飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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ジャパンカップに向けて

 朝、いつものようにアイ先輩とトレーニングをする。

 

「調子、良さそうねヴァーディ。一安心だわ」

「はい!凱旋門賞の疲労もすっかり抜けましたし、それに俺、めっちゃ調子いいんです!」

 

 すっげぇ身体が軽い!こんな調子で走るなんて初めて!なんてフラグっぽいことを考えながら朝の走り込み。実際のところかなり調子はいい。疲労もないし、後はジャパンカップに向けて調整するだけってとこだな。

 それにしても、秋天はアレだったな。

 

「エフがコントレイルに勝つなんてな~!姉として鼻が高いですよ本当に!」

「あなたそれ何回目よ?よっぽど嬉しいのね」

「そりゃあ勿論!可愛い妹ですから!」

 

 アイ先輩は呆れ顔だが、本当に嬉しい!俺と同じレースを、三冠ウマ娘であるコントレイル相手に勝ったんだからな!そのコントレイルはレース後に涙が見えたんだが……何かあったのだろうか?

 

(それに、秋天のアイツはどこか様子が変だったからな。何かあったんだろうが……)

 

 生憎とクラスも違うし会うこともないから分からない。サリオスなんかに聞ければいいんだが、アイツも忙しいだろうし。ただパンちゃん曰く、最近持ち直したらしい。それならいいんだが。

 

「それにしてもジャパンカップ……懐かしいわね」

「確か、アイ先輩の8勝目がジャパンカップでしたっけ?しかも、三冠ウマ娘3人が揃ったレース」

「そうね。後にも先にも、こんなジャパンカップはないだろうって言われてたわ」

 

 三冠ウマ娘が近い時代に生まれるってだけでもハードルが高いからな。そう考えるとあのジャパンカップはやっぱとんでもないレースだな……それを勝ったアイ先輩はさらに凄いんだが。

 

「それでヴァーディ?あなた、ジャパンカップはどう走るつもりかしら?」

「どう走るって……まぁ、いつも通り走りますけど」

 

 最後方からの追い込み。このスタイルを崩すつもりはない。アイ先輩は今更どうしたんだろうか?

 不思議に思っていると、アイ先輩はなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

「ごめんなさい、そういうことじゃないわ」

「そういうことではない?じゃあ、どういうことです?」

「ほら、相手はあのコントレイルでしょう?あなたがずっと待ち望んでいた」

 

 あぁ、そういうことか。

 

「やっぱり、気合が入るものじゃないかしら?誰よりも意識しているライバルとの勝負だもの」

「そりゃあそうですね。是が非でも気合が入るってもんです」

「気合が空回りしなければいいわね。十分に気をつけなさい。秋天のコントレイルの坊やみたいになるわよ」

 

 ……秋天のコントレイルは気合が入りすぎてたってことか?確かに気をつけなきゃいけないな。

 

「それで、なにか作戦とかあったりするのかしら?こういう気持ちで行くとか」

 

 どういう気持ちで臨むか、か。ちょっと考えるけど……多分、俺の気持ちは変わらねぇ。

 

「う~ん……ぶっちゃけ、いつもと変わらないと思いますよ?」

「そう?どんな気持ちで挑むのかしら?」

「そりゃあ……」

 

 アイ先輩に話す。俺がどういう作戦で、どういう気持ちでジャパンカップに臨むのか?その答えを。

 話し終わった後、アイ先輩は笑って。

 

「そうね。シンプルな答えだったわね」

「ま~そういうことです」

「あなたらしいわ。ま、頑張りなさい」

 

 俺を応援してくれた。ちなみに、学園ではドンナ先輩にも会って同じような質問をされた。俺の答えを聞くと、ドンナ先輩は微笑んで。

 

「あなたらしいわね。当日は応援しに行くわ」

 

 俺の背中を押した。

 

 

 チームでのトレーニングにも熱が入る。ジャパンカップに向けて、少しでも実力を上げておくために!

 

「ハァ……ハァ……ッ!バ、バディ!タイムは!?」

 

 息を整えることも忘れて、海藤さんにタイムを聞く。海藤さんは嬉しそうな表情を浮かべて、ってことは!

 

「おめでとうヴァーディ!またタイム伸びてるよ!」

「~~~ッシ!じゃあ、この調子で!」

「タイム走はもう終わりだよ。これ以上は身体に響く」

 

 恨みがましい目で海藤さんを見るが、すぐに止める。ここで無茶したってどうにもなんねぇからな。強くなることもそうだが、身体も整えねぇと。

 トレーニングを切り上げてクールダウンしていると、ジェネ先輩が疲労困憊で!?

