馬に転生してからというものの、好きになったものがある。それは雨の日だ。昨日は久しぶりの大雨が降っていた。そして、小雨になったタイミング。もう外に出ても大丈夫だろうというスタッフの判断の下俺と母ちゃんは外に出る!
「ヒヒーン!(よっしゃー!雨だ雨だー!)」
『あ!待ちなさい!全くやんちゃねぇ。そんなところも可愛いのだけど』
雨でぬかるんだ地面を走るのがめっちゃ気持ちがいい!サイコー!
「黒坊は雨が好きだなぁ。地面がぬかるんでるってのに」
「ははは。可愛いもんじゃないですか」
スタッフさん達のそんな会話も聞こえる。でも楽しいから走るの止められない!なんか精神年齢下がっている気がするけどまぁいいや!
そろそろ俺が産まれてから半年が過ぎて。身体つきも最初の頃と比べて大分立派になってきたと思う。それは遠目に見えてる俺と同じ仔馬達も一緒だ。ただ、この季節になると
『ん~?どうしたの?お母さんの顔に何かついてる?』
『いや、別に。何もついてないよ』
『……それにしても本当に可愛いわ~!どれだけ見ても飽きない!』
……もうすぐ子離れの時期か。母ちゃんと俺が別れて暮らす時期が近付いてきたらしい。なんならスタッフさん達がもうその準備らしきことをしている。
「いいか?黒坊がケイティーズハートから離れたタイミングだぞ?分かってるな?」
「分かってますよ……でも、さっきからべったりで全然離れないんすけど」
「クソ……タイミングが、タイミングがない……!」
……うん、めっちゃ苦労してるってのが伝わってくるな。なんだか申し訳なくなってきた。
おそらく、母ちゃんが自発的に俺から離れることはないだろう。この半年で母ちゃんのことは大体分かっている。だから俺から離れるしかないのだが……俺から離れても母ちゃんはついてくるだろう。だが、母ちゃんが離れる手を俺は知っている。
『母ちゃん、俺ちょっと向こうに行ってくるよ』
『あら?ならお母さんも……』
『ゴメン。ちょっと1人にしてくれない?』
『ガーン!?は、反抗期なのね?そうなのね!?よよよ……』
『いや、ちょっと1人になりたいだけだから……』
反抗期ってそんな大げさな……。とにもかくにも、俺のお願いを母ちゃんは無下にしない。ちゃんと聞いてくれる。この隙に離れよう。母ちゃんから距離を取ると……スタッフさん達が近づいてきた。
「よーしよし黒坊、良い子だからこっちに来るんだぞ~」
「ヒヒン(あいっす)」
「こっちは大丈夫そうだな……問題は」
俺を誘導するスタッフさんが母ちゃんの方を見る。母ちゃんは……まだこっちには気づいていない。今の内だスタッフさん!
俺はスタッフさんに誘導されるまま母ちゃんからどんどん離れている。幸いにも、他の子馬は近くにいる。このままだ……このままいけば『離せぇぇぇぇぇぇ!離せぇぇぇぇぇぇ!』うん、そんな気はしてた。後ろを振り返ると。
「うわっ!?お、落ち着けってケイティーズハート!?お前の方が暴れるのかよ!?」
『離せー!離せー!私からあの子を奪うのかぁぁぁぁぁ!?』
「早く!早く黒坊を向こうの仔馬達のところに!」
「暴れるの普通逆だろ!?逆でも困るけど……ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!?ケイティーズハートに噛まれるぅぅぅぅぅ!?」
『離せぇぇぇぇぇぇ!』
見るんじゃなかった。何が悲しくて自分の母親が暴れまわっている姿を見なければならないんだ俺は?そう思いつつもスタッフさんの誘導に導かれるまま、向こうに見える仔馬と……一頭だけ大柄な馬の下へと向かう。あの大きな馬が保母さんのような馬なのだろうか?
