──ヴァーディクトデイの朝は早い。
「……ん、もう朝か。ランニングの時間だな」
前日にセットしておいた目覚ましの音で目を覚まし、同室の子を起こさないように気をつけながら朝のランニングの準備をする。そーっと扉を開けて部屋を退出し、寮を出て朝のランニングへと出かけた。
「おはようヴァーディ。奇遇ね、良い朝だわ」
「おはようございます、アイ先輩。かれこれ1ヶ月以上毎朝会っているので奇遇も何もないと思います。起きる時間も変えたのに」
「そうかしら?偶然よ偶然」
「偶然……そうかな……そうかも……」
ヴァーディクトデイは考えるのを止めてアーモンドアイと朝のランニングをする。毎朝のルーティーンだった。
ランニングを終えて部屋に戻ると、同室の子はまだ寝ていた。ヴァーディクトデイは呆れつつも同室の子を起こす。
「ほら、起きろってプボちゃん。もう登校する時間だぞ?」
「ん~……もうちょっと寝させて~」
「もうちょっとってどれくらいよ?」
「後5ふ~ん」
「……ハァ、しょうがねぇな。後5分だけだぞ?」
「は~い」
同室の子──ディープボンドは布団の中で返事をする。ヴァーディクトデイはそんなディープボンドの様子を微笑ましく思いながら朝食の準備を進めていた。
朝食の準備が終わるとディープボンドも匂いにつられて起きてくる。2人で食事を取った後、着替えてトレセン学園へと向かった。今日も彼女達の1日が始まる。
お昼頃。午前中の授業も終わって廊下を歩いているヴァーディクトデイのもとに。
「ァァアアアアアアディィイイ!」
1人のウマ娘が走ってきていた。ヴァーディクトデイは振り返りながらも、走ってきたウマ娘を抱きとめる。
「おっと、どうした?パンちゃん」
「ヴァーディ!ヴァーディヴァーディ、ヴァーディ!」
「はいはい。ヴァーディですよっと。それでどうしたんだよ?」
鹿毛の髪をショートポニーにした小柄なウマ娘。パンサラッサは屈託のない笑顔を浮かべてヴァーディクトデイの名前を呼んでいた。
「なぁなぁ!今日の放課後併走しようぜ!」
「併走?パンちゃんと?」
「うん!」
「う~ん……」
輝くような笑顔を見せるパンサラッサ。それを見てヴァーディクトデイはため息を吐きつつ。
「うん、良いぜ。併走しようか」
パンサラッサのお願いに答えることにした。返事を聞いて、パンサラッサはさらに輝くような笑顔を見せる。
「やったー!約束だかんね!」
「ちゃんと守るよ。それよりも、もっと人数増やして模擬レース風にするか?」
「オッケー!じゃあ誰に声をかける!?」
終始興奮気味のパンサラッサに応対しながらヴァーディクトデイは辺りを見渡して、目に入った人物に声をかける。
「なぁプボちゃん。今日の放課後って暇?」
青鹿毛、黒い髪をショートカットにした160程のウマ娘、ディープボンドはゆっくりと振り返りながら。
「どうしたのヴァーディ君?放課後は暇だよ~」
おっとりとした様子で答えた。
「放課後パンちゃんと併走する予定なんだけどさ、良かったらプボちゃんもどう?」
「併走か~……」
しばらく黙り込んだ後、ディープボンドは笑顔を見せながら。
「いいよ~。みんなと併走だ~い」
「よし、まずはこれで1人目だな」
併走の件を承諾した。しかしヴァーディクトデイはまだ人数が欲しいと思っているのか、さらに辺りを見渡して参加してくれそうなウマ娘を探す。
「ようラーシー。お前今日の放課後暇?」
鹿毛の髪をポニーテールにしたウマ娘、ラウダシオンは気だるげに反応する。
「まぁ暇っちゃ暇だが……何の用だよ?」
「いやなに、併走兼模擬レースでもどうかと思ってな。参加するか?」
ラウダシオンは少し考え込んで。
「まぁいい、参加してやる。ありがたく思え」
「よしッ!これで4人だな!可能なら後1人欲しいとこだが……」
「その話!詳しく聞かせてもらおうか!」
ヴァーディクトデイが振り返ると、栗毛の髪をベリーショートにしたウマ娘、サリオスがポーズを決めながら登場した。
「併走をするのだろう?だったら!このサリオスも参加しようじゃないか!」
「お前が?珍しいじゃん」
訝しむヴァーディクトデイにサリオスは慌てつつも反応する。
「そ、そうか?別に構わないだろう?人数は多い方が良いはずだ」
なおも訝しむ視線を向けるヴァーディクトデイ。だが、深く考えることでもないと思ったのか。
「ま、人数が増えるなら大歓迎だ!んじゃ、今日の放課後な!」
特に気にしないことにしたらしい。サリオスは訝しむ視線を向けられなくなったことに安堵する。
(フフ、トレーナーからいい加減体重を絞れと言われていたし、良い機会だ!)
