飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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諸々の整理を。


放牧

 宝塚記念が終わって少し経った後。本格的な夏シーズンを迎えて、俺とジェネ先輩は近くの牧場に放牧となった。しがらき?ってとこらしい。栗東所属の有北ファームの出身馬は大体ここに入厩するのだとか。なので俺とジェネ先輩はここでのんびりしている。

 立ち直った後、クロノジェネシス先輩に関しても縮めてジェネ先輩と呼ぶことにした。なんだかんだ厩舎に入った頃からお世話になっているし、調教でも一緒のことが多いし。一番仲の良い厩舎の先輩じゃなかろうか?おかげで他の牡馬の先輩からは白い目で見られる毎日だけど……。ちなみにジェネ先輩と呼んだ日のことだが。

 

 

『これからもよろしくっす、ジェネ先輩』

 

 

『ッ!あ、あだ名!?今あだ名で呼んでくれたのヴァーディ君!?』

 

 

『ま、まぁ、はい。いつもお世話になってますし、多分(厩舎で)一番仲の良い先輩ですし』

 

 

『な、仲良し……!そうだよね!わたしとヴァーディ君は仲良しだもんね!』

 

 

 なんかいやにテンション高かった。実際間違ってないので頷いたけど。

 

 

『そうですね。多分ラーシーよりも仲良いと思います』

 

 

『~~~ッ!やったやった!ヴァーディ君とわたしは仲良し~♪』

 

 

 とても喜んでいたから特に気にする必要もないか。

 そして現在に至る。

 

 

『すこしゆっくりできるね~ヴァーディ君』

 

 

『そうですね~ジェネ先輩~』

 

 

 ぶっちゃけあの感覚忘れたくないから早いとこ調教開始したいんだけど……疲労が溜まってるかもしれないからそうもいかないんだなコレが。いくら気合を入れ直したとはいえ、それで身体をぶっ壊しでもしたら本末転倒だし。計画的に行こう計画的に。

 それにここでも軽い調教ぐらいはできるらしいし、身体作りをするには絶好の場所と言ってもいいだろう。昼は軽めの調教で身体を鍛えて、ご飯をたくさん食べて夜は放牧地で走り回って身体を鍛える!そんなサイクルを繰り返していた。

 そうそう、このしがらきには他の牝馬のお姉さん方もいるのだが。たま~に巻き込まれたりする。

 

 

『ねぇねぇ!黒鹿毛君は私の方が良いと思うわよね!?』

 

 

『何言ってんのよ!ウチの方が良いに決まってるじゃない!』

 

 

 放牧地ではジェネ先輩以外とは一緒になることはないのだが、放牧から厩舎への帰り道とかこういうことが起きたりする。でも、最近は慣れてきたこともあってか絡まれても逃げることは無くなった。

 

 

『ま、まぁまぁ。どちらにも双方の良さというものがありますから』

 

 

 適当に誤魔化して去る処世術を身につけた。

 そんな放牧地での生活を続けることしばらく。

 

 

「よ~し、それじゃあヴァーディクトデイの輸送の準備を始めようか」

 

 

「お、いい感じに肉がついてますねヴァーディクトデイ。これから大変だけど、頑張ろうな」

 

 

 身体も幾分かたくましくなった。いや、正確にはデブになっただけど。でもここから一気に絞っていくぜ!そのためにも厳しい調教頼んだぜ海藤さん達!

 

 

「おっとっと。ヴァーディも久しぶりに俺達に会えて嬉しいのかな?」

 

 

「きっとそうですよ!可愛いヤツだなヴァーディ」

 

 

「ヒヒン(ぶっちゃけそれもある)」

 

 

 とりあえず早いとこ戻って調教しようぜ調教!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時の光景が、目に焼き付いて離れない。

 宝塚記念。俺はクロノジェネシスに騎乗してグランプリレースの制覇に臨んだ。そして宝塚記念には、ヴァーディも出走していた。

 

 

「クロノジェネシスとヴァーディクトデイがぶつかった場合、俺はクロノジェネシスを選びます」

 