母ちゃんの方はようやく諦めたらしい。悲しそうに鳴いていた。
『ウオオオォォォォォォン!元気で過ごすのよ愛しの我が子ぉぉぉぉぉぉぉぉ……』
そんな言葉が聞こえたので、一鳴きして応える。
「ヒィン(はい)」
『……やっぱり寂しいぃぃぃぃぃぃ!私もそっちに行くぅぅぅぅぅぅ!』
怖いよ母ちゃん。頼むから自重してくれ。
それからなんとか母ちゃんと離れて。今度はこっちのコミュニティでお世話になる。
『今日からこっちでお世話になります』
『だれー?』
『あたらしいこー?』
『しらないこだー』
仔馬達は俺に興味津々のようだ。耳を立てて俺に近づいてくる。ただ、体格の大きい保母さんの方は……。
『……いいわね』
「ッ!?(な、なんか悪寒が……!)」
なんというか、生命の危機を感じる気がする。だ、大丈夫だと信じる他ないな……。
夏ももうすぐ終わりを迎えるこの季節。この時期といえばそう、母馬と仔馬の別れの時期である。
「今年も仔離れの時期がやってきましたね。この時期は、やっぱり可哀想だと思ってしまいます」
休憩時間。そう切り出したのはここの職員の1人。他の職員達もそれに同意するように苦笑いしつつも頷く。
「でも、仕方ないさ。毎年のことだし、いつまでも母親にべったりというわけにもいかないからね」
「んだんだ。いつかは自立せんといかん時がある。だからと言って、慣れろとは言わんさ」
「そうですね。それにしても……今日は、うん。大変でしたね……色々と」
「「「あぁ~……」」」
職員達は揃って声を出す。全員が疲れたような溜息を吐いている。その原因は……。
「まさか、ケイティーズハートの方があんなに暴れるとは……」
「危うく蹴られそうになりましたよ私」
「僕なんて腕を噛まれかけたよ」
「黒坊は逆に大人しかったのになぁ……」
「「「ハァ……」」」
母親から引き離されて鳴き続ける仔馬というのは往々にして存在する。というか、それが普通だ。今までずっと一緒だった母との別れ。まだ当歳の仔馬からすれば不安になるし、鳴いてしまうのも仕方がない。でも、それも1日や2日経てば鳴き止む。そうなって初めて一人前だ。
彼らが担当していた馬の1人、黒坊──ケイティーズハートの2017はそんな仔馬達の中でもとりわけ利口な子だった。母馬と引き離されてもこれからは自分の力で生きていかねばならないことを理解していたのか、鳴くこともなく非常に落ち着いた様子だった。むしろ、黒坊の方からケイティーズハートから離れていた節もある。それに引き合わせた仔馬達とも仲良くやれているようだし、黒坊の方は問題ないだろう。職員達はそう結論づけた。
問題は、彼の母馬──ケイティーズハートの方である。
「どうなってるんだ?去年はあぁじゃなかったのに」
「ケイティーズハート、黒坊に凄くべったりでしたから。引き離す時に危惧していたことが起こるとは……」
「黒坊のこと大好きでしたもんね。いっつもべったりで……逆に黒坊の方はそうでもなかったみたいですけど」
「むしろ鬱陶しがってた節すらあったなアイツ。さすがにそんなことはないだろうが」
今は落ち着いているらしい。どうしようもないことを察したのだろう。
「仔馬の方が鳴くことはあるが……まさか母馬の方が鳴くとは」
「黒坊は早くも他の子達と馴染んでましたね。あんまり物怖じしない性格なんでしょうか?」
「本当に、なんでケイティーズハートの方だけ……」
「「「ハァ……」」」
最早何度目か分からない溜息。それだけ、彼らは疲れたのだろう。
「……さて、と。そろそろ仕事に戻るべ」
「そうですね。お互いに頑張りましょうか」
「……俺、この後ケイティーズハートの世話なんだけど」
「「「ご愁傷様でーす」」」
「ちくしょおおぉぉぉぉぉぉ!」
若干1名、これからも疲れるようだが。だが、ケイティーズハートはさすがに落ち着いたらしくそこまで苦労はしなかったらしい。
母ちゃんと離れて暮らすようになってからまた月日が経って。今は一緒の馬房で暮らす仔馬とも仲良くなった。
「よーしみんなー。ご飯の時間だぞー」
『ごはんだごはんだ!』
「ヒヒン!(飯だ飯!)」
ルームメイトの仔馬と一緒に飯を食ったり。放牧の時間になったらみんなと一緒にかけっこしたり。転生した時はどうなることかと思った馬生活も案外慣れてきた。
『みんなではしろー!』
『はしろーはしろー!』
『わーい!』
『あんまり離れないでねー』
「よしよし、みんな仲良く遊べてますね。順調に育ってきているようで何よりです」
「そうですねぇ。仲良さそうに走っているのを見ると微笑ましくなります」
スタッフさん達もそんな俺達の様子を見て喜んでいるようだ。……ちなみに保母さん馬だがすでに別の放牧地に移動されている。ここにいるのは俺達仔馬だけだ。
みんなと走って身体を鍛える。身体を動かしてないと気が済まないし、何より走っているのがとても気持ちがいい!最初は4本足で走ることなんてできるのか?なんて不安もあったが、母ちゃんと暮らしている時に慣れた。
『よーし!誰が一番速いか競走だー!』
『まけないぞー』
『ぼくもぼくもー!』
「お、競争してますね。一番前を走ってるのは……黒坊だ」
「あ、でも追い抜かされそう……黒坊もスピード上げましたね。負けず嫌いなんでしょうか?」
その競争は俺が一番だった……とは言っても、どこまで走るとかも決めてないただの遊びだ。他の仔馬達も勝敗なんてそこまで気にしていない。
放牧地で遊んで、馬房に戻ってご飯を食べて。夜はなんと放牧地で過ごすらしい。牧草を食べながらみんなと過ごす。
『ねむーい』
『じゃあ寝ときな。俺が見張っとくから』
『よろしくー』
夜間も走り回ったりして過ごす。俺も立ちながら寝たりして過ごして。夜が明けたら朝勤務してきたスタッフさん達が放牧地にやってくる。スタッフさん達が来たら馬房に戻る合図だ。
「それじゃあみんなー、お家に戻ろうなー」
「ヒヒン(いつもお疲れさん)」
労いの意味を込めてスタッフさんを舐める。スタッフさんは驚きつつも嬉しそうな表情をしていた。
「わっぷ!?はは、労ってくれてるのか黒坊?可愛い奴め」
スタッフさんが撫でてくれる。うん、気持ちがいい。もっと撫でても良いぞ~。
俺は今日も元気に過ごしている。
基本的に23時に投稿していきます。