 

「お、おつかれさま~、ヴァーディ……」

「ち、ちょっと!大丈夫ですかジェネ先輩!?」

「だ、だいじょうぶ~。ようやくトレーニングに戻れたから~……」

 

 いや、とても大丈夫には見えないんだが?でも海藤さんが何も言ってないってことは……そういうこと、なのか?わ、分からん。

 

「そ、それよりもヴァーディ!今度のジャパンカップ頑張ってね!応援してるよ!」

「あ、はい。ジェネ先輩は……有マ記念でしたっけ?」

「そうだね~。エフフォーリアちゃんと一緒だよ」

 

 エフフォーリアの次走は有マ記念らしい。ジャパンカップには出走しないとのこと。

 

「結構いっぱいいっぱいだったから。しっかり休んで有マ記念に備えるよ」

 

 そんなことを言っていた。プボちゃんもジャパンカップには出走しないらしい。凱旋門賞からジャパンカップに出走するのは俺だけか。海外のウマ娘からはブルームが出走するらしいけど。

 後はダービーウマ娘がめっちゃ出走するらしいな。マカヒキ先輩とかエフと同期のシャフリヤールとか。てかシャフは前世で一緒に走ったことあるんだよな一応。海外だけど。そう考えると、今回のジャパンカップもアイ先輩の時と負けず劣らずの豪華メンバーだ。

 そんな時ふと、ジェネ先輩が寂しそうな表情を浮かべていた。

 

「それにしても、ヴァーディもかなり成長したよねぇ。最初はわたしの背中を追いかけてきて可愛かったのに。今じゃすっかり遠くなっちゃった気がするよ」

 

 そう切り出すジェネ先輩。遠くなった、か。()()()()()()()()

 

「今でも追いかけている感覚ですけどね。ジェネ先輩は、いつまでも俺にとっての目標ですよ」

「本当に~?お世辞で言ってない?」

「ジト目にならんでくださいよ……お世辞じゃなく本心です。ジェネ先輩は、俺にとってずっと目標の相手でしたよ」

 

 前世から変わらず、ずっとそうだった。俺が強くなれたのはこの人のおかげだし、俺が変われたのもジェネ先輩のおかげなのが大きい。ジェネ先輩が有マでの勝負を持ちかけてこなければ、今の俺はきっといなかっただろう。

 嘘偽りない言葉を並べると、ジェネ先輩は照れ臭そうに笑っていた。

 

「ま、まぁ?わたしはヴァーディのお姉さんだからね!先輩だからね!もっともっと頼ってくれてもいいんだよ!」

「いつだって頼りにしてますよ、ジェネ先輩」

「ふっふ~ん!」

 

 クールダウン中にゆっくりと話す俺とジェネ先輩。うん、楽しいな。

 

「そういえば、コントレイルちゃんも凄く頑張ってるみたいだね」

「あ~、この時期に猛特訓してるんでしたっけ?山籠もりだとか」

 

 秋天の敗北を受けて、スピカメンバー総出でトレーニングしてるらしい。少し前にアレグリア先輩から合宿の話を聞いた。あっちも準備を整えてる、ってことだろう。

 

(こっちも気合が入るってもんだぜっ!)

「うし!休憩も終わりましたし、俺はトレーニングに戻りますね!ジェネ先輩は……もう少し休んでましょうか」

「そ、そうする~」

 

 トレーニングに戻る。ジャパンカップは近づいてきていた。

 

 

 

 

 

 

 秋天が終わって数日。僕はスピカのみんなと一緒に合宿を行うようになった。全てはヴァーディ君に勝つために。

 

「オラァ気合入れろコン坊!そんなんじゃ花園いけねぇぞ!」

「それラグビーじゃありませんの!」

 

 ゴールドシップ先輩の訳の分からない檄を聞きながら、気合を入れて特訓に励む!

 滝に打たれての精神修行、舗装されていない、でこぼこの獣道を走るトレーニング、崖を登るトレーニング!全部キタサン先輩がやって来たことらしい。

 

「あたしもこのトレーニングで強くなりました!コントレイルちゃんだってきっと!」

「でも、限度はわきまえないとダメだよ?キタちゃんが頑丈だからあのトレーニングはできたわけだし」

「う゛っ、そ、そうですね!少しトレーニング量を落として頑張りましょう!」

 

 特訓のし過ぎで、ジャパンカップに出走できなかったら元も子もない。そうなったらヴァーディ君が悲しむから。

 

(それだけはしないように!)

「にしても、キタサンの時の教訓が活きてくるとはな。ひとまずグランアレグリアはマイルチャンピオンシップに向けて……」

「うおおおぉぉぉ!」

「言わなくても大丈夫そうだな」

 

 アレグリア先輩も頑張っている。僕も、頑張らないと!

 勿論身体を鍛えるだけじゃない。相手の研究も怠らないようにする。

 

「良いですか?コントレイル氏。今のヴァーディ氏を崩すことはかなり困難です。これがヴァーディ氏のタイムですが……」

「うわぁ……やっぱ後半のタイムがえげつねぇな。最後の3ハロンずっと加速しっぱなしじゃねぇか」

「しかもこれ、ほとんど大外を回ってるんでしょ?ロスが激しいのに、これだけの時計が出せるなんて」

「それだけヴァーディ氏の末脚が驚異的ということです。最後の直線のよーいドンで彼女に勝てるウマ娘は存在しないでしょう」

 

 ヴァーディ君最大の武器、最後の直線での末脚。後半ずっと加速し続ける圧倒的な速さ。これを崩すのは困難だ。ただ、隙がないわけじゃない。それがヴァーディ君の位置取りだ。

