12月某日。返ってきました海藤厩舎!
「おぉ~ヴァーディ!あっちでリフレッシュできたか~?」
「ビヒヒィン!(あたぼうよ!今日からまたよろしくな!)」
「ハハ!元気良く鳴くな!この調子だと、良い感じにリフレッシュできたみたいだ!」
「故郷の有北ファームでリフレッシュって考えは間違ってなかったみたいだね」
おぉ海藤さん!海藤さんもお久しぶりだぜ!とりあえず再会を祝して顔を近づける。
「アハハ、元気一杯って感じだね。ただ、明日からは調教だからあんまりゆっくりはできないか。ごめんねヴァーディ」
「ヒヒン(問題ないぜ)」
むしろ早くトレーニングしたくてウズウズしてるからな!確か今月末にあれがあるんだろ?なんかすんごいレースが!
(それにきっとコントレイルも出走するだろうし、今すぐにでも調整しねぇと!)
待ち遠しいぜ!確か……有馬記念だったか?俺も多分出れるはず!……きっと!
調教の日を待ち遠しく思っていると馬房に案内されて。久しぶりにこの馬房に入った。
『あー!ヴァーディ君だ!』
『ジェネ先輩!』
ジェネ先輩と会うのも随分久しぶりに感じるなぁ!天皇賞が終わってから数日の間は一緒だったけど、放牧してからは会ってないし!
ただジェネ先輩は馬房から身を乗り出して。
『……ん~?』
なんか訝しんでるようだった。俺なんかしたかな?
『どうしました?ジェネ先輩』
『……ヴァーディ君。この後の放牧時間あるよね?』
『そりゃまぁありますけど。本当にどうしたんです?』
ただジェネ先輩はなにも答えてくれなかった。どうしたんだろ本当に。
そして放牧の時間。ジェネ先輩と一緒に過ごすわけだが。
『……』
『あ、あの。なんで俺の周りをぐるぐる回ってるんですか?』
『良いから!』
『は、はい』
ジェネ先輩は俺の周りをぐるぐると回っていた。時折鼻を近づけては匂いを嗅いでいる。
『やっぱり気のせいじゃなかった!』
『な、なにがですか?ジェネ先輩』
『ヴァーディ君から知らない子の匂いがする!』
『嘘でしょ!?』
身体だって洗ってるんだからそんなはずないでしょ!?というかなんですかその匂い!
『俺そんな匂いします?』
『ううん、匂い自体は前までのヴァーディ君と変わらないけど……これは匂うよ!ヴァーディ君、放牧先で仲良くなった子がいるでしょ!』
これもしかして女の勘とかそういうヤツ?でも別に隠すようなことでもないから教えよう。
『確かにいますけど』
『なんて名前!?』
『ドンナ姉さん……ジェンティルドンナさんですね。向こうで凄くお世話になった方です』
『ど、ドンナ姉さん!?』
なんか凄くショック受けてるな。もしかして知り合いだったりするのか?
『ど、ドンナ姉さん……!それも、凄く親しそうに!ショック、これはショックだよヴァーディ君!』
『あ、呼び方の問題とかそういう』
そこまで重要な問題なのだろうか?呼び方って。
『ち、ちなみに?向こうでそのジェンティルドンナさんと何かやってたの?』
『何か……レースの相談とか乗ってもらってましたね。走りとかデカいレースって何があります?とか』
そう答えるとホッとしたような雰囲気のジェネ先輩。別におかしなことはなにもやってないんだがなぁ。あ、でも。
『そういえばドンナ姉さんは良く俺の顔を舐めて慰めてくれましたね』
『ッ!?な、なんですとー!?』
なんか背後に雷が見えそうなぐらい驚いてるなジェネ先輩。そんなにおかしいことなのか?
