凱旋門賞から帰ってきた日。久しぶりにエフに会った。
「お帰り、姉さん。それとおめでとう」
「ありがとよエフ……勝ってきたぜ、凱旋門をよ」
「うん、TVで見てた。ペリファーニアと一緒に、画面越しに応援してたよ」
嬉しいことしてくれるじゃねぇかコイツめ。目一杯撫でてやる。
さて、撫でるのは程々にして。次はジャパンカップに向けて調整してかなきゃならねぇな。残り1ヶ月と少し、現在は疲労ちょい残りだ。
「姉さんはこの後どうするの?」
「ん~……とりあえずバディと一緒にマッサージを受けに行って。その後は自由時間だな」
「そっか。遠征の疲れもあるだろうし、ゆっくり休んでね姉さん。私も、次のレース頑張るよ」
エフの次のレースか。確か……菊花賞じゃないんだよな?
「秋の天皇賞だっけか?確か」
「うん。私に3000mは長すぎるって海藤トレーナーが言ってたから。それに、私も姉さんと一緒のレースを勝ちたいし」
「え、エフ~……!嬉しいこと言ってくれるじゃねぇかコイツめ!」
エフの頭を乱暴に撫でる。本当に可愛い妹だ!この場にはいないけど、勿論ペリファーニアもな!
「い、痛いよ姉さん」
「おっと、わりぃわりぃ。ま、お前が秋の天皇賞勝てるように応援しておくぜ。相手はあのコントレイルなんだろ?」
「……うん」
相手はあのコントレイルだ。さらにはマイル路線からアレグリアさんも出走してくる。強敵揃いってのは間違いない。
けど、相手が強くてもエフは委縮した様子を見せない。むしろ、好戦的な表情をしている……表に出にくいから俺とペリぐらいしか分かんないと思うけど。
「コントレイルさんは、多分姉さんしか見ていない。そこを私が、突く」
「あ~……そんなになのか?」
無言で頷くエフ。俺との対決を向こうも望んでるってことだから嬉しいっちゃ嬉しいんだが……。
(俺も人のこと言える立場じゃねぇからなぁ)
今までだって、ずっとコントレイルを追い続けていたわけだし。俺がコントレイルを説教できる立場になんてない。むしろ俺は説教される立場のウマ娘だろう。
とは言っても、相手が強敵というのは事実。特に、コントレイルは夏を経てさらにパワーアップしていることだろう。宝塚記念のこともあるし、油断ならない相手だ。
「……ま、とにかく頑張れよエフ。トレーニングの許可が下りたら、俺と一緒にトレーニングするか?」
「ありがとう、姉さん。是非お願いするよ。凱旋門賞ウマ娘の姉さんとトレーニングできる機会なんて、滅多にないからね」
「ふっふ~ん!この凱旋門賞ウマ娘様に任せとけ!」
エフの言葉に乗っかるようにトレーニングの約束を取り付ける。さて、まずは遠征の疲労を抜くことから始めますかね。
◇
秋の天皇賞に向けて調整を進める各陣営。特にスピカのグランアレグリアとコントレイル……とりわけコントレイルは気合が入っていた。
「……ゴールドシップ先輩、もう一本お願いできますか?」
「え~?別にいいけどよぉ」
ライバルであるヴァーディクトデイが世界の大舞台で結果を残してきた。これで気合が入らないわけがない。
(ヴァーディ君が宣言していたジャパンカップ……そこで、勝負を!)
インタビューにて、ヴァーディクトデイはジャパンカップへの出走を表明していた。遠征の疲労が心配されていたが、ついこの前彼女の妹であるエフフォーリアと共にトレーニングしている光景が見られた。さらには朝のトレーニングにも顔を出しているとの情報がアーモンドアイからあった。すでにトレーニングを始めているということは、ヴァーディクトデイはジャパンカップ出走に関して全く問題がないと判断してもいいだろう。確実に出走してくるはずだ。
これにはコントレイルの気合も入るというもの。ライバルからの直接の指名、自分とのレースを待ち望んでいるという……自分と同じ感情を向けられていたのだから。
(フフ、フフフ……!楽しみだなぁ!)