なお、サリオスがこの併走に参加表明したのはこれが理由である。
その後は仲良く談笑しながら食堂に足を運んだが、ヴァーディクトデイは他のウマ娘同士のいざこざに巻き込まれる形でいなくなった。
「こっちのA定食の方がバランスが良いのよ!だからA定食の方が良いわ!」
「何言ってるのよ!今日はガッツリいきたいんだからB定食に決まり!あなたもそう思うでしょ!?」
「い、いや。俺は別にどっちでも……」
「「どっち!?」」
「ヒィン……」
「相変わらず絡まれんのなアイツ」
「もう様式美みたいなものだよね」
「さてさて。このサリオスはカツカレーににんじんハンバーグにカルボナーラに~。デザートはなににしよう?」
「また太るぞサリオス!」
「んなっ!?」
「あまりド直球に言わないであげてね、パンちゃん」
ド直球な物言いをするパンサラッサをディープボンドがやんわりと窘める。もうすでに手遅れな気がしないでもないが。
そして放課後。ヴァーディクトデイ達は模擬レースを開催する。
「おりゃりゃりゃりゃー!」
レースはパンサラッサが大逃げをし。
「相変わらず飛ばすなパンサラッサは。ま、サリオスは控えさせてもらうが」
サリオスがその後ろ、8バ身ほど離れた位置につく。ラウダシオンもサリオスの近くにつけていた。
「飛ばすな~パンちゃん。元気があっていいこといいこと……それよりも」
ディープボンドはサリオス達からさらに3バ身離れた後方に待機している。そしてヴァーディクトデイは。
「……」
最後方。先頭を走るパンサラッサとは15バ身は離れているであろう位置につけている。だが、その表情は先程までの柔らかい表情を浮かべていた彼女ではない。
真っ直ぐ。ただ一点だけを見据えて走っている。冷酷な表情。ただ虎視眈々と前を走る
(相変わらず怖い表情だね、ヴァーディ君。普段の君とは本当に別人だ)
ディープボンドは最後方でこちらを睨みつけているヴァーディクトデイを時折確認しながら走る。受けているプレッシャーに冷や汗を流しながら。
(ホントにこえーヤツだオメーは。結構離れてんのに、ここでもプレッシャーを感じやがるぜ……ッ!)
(恐ろしい、本当に別人のようだねヴァーディクトデイ。ただ前を飛ぶ標的を撃ち落とす漆黒の撃墜王……これほどピッタリな二つ名もあるまい)
冷や汗を流すのはディープボンドだけではない。サリオスと、ラウダシオンもプレッシャーを感じていた。パンサラッサは特に気にした様子を見せていないが。
迎えた最終直線。ここからじわじわと上がっていこうとするサリオス達の耳に……パァン!と。空気が弾けるような音が聞こえた気がした。
(ッ!?来るッ!)