『どどどど、どういうことヴァーディ君!?』
『どういうこともなにも……俺が落ち込んでると思ったらよく顔を舐めて慰めてくれたんですよドンナ姉さん。いや~優しいですよねぇ』
『ぐぐ、ぐぬぬぬぬ……!』
う~ん……でも舐められたのって基本的に母ちゃんぐらいだから、ちょっとおかしいことなのか?でも慰め以外の意図は何もないだろうしな。さすがに邪推しすぎかもしれない。
『でもそれ以外はなにもありませんでしたよ。これは本当です』
『本当?本当に本当?』
『本当ですって。これ以上は何もなかったですよ』
なんかジトーっとした目で見られてる気がする。疑り深いなジェネ先輩。
『……まぁヴァーディ君がそう言うなら信じるけど』
『し、信じてもらえて良かったです』
『その代わり!今日からわたしに一杯構ってね!』
『いつもと何か変わります?』
割とジェネ先輩には構って貰ってる気がするのだが。ありがたい限りである。
『……大変だなオメーも』
『お、ラーシー久しぶり』
『おう久しぶり。まーこれからもよろしくな』
『おう!よろしく!』
ラーシーも久しぶりだ!時間にして大体1ヶ月ぐらいだけど、それでも久しぶりに感じるな。ま、こっちに帰ってきたわけだし!
(新しい走りをものにするため頑張りますかね!)
向こうで教えてもらった新しい走りを試してみますか!
日を跨いで次の日。早速俺は調教師さんを乗せて新しい走りを試しているわけだが。
(いかんせん上手くいかねぇな……)
「ヴァーディはまずまずですね。ただちょっと動きがぎこちないかな?」
「放牧明けだからね。まだ身体が鈍ってるのかも」
今までの蹄の先に全神経を集中させる走り方ではなく、新たに習得しようとしているしっかりと地面を踏みしめてなおかつ脚の回転数を早める走り。理屈は分かるんだがこれがまぁ難しい。何分宝塚記念後に確立した走りをまた修正しようとしているわけだから当たり前かもしれんが。
その後も何度か試走するがあまりピリッとせず。海藤さんも難しい表情だ。
「う~ん……この調子だと、有馬記念は回避かなぁ?」
え!?それは困る!だってコントレイルと戦えねぇじゃん!クソ、調子が良いアピールでもするか!
「ヒヒィン!(俺はまだまだいけるぜー!)」
「調子は良さそうなんですけどね。ただ、どうもタイムがピリッとしませんね」
「身体には何の問題もないんだろう?」
「はい。特に問題は見受けられなかったと」
そりゃそうだ。問題なんてないんだから!だから有馬記念出してくれー!こうなったら抗議するかのごとく暴れてやる!
「うわ!?ヴァーディが暴れ出した!どうどう、ヴァーディ。落ち着いて落ち着いて」
「ヒヒィーン!(落ち着いていられるか!有馬に出せぇ!)」
「……もしかして、有馬に出たいのか?ヴァーディ」
「ッ!」
俺は急いで首を縦に振って答える。
「やっぱヴァーディって俺達の言葉が分かるんだな……改めて実感するわ」
そりゃまぁ元が人間ですし。それよりも!
『俺を有馬に出してくれー!』
「う~ん、有馬に出たいのは良いんだけど……このままだと良くないかもしれないし。下手すると大敗するかもしれないよ?」
うぐ!?そ、それは困るが……!
まぁ、考えれば分かることだ。海藤さん達だって俺達のためを思ってくれているわけだから、その海藤さんがダメっていうんだったらダメなんだろうな……。悔しいけど受け入れるしかないのか?でもなぁ、コントレイルと戦いてぇなぁ!?諦めきれねぇよ!
「お、大人しくなったな。分かってくれたのか?」
「いや、多分まだ諦めてないね……どうしてこんなに有馬に拘るんだろう?」
そりゃコントレイルと戦いたいからですよ。アイツが確実に出走してくるって分かってるのに出ないのは「そう言えば海藤さん、コントレイルは有馬の出走回避するみたいですね」え?マジで?有馬出ねぇのアイツ?
「そうらしいね。増永騎手曰く、コントレイルに長距離は向かないだとか」
「それに菊花賞からのジャパンカップのローテでしたからね。さすがのコントレイルも疲れが溜まってるでしょうから」
「まぁ出走はしてこないでしょう。向こうも年明けに始動ってとこですかね?」
なんだ、有馬にコントレイル出ないのか。じゃあそこまで拘る理由はないな。
「なんかヴァーディが急にスンってなったんですけど……」
「コントレイルの名前出した瞬間お前急に落ち着いたな」
「……ヴァーディ、有馬に出たい?」
ぶっちゃけ出たいと言えば出たいが。海藤さん的に無理って判断したなら止めた方が良いんだろう。首を横に振っておこう。
「……分かってくれましたね」
「なんだったんだ本当……もしかして、コントレイルが出ないからやる気失くしたとか?」
「あり得そうなのが怖いなぁ……」
とりあえず今は新走法を完成させよう!これさえ完成させれば、コントレイルにだって負けねぇしジェネ先輩にだって勝ち越せる!そのためにも早くトレーニングだぁぁぁぁ!
