飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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秋の天皇賞に向けて。


天皇賞に向けて

 

 

「どうだい?ロメール君。アーモンドアイの調子は?」

 

 

「完璧デスよ。相変わらず」

 

 

 美浦トレセン。アーモンドアイの主戦騎手であるロメールはテキである国木に対し自信満々にそう答えた。ロメールの表情は笑顔である。

 

 

「ウッドチップの5ハロンで64.9……動きもいいデスし、この調子を維持していけば天皇賞は問題ないデスヨ」

 

 

「そうかそうか、それは何よりだ。馬なりでこれだけのパフォーマンスを見せた。後は本番までこの調子を維持するだけだな」

 

 

 国木は上機嫌だ。それだけアーモンドアイの仕上がりに満足しているのだろう。この調子でいけばたとえ相手が誰であっても負けない、それほどの自負を国木は持っていた。

 

 

「今回の秋の天皇賞で対抗となっているのは宝塚記念を制したクロノジェネシス……一筋縄じゃ行かない相手だ。気を引き締めて「それはちょっと違いマス、国木サン」ロメールさん?」

 

 

 気づけばロメールは険しい顔つきで国木を見ていた。ロメールのただならない気配を感じて、国木は困惑しつつもロメールの言葉を待つ。

 

 

「警戒すべき相手はもう1頭イマス」

 

 

「もしや、ダノンキングリーか?それともフィエールマンか?」

 

 

 ロメールは首を横に振る。ロメールが最も警戒している相手、その名前を口にした。

 

 

「警戒すべきはヴァーディクトデイ……あの牡馬だとボクは思っていマス」

 

 

「ヴァーディクトデイ?確か……毎日王冠を勝った馬だったな」

 

 

 国木はその名前を知っていた。レースも何度か見たことがある。宝塚記念でクロノジェネシスの2着だった馬であり、その将来を期待されている3歳馬の1頭。何よりも特筆すべきは──

 

 

()()()()()()()()()()()()()()をする彼に、何かを感じたのか?」

 

 

 ディープの走りに似ているという点。毎日王冠でヴァーディクトデイが見せた走りに、ディープの走りを想起した競馬ファンは多かった。国木もその1人である。だが、あくまで走りが似ているだけでありディープのような強さがあるかはまた別問題。国木自身も素質は感じるものの、さすがにアーモンドアイには勝てないだろうと。ヴァーディクトデイのことをそう判断していた。

 だが、依然としてロメールは厳しい顔をしている。

 

 

「毎日王冠で、ボクはサリオスに騎乗していマシタ。その時に、彼の並々ならない勝負根性を感じたんデス」

 

 

「勝負根性か……確か、ヴァーディクトデイは勝負根性が薄い馬だと聞いていたが」

 

 

「とんでもナイ!彼の勝負根性は類まれなものデス!それに何より……彼の末脚の爆発力は、凄まじいの一言デス。例えアーモンドアイであっても仕掛けどころを少しでも誤れば差し切られるぐらいには」

 

 

「君がそこまで評価するのか、ヴァーディクトデイという馬は」

 

 

 ロメールは頷く。ロメールの騎手としての腕は一級品。そんな彼が警戒すべきだと判断したのだ。ならば、その判断を信じるべきだろう。

 

 

「君の判断を信じよう。秋の天皇賞は頼んだよ、ロメール君」

 

 

「ハイ。必ず勝ってみせマス」

 

 

 この秋の天皇賞では様々な記録がかかっている。シンボリクリスエス以来となる史上2頭目となる秋の天皇賞2連覇、アーモンドアイのG1、8勝目をかけたレース。もしこのレースをアーモンドアイが勝てば、誰もが成し遂げられなかった皇帝越えを記録することになる。

 だが、陣営に不安はない。ロメールと国木は警戒こそしているもののアーモンドアイならば勝てると信じているし、調教の様子を見てその思いは強くなった。プレッシャーも感じていない。勝てるという自信をもって秋の天皇賞へと臨もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年のクラシック戦も終わりを告げた。改めて感じることは。

