飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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ちょこちょこ加筆。


競走馬名、その名は

 ──その馬が気になったのは、本当に偶然だった。

 2018年、そろそろセレクトセールが始まろうかという時期。俺は有北ファームのイヤリング施設*1に来ていた。そんな時ふと、俺の視線の先にいる……黒い馬が気になった。

 

 

「……うん?あの馬は?」

 

 

 他の馬が追い運動をしている中、その黒い馬だけはのんびりとしていた。追いかけられていないことが分かっているのか、それともただズブいだけなのか。その判断は少しつかないが。

その馬の第一印象は、大人しそうな黒鹿毛の馬。それも、流星*2もなければ脚のマーキングもない。本当に真っ黒な馬だった。

 

 

(あれだけ黒い馬ってのも珍しいな……青鹿毛なのかな?)

 

 

 じっと眺めていると、誰かに話しかけられる。

 

 

「お、あの馬が気になりますか?海藤さん」

 

 

「あ、ど、ども」

 

 

 このイヤリング施設の厩務員の方だ。慌てて頭を下げる。海藤というのは俺の苗字だ。海藤崇文(かいとうたかふみ)……それが俺の名前だ。

 

 

「いや、他の子が追い運動している中、あの子だけのんびりしているもんですから……どうしたのかなって」

 

 

 他の子は後ろから追われて逃げるように走っているのに、あの子だけはのんびりとしていた。それが気になっていたのもある。だけど……どういうわけか、あの馬から目が離せなかった。理由が分からないから、それを口にはしないが。

 厩務員の方は柔和な笑みを浮かべている。

 

 

「あ~、もしかして今来た感じですか?海藤さん」

 

 

「そうですね。やっぱり、自分の目で直接見てみるのが大事かな~って……」

 

 

 ……まぁ、まだ厩舎を立ち上げたばっかりのひよっこだから良い馬を見つけても自分のところに来るとは限らないんだけど。実績も何もかもが足りないし。

 厩務員の方は楽しそうにしている。まるで、秘密を教える子供のような、紹介するのが楽しみだという感じの調子で。

 

 

「じゃ、見てれば分かりますよ。あの子……黒坊がどんな馬なのか」

 

 

「黒坊?」

 

 

「あぁ、あの黒鹿毛の馬の愛称です。あの子が生まれた場所で、白い部分が全くない……まっくろくろすけだからそう呼ばれていたとか」

 

 

 黒坊と呼ばれた馬は相変わらずのんびりとしている。そんな時、追い運動の馬が黒坊の方へと走ってきて、それに合わせるように黒坊も走り出した。

 

 

「あの子は利口な馬なんですよ。自分が追われてる時だけ、走るんです。無駄な運動をしないんですよ」

 

 

「はぁ……それにしても、凄いですね。瞬発力がある」

 

 

 黒坊はすぐにスピードを出してあっという間に逃げていった……が。何故か追い運動の馬は黒坊を追いかけていた。俺が舌を巻いたのは、ここからである。

 

 

「……凄いな。もうこれだけのスピードを出せるんですね」

 

 

「そうですね。切れる脚がある……あの子は将来走りますよ」

 

 

「母は?」

 

 

「ケイティーズハートです。ケイティーズハートの2017」

 

 

「父は?」

 

 

「ブラックタイドですね」

 

 

「キタサンブラックの父じゃないですか」

 

 

 昨年引退したG1を7勝した名馬。これから種牡馬としての活躍が期待できる馬と同じ父を持つ馬。それが黒坊。

 ……あれ、待てよ?確かブラックタイドの父はサンデーサイレンスで……ケイティーズハートの父は確かハーツクライ、のはずだ。ハーツクライの父はサンデーサイレンス……つまりは。

 

 

「サンデーサイレンスの2×3……凄いインブリードですね。かなりの量のサンデーサイレンスの血が流れているのか……」

 

 

「そうですね。身体が弱くならないか心配してましたが、黒坊はケガや病気1つすることなく健康に育っています。気性も穏やかなもんですよ、反発したことなんてないに等しい」

 

 

 黒坊はいまだに追い運動をしている。その姿から……俺は目が離せなかった。

 

 

「どうですか?黒坊は」

 

 

「……良い馬ですね。今後が楽しみな馬です」

 

 

「でしょう?お眼鏡に敵ったようで何よりだ」

 

 

 確かに良い馬だ。だけど、大きな問題点がある。それは……。

 

 

「でもなぁ……俺のところに来るかは分かんねーんだよなー!?」

 

 

「ハハハ!私の方からも口添えをしておきましょうか?海藤さんが黒坊のことをとても気に入っているって」

 

 

 その言葉に思わず厩務員さんの方を向く。相変わらず、柔和な笑みを浮かべていた。

 

 

「い、良いんですか?」

 

 

「まぁ、口添えするぐらいならタダですから。それに……黒坊をとても気に入っているようですし、オーナーも悪いようにはしないでしょう」

 

 

 思わずガッツポーズをしてしまう。まだ俺のところに来ると決まったわけじゃないのに。だけど、少しでも可能性が上がったということが凄く嬉しい。

 

 

(そんなに気になってるんだろうか?黒坊のことを)

 

 

 ……というか、さっきからずっと見てるけど。黒坊追われっぱなしじゃないか?なんというか、必死に逃げているというか……。

 

 

「あ、あの。大丈夫なんですか黒坊?さっきから追われっぱなしですけど」

 

 

「え?……って!またか!?おーい!なんとか抑えろー!」

 

 

 さっきからやってるー!と遠くから声が聞こえた。ということは、馬の方が暴走している?でも、どうして……。

 

 

「あ~……海藤さん。黒坊なんですが、実は1つ困ったことがありまして……いや、アイツ自身が悪いわけじゃないんですけど」

 

 

「何かあるんですか?」

 

 

「今黒坊を追いかけている馬、牝馬なんですよ」

 

 

「……それがどうかしたんですか?」

 

 

 厩務員さんは凄く言いにくそうにしている。そんなに深刻なことなのだろうか?

 意を決したように、厩務員さんは口を開く。

 

 

「……実はですね、黒坊は……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「え?ど、どういうことです?」

 

 

「言葉通りの意味です。どういうわけか、黒坊がいるとアイツより歳が上の牝馬はほぼアイツを追いかけるようになりまして……そのせいか、こういうことが多々あるんです」

 

 

 本当になんでなんでしょうねぇ、とぼやいたが俺に分かるわけがない。

 

 

(本当に不思議な馬だな……黒坊)

 

 

 ケイティーズハートの2017、黒坊……本当に不思議な馬だった。どうしてか目が離せなくて、凄く気になった馬。多分、理屈なんてものはないんだと思う。カッコつけて言うなら……この馬に、運命を感じていた。そして、この馬と縁が重なって俺のところに来るとは、この時は思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お願いします!誰か助けてください!恥も外聞もなく助けを求めます!誰か助けてください!

 

 

『待ちなさいそこの可愛い黒鹿毛ちゃん!逃がさないわよ~!』

 

 

『ちょぉ!?こっちくんな!他のヤツ沢山いるだろ!?』

 

 

『い~や!あなたのこと気に入ったんだもの!絶対逃がさないわ!』

 

 

「ど、どうしたんだよ!?い、言うこと聞けって!」

 

 

 もっと頑張ってくれ騎手さん!早くしないと俺がヤバいことになる!

 

 

(クソッ!女難の相がヤバすぎる!?これ逃げ切れるか分かんねぇぞ!?)

 

 

 確かに俺は年上のお姉さんが好きだ。それに偽りはない。だけどな……俺はまだ仔馬で、相手は成人しているような馬だ。正直に言おう。滅茶苦茶に怖い!

 

 

『さっさと諦めてくださぁぁぁぁぁい!』

 

 

『だぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇ!』

 

 

「ヒヒィィィィィィィン!?(誰か助けてー!?)」

 

 

 その後なんとか騎手さんがどうにかしてくれて俺は事なきを得た。去り際、騎手を睨みつけていたあのお姉さん馬の目が忘れられない……恐怖を感じた。

 

 

『あー今日もあそんだあそんだー』

 

 

『お家かえろー』

 

 

『ごはん食べたーい』

 

 

 クッソのんきだなお前ら!俺はこんな目に遭ったのによ!女難の相マジでやべぇ……!俺もご飯食べてゆっくりしよ……めっちゃ疲れた。1週間に1回ぐらいはこうなるし、本当に勘弁してほしいんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから月日は流れて。ついにセレクトセール?とやらの時期がやってきた。人間達の情報によると、いわゆる俺達サラブレッドのセリ市らしい。まぁ俺には特に関係ない。というのも、俺はどうやらすでに買い手がついているらしい。一口馬主?とかいうヤツらしい。詳しくは分からん。そもそも、馬主についても良く分かってないしな。

 

 

「ケイティーズハートの2017は……一口5.5万円の400口か。やっぱりインブリード的に厳しいものがあるよなぁ」

 

 

「でも、結構すぐ集まりましたね。後は名前と、どの厩舎に所属するかだけです。厩舎に関してはほぼ決定しているみたいですけど」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「はい。なんでも、栗東の海藤さんが黒坊のことをとても気に入っているみたいで。悪いようにはしないだろうってことで、海藤厩舎にほぼ決まりみたいです」

 

 

 お、ついに名前がつくのか!いっちょカッコいい名前を付けてくれよ一口馬主さん達!

 それにしても、ついに俺もサラブレッドとしての人生が始まるのか……。

 

 

(最初馬に転生した時はどうなることかと思ったが……割と順応するもんだな)

 

 

 まさか女難の相がここまでとは思わなかったし、そのせいで沢山迷惑をかけた。まぁ色々あったけど、それなりに楽しんでいる。人間達の話によると、この業界はかなり厳しいことで有名らしい。

 まず、勝てないとヤバい。人間達はこの馬の中でも一頭でも多く勝てて欲しいと願うぐらいだし、負け続けたらとんでもない目に遭うのだろう。何をされるのか分かったもんじゃない。それに、怪我や骨折だけでもヤバいらしい。だって人間達は俺達が怪我をしないように繊細に扱っている。だから、怪我をしたらヤバいってことは何となく分かる。

 これから先、俺はどうなるのか分からない。でも……とりあえずは、勝ちたいな!負けるよりは勝つ方が良いに決まってるし!

 

 

「ヒヒィン!(頑張りますか!)」

 

 

「お、黒坊も楽しみなのか?お前とのお別れもちょっと寂