「うわっ!?急に走り出した!うわぁぁぁぁぁ……」
「ヴァーディも早く走りたくてウズウズしてたんですかね?」
「いやそれよりも止めないと!?もう調教終わりだよ!」
その後海藤さん達に滅茶苦茶止められた。気持ちが先走り過ぎたので反省である。
ヴァーディの馬主、クラブ代表秋畑さんの前に立っている。
「……成程。ヴァーディクトデイの有馬は回避した方が良いと?」
「はい。放牧が明けてから現在まで調子は上がり続けていますが……さすがに有馬までに調整するのは厳しいものと思われます」
「ふむっ」
顎に手をやって考え込む秋畑さん。ただ、答えはもう決まっているのだろう。
「有馬を回避するのは分かっていたことだ。その方向で行こう」
「分かりました。早急に情報を拡散します」
「頼んだぞ。そしてヴァーディクトデイの年明けについてだが……君はどう考えている?」
秋畑さんのこちらの動向を窺うような目。正直言って、俺の答えは決まっている。
「ヴァーディクトデイは中距離路線に進ませます。なので年明けは──大阪杯を目指そうかと」
「コントレイルへのリベンジマッチも兼ねて、か」
秋畑さんは嘆息する。そう、この大阪杯はコントレイル陣営が年明けに狙うと言っていたレースだ。自然と拳に力が入る。
「それもありますが、中距離のG1ですから。やはり取っておきたいですね。相手があの無敗の三冠馬であっても」
正直なところ、俺は五分五分の勝負になると踏んでいる。今のヴァーディの実力なら、コントレイルにだって劣らない。勿論展開や他の馬だっているがそれでも最大の標的は無敗の三冠馬であり、ヴァーディに初めて土をつけた相手──コントレイルだ。
秋畑さんはまたも考え込む。少しの沈黙。考えが纏まった秋畑さんは。
「あまりコントレイルに入れ込み過ぎないように。相手はコントレイルだけではないのだから」
「勿論、分かっています」
ヴァーディの大阪杯出走を決定した。
「ただ大阪杯前にレースを一叩きしておきたいな。放牧明けで感覚が鈍っているかもしれんからな」
「レースに関しては、日経新春杯を予定しています」
「……まぁ問題はないだろう。その予定で頼むよ」
「はい。では、これで失礼します」
これで話し合いは終わる。ただ、その前に1つ。
「すいません秋畑代表。最後に1つだけ」
「なんだね?」
「──ヴァーディクトデイを海外遠征させる気はあるでしょうか?」
ヴァーディを海外遠征させるか。それだけ聞いておきたかった。何故このタイミングで?という理由はない。ただ、早い内に意向を決めておけばいざという時にスムーズに行くからだ。
「また唐突だな。何故このタイミングで?」
「いえ、早い内に決めておいた方が良いと思いまして。秋畑代表としてはどのようにお考えでしょうか?」
顎に手をやって考えこむ秋畑さん。時間にして数分だろうか?考えが纏まった秋畑さんは。
「候補ではある。だが今は国内に集中だ」
海外遠征を候補に考えてはいるというもの。
「君は、ヴァーディクトデイなら海外でも勝てると考えているのかね?」
「私……というよりは、金添騎手達の言葉です。ヴァーディクトデイは海外でも勝てる実力があると。そう絶賛していました」
「成程な……」
これは本当のことである。それにしてもロメール騎手がそう言ってただなんて……ヴァーディの素質って凄いな。
ただ、秋畑さんは難しい表情で。
「だが、おいそれと判断するわけにはいかない。なんにしても国内で結果を残すことができたら、だ」
「それは勿論分かっています。ひとまずは日経新春杯、そして大阪杯の結果次第ですね」
「あぁ。分かっているならいい。そして大阪杯の結果次第では──前向きに検討しよう。それに……私も海外の大レースを制する姿を見てみたいからね」
「私もです」
お互いに笑みを浮かべあい。その場は解散となった。
海外遠征の話は早い段階で。