「女難の相が出ているねぇキミ」
開口一番そう言われた。辺りは真っ白な空間、なにもない。不気味なほど真っ白な空間だ。
声の発生源は……目の前の空間から。姿かたちもないナニカから、女難の相が出ているといわれた。
(正直、何が何だかわからん……俺は、仕事を終わらせて帰ったはずじゃなかったのか?)
「うん、キミは間違いなく仕事を終わらせて帰ってたよ。でも、その帰り道で車に轢かれちゃってね。病院で懸命な治療も空しくお陀仏、ってわけ」
「随分軽い調子で言いますね……というか、俺の心読めるんですか?」
「うん、そりゃ神様だからね。キミの心を読むなんて訳ないよ」
神様……神様。……は?神様?でも、姿も何も見えないけど……。
「視認できないことはないよ。よ~く目を凝らしてみてごらん?」
神とやらの声に言われるがまま、俺は目を凝らす。すると……徐々に輪郭が見えてきて。神様の姿を見ることができた。
(神話とかでよく見る老人っぽい。でも、声は少年のような声がしている……良く分かんねぇ。どうなってるんだ?)
「神様ってのは見る人によって姿を変えるのさ。今君が見ているのは、君が想像する神様のイメージってこと」
「あ、そういうこと……って、危うく横道に逸らしてしまうところだった。女難の相って、どういうことです?」
神様の正体が判明したので、気になったことを聞いておく。俺に女難の相が出ているとはどういうことだろうか?
「うん。実はさ……キミの来世を占ってみたんだけど……これがまぁ凄くてね。見事に女難の相が出ていたってわけさ」
「……普通だったらたかが占いで済ませられるんだけどなぁ」
「神様印の占いだ。間違いなく当たるよ。キミは来世で年上の女性にとても好かれるようになる。同種族のね」
ということは……年上のお姉さんに好かれたりでもするのだろうか?それは悪い気分じゃない。年上のお姉さん好きだし!だが気掛かりなのは女難ということ……悪い意味でモテるってことか?だが、それでも年上のお姉さんにモテるというのであれば本望!
「ちなみにだけどなんか特典とかいる?可能な範囲ならあげられるけど」
「年上のお姉さんにモテるなら不要!それが特典みたいなものだ!」
「あ、そう……変な奴だねキミ。他になんか聞いておきたいこととかある?」
聞いておきたいことか……。
「俺はどこに転生するんですか?漫画や小説とかだと、よく剣と魔法のファンタジー世界に転生するイメージなんですけど」
「そっちもあるけど、キミが転生するのは現代だよ。キミが亡くなった時代よりももう少し先の時代……それがキミの転生する世界だ」
「ふむふむ……まぁ知っている世界の分困惑することはなさそうだな」
少し残念だが、人生は諦めが肝心な時もある。それに、こうして神様と実際に会えて転生するだけでもかなりの幸運なんだろう。
「キミの女難の相で異世界にでも行ったらとんでもないことになるからね」
「なにか言いましたか?神様」
「あぁ大丈夫。こっちの話」
気にはなるが……深く追求するのは止めておこう。
「それじゃ、早速転生の準備に入ろうか。とはいっても、直に意識が薄れていく──そうなったら転生の準備が整った合図だよ」
神様の言葉を聞きながらも俺の意識は次第に薄れていく。ということは──転生の準備が整った合図なんだろう……
(一体……どんな人生を送ることになるんだろうな……)
「向こうでも元気でね~──」
そんな神様の声を聞きながら、俺の意識は薄れて──
……と、まぁ。こんな会話をしていたのを覚えている。
(なぁ神様よ。確かにアンタは現代だって言ったな)
転生して早数ヶ月。それは分かっている。人が交わしている言葉は日本語であり、景色は前世では見たことないものの日本の田舎町っぽい雰囲気があったのでそれは間違いない。というか、似たような風景を
(別に嘘は言っちゃいねぇ。それは認めてやるよ。だけどさぁ……)
だが、1つだけ言わせてほしい。
(なんで……なんで……!)
「ビヒヒィィィィィィィィィン!?(なんで馬畜生なんだよォォォォォォォォォ!?)」
「お、今日も元気に鳴いてるな!元気があってよいことだ!」
『あらあらどうしたの?お乳が欲しいの?仕方ないわね~』
「ヒヒィン!(うるさいわい!後母ちゃん!乳じゃない!)」
確かに現代だけど、転生先が馬だなんて一言も聞いてねぇよ!?それを言ったら次転生する時が人だなんてのも聞いてねぇけどよ!畜生道じゃねぇか!田舎町っぽいどころか牧場だよもう!見渡す限りの!しかも同種族って言ってた気がするから、モテるのは年上のメスの馬だけじゃないか!?
