始まったジャパンカップ。逃げウマ娘が不在の中、ハナを取ったのはアリストテレスだった。アリストテレスがペースをガンガン上げて逃げていく。第1コーナー地点、アリストテレスに続いてシャドウディーヴァ、ワグネリアン、サンレイポケット、シャフリヤールと続いている。コントレイルはシャフリヤールの後ろ、6番手か7番手の位置につけていた。
後ろをチラリと見ながらペースを考えるコントレイル。
(このままアリストテレスには逃げてもらう。ペースをガンガン上げて、僕に有利に働くように動いてもらう)
コントレイルは後ろから圧をかけながら走る。少しペースを上げて、前を走るウマ娘との差を詰める。それを受けてか、少しペースが上がった。後ろとの差が詰まったことを感じてか、アリストテレスがペースを上げ始める。アリストテレスの胸中は穏やかじゃない。
(勘弁してよ~!ただでさえ慣れない逃げなんだからさぁ!)
本来だったら控えるつもりだったものの、周りから抜け出した結果逃げる形になったアリストテレス。だったらこのまま逃げてやろう!と腹を括り先頭に立っていた。
そして前目に位置につけると思われていたウマ娘はもう1人、キセキがいたのだが……キセキは出遅れが響いてヴァーディクトデイと仲良く最後方を走っていた。
レースを見守るフランケル達。興味深そうに観ていた。
「『ヴァーディは変わらずの最後方、キミのお気に入りコントレイルは……前だね』」
「『今回は掛からなかったね~。さぁて、こうなるとコンちゃん有利だよ!』」
「『ですが、いささかペースが早いかと』」
そう指摘するジェンティルドンナ。その言葉にフランケル達も同意するように頷く。
「『確かに、逃げウマ娘が不在なのに早いペースだね。時計が物語ってる』」
「『逃げ……ラビットか。ちなみに平均ペースは?』」
「『前半の1000m、大体60秒が目安かと。そして現在のペースだと……』」
「『間違いなく切るね、60秒』」
確信するディープインパクト。今すぐにでもあの場所で走りたいのか、ウズウズとしていた。
ペースが早いのはファンも感じていた。ざわめき立っている。
「早いな、今回のペース」
「キセキが逃げてるわけじゃないのに、かなりハイペースだよな」
「こうなると後ろに控えているヴァーディクトデイが有利じゃないか?」
現在第2コーナーを抜けて向こう正面へと入る。先頭は変わらずアリストテレスだった。
《第2コーナーを超えて向こう正面に入ります。先頭は依然としてアリストテレス!2番手ワグネリアンに5バ身から6バ身の差を広げております!ここで1000mの通過タイムが出ました!1000mのタイムはっ、58秒7!ハイペースで進んでおりますジャパンカップ!先頭アリストテレス、2番手は外にワグネリアン、内を突いてシャドウディーヴァ。4番手にはオーソリティが浮上、5番手シャフリヤール。シャフリヤールから1バ身程離れてサンレイポケットとコントレイル!》
《コントレイルはこの位置につけていますね。非常に落ち着いたレース運び、これには期待が高まりますね!》
《キセキはこれは珍しい後方策!しかし徐々に抑えが利かなくなってきたか進出を開始した!まだ半分も過ぎていないぞ?キセキが最後方から徐々に上がってきた!同じく最後方に控えるヴァーディクトデイはっ、これはつられない!この定位置からはまだ動かないヴァーディクトデイ!》
《こちらも非常に落ち着いていますね。虎視眈々と、機会を窺っています》
先頭アリストテレスが2番手に6バ身の差をつける。2番手は外のワグネリアンと内のシャドウディーヴァ、1バ身離れてオーソリティそしてシャフリヤール、サンレイポケットとコントレイルが並んでいた。レースは縦長の展開を見せている。
コントレイルの後ろはロードマイウェイ、内にグランドグローリー外にジャパン。ロードマイウェイは海外のウマ娘2人に挟まれる形になった。そこからキセキが外から上がって行き、ヴァーディクトデイは変わらず最後方。列の後方ムイトオブリガードの2バ身後ろの位置に控えていた。
「いけいけ~!ヴァーディー!」
「冷静に見れてる。良いぞコントレイル!」
「久しぶりの海外ウマ娘の勝利を頼んだぞー!ブルームー!」
向こう正面真ん中。ここでキセキが暴走に近い形で上がっていく。最後方に控えていたはずが、いつの間にか集団の真ん中まで上がって行った。