 

「ただ、ヴァーディ氏は追い込みです。最後方から追い上げてくるという都合上、必ず大外を回る。だからこそ、絶対に届かない位置に陣取るのが大事になってきます」

「あれ?でも秋天の時は真ん中突っ切ってこなかったか?」

「あれは出走していたウマ娘の意識が外に向いていたからできた芸当です。今のヴァーディ氏の警戒を考えると、そう簡単に真ん中は空けないでしょう」

 

 ジャスタウェイ先輩達と一緒に、ベストな位置取りを決める。ただ、僕がどう走るかは……もう決まっていた。

 

 

 秋天が終わってからジャパンカップの1週間前まで、僕はずっと特訓をしていた。自分を追い込んで、努力を続けて。ヴァーディ君に勝つために最善を尽くしてきた。

 トレセン学園に戻ってきてからタイムを計る。気合を入れて、ただ走る!

 ゴールラインを割って、息を整えることも忘れてタイムを聞く。

 

「ハァ、ハァ……!と、トレーナーさん!タイムをっ!」

 

 トレーナーさんは、ニっと笑って答える。

 

「自己ベスト大幅更新だ、コントレイル!この調子ならいけるぞ!」

「ッ!~~~っ、や、やった!」

 

 トレーナーさんが見せてくれたタイムは、僕の中で一番のタイムだった。これなら、いける!

 スピカの先輩達もみんな喜んでくれていた。

 

「よくやったぞコン坊!」

「えぇ!後はヴァーディに勝つだけね!」

「頑張ってねコントレイル!ヴァーディをけちょんけちょんにしちゃえ~!」

 

 そしてその中には、今も復帰のために頑張っているタクトもいる。

 

「やったねコンちゃん!これならヴァーディにだって!」

「うん。きっと勝ってくる。だからタクトちゃんも、復帰できるように頑張ってね!」

「勿論!私だって、ここで諦める気はないもの!」

 

 良い雰囲気に良い調子。最高の状態でジャパンカップに臨める!

 そしてアレグリア先輩はマイルチャンピオンシップに勝った。僕もそれに続こう……なんてことは()()()()

 

(僕が考えるべきことは、もう決まっている)

 

 ジャパンカップに向けて、最後の調整をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 日が沈んだトレセン学園。

 

「あっ」

「おっ?」

 

 2人は、偶然邂逅する。これまで不思議なほど出会わなかった2人が、本当に偶然。その場に居合わせた。

 

「よぉ、コントレイル

「久しぶりだね、ヴァーディ君

 

 お互いに真っ直ぐ見据える。片時も視線をそらさずに、ただ目の前の相手をジッと見ていた。

 長い沈黙。先に破ったのは──ヴァーディクトデイだった。

 

「聞いたぜ。この時期に特訓だってな」

 

 秋天後、コントレイルが特訓していたことについて聞いてくる。コントレイルはこともなげに答えた。

 

「まぁね。ヴァーディ君に勝つためには、それぐらいしないと」

「へぇ、随分と評価してくれるんだな?」

「当然でしょ?だって、僕は君のことをぐちゃぐちゃにしたいんだもの」

 

 一瞬ヴァーディクトデイの身体が震えるが、きっと武者震いだろう。多分。

 

「それと、凱旋門賞勝利おめでとう。今まで言えなかったから、このタイミングになっちゃった」

「あぁ、ありがとよ。お前のために……勝ってきたぜ」

 

 今度はコントレイルの身体が歓喜で震えた。意中の相手からの言葉に、嬉しさを隠しきれない。

 ただ、ここで爆発させるわけにはいけない。爆発させるのはジャパンカップで、そう決めていた。

 ヴァーディクトデイは空を見上げる。彼女の胸中にあるのは──待ち望んでいた刻が来たという気持ち。

 

(ずっとずっと、待ち焦がれていた。この時を)

「それで?お前の調子はどうなんだよ?ここにきて調子を落としてるだなんて勘弁だぜ」

「安心してよ。僕は絶好調さ。君と戦うんだから、ちゃんとしないと……それに、ヴァーディ君こそ大丈夫なの?僕と戦うのに、不調なんて許さないよ?」

「はっ、心配されるまでもねぇ……俺は絶好調さ。ジャパンカップもこの調子で行ける」

 

 2人の肚積もりは決まっている。どんな作戦で行くのか?どういう気持ちで走るのか?

 

「なぁ、コントレイル」

「ねぇ、ヴァーディ君」

 

 ほぼ同時。2人はお互いに宣言する。指を突きつけて、不敵に笑いながら。

 

「今度のジャパンカップ。俺の全力をお前にぶつける。俺の全力で、お前の全力を上回ってやる」

「今度のジャパンカップは僕の全力を君にぶつけるよ。絶対に負けない、僕の全力で君の全力を凌駕する」

 

 作戦なんてものはない。ただただ全力でお前にぶつかる。そう宣言して、2人は別れた。

 

 

そして、ジャパンカップの時が来る。




ジャパンカップ、IF。
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