飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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引き続き放牧のお話。


放牧先での教え

 というわけで俺の放牧はまだ続いているわけだが。

 

 

『そう言えばドンナ姉さんってどれくらいレースを勝ってきたんですか?』

 

 

『ワタクシ?そうね……G1と呼ばれるレースを7勝したかしら』

 

 

『え、強……』

 

 

『海外のレースも勝ったわ。確か、ドバイだったかしらね』

 

 

『か、海外も!?や、やべぇ……ドンナ姉さん強い……』

 

 

『ウフフ、褒められて悪い気はしないわね』

 

 

 この数日でドンナ姉さんと放牧先で会うことが多く。気づけば仲良くなっていた。ドンナ姉さんは色んな事教えてくれるので俺の方も興味津々でいろんなことを聞いている。

 

 

「大丈夫なんですか?ここ数日ジェンティルドンナとヴァーディクトデイを一緒にしたりして」

 

 

「大丈夫だ、責任は俺が取る。それに見ろ。ジェンティルドンナもリラックスしてるし、黒坊に危害を加えようとしないだろう?」

 

 

「あ、確かに。じゃあこれが正解?」

 

 

 どうやらスタッフさん達の指金らしいが。特段困ることでもないし気にしないことにしてる。それに色んなことが聞けるから俺としても助かってるし。

 

 

『それで?ヴァーディはG1レースを勝った経験があるのかしら?』

 

 

『あ、一応あります。とは言ってもまだ1勝ですけど……』

 

 

 ドンナ姉さんからしたら俺なんてまだまだだ。それでもちょいへこむけど。

 

 

『そんなに悲観することないわ』

 

 

 俺が落ち込んでいるのを察してか、ドンナ姉さんが慰めるように顔を舐めてきた。微妙にくすぐったい。

 

 

『そもそもG1を勝つだけでも上澄みの上澄み。その勝利を誇りなさい。それが勝者であるあなたの責務であるし、負けていった者達への手向けよ』

 

 

『ドンナ姉さんっ』

 

 

『それにあなたはまだまだこれから。これから勝ち星を重ねればいいわ』

 

 

 ……ま、それもそうだな。俺はまだ3歳馬、ようやくクラシックシーズンが終わったばかりってところだ。これから勝ち星を重ねていけばいいだろう!

 

 

『はい!俺、頑張ります!』

 

 

『良い返事ね。それで他に気になることはあるかしら?』

 

 

 気になることか。あ、そうだ。丁度いいから聞いてみよう。

 

 

『じゃあちょっといいですか?走りについてなんですけど』

 

 

『走り?……まぁいいわ、どんなことかしら?』

 

 

 とりあえず、俺の元来の走りの説明。そこから俺が思っている問題点なんかを色々と説明して。

 

 

『……って感じなんですけど。どうですかね?』

 

 

『止めた方が良いわね』

 

 

 即答された。やっぱりドンナ姉さん的にもダメだと思うのか。

 

 

『まず、ワタクシ達にとって蹄はとても大事よ。人間達がここに蹄鉄と呼ばれているものをワタクシ達につけることから、それは分かるわね?』

 

 

『はい。それは分かっています』

 

 

『ヴァーディがやっていることはその蹄にかなりのダメージを負わせる走りよ。この先数戦しか走れなくなっても良いというなら止めはしないけど、長く走りたいなら止めておくことね』

 

 

 このままの走りだったら俺、後数戦で脚がダメになるとこだったの!?は、早い段階で気づけて良かったぜ。

 

 

『後は接地時間を短くするってことは、雨でぬかるんだ地面を走る時も危ないわ。滑ったりでもしたら立て直しも難しいもの』

 

 

『た、確かに……ということは』

 

 

 宝塚の時って、結構危なかったのか?や、ヤバい。今更ながら身体が震えてきた。

 

 

『確かに、接地時間を短くするってのは速く走る上で大事かもしれない。だけど、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『え?そ、それは!?』

 

 