他のウマ娘はさすがに早いと分かっているのか、つられはしなかった。これ幸いとキセキはさらに上がって行く。第3コーナーに入る頃にはもう先頭に立とうとする勢いだった。
これにはアリストテレスも焦る。
「ちょ、こないでよ!」
「私がいなきゃ始まらないでしょー!」
グングンペースを上げる。アリストテレスもムキになって競り合おうとする。さらには、周りのウマ娘も触発されるようにガンガンペースを上げ始めた。
《さぁペースが乱れたぞ!やはり一波乱起こしたキセキ!キセキが先頭に立った!第3コーナー真ん中程でキセキ先頭だ!アリストテレスが2番手に落ちる!》
《キセキはスタミナはありますからね。しかし、これはやや分が悪いか?》
《この状況で他のウマ娘もペースを上げる!コントレイルはっ、コントレイルはまだ動かない!コントレイルどっしり構えたまま!周りのペースに付き合わず、悠々と自分のペースを貫くコントレイル!まもなく勝負の第4コーナー!先頭はキセキに変わった!》
コントレイルのレースっぷりに、スピカのメンバーも笑みがこぼれる。
「良いじゃんコントレイル!自分のペースを貫けてる!」
「後は仕掛けどころね。ちょっとでも誤ったら……」
「容赦なくヴァーディ氏の末脚が飛んでくる。ヴァーディ氏の末脚にも注目ですな」
「うおおおぉぉぉ!コンちゃん頑張れー!ヴァーディも頑張れー!ボクの嫁ー!」
「いや、お前の嫁ではないだろ」
会場の熱気はさらに高まっていた。
コントレイルは冷静にレースを俯瞰する。
(後ろから圧をかけ続けて、ハイペースを作った。キセキ先輩ももうじき落ちる)
ただでさえハイペースの状況で、無理矢理ハナを取った。とんでもない量のスタミナを消費しただろう。最後の直線を迎える頃には落ちてくる、それがコントレイルの見立てだった。
(他の子達もハイペースに飲み込まれて先行勢は総崩れだ。抜くのは容易い。そして仕掛けるべきは……ッ!)
「ッ、今ッ!」
第4コーナーの真ん中程。ここでコントレイルは仕掛けた。内を突いて位置取りを押し上げる。
「う、くっ!」
ペースを上げた状態で第4コーナーへと入ったウマ娘達。当然外に振らされる。コントレイルは空いた内を見逃さなかった。十分に空いた内を通って上がって行く。
《第4コーナーの中ほどでコントレイルが動きました!コントレイルが動いた!内からグングン上がって行く!1人、また1人と躱して先行集団に襲い掛かっているぞ!先頭はキセキ、2番手との差は4バ身!必死に逃げるキセキだ!後方集団も上がってくる!そして……っ!》
まもなく最後の直線に入る、その瞬間。コントレイルは総毛立つ。いや、コントレイルだけじゃない。ジャパンカップに出走しているウマ娘全員が警鐘を鳴らす。
(あぁ、ここで来るんだね……!)
「君は、ここでッ!」
後ろは振り返らない。振り返れば飲まれる。そう思ったコントレイルは前だけを見て走る。
《ここでヴァーディクトデイも上がってきたぁぁぁぁ!さぁ凱旋門賞ウマ娘が空へと飛び立つ準備を進めている!徐々に押し上げるヴァーディクトデイ、後方集団もペースを上げる!最後の直線、先頭で入ったのはキセキだ!キセキ先頭指定席!2番手はアリストテレス、しかし脚色が悪いぞ!》
《序盤からハイペースで飛ばしていましたからね!これはキツいでしょう!》
《泣いても笑っても最後の直線!この最後の直線で勝負が決まるぞ!》
勝負は最後の直線に入った。
◇
楽しい。ただただ、楽しいという感情が俺を支配する。
(あぁ、本当に……すっげぇ楽しいな)
嬉しさ、待ち望んでいた勝負ができることへの達成感。それら全部ひっくるめて、このレースを全力で楽しんでいた。
だけど、楽しむだけじゃダメだ。
(アイツに、勝たねぇとなぁ!)
第4コーナー辺りでペースを上げる。それに気づいてか、後方で控えていたヤツらもペースを上げ始めた。もしくは、元から前との差を詰めるつもりだったのか。どちらなのかは分からない。
だけど、俺のやることは変わらない。
(全力で)
全速で
(ただひたすら前へ)
俺の力がある限り!
(俺の全てを、ぶつけるだけだ!)
全力で駆け抜ける!進路は大外、俺の──勝利への航路!
前にいるヤツらを外から躱していく。1人、また1人と。そして最後の直線へと入る。
最後の直線。東京の坂を上る。そして俺は──そいつを捉えた。
(あぁ、見つけたぜ……ッ!)