 

 

「この2頭は本当に凄いな……」

 

 

 まずはデアリングタクトの秋華賞。

 

 

《さぁいつでも動けるデアリングタクト!すでに3冠を視界に捉えているのか!?さぁ直線に入ったデアリングタクト!見えているのか3冠の道筋!外からパラスアテナそして真ん中からデアリングタクト!デアリグタクトきたきたきた!一番外からソングフルート!しかしこれは届くかどうか!?捉えるか捉えるか!ここでデアリングタクトが先頭に代わった!デアリングタクト先頭!咲いた咲いた3冠の花!強く!逞しく!美しく!デアリングタクト3冠たっせぇぇぇぇぇい!》

 

 

 そして、コントレイルの菊花賞。

 

 

《コントレイルは中団まだ動かない!増永はまだ動かない!3冠馬、果てなき夢への滑走路!西日に照らされた最後の直線コースに入りました!ここですでにコントレイルが先頭に並びかけている!手綱は持ったまま!先頭はディープボンド!内にバビットとアリストテレス!そして真ん中からコントレイルだ!コントレイルまだ余裕がある!ヴェルトライゼンデも上がってくるしかし!アリストテレスとコントレイル!2頭の激しい叩き合い!コントレイル苦しいか!?コントレイル苦しいか!?アリストテレス猛追!しかしコントレイル!コントレイルだ!コントレイルが今先頭ゴォォォォルイィィィィン!苦しみましたが掴みました3冠!7戦7勝!無敗の3冠馬がここに誕生!そして!史上初となる親子2代での無敗の3冠馬が誕生しました!》

 

 

 そこまで再生したところで、溜息つきながら動画を閉じる。

 

 

「まさか同じ世代に2頭の3冠馬が誕生するとは……しかもどっちも無敗だし」

 

 

 ネットは大盛り上がり。コントレイルとデアリングタクトは世代の頂点に立ったといってもいいだろう。後は、この2頭のどっちが強いかを白黒つけるだけ。そしてこの2頭の次走はおそらく。

 

 

「ジャパンカップ、だよなぁ」

 

 

 ヴァーディも出走予定のジャパンカップ。もともと中距離路線に進ませる予定だったヴァーディはジャパンカップにも出走予定だった。無論有馬記念もである。この2頭の陣営が有馬記念にまで照準を向けるかと言われたら分からないけど、ジャパンカップには出走してくるんじゃないか?読みで現在考えている、が。

 

 

「まずは目の前のことだよな。ヴァーディとクロノジェネシスの秋の天皇賞……相手はあのアーモンドアイ」

 

 

 2頭とも仕上がりは万全だ。いつ送り出しても問題ないほどに仕上がっている。この調子をキープしていくだけだ。

 前評判ではクロノジェネシスとアーモンドアイの2頭が抜けた人気を誇っている。ヴァーディは……真ん中より下ぐらいのオッズだ。メンバー的に仕方ないかもしれないけど。

 

 

(府中を得意とするアーモンドアイ。加えて騎乗するのはロメール騎手……改めて確認すると本当に高い壁だ)

 

 

 クロノジェネシスとヴァーディの調教タイムを確認し、アーモンドアイとの過去のタイムと照らし合わせる。

 

 

「……ヴァーディは調教でも一度もクロノジェネシスに先着していない。経験の差ってのもあるだろうけど、やっぱり能力的に劣るのか?」

 

 

 ヴァーディは3歳馬であると考えればかなりの好タイムを記録している。だが、それではダメなのだ。それではクロノジェネシスやアーモンドアイには勝てない。だからもっと上に行かなければ……ヴァーディに勝ちの目はない。

 

 

「いや、できる限りのことをやろう!あのアーモンドアイに勝つんだ!」

 

 

 それがクロノジェネシスか、ヴァーディであったとしても!俺は俺にできる限りのことをしよう!だから今日も頑張って調教だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だ~!クソッ!相変わらずジェネ先輩に勝てねぇぇぇぇ!』

 

 

『今日もお疲れさんだな。まークロノジェネシス先輩は俺達の厩舎でも一番実績と実力があるし、しゃーないんじゃね?』

 

 

『それじゃダメなんだよラーシー!それじゃあ、今度のレースでジェネ先輩に勝てねぇ!』

 

 

 しかも次のレースって現役最強の馬が出てくるらしいじゃねぇか!さらにすんごい騎手を乗せて!じゃあ仕方ないで済ませられる問題じゃないんだよ!