 

 そう海藤さんに宣言したのは俺だ。だけど、どうしても未練がましく思ってしまう。ヴァーディに騎乗していたかったと、アイツとG1を勝ちたかったと。

 ヴァーディの新しい屋根は金添さん。オルフェーヴルで3冠ジョッキーを達成した凄い騎手だ。なんでも、皐月賞以降にヴァーディに興味を持ち始めて自分から売り込みに来たらしい。金添さんですら惚れ込ませるヴァーディは本当に凄い馬なんだなと改めて実感して……嫉妬した。

 

 

(俺も、あの背にもっと跨っていたかった)

 

 

 そうも言ってられない。この宝塚記念を勝つ。その一心でレースに臨んだ。

 レースの展開としては理想通りに運んでいた。クロノジェネシスの持ち出しだって完璧だったし、稍重の馬場ということもあってか伸びてくる馬もいなかった……ただ1頭を除いて。

 

 

(よしっ!このまま押し切れば勝てる!)

 

 

 クロノジェネシスはどんどん後続を突き放していた。これは勝てる──そう思った矢先だった。

 後ろとの差を確認するために後ろを向く。俺の視界に映ったのは。

 

 

(ヴ、ヴァーディ!?いつの間に上がってきた!?)

 

 

 いや、それだけじゃない。ヴァーディのスピードは……クロノジェネシスよりも明らかに速かった!

 俺はクロノジェネシスを必死に押す!このままだと追いつかれる!何より……!

 

 

(ヴァーディの圧が尋常じゃないッ!なんてプレッシャーを放っているんだ……ッ!)

 

 

 クロノジェネシスも必死に頑張っている。だが、ヴァーディの速さはそれ以上だ!

 もう少しで追いつかれる。その差が、2馬身、1馬身と縮まり。最終的にクビ差まで迫ったところで。

 

 

「──あっ」

 

 

 俺とクロノジェネシスが宝塚記念を勝った。

 

 

《しかしクロノジェネシス譲らない!これはさすがに届かなかったヴァーディクトデイ!宝塚記念を制したのはクロノジェネシスだぁぁぁぁ!2着はクビ差でヴァーディクトデイ!3着は6馬身離されてキセキ!キセキです!》

 

 

 けれど、いまだに心臓がバクバクしている。あの最後の直線で感じたヴァーディへの恐怖は、それだけ恐ろしいものだった。勝って最初に感じたのも、嬉しさよりも逃げ切れたことへの安堵だった。

 ヴァーディは少し先の方で立ち止まっていた。ヴァーディと金添さんを見て嫉妬と──諦めを覚える。

 

 

(あぁ、そっか。それが……本来のお前なんだな、ヴァーディ)

 

 

「俺じゃあ……やっぱり力不足だったんだな」

 

 

 ヴァーディの全力を引き出せなかったことへの自分への苛立ち、ヴァーディの全力をこの1回の騎乗で引き出した金添さんへの嫉妬と憧憬、そして……ヴァーディに騎乗することへの諦めがついた。

 ヴァーディには、俺よりも金添さんの方が合っているのだろう。この1回の騎乗でそれを見せつけられた。それに、あのトップジョッキーの1人に乗ってもらうんだ。その方がヴァーディにとっても良いことだろう。そう自分に言い聞かせる。

 その後はヴァーディの立ち止まっている時間がいやに長かったから怪我でもしたんじゃないかと心配したが、結局怪我はなかったことに安堵して。宝塚記念が終わってから数日が経ち、海藤さんとの話し合いになった。

 

 

「ヴァーディの騎乗は、今後は金添騎手に乗ってもらうことになりました」

 

 

「そう、ですか……」

 

 

 当たり前のことだ。ヴァーディの全力を引き出せなかった俺とヴァーディの全力を引き出した金添さん。どっちがいいかなんて決まっている。

 

 

「ただ、クロノジェネシスの騎乗は滝村さんにずっとしてもらおうと思っています。クロノジェネシスが引退するまでずっと」

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

「それに、気を落とさないでください。滝村さんとヴァーディは重賞も勝ってくれましたし、相性が決して悪かったわけじゃ」

 

 

「けど、全力は引き出せなかった。それが全てです」

 

 

 海藤さんは驚いた表情で固まっている。正直な話、もう吹っ切れていた。

 宝塚記念が終わった後は酷かった。荒れていたし、全力を引き出せなかった自分に苛立っていた。

 けど、頭を冷やす時間もしっかりとあって。その時じっくり考えたのだ。

 

 

(俺は、ヴァーディの力を引き出すために何かやっていたか?)