『ヴァーディは走っている時、風を感じないかしら?』

 

 

 風……風。確かに感じるが。

 

 

『それが何か関係あるんですか?』

 

 

『大有りよ。速く走ろうとすればその分だけ前から風が来るんだもの。ワタクシ達が速く走ろうとするのを邪魔するようにね』

 

 

 いわゆる風の抵抗ってヤツだろうか?あ、てかそういうことか。なんで気づかなかったんだ俺。

 

 

(そりゃ速く走ろうとすればその分だけ風の抵抗が加わるよな。当たり前の話だ)

 

 

『その中で速く走ろうとするにはどうすればいいか?分かるかしら、ヴァーディ』

 

 

『う~ん……より脚の回転数を上げる?それこそ歩幅を短くするぐらいに』

 

 

『それも悪くないわね。だけど、あなたはストライドを長く取る走りでしょう?今更短いストライドに変えられて?』

 

 

 無理だな。この走りが性に合っているし、今更変えるとさらに大きな弊害が生まれそうだし。

 

 

『無理ですね』

 

 

『そう。なら別の解決策。それは……脚が浮いている時間を短くすることよ』

 

 

『脚が浮いている時間を……短く?』

 

 

 ど、どういうことだってばよ?

 

 

「足が地面に着いていれば、前に進むための推進力が得られるでしょう?地面を蹴ることができるのだから』

 

 

『そりゃまぁ、はい』

 

 

『だから、イメージとしては()()()()()()()()()()()。これはヴァーディもやっているんじゃないかしら?』

 

 

 確かに。前に飛ぶってイメージは俺もやっている。それにしても低く前に、か。

 

 

『できる限り脚を浮かせずに、しっかりと地面を踏みしめて低く前に飛ぶの。ワタクシの父がそんな走りをしていたそうよ』

 

 

『成程成程……ドンナ姉さんの父って?』

 

 

『ディープインパクトよ。名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないかしら?』

 

 

 はい、知ってます。というかディープインパクトの子だったのかドンナ姉さん。

 

 

『とりあえずおさらいね。今のヴァーディの走りは蹄に対するダメージが大きいわ。だから、地面をしっかりと踏みしめて、地面を掴むようなイメージで駆け抜けなさい。そうすれば脚や蹄への負担は減るし、接地時間も自ずと増えるから力も分散するわ』

 

 

『で、でも力が分散したら前に進む推進力が得られなくないです?』

 

 

『大丈夫よ、ヴァーディのパワーなら今と大差ない推進力が得られるから。それに力を一点集中させるのは変わらないから大丈夫よ』

 

 

 う~ん。ぶっちゃけ半信半疑だが、ドンナ姉さんの言う通りに走ってみよう。

 とりあえず物は試しで。地面をしっかりと掴んで、前に飛ぶイメージッ!

 

 

『ッ!』

 

 

『そうそう。そんな感じよ。まずはゆっくりとならしていきなさい』

 

 

 ドンナ姉さんの指導の下新しい走りを試す。だが時間には限りがあるわけで。

 

 

「ヴァーディ!調子良さそうに走ってるとこ悪いけど放牧は終わりだよー!」

 

 

「ヒヒィン(マジか。じゃあ今日はここまでだな)」

 

 

 放牧の時間が終わった。ドンナ姉さんも担当のスタッフさんに引かれて別れる。

 

 

『それじゃあまた。あなたが向こうに帰るまでは見てあげるわ』

 

 

『ありがとうございますドンナ姉さん!ドンナ姉さんって優しいですね!』

 

 

『や、優しい?ワタクシが?』

 

 

 あれ?こんなに俺に良くしてくれるんだからそうだと思うんだけど。もしかして違ったのか?

