飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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色々と試行錯誤をする。


飛ぶ走り

 夏場を迎えて調教にも気合が入るってもんだ!放牧地で太った体重を落とすってのも勿論あるがそれ以上に、秋シーズンに向けてしっかり身体を鍛えておく必要がある。

 まずは坂路!坂を上るコースな訳だがこれも結構きつい。だけど、弱音を吐くわけにもいかないのでまだまだ元気だということをアピールして他の馬よりも走らせてもらっている。

 

 

「ヒヒィン!(まだまだいけるぞ!海藤さん!)」

 

 

「やる気十分だねヴァーディ。だけど今日の坂路調教はもう終わりだよ」

 

 

「ヒィン!?(うそん!?)」

 

 

「3本でも多い方だよ。しっかりとクールダウンして、次の調教に備えようか」

 

 

 この後の調教は確か……プールトレーニングだったか?しかしプールトレーニングも懐かしい。最初はこの身体での泳ぎ方が分からんくて四苦八苦したもんだ。危うく溺れかけたのは良い思い出である。

 だが成長した今となってはまるで問題ない!しっかりと泳ぐことができるぞ!

 

 

「プールトレーニングも順調そのものですね。最初の溺れかけていた時とはえらい違いだ」

 

 

「止めてくださいよ、あの時は本当に心臓止まるかと思ったんですから……」

 

 

「ビヒヒィン!(俺だって思い出したくねぇよ!)」

 

 

「うわ!?ヴァーディが反応した!?わ、悪かったって!」

 

 

 プールトレーニングも終わると休憩を挟むために馬房に戻る。ここでご飯を食べまくって午後の調教に備えるわけだ。

 そして午後の調教でも気合を入れる。スタッフさん達曰く、この夏の間は大きいレース……皐月賞や宝塚のようなG1レースは開催されないらしい。春と秋に集中しているのだとか。だから、俺は秋のG1レースに向けて身体を鍛えに鍛えまくっているというわけだ。この時期は俺達3歳馬にとって大事な時期、ここでの成長具合が今後を左右すると言っても過言ではない!いや、ちょっと過言だったかもしれない。ただ大事な時期というのは間違いない。

 

 

(それに、俺はまた古馬?との混合戦になるらしいしな。コントレイルとの対戦は先になるらしいし)

 

 

 あっちは俺達3歳馬の頂点を決めるレースに出走予定だとか。確か、菊花賞。スタッフさん達の話によると、まだアイツは無敗だとか。グヌヌ……!なんか腹が立つな。

 

 

(覚えてろよコントレイル!お前は俺のこと覚えているかは知らんけど、いつかお前に土をつけてやるからな!)

 

 

「ビヒヒィィィン!(そのためにも強くなってやらぁ!)」

 

 

 ラーシーに関してはもういい!というか、アイツとは併走で滅茶苦茶にやり合ってるし!大体俺が先着してるから実質俺の勝ち!だからこそ、ひとまずはアイツに、コントレイルにリベンジしてやる!

 皐月賞のことを思い返すと、俺はアイツに勝つことを諦めていた。サリオスには見えていた勝つヴィジョンが、コントレイル相手だと見えなかったのもそういうわけなのだろう。アイツが強かったっていうのもあるし、俺が良い子ぶっていたってのもある。

 

 

(だからこそ、もう気持ちではゼッテー負けねぇ!変にかしこぶって、自分の気持ちを抑えたりなんかしない!そんでお前を負かしてやるコントレイル!)

 

 

 アイツも多分、この夏を越えて強くなっていることだろう。それこそ俺よりもずっと先を行っているはずだ。だからこそ、負けてられっかよ!

 

 

「なんというか、宝塚記念以降滅茶苦茶気合入ってるねヴァーディ。そんなに悔しかったのかい?」

 

 

 海藤さんが撫でながら問いかけてくるけど、当たりまえじゃい!全部自分のせいとはいえ、勝てるレースを取りこぼし続けてきたんだからな!だからこそ、今度は勝つ!

 つっても言葉が通じるわけじゃないので首を縦に振って頷く仕草をする。

 

 

「そっかそっか。それじゃあ、もっと頑張れるよな?ヴァーディ」

 

 

「ヒヒィン!(あたぼうよ!)」

 

 

「よしっ!もう少しで調教も再開だし頑張ろうか、ヴァーディ!」

 

 

 このまま気合入れて頑張るぞー!

 そして今度は平地での調教で走るのだが。ここで1つ考えていたことを実践しようと思う。

 

 

(今までは何となくで走っていたけど、宝塚記念での最後の直線……あのフォームが一番速く走りやすかった。とりまそのためになにが必要なのかを考えるか)

 

 

 ただ走るだけじゃ限界がある。だからこそ、速く走るためにはどうすればいいのか。より効率良く走るためにはどうしたらいいかを実践していこう。

 体幹、身体のバネ、走り方。それを考えながら走っているうちに思い知らされる。

 

 

(今までの俺って、マジで走ってただけなんだな)

 

 

 1つとるだけでも奥深さを感じる。とりあえず宝塚記念の時の走行フォームをなんとか思い出そうと頑張る。

 

 

(思い出せ。どういう風に着地していた?身体の使い方はどうだった?全身のバネを、俺はどういう風に使っていた?)