裂帛の気合いと共に、そいつの名前を叫ぶ。
「決着つけようぜぇぇぇぇ!コントレイルゥゥゥゥ!」
「勝負だぁぁぁぁ!ヴァーディクトデェェェェイ!」
アイツとの差はもうそんなにない。これなら十分……射程に捉えている!
最後の直線、アイツとの勝負が始まった。
◇
歓声と悲鳴が入り混じる東京レース場。ファンは精一杯の声援を飛ばしていた。
先頭のキセキはすでに脱落。アリストテレスもハイペースが祟って脱落した。シャフリヤールとオーソリティがなんとか食らいついている状態。海外のウマ娘達も脚色が鈍い。
そして、今の先頭は──コントレイル。しかし大外から、ヴァーディクトデイが飛んできていた。
《坂を上り終わって先頭はコントレイル!先頭はコントレイルだ!キセキの先頭はもう終わり、シャフリヤールとオーソリティが必死に食らいつく!しかし大外からヴァーディクトデイ!ヴァーディクトデイだ!やはりヴァーディクトデイが飛んでいた!最後の直線で開いていた差はおよそ10バ身!しかしその差は徐々に縮まっている!先頭コントレイルとの差はもう3バ身もないぞ!》
《これは、捕らえるか!?》
《残り200!コントレイル先頭!だがヴァーディクトデイが襲い掛かる!ヴァーディクトデイ、ヴァーディクトデイだ!コントレイルとヴァーディクトデイ、この2人の争いになる!必死に粘るコントレイル!猛追するヴァーディクトデイ!さぁどうなるか!?》
「クッソォ!逃げろコントレイル!絶対に逃げ切れー!」
「そのまま追いつけー!ヴァーディィィィ!」
「頑張れぇぇぇ!姉さぁぁぁん!」
「負けないでぇぇぇぇ!コンちゃぁぁぁん!」
必死に粘るコントレイル。しかし、ヴァーディクトデイの速さはコントレイルを凌駕する。
少しずつ差は詰まっていく。
「頑張って、コンちゃん!」
「は、ハハ……!」
ディープインパクトはコントレイルへ声援を、フランケルとナサニエル、エネイブルは思わず身を乗り出してレースを観戦する。
「ぐっ、くっ……そぉ……!」
逃げるコントレイルだが、無情にもヴァーディクトデイとの差は詰まっていく。その時コントレイルの脳裏によぎったのは──敗北。
(僕は、ここで負けちゃうんだろうか?)
必死に頑張って走ってるけど、ヴァーディクトデイには届かない。羨望の気持ちと、やっぱり彼女は強いのだということを刻まれる。
《残り100を過ぎようかというところでッ!ヴァーディクトデイがコントレイルと並んだぁぁぁぁ!そのままの勢いでコントレイルを抜き去る!ヴァーディクトデイ先頭か!?コントレイルはここまでか!?》
必死に努力した。その結果、彼女とここまで走れた。それでいい──……
「いい、わけ……ないだろっ!」
沈みそうになった気持ちを無理矢理奮い立たせる。コントレイルの思考は、単純化していた。
(抜かれたなら抜き返せっ!いや、もうそんな思考すらいらない……ッ!)
「勝つッ!ただ、それだけでいい!」
抜かせないとばかりにコントレイルも競り合う。ヴァーディクトデイとコントレイル。残り100m地点で──2人の姿は並んでいた。
「ヴァァァァァディィィィィィ!」
「コントレイルゥゥゥゥゥゥゥ!」
競り合う2人。観客は、呼吸することも忘れて勝負の行く末を見守っていた。
◇
お互いにぶつかりそうな距離にいる
うるさいくらいに聞こえていた観客の歓声も聞こえない
周りの景色も見えていない
ただ自分達の目に映っているのは──隣を走る相手だけ
(後どれくらいだ?どれだけ走ればゴールに着く?)
(足も限界、肺もすごく痛い。だけど……)
お互いの気持ちは1つ
((コイツにだけは負けられないッ!))
隣の相手を競り落とす。ただそれだけだった。
永遠にも感じられる時間。ずっとこの時間を感じていたいと思う2人だったが、終わりの時が訪れる。
2人の身体はピッタリと重なったまま。重なったまま──
《──っ、今!ゴール板を駆け抜けた!コントレイルとヴァーディクトデイ、全く並んだままゴールイン!コントレイルとヴァーディクトデイが並んだままゴールした!さぁどっちだ!?どっちに軍配が上がったのか!?結果は……ッ、写真判定だぁぁぁぁ!》
ジャパンカップのゴール板を通過した。