飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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秋天の後編。ヴァーディの結末はいかに?


天皇賞・秋 後編 完全覚醒

 今更ながら、前世のことはほとんど覚えてない。馬になってからそれなりに経っているし、思い出すほどの経験もしてこなかったからだ。ただ普通に生活して、普通に友達とつるんでバカやって。仕事をこなして日々を過ごしていた……そんな気がする。

 だから、全力なんてものの出し方が分からなかった。いや、正確には心のどこかでストッパーのようなものをかけていたんだろう。人間だった頃にかけていたストッパーを。

 

 

「全力を出して生きるのって、なんか恥ずかしいし」

 

 

 そんな共感性羞恥のような感情が働いていた。今の俺からすれば、恥ずかしいのはどっちだよって話だが。

 考えろ。残りはすでに400を切っている。ジェネ先輩ともう1頭は俺よりもはるかに速いスピードで走っている。俺のペースも周りと比べると速い方だ。だけどッ!

 

 

『それじゃ足りねぇんだよ!』

 

 

 それじゃあジェネ先輩達には追いつけないし、先輩達に追いつけないんだったら前を走るアーモンドアイに追いつくなんて夢のまた夢だ!てかなんとなく分かる。アーモンドアイはまだ余力を残している。ここからさらに加速するはずだ。そうなるとジェネ先輩達のスピードじゃ追いつけない!だったらどうすりゃいい?簡単だ!今以上の、ジェネ先輩達以上のスピードを出すしかねぇ!

 

 

(けど、俺にできるのか?)

 

 

 頭によぎる不安。俺はこれ以上のスピードを出したことない。本当にこれ以上なんてできるのか?そんな不安がよぎる。そんな不安を──気合でねじ伏せるッ!

 

 

(今更なに不安になってんだ!できるかできないかじゃねぇ、やるしかねぇんだよ!やらねぇと、このレースで1着は取れねぇんだ!)

 

 

 今更バカみてぇなこと考えてんじゃねぇぞ俺!諦めねぇんだろ?諦めねぇって誓ったんだろうが!だったら考えるのはどうやってスピードを上げるかだろうがッ!

 その時頭によぎる、ラーシーのアドバイス。

 

 

『死に物狂いで走れってことだよ。誰よりも速いってことを証明するために、誰よりも強いってことを証明するために。なーんにも考えずに死に物狂いで走れって言ってんの』

 

 

『考え事が浮かぶ時点で、まだ本気になれる余地があるっつーことだ。だったら、なーんにも考えずに前を走るヤツら全員ぶち抜くぐらいの気概で行けばいーんじゃねーの?』

 

 

 あぁそうだよ!こんなごちゃごちゃ考えてるからダメなんだろうが!だったらもう、考えずに走る!前を走るアイツらに勝つことだけを考えろ!アイツらを……追い抜かすことだけに集中しろ!

 

 

(これが最後の思考だ……!アーモンドアイ、テメェの懐に勝利があるんだったら……ッ!)

 

 

 加速しろ、今以上に!誰よりも速く!誰もを追い抜くぐらいのスピードで!

 

 

()()()()()()()()()()()()()()!俺がテメェに勝ってやる!テメェを負かして!俺がこのレースの頂点に立ってやるッ!』

 

 

 加速しろ、俺の脚ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、ヴァーディクトデイの近くを走っていた馬に騎乗していた騎手はこう答えている。

 

 

「空気が破裂するような音が聞こえたと思ったんです。パァン!って。一瞬ビックリしちゃって。思わず音の発生源らしい、自分の横へと視線を向けると……隣から上がっていってたはずのヴァーディクトデイの姿がなくなってました」

 

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 坂を上っている途中。うすうす勘づいてしまった。

 

 

(このままだとまずい!このままのスピードじゃ追いつけない!)

 

 

 中を見るとクロノジェネシスとフィエールマンはヴァーディ以上のスピードで上がっている!ヴァーディも速いけど、向こうはさらに速い!

 だが、不安にはならない!僕らの不安は馬にも伝わる。

 

 

(僕が不安がっていたら、ヴァーディまで不安がってしまう!)

 

 

 ただでさえヴァーディは賢い子だ。僕が不安になっているだなんてすぐに勘づく!だから、自信をもって騎乗するしかっ!?

 

 

(な、なんだ?ヴァーディの雰囲気がさらに変わっ!?)

 

 

 そう思ったのもつかの間。ヴァーディは──()()()()()()()()()

 さっきまでよりもさらに速いスピード。行ける、これなら!それと同時に頭によぎる。

 

 

(まだ力を隠し持っていたのか?ヴァーディは)

 

 

 ということは、もしやっ!

 

 

(君は、さらに殻を破ったのか!この土壇場で!)

 

 

 本当に、なんて馬だ……ッ!よし、考えるのはここまでにしよう。後は!

 

 

(前を走る全員をぶち抜いて、君のG1初勝利と行こうか、ヴァーディ!)

 

 

 全力で、フルスロットルで行く!大外から、全員を躱す勢いで!

