にいっちゃって……必死に呼びかけても止まらなくて」
ぽつぽつと吐き出す。夢の内容を。
「ヴァーディ君はぼくなんか見ないでどんどん先にいって、ぼく不安になっちゃって……!このままヴァーディ君がどっか行っちゃうんじゃないかってっ」
「……」
「このまま置いていかれたらぼく、どうにかなっちゃいそうで」
ヴァーディ君は黙ってぼくの話を聞いている。ただ無言で、ぼくと目を合わせていた。
一通り夢の内容を話し終わった後、ぼくは不安な気持ちを抑えてヴァーディ君に吐き出す。
「ねぇ、ヴァーディ君。ヴァーディ君はぼくを置いて行かないよね?」
そう聞いたら、ヴァーディ君は。
「……絶対にって約束は出来ねぇな」
はっきりと、そう告げた。
やっぱり、そうだよ「だって、突然いなくなるってことはよっぽどの事情があるかもしれないし」ヴァーディ君は、まだ言いたいことがあるみたいだ。でも正直、あまり聞く気はなかった。
ヴァーディ君はぼくの目を真っ直ぐに見ている。揺るぎない信念を持った瞳で、ぼくを見据えていた。
「だから絶対にって約束はできない。反故にした時、嘘を吐いたってことになるからな。そんな状況があるのに、絶対に置いて行かないとは約束できない」
「……ヴァーディ君」
「──でも」
ヴァーディ君は、表情を崩して。微笑みながらぼくに言ってくれた。
「俺の意思でプボちゃんから離れるってことは絶対にない。それだけは断言できる」
「──あっ」
その言葉を聞いた瞬間、心の中の何かがフッと軽くなるような感じがした。今まで感じていた不安が和らいで、大丈夫な気がしてきた。
確かに、ヴァーディ君が黙ってぼくらの前からいなくなるなんてことは考えられない。ヴァーディ君はそんなことはしないだろう。そう思うと、さっきまでネガティブになっていた感情はどんどん消えていく。ポジティブな感情が湧き上がってきた。
ヴァーディ君の笑みにつられて、ぼくも笑ってしまう。お互いに、向かい合って笑った。
「ま~そんなとこだ。プボちゃんに黙っていなくなるなんてことはないよ。そうなったとしたら、事故にでも遭ったと思ってくれ」
「……縁起でもないこと言わないでよ」
そいつは悪かった、と笑いながら言うヴァーディ君。本当に縁起でもないから止めて欲しい。
「ま、もういい時間だ。とっとと寝ようぜプボちゃん」
「うん、そうだね。……ヴァーディ君」
「ん?どうしたプボちゃん」
不思議そうにしているヴァーディ君に、表情を崩しながら。
「──ありがとうね」
お礼を言う。ぼくの不安を和らげてくれてありがとう。ワガママを言っても笑って受け入れてくれてありがとう。いつもお世話になってるからありがとう。沢山沢山ありがとう。そう伝える。
「……そりゃ、どういたしまして」
ヴァーディ君は照れ臭いのかちょっと顔が赤くなっていた。ちょっと可愛い。
ぼくの不安が、完全に無くなったわけじゃない。なんで夢のヴァーディ君が前のようになったのか、それは分からない。
ただ感じたことは。きっとこれからも大丈夫だろうという確信だった。
ドゥラメンテ当たりません。