(やっべ!?急いで上がらねーと!)
(この音……!間違いなく来る!)
サリオス達は慌ててペースを上げ始めるが……それ以上のスピードで。最後方から一気にヴァーディクトデイが上がってきていた。
「くっ!?」
「早っ!?」
「抜かせっ!?」
瞬く間にサリオス達を躱すヴァーディクトデイ。だが、その表情は先程から変わらない。ただ淡々と前を走るウマ娘を撃ち落とす──撃墜王としての姿があった。
「ふんぬぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「……」
パンサラッサも懸命に粘るが、さすがにスタミナが切れたかスピードは落ちている。ヴァーディクトデイはパンサラッサをもあっという間に躱し。そのまま先頭でゴールした。
「クッソ!ちょっと油断したらこれかよ!」
「あ、相変わらず速いね。ヴァーディ君」
「……もう1回!もう1回だ!次は勝つ!後もっと絞らないとっ!」
「ゼヒュー、ゼヒュー……」
依然俯いた表情のヴァーディクトデイ。ゆっくりと顔を上げて──その表情は普段通りの表情に戻っていた。
「ま、俺の勝ちだな!圧勝だぜい!」
「うるせー!ちょっと油断しただけだ!」
「ナハハハ!負け犬が吠えてんなぁ!」
「調子乗ってんじゃねーぞタコ!」
和気藹々とした様子で会話を繰り広げるヴァーディクトデイとラウダシオン。その後はレースの総評に入る。
「つーかよパンサラッサ。オメーはもうちょっと考えて逃げたらどうだ?」
「え?やだ!」
ラウダシオンの助言にパンサラッサは速攻で拒否する。ラウダシオンは呆れつつもパンサラッサのためを思って助言を続けた。
「そうはいってもよ。もうちょい考えて逃げたらいい線いくと思うぜ?」
「え~?最初から最後まで先頭で駆け抜ければ1着じゃん!その方が気持ちいいし!」
「そうだそうだ。パンちゃんの言う通りだぞラーシー」
ヴァーディクトデイはパンサラッサの擁護する側に回る。
「パンちゃんはこのレーススタイルだからこそ良いんだよ。このスタイルじゃなきゃパンちゃんじゃない」
「そーだそーだ!ヴァーディは良いこと言うなぁ!」
「後パンちゃんは考えて走るよりも頭空っぽにして逃げた方が強いからな!」
「そーだそーだ!……あれ?」
「ま、確かにそうだな。今のアタシの言葉は忘れてくれ」
「あれ?あれぇ?」
パンサラッサは頭に疑問符を浮かべているが他のメンバーは気にせず話を続ける。そんな折、なにかの気配を感じてヴァーディクトデイは応援席の方を睨みつけた。
「誰かいるんだろ?出てこい」
強い口調で告げると、応援席からおずおずと顔を出すウマ娘がいた。
「ご、ごめんなさい。覗き見するつもりはなかったんだけど……」
「あれ?タクトちゃん?」
そのウマ娘の名はデアリングタクト。スピカに所属しているウマ娘である。
「ヴァーディ達が模擬レースしているのが見えたから、ついここに来ちゃって。ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げるデアリングタクトにヴァーディクトデイは慌てる。
「いやいや!気にしないでくれよ!別に秘密にしたかったわけじゃないし。それに、それならタクトちゃんも参加すればよかったのに」
「う~ん、トレーナーに黙って併走するのも良くないかなって思って」
「まぁそりゃそうだな」
納得しつつも、デアリングタクトを見て何かを思い出したヴァーディクトデイ。
「そうだ!タクトちゃんってコントレイルと一緒のチームだったよな?」
「……コンちゃん?まぁそうだね。コンちゃんがどうかしたの?」
少しキョドりながらもデアリングタクトは反応する。それには気づかず、ヴァーディクトデイはデアリングタクトにあることをお願いした。
「コントレイルに伝えてくれ。お前と戦うのに相応しい実力になってやると。いつかきっと闘おうってな」
ヴァーディクトデイは、普段は見せない闘志を滾らせた表情でデアリングタクトに伝言をお願いした。少し気圧されながらも、デアリングタクトはウマホを操作した後頷き。
「うん、分かったよ。ちゃんと伝える」
「おう!ありがとよタクトちゃん!」
「別に伝言くらいいいよ。それじゃあねみんな」
デアリングタクトは去っていった。
(まだだ。まだ俺達はデビュー前。戦う時はここじゃない。もっと相応しい舞台がある。そのためにも、俺は世界を獲る。そして、お前と戦うのに相応しい自分になってやる)
ヴァーディクトデイの表情が徐々に歪む。とてもとても楽しそうに。
(あぁ……その時お前はどんな表情をするんだろうな?コントレイル。きっと、きっと楽しい勝負になるはずだ!最高の舞台で、最高に熱い勝負をしようじゃねぇか!)