 

 

 

 

《持ったまんま!持ったまんまでアーモンドアイが3番手から2番手に進出!キセキとダイワキャグニーは少し苦しいか!?ダノンプレミアムが懸命に粘る粘る!しかし残り200mを通過ここでロメールが!ロメールがトップギア!ロメールがトップギア!アーモンドアイがダノンプレミアムを捉える!外からクロノジェネシスとフィエールマン!クロノジェネシスとフィエールマンも上がってくる!しかしこれは追いつくか、あっ!?あっとこれは!?》

 

 

《な、なんてスピードだ!?お、大外からっ!》

 

 

《お、おぉぉぉ外からヴァーディクトデイ!大外からヴァーディクトデイが上がってくる!なんて速さだ!?凄まじい末脚!外から上がってきたクロノジェネシスとフィエールマンすらも超えた末脚を発揮するヴァーディクトデイ!大外から漆黒の馬体が!最強女王に襲い掛かる!天皇賞唯一の3歳馬が現役最強を捉えんとその末脚を発揮する!残り100m!ここでヴァーディクトデイがなら、ばない!?並ばない!ヴァーディクトデイがアーモンドアイを瞬く間に躱した!》

 

 

《まさに飛ぶような末脚!これは完全に決まりました!》

 

 

 

 

 内を確認する余裕はないッ!懸命にヴァーディを押し出す!ヴァーディを懸命に押し出して──この秋の天皇賞のゴール板に、僕とヴァーディは誰よりも早く到達した。

 

 

 

 

《ヴァーディクトデイ先頭!ヴァーディクトデイ先頭!アーモンドアイ敗れる!府中の中距離で負けなしだったアーモンドアイが敗れる!皇帝越えならず!そして今ッ!ヴァーディクトデイが先頭ゴォォォォルイィィィィン!最強牝馬またも敗れる!これが新しい時代の産声だ!秋の天皇賞を制したのはヴァァァァァァディクトデイだぁぁぁぁぁぁ!勝ち時計は1:57:6!》

 

 

《こ、これはぁ……!凄い世代ですね!》

 

 

《秋華賞で史上初の無敗の3冠牝馬になったデアリングタクト!菊花賞で史上8頭目、無敗としては3頭目となる3冠馬となったコントレイル!そしてこの秋の天皇賞では!2002年のシンボリクリスエス以来18年ぶりとなる3歳馬での天皇賞制覇!そして鞍上の金添騎手に初の天皇賞の栄誉をもたらしましたヴァーディクトデイ!そして自分自身も初となるG1制覇!2着は1馬身差アーモンドアイ!府中の中距離、絶対的な強さを誇っていたアーモンドアイが敗れた!3歳馬ヴァーディクトデイの前に!アーモンドアイの偉業は阻まれた!3着は半馬身差でフィエールマンが入線!この秋の天皇賞を制したのは3歳の若武者!ヴァーディクトデイだぁぁぁぁぁ!》

 

 

 

 

 あぁ、クソ……!やっぱりG1を勝つっての嬉しいなぁ……!いつになってもそれは変わらない!

 

 

(おめでとう、よく頑張ったなヴァーディ!)

 

 

 彼を労う意味を込めて首をポンポン叩く……が。

 

 

(あれ?ちょっと待って。ヴァーディ……全然止まる気配がなくないか?)

 

 

 全然スピードを緩めないし……ってこれもしかして!?

 

 

「ヴァーディ!ストップ、ストップだ!?もうレースは終わってるよ!?」

 

 

 ここにきてヴァーディの悪癖が出たか!なんとか必死に手綱を抑えて、ようやくヴァーディは止まってくれた……。

 

 

(でも、お前のG1初勝利だ!しかも、僕にとっても天皇賞初制覇!やったな、ヴァーディ!)

 

 

 僕達でつかみ取った勝利。それを噛みしめるように握り拳を作った。

 

 

 

「……完敗ダヨ、金添」

 

 

「ロメールさん」

 

 

 アーモンドアイに騎乗しているロメールさんが僕達の方にやってきた。アーモンドアイは……うん、ヴァーディにじゃれついてるな。

 

 

「最大限警戒してイタ。ボクもアーモンドアイも、完璧なレースをしたつもりダ」

 

 

「実際そうですよ。勝てる気しませんでしたし」

 

 

「だが、結果は御覧の有様ダ。ボクらはキミ達に負ケタ……実力で、完璧に上を行かれてしまったヨ」

 

 

 ロメールさんが拳をこちらに突き出してくる。

 

 

「congratulation、金添、ヴァーディ!完敗ダヨ!」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 僕も拳を突き出して、それに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後どれくらいだ?後どれくらいでゴールだ!?あぁくそ、考えてる暇はねぇ!とにかく脚動かせ脚!

 

 

「ップ、ップだよ!」

 

 

 あん?なんか聞こえてきたな……いや!これはきっと幻聴だ!だからもっと上げろ!このまま「ヴァーディ!ストップ、ストップだ!?もうレースは終わってるよ!?」うおわぁっ!?金添さん!?てかレースは終わってるって……。

 

 

「あっ……」

 

 

 マジじゃん。気づいたらゴール板とっくに過ぎてるし、俺もう第1コーナーのとこいるじゃん!?え?いつの間にゴールしてたん?