 

 

『だって俺に優しく教えてくれるじゃないですか。それに追いかけ回したりしないし』

 

 

『あなた今までどんな目に遭ってきたのよ』

 

 

 そりゃもう色々とありましたよ。歳上のお姉さんに追いかけられたり歳上のお姉さんに追いかけられたり……追いかけられてばっかりだな俺。

 

 

『ドンナ姉さんのおかげで、新しい走りも見つけられそうですから!ありがとうございます!』

 

 

『……そう。それならよかったわ……本当に良い子。あの白饅頭とは大違いね……ッ!

 

 

 あれ?なんか迫力が増したんだけど。気のせい?俺なんかやらかした?

 

 

『じゃあまた!ドンナ姉さん!』

 

 

『えぇ。またねヴァーディ』

 

 

「ジェンティルドンナもリラックスしてるな……これは引き合わせて正解だったかもしれん」

 

 

「クロノジェネシスの例がありましたからね。やってみるもんですね」

 

 

 どうやらスタッフさん的にもお気に召したらしい。とりま明日もドンナ姉さんに教わろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから放牧中はドンナ姉さんに色んなことを教わった。

 

 

『ここでは本気で走れないから、あくまでフォームの確認だけに留めておきなさい。他の子がビックリしちゃうから』

 

 

『は、はい!』

 

 

 フォームの相談だったり。

 

 

『ドンナ姉さん的に、どのレースを勝てば世界一って言えると思います?』

 

 

『漠然とした質問ね。ただ……ワタクシの知る限りだとガイセンモン?というレースに拘っているようだったわ。つまりそのレースに勝てば世界一じゃないかしら?』

 

 

『ガイセンモン……凱旋門?海外のレースですかね?』

 

 

『そうよ。ワタクシの父も勝てなかったレースみたいね』

 

 

『そうなんですね。つまりそのレースを勝てば世界一の競走馬と言えるかもしれないのか

 

 

 レースの相談だったり。

 

 

『時折ドンナ姉さんが憎々し気に呟く白饅頭って何のことですか?』

 

 

『良い?ヴァーディ。それは気にしないことよ。アイツはろくでもない奴なんだから』

 

 

『あ、そ、そうなんですね』

 

 

『えぇそうよ……本ッ当にあの白饅頭は!

 

 

(もうこの話題には触れないでおこう。その方が良い。白饅頭が何か分からないけど)

 

 

 白饅頭と呼ばれている馬?のことについてだったり。この放牧の間でいろんなことを教わった。

 そして来る、俺が海藤厩舎に帰る日の前日。

 

 

『ドンナ姉さん。俺明日向こうに帰るみたいです。疲労もとれたし、良いリフレッシュになっただろうからって』

 

 

『そう……短い間だったけど楽しかったわヴァーディ』

 

 

 放牧の間にドンナ姉さんにお別れを済ませておくことに。やっぱりちょっと寂しいな。

 

 

『こっちにいらっしゃい、ヴァーディ』

 

 

『あ、はい』

 

 

 とりあえずドンナ姉さんに近づく。顔を舐められた。ちょっとくすぐったい。

 

 

『向こうでも元気でやりなさい。あなたが勝ちたいっていう相手……コントレイルだったかしら?その子に勝てるように頑張るのよ』

 

 

『はい!俺、頑張ってきます!』

 

 

『良いお返事ね。あなたと出会ってからの放牧は楽しかったわ』

 

 

『俺も楽しかったです!』

 

 

「ヴァーディもすっかり警戒心解いたな……あそこまで近づくのってクロノジェネシスぐらいって聞いていたが」

 

 

「ジェンティルドンナも、黒坊と出会ってからずっと落ち着いてましたね。普段の我の強さが嘘みたいだ」

 

 

「ずっといてくれないかな?黒坊……無理か」

 

 

 その日の放牧も終わって。次の日を迎えて。俺が向こうに帰る日になった!輸送されている中、俺は決意を固める。

 

 

(まずは向こうのトレセンに帰ったら新しく教わった走りを試す!そして目指すは……打倒!コントレイルだ!)

 

 

 アイツも今頃凄く強くなっているはずだ!アイツに勝つためにも、頑張るぞ!




トレセンに帰るぞー。
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