 

 

 金添さんは色々と試行錯誤をしていたらしい。あくまで人づてに聞いた話だが、ヴァーディの全力を引き出すために色んなことを試していたらしい。

 対して俺はどうだ?レースで勝つという気持ちばかりが先行して、ヴァーディと向き合おうとしていたか?おそらくだが、してこなかった。それから色々なことを考えたら──胸のもやもやは晴れていた。

 

 

「私がヴァーディの屋根を外されたのは、私が未熟だったからです。宝塚記念でそれを思い知らされました」

 

 

「滝村さん……っ」

 

 

「それに、クロノジェネシスとヴァーディクトデイの二択でクロノジェネシスを選んだのは私ですから。そんな人間が、今更ヴァーディクトデイの騎乗を任せてもらえるわけがない」

 

 

 結局のところはこれだ。俺はヴァーディから逃げた。ヴァーディから逃げて、より勝てるクロノジェネシスを選んだ。騎手としては当たり前かもしれないが、勝つためにヴァーディを選ばなかったのは事実。そんな人間が、ヴァーディに乗るわけにはいかない……まぁ聞くところによるとヴァーディとクロノジェネシスはローテでぶつかる機会が多そうだから遅かれ早かれな話だったかもしれないが。海藤さんと顔を見合わせて苦笑いしたもんだ。

 

 

「それに、クロノジェネシスに乗せてもらえるだけでもありがたい話です。これからも、よろしくお願いします海藤さん」

 

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします滝村さん」

 

 

 海藤さんと別れ厩舎を出る。クロノジェネシスはヴァーディと一緒に放牧に出ているのでここにはいない。俺の心は──晴れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、それじゃあ!今後はヴァーディの屋根は僕に?」

 

 

「そうですね金添さん。代表からもヴァーディをよろしくと」

 

 

 ~~~っし!よしよしよし!あんだけ大口叩いといて2着だったから降ろされたりしないかな?って心配してたけど、これで一安心だ!いや、本当に安心した!滝村君には悪いけど……。

 

 

「それでヴァーディの次走についてなんですけど」

 

 

「はいっ!もう張り切って乗りますよ!」

 

 

 ヴァーディはクラシックには進まないって前に聞いていたし、今年いっぱいは成長に充てるのかな?

 

 

「次走は毎日王冠です」

 

 

「ほう、毎日王冠……」

 

 

 まぁ普通だ。もしかして、ここからマイル路線に?

 

 

「そして秋の天皇賞を視野に入れています」

 

 

「ふむふむ……え゛?」

 

 

 あ、秋の天皇賞?ということはつまり……アーモンドアイとぶつかるってことか!?ヴァーディなら勝てるかもしれないけど……。

 

 

(これまた責任重大だなぁ……)

 

 

「何かありましたか?金添さん?」

 

 

「いえ!なにも!ただ」

 

 

「ただ?」

 

 

 拳を強く握りしめる。

 

 

「宝塚記念は勝てませんでした。だから、秋の天皇賞は勝ってみせますよ。たとえ相手が、あのアーモンドアイであっても」

 

 

 そう固く誓った。相手は強大だけど、ヴァーディならきっと勝てる。そう信じて。

 その後も軽い打ち合わせと調教を再開する日を聞いて解散になった。それにしても、今日は良い日だったな~!ヴァーディの屋根に決まったし!

 

 

「期待に応えられるよう、頑張りますかね!」

 

 

 足取り軽く僕は帰路に着いた。




滝村さんもやや吹っ切れた。
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