 い、いやそれよりも!

 

 

(レースは?レースはどうなったんだよ!?)

 

 

 マジでどうなったの!?それだけ気になるんだけど!

 けど、金添さんが俺の首をポンポン叩きながら。

 

 

「おめでとうヴァーディ。僕達の勝ちだッ!」

 

 

 そう言ってくれて。何に?と思ったけど、それが秋の天皇賞のことを言ってるんだってすぐに分かって。なんというか、全身から力が抜けていくような気がした。そして次に襲ったのは、高揚感。

 

 

(そっか、勝ったんだ俺。ジェネ先輩に、アーモンドアイさんに。この場にいる全員に!)

 

 

『俺、勝ったんだッ!』

 

 

 あぁ、やっべぇ……!すっげぇ嬉しいなぁ……!なんていうか、今までで一番嬉しいッ!喜びを噛みしめていると、近くにアーモンドアイさんがやってきた。ただ、どことなく悔しそうにしていて。

 

 

『……黒鹿毛の坊や、もう一度名前を教えなさい』

 

 

 凄まじい圧を放ちながら、そう聞いていた。

 だから、俺は自信をもって答える。

 

 

『ヴァーディクトデイ。覚えておけ……それがあんたを倒した馬の名前だ!』

 

 

『ヴァーディクトデイ……そう、ヴァーディクトデイ……』

 

 

 何度も確認するように名前を呟いて。やがて俺の方に顔を寄せてきた。あ、あの。なんですかね?

 

 

『覚えておくわヴァーディの坊や。もう私は長く走れないだろうからこれが最後だろうけど……もしまた会うことがあればよろしくね?』

 

 

『あ、は、はい』

 

 

 成程、また会うことがあればよろしくってことか。別に深い意味はないということだな。

 

 

『ムキー!ヴァーディ君から離れて!』

 

 

 あ、ジェネ先輩も来た。

 

 

『何かしら?私に負けた敗北者さん?』

 

 

『ハァ……ハァ……敗北者?取り消してよ、今の言葉ッ!』

 

 

『乗るなジェネ先輩!戻れ!』

 

 

『ヴァーディ君が迷惑してるでしょ!?さっさと離れて!』

 

 

『あら?別に迷惑はしてないと思うわ。そうでしょ?ヴァーディの坊や』

 

 

 あの、こっちに話し振らないでもらえます?怖いんですよさっきから。ジェネ先輩の視線が!

 

 

『あ~はいはい。お2人さんそこまでにしといて。ルーキー君困ってるから』

 

 

 だ、誰だ!?また牝馬か!?

 

 

『とりあえずおめっとさん。え~っと、ヴァーディクトデイ、だっけ?』

 

 

『そ、そうですけど……あなたは?』

 

 

『おっとこりゃ失礼。俺はフィエールマン。安心しな、お前と同じオスだ』

 

 

 あ、俺と一緒か。それだけでなんとなく安心できるな。

 

 

『何よ。敗北者が一人増えただけじゃない』

 

 

『はいはい、それでいいんで。とりあえずヴァーディクトデイ……どうよ?1着(テッペン)の景色は?』

 

 

 フィエールマンさんのその言葉。俺は、自信をもって答えることができた。

 

 

『最ッ高ですねッ!』

 

 

『いいねいいねぇ。その調子で頑張んなよ?』

 

 

『ウッス!』

 

 

『……ヴァーディ君、ソッチはダメだからね?』

 

 

 なんの心配してるんですかジェネ先輩。

 ただ、今回はかなり疲れた……。めちゃくちゃ全力出して走ったし、今後どうなるかな俺……。

 

 

『ところでヴァーディの坊や。どこか痛いところはないかしら?』

 

 

『あ、あぁ別に痛いところはないので大丈夫です』

 

 

『遠慮しなくていいのよ?気楽に言ってちょうだい』

 

 

 いや、本当にないんだけども。ただかなり疲れが溜まってるぐらいだ。120どころか150ぐらいの力出してたからな……。てかジェネ先輩がアーモンドアイさんに突っかかってる。

 

 

『早くヴァーディ君から離れて!』

 

 

『大変だねぇヴァーディクトデイ』

 

 

『もう慣れたんで大丈夫です』

 

 

『ま~また一緒に走る機会があるかは分からんけど、元気にやるんだよ』

 

 

『はい!フィエールマンさん!』

 

 

 いろいろあったが俺の秋の天皇賞は勝利で終わった。これが俺のG1初勝利。とんでもなく嬉しかったね!それに、これだけの力があれば……!

 

 

(お前にだって勝てる……!もう二度と負けねぇからな、コントレイル!)

 

 

 空を見上げて、スゲェ偉業を達成したらしいアイツに思いを馳せる。次戦う時は、本気の俺をぶつけてやるッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【秋の天皇賞を制したヴァーディクトデイ、ジャパンカップは回避の方向!海藤調教師「ちょっと疲労が溜まってる」】




次回はおそらくウマ娘編です。ヴァーディのG1初勝利です!全ブッパニキは多分とんでもないことになってます。
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