 

 

 あぁでもない、こうでもないと試行錯誤しながら調教を続ける。そうしていくうちに最後の一本になった。

 

 

「それじゃあ、次でラストにしようか!ラスト一本、頑張るぞ!」

 

 

「ヒヒン!(おう!)」

 

 

 他の馬も気合十分って感じの様子だ。今日はこの1回がラストチャンス……頑張って思い出せ、俺!

 

 

(姿勢は低く、脚の接地時間をできるだけ減らす、減らすためにつま先での着地を心がけて、より大きく飛ぶためにつま先だけで効率よく力を伝えるためには……ッ!)

 

 

 そうして考えて──ついに辿り着いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

「えっ!?」

 

 

 海藤さん達が驚いたような声を上げているような気がするが、それ以上に俺はこの感覚を忘れないように走る!

 

 

「す、凄い……ッ!今日一じゃないかヴァーディ!」

 

 

 鞍上のスタッフさんも驚いたような声を上げている。だけど、今はこの感覚を大事にしたい!

 

 

(そうだ!この感覚だ!この感覚が、俺にとっての最適解!)

 

 

 風を切る感覚がすっげぇ気持ちいい!宝塚記念の時のあの感覚が、再び俺を襲っている!成程成程、この感覚ってことだな!

 

 

(やっべぇ……!このままずっと走っていたい!)

 

 

「──まれって」

 

 

 ハハ、やっべぇ!気持ちよすぎて止まらねぇ!かしこぶってた自分が馬鹿みてぇだ!

 

 

「──まれ、止まれって!」

 

 

 おっしゃあ!このまま地平線の果てまで「止まれって!ヴァーディ!」うおおぉぉ!?めっちゃ手綱引かれとる!?

 

 

「よ、ようやく止まった……」

 

 

「凄いタイムだったけど……張り切りすぎるのが玉に瑕だね」

 

 

 やっべぇ、またやらかしちまったか俺。だけど強くなるためには致し方ないことだと考えよう。これも今後勝つために必要なことだ。

 その後海藤さんに窘められて馬房に戻る。とりあえず、今日だけでデカい収穫があった!

 

 

(この感覚を大事にしていこう!)

 

 

『あれ?ヴァーディ君機嫌良さそうだね?良いことあった?』

 

 

『はい!一日一日強くなっていることを実感していってます!』

 

 

『そうなんだ!秋でも一緒のレースに出るみたいだし、お互いに頑張ろうね、ヴァーディ君!』

 

 

『はい!ジェネ先輩!』

 

 

『おーおー。見違えるぐらいになってんなオメー。次の併走では負けねーかんな!』

 

 

『俺だって負けねぇよラーシー!今までの俺とは違うんだからな!』

 

 

 今日のトレーニングも終わる。明日のトレーニングが待ち遠しいぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァーディの調教を再開して早1ヶ月。

 

 

「タイムの上がり幅が半端じゃないな……宝塚記念で、精神的に一気に成長したってことか」

 

 

 ヴァーディは目覚ましい成長を遂げていた。

 プールにも喜んで入るし、坂路の本数も他の馬よりも1本多くしている。放牧でついていた肉もかなり絞れていた。このままいくと、大体470ぐらいに収まるだろう。宝塚記念が458だったので+12kgってとこか。

 だが、何よりも特筆すべきなのは。

 

 

「飛んでいる感覚を覚えた、か」

 

 

 ヴァーディの走行フォームだ。今回乗ってもらった調教助手曰く、まるで飛んでいるような感覚を覚えたと。

 飛んでいるような感覚……それで思い出されるのはやはりあの馬。ディープインパクトだ。

 

 

「それに、今日の最後の一本。ヴァーディのフォームはディープインパクトに似ていた……」

 

 

 あくまで主観の話になるが、ヴァーディの走行フォームはディープインパクトに似ていた。脚が地面に接地している時間が他の馬よりも明らかに短かった。本当に飛んでいるように駆けていたのだ。さすがにディープインパクトと全部が全部一緒な訳じゃないが、それでも飛ぶような走行フォームに期待せずにはいられない。

 

 

「ヴァーディの素質は凄いと思っていたけど、ますます期待が高まりますね!海藤さん!」

 

 

「そうだね。だけど油断はできないよ」

 

 

 大跳びに代わったからこそ生まれる弊害もある。ただ、ヴァーディは前々からコーナリングが上手かったし特に心配はしていないが。

 ここで重要になってくるのはやはりスタミナだろう。あのスピードを持続させるために、体力をつけさせないといけない。

 そしてヴァーディの強みは他にもある。

 

 

「それにヴァーディは重馬場にも強いですからね。宝塚記念を見たら良く分かります」

 

 

「当歳馬の頃から雨でぬかるんだ地面を走るのが好きな子だったからね。馬場が重くなっても、ヴァーディにとっては苦にならないんだろう」

 

 

 実際ヴァーディは重い馬場でも問題なく力を発揮できるぐらいには馬場の状態に左右されない。これは明確な強みだ。ゆくゆくは海外でも……っていうのは気が早い話か。

 

 

「それでテキ。他の馬の調教メニューに関してなんですけど……」

 

 

「おっとそうだね。それじゃあ……」

 

 

 ワクワクを感じながら仕事を続ける。次走の毎日王冠も着々と迫ってきていた。




コツを掴んだヴァーディ。
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