 

 

『な~ラーシー。なんかアドバイスくれよ~。G1勝ったんだから、それに勝つためのコツみたいなもんをよ~』

 

 

『あるわけねーだろんなもん。死ぬ気で鍛えろ』

 

 

『もう本番まで1週間もないし、キツめの調教も終わったんだよ!こっから先どうしろと!?鍛えられねぇじゃねぇか!』

 

 

『俺が知るかそんなこと』

 

 

 クッソー!マジでどうすりゃいいんだよ!?もう調教も終わったし、後はレースまで微調整するだけだ!キツいトレーニングなんてできないし、やろうもんなら疲労を残してレースに臨んじまうし!……あれ?軽く詰んでね?

 

 

『まー、アドバイス的なものがないこともない』

 

 

『マジかラーシー!?』

 

 

 なんだよあるんじゃねーか!

 

 

『今以上にガチになれ』

 

 

『え?どゆこと?』

 

 

『死に物狂いで走れってことだよ。誰よりも速いってことを証明するために、誰よりも強いってことを証明するために。なーんにも考えずに死に物狂いで走れって言ってんの』

 

 

 な、何にも考えずに?それ大丈夫なのだろうか?

 

 

『考え事が浮かぶ時点で、まだ本気になれる余地があるっつーことだ。だったら、なーんにも考えずに前を走るヤツら全員ぶち抜くぐらいの気概で行けばいーんじゃねーの?』

 

 

 なるほどなるほど。何も考えずに前を走る馬を追い抜くことだけ考えろと。

 

 

『……それって一種の精神論か?』

 

 

『なんだ分かってんじゃねーか』

 

 

 まさかの精神論だったかぁ……。ただまぁバカにはできない。実際精神が肉体に影響を及ぼすことはあるんだからな。ソースは俺。

 

 

『いいか?相手は歳上だ。俺達3歳馬じゃどう足搔いても年季の差は埋められない。だったら、精神という名の根性で勝つしかねーだろ』

 

 

『……確かに一理あるな』

 

 

『そーいうこった。なにがなんでも勝ちてー!ってぐらいの気概で行けば何とかなるだろ』

 

 

 実際ラーシーの言う通りで。俺じゃあどう足搔いてもジェネ先輩やその現役最強馬との年季の差を埋めることはできない。そんな2頭相手に俺が勝てる要素と言ったら、根性しかないわけだ。だったらラーシーの言う通り、何がなんでも勝つってぐらいの気概で行くのが正解か。

 

 

『ありがとよラーシー。おかげで方針が固まったわ』

 

 

『おー。結局は精神論だけど、案外バカにできねーもんだぞ。NHKマイル勝ったのもそれのおかげだしな』

 

 

『マジか。ガチでバカにできねぇじゃん。バカにするつもりないけど。お前もマイルCS?だっけ、頑張れよ』

 

 

『おーよ。オメーは……とりあえず女に絡まれねーよーにな』

 

 

『もう半分諦めかけてるよそれは』

 

 

『……マジでご愁傷さまだなオメー』

 

 

 ラーシーの気づかいが身に染みるぜ……。というか、他の牡馬からも最近憐れまれてきている。しょっちゅう牝馬同士のいざこざに巻き込まれたり牝馬に追いかけられていたりしたら当たり前か。

 こうして着々と調整は進んでいって。秋の天皇賞を迎えることになった。




次回は秋天。
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