「そして……タクトちゃんのためにも……ッ!」
「……ふぅむ」
気合を入れてトレーニングをするコントレイルを、厳しい目で見るスピカのトレーナー。そんなトレーナーをジャスタウェイが偶然目撃した。
「およ?どうしたんですかトレーナー氏。コントレイル氏を見て難しい顔をしていますが」
「あぁ、ジャスタウェイか」
トレーナーは頭を搔きながら、自らの懸念をジャスタウェイに話す。
「コントレイルは気合が入っている……だが、
「気合が入りすぎている……まぁ確かに。ですがそれも仕方ないのでは?なんせ、インタビューで意中の相手に逆指名されたわけですから」
「アレな。だからコントレイルの気持ちも分からなくはないんだが」
溜息を1つ吐くトレーナー。
「あれだけ気合が入ってると、空回りするんじゃないかって心配でな」
「あ~……あれだけ気合が入ってるとありそうですな」
トレーナーの懸念点が分かったのか、ジャスタウェイも何となく同じ気持ちを抱いた。
今のコントレイルはかなり気合が入っている。夏合宿のトレーニングを経て、さらに強くなっただろう。きっとヴァーディクトデイが相手でも負けない。秋の天皇賞の最有力ウマ娘でもある。勝てるという自信もあるのだが……いかんせんやる気が空回りしかねないという懸念がある。
そして、コントレイルの気合が入っている理由はヴァーディクトデイだけじゃない。
「ところで……タクト氏は今も?」
「……あぁ、今もメジロの施設でリハビリ中だ。マックイーンが面倒見てくれてるよ」
同期のデアリングタクトの長期離脱。それも絡んでいた。
デアリングタクトは香港で開催されたクイーンエリザベス2世カップで繋靱帯炎を発症した。元々予定していた宝塚記念の出走は取消、治療に専念することになった。復帰時期は──未定。治療にどれだけの時間を要するのか分からないのが現状だ。今は同じチームの先輩であるメジロマックイーンがメジロ家の療養施設を提供し、リハビリを続けている。
ヴァーディクトデイからの宣戦布告と同期のデアリングタクトの長期離脱……2つの出来事が重なって、コントレイルは気負い過ぎるようになってしまった。
「今のコントレイルは危うい。宣戦布告と同期の長期離脱で、かなり気負うようになっちまった」
気負い過ぎたコントレイルが無茶をしないか。そんな懸念もあるが……そこは心配していない。オーバーワークには気を付けているし、なにより。
「コントレイル、そろそろ休憩した方が良いわ。あんまり気負い過ぎるのも良くないから」
「す、スズカ先輩……はい」
「ご飯にしましょうコントレイルちゃん!私、おにぎり作ったんです!」
「あ、ありが……デッカ!?」
「秋の天皇賞のためにも、いっぱい食べて身体を作らないと!」
チームのみんながコントレイルを気遣っている。無茶をして身体を壊すような真似はしないだろう。
トレーナーはコントレイルから視線を外し、今度はグランアレグリアの方を見る。こっちはこっちでいつも通りだった。
「とぉぉぉりゃぁぁぁ!前回の大阪杯はダメだったけど、今度の秋天は勝つぞぉぉぉ!2000mは実質マイルゥゥゥゥ!」
「アレグリア!流石にそれは無理があるわよ!」
「っつーか、自分でも分かってたんじゃねーのかよ!?」
グランアレグリアが叫びながら走っている。
「いつも通りだな」
「あれはいつも通りじゃダメじゃないですかね?」
「言うなジャスタウェイ。多分グランアレグリアもちゃんと分かってるだろ」
「本当ですかね?」
ジャスタウェイの訝しむような言葉に、トレーナーは沈黙するしかなかった。
ところ変わって海藤トレーナーのチーム。こちらは順調だった。
「ッフ!」
エフフォーリアとヴァーディクトデイが併走している。どちらも気合を入れて走っていた。
「やるじゃねぇかエフ!だったら……俺も本気で行かせてもらうぜ!」
「ッ!」
エフフォーリアの外につけているヴァーディクトデイ。最後の直線に入ると、エフフォーリアを外から追い抜かしにかかった。
「っ、させないッ!」
「そうだ!気合入れろよエフ!」
「2人ともー!最後の直線、気を抜かずに走ってねー!」
並んで走るエフフォーリアとヴァーディクトデイ。もう少しというところでヴァーディクトデイが外から躱した。
「ハァ……ハァ……さ、さすがに速い……ッ!」
「んく、んく……エフもかなり速くなってるぞ。これなら秋天も勝てるだろ!」
嘘偽りのない賞賛をエフフォーリアに送るヴァーディクトデイ。
「ありがとう姉さん。でも」
賞賛を素直に受け取る、が。首を横に振るエフフォーリア。
「まだまだ頑張らないと。相手はコントレイルさんにグランアレグリアさん……それだけじゃない。シニア級の先輩達が相手なんだから。もっともっと頑張らないと」
拳を握り、気合を込めるエフフォーリア。そんなエフフォーリアをヴァーディクトデイは面白くなさそうに見る。
「エ~フ~……」
「ど、どうしたの?姉さん」
困惑するエフフォーリアをヴァーディクトデイは──全力で撫で回した。
「姉さんからの言葉はありがたく受け取っとけ!うりうり!」
「わっぷ!?ね、姉さん!?」
「良いかエフ!あんまり気負いすぎんな!気負い過ぎると、やる気が空回りしちまうぞ!」
言いながらもエフフォーリアを撫でることを止めないヴァーディクトデイ。さながら犬を撫で回すかのようにエフフォーリアを弄っていた。
「わ、分かった!分かったから姉さん!もう止めて!」
エフフォーリアからの制止の声で、ヴァーディクトデイは撫で回すのを止める。
恨みがましい目でヴァーディクトデイを見るエフフォーリア。そんな視線を受けても、ヴァーディクトデイは涼しい顔をしていた。
「姉さん……」
「そんな恨みがましい目で見るなエフ。今のお前は気負い過ぎ、だろ?バディ」
「そうだね、ヴァーディの言う通りだよエフフォーリア」
ヴァーディクトデイの言葉に同調するように、海藤トレーナーもエフフォーリアを宥める。
「気合を入れるのは良いことだけど、あんまり出し過ぎると空回りしちゃうよ。こういう時こそ、楽な心構えで挑むのが大事だ」
「トレーナー……」
「確かに相手は強い。だけど、エフフォーリアだって負けてない。それは──このタイムが証明しているよ」
先程の併走のタイムをエフフォーリアに見せる。そのタイムは──エフフォーリアにとって過去一のタイムだった。
「ッ!や、やった……!」
「エフフォーリア、君は確実に成長している。こうして結果として表れているんだからね。だからこのまま、頑張っていこう!」
「はいっ!」
エフフォーリアはクールダウンをする。その後もトレーニングを日が暮れるまでやった。
各陣営、気合を入れてトレーニングをする。秋の天皇賞に向けて、それぞれの思いを胸に努力を重ねていた。
次回は秋天。