声を抑えて笑うヴァーディクトデイを見て、ディープボンド達は声を潜めて会話をする。
「相変わらずコントレイルが絡むとやべーなアイツ」
「それだけ特別視をしているのだろう」
「ヴァーディ、ギラギラしてるな!」
「ぼくはちょっと心配だよ……ヴァーディ君もコン君も」
「なにか言ったか?ボンド」
「な、なんでもないよ」
ディープボンドはあることを危惧していたが。それは誰にも話すことなく終わる。
その後もみんなで一緒にトレーニングをして1日は終わった。
「失礼します」
デアリングタクトはスピカの部室に入る。中には先客がいた。
「あ、いたんだコンちゃん。丁度良かった」
「タクトちゃん?僕に何か用事でもあったの?」
黒いショートカットの髪、電話の受話器のような特徴的な流星が見えるウマ娘──コントレイルは不思議そうな表情でデアリングタクトを見る。デアリングタクトは早速本題を切り出すことにした。
「ヴァーディから伝言だよ」
その名前を聞いた瞬間、コントレイルは目の色を変える。その目には──楽しくて待ちきれないという感情が見え隠れしていた。
「へぇ、ヴァーディ君はなんて?」
「『お前と戦うのに相応しい実力になってやると。いつかきっと闘おう』……だって。相変らず、好かれてるねコンちゃん。後これ、頼まれ物」
デアリングタクトはウマホを操作してとあるデータをコントレイルに送る。そのデータとは、先程秘密裏に録音したヴァーディクトデイの声である。中身はコントレイルに対する宣戦布告の言葉だ。
そのデータを聞きながら、コントレイルは──恍惚とした表情を浮かべる。
「あぁ……!僕もだよ、僕も君に相応しい相手になってみせる……!だからきっと、きっと闘おうねヴァーディくぅん……!」
コントレイルの胸中にあるのは、ある後悔の念だ。
(よく分からないけど、僕の魂が叫ぶんだ。君に勝ってみせるって。あんなのは勝ちじゃないって。僕はまだ勝ってないって。そう叫んでいる。だからこそ、今度こそ君に勝つんだ!)
その正体が何かは分からない。だが、きっと大事なことだ。だからこそコントレイルは望む。ヴァーディクトデイと、最高の舞台で、お互いにとって相応しい強さを持って対決することを。コントレイルは望んでいた。
「君は僕の運命の相手……楽しい勝負にしようね?ヴァーディ君」
「……ヴァーディもヴァーディだけど、コンちゃんもヴァーディが絡むと変になるよね。似た者同士っていうか」
恍惚とした表情を浮かべるコントレイルを、デアリングタクトは何とも言えない表情で見ていた。
ヴァーディ→コントレイル「お前と決着をつけるために、お前に相応しい自分になってやる!」
コントレイル→ヴァーディ「君は僕の運命の相手、君と戦うのに相応しい自分になるね」
相思相愛?