──生まれ変わったら馬でした。馬だけに。
自分が馬だということが分かった出産のあの日。それなりに元気に過ごしている。嘆いたところで俺が馬に転生したという事実は変わらないわけだし、もうこの第2の人生を歩む覚悟を決めた。馬だから馬生か。病気もしなかったし、母ちゃんも……俺にべったりなこと以外は普通だ。
『あぁ~本当に可愛いわ!我が子LOVE!』
というか、このべったりはもしかしてあれなのだろうか?すでに女難の相が出ているのだろうか?いや、もしかしたらこれが普通なのかもしれな
「しっかし、ケイティーズハートはお前にべったりだなぁ。他の母馬だってこうはいかねぇぞ?幸せもんだなお前も」
どうやら普通じゃなかったらしい。知りたくなかったそんなこと……片時も離れるって状況がないことからそんな気はしてたけど……母ちゃん、鼻をすりすりするの止めて。ちょっとくすぐったいから。
『可愛い~!もう本当に可愛いわね!片時も離れたくないわ!』
(ヒエッ)
『他のメス共には近寄らせないわよ……!我が子を守るためなら、私は鬼になるわ!』
怖いよ母ちゃん。こんなのどかなところに母ちゃんが危惧しているような敵なんていないよ。
「……なんか周りを威嚇しだしたな。愛され過ぎじゃないか?お前」
『なによアンタ!うちの子に何かする気じゃないでしょうね!?』
怖すぎだろ俺の母ちゃん。スタッフさんにまで威嚇しないでくれよ頼むから。
それにしても、サラブレッドか。人間の話を盗み聞きした時にそんな言葉を聞いた。
(前世では馴染みのなかった言葉だな……確か、競馬だったか?)
それを走らせるための馬とかそんな感じだったような気がする。生憎と俺に競馬の知識はないに等しい。精々知っているとしてもテレビで放送するぐらい有名だった……確か……ディープ、なんとか?そんな馬と負けすぎて有名になったハルウララぐらいしか知らない。俺が知ってる馬なんてそれぐらいだ。後は父親が好きだったっていうオグリキャップとか。競馬やサラブレッドに関する知識はないに等しい。
そんな、俺の名前だが。ケイティーズハートの2017らしい。……もうちょっとマシな名前を付けろや!なんで母親の名前に産まれた年を足しただけなんだよ!……と思っていたのも最初だけ。実はこれが普通らしい。周りの馬達もそんな名前だった。この辺の事情は詳しくは分からん。
でも、牧場の人達からは愛称で呼ばれている。俺の愛称は──
「よーし
「ヒヒーン!(わーい!飯だ飯だー!)」
黒坊。まっくろくろすけだから、黒坊。単純だけどこの愛称を気に入ってたりする。
有北ファーム。サラブレッドの生産牧場でもあるこの場所でスタッフ達が会話をしている。
「よーっす。どうだ?仔馬達の調子は?」
「順調ですよ。どの子も母馬とともに健康そのものです」
「そうかそうか。それは良かった」
「ただまぁ気掛かりなのは……ケイティーズハート、ですかね」
「「「あぁ~……」」」
その場にいるスタッフ達が納得の声を上げ、揃って溜息を吐く。
「黒坊は基本的に大人しいんですけど……あの子の母馬であるケイティーズハートがちょっと……」
「そうですねぇ。黒坊をジッと見ていると、こっちを威嚇するような目で見てきますし……何なら耳を後ろに倒してますし」
「ま、まぁ一時的なものかもしれんぞ?」
「もう4ヶ月も経ったのに同じ調子ですよ?」
「それは、まぁ……そうだが……」
ケイティーズハートの問題。それは、ケイティーズハートの黒坊──ケイティーズハートの2017に向ける愛情が、
今の段階では問題があるわけじゃない。だが、いずれ直面する問題がある以上、現状維持というわけにはいかなかった。
「……これ、子離れの時どうします?今の調子だと絶対に暴れまわりますよ?」
「……複数人体制でなんとか引き離すしかあるまい。幸いにも、黒坊は賢い馬だからな。そっちはまだ抵抗がないかもしれん」
「そうですね。いつも通りに子離れの準備を進めて、タイミングを窺って……って感じですね」
「とりあえずみんな、怪我だけはしないように気をつけるぞ!」
「「「はい!」」」
有北ファームの人達は覚悟を決める。若干、いつもの子離れの時に決める覚悟とは別の覚悟を決めている気がしないでもないが。
それからは仕事とは関係のない雑談に入って、スタッフ達は休憩時間を過ごした。
黒坊の受難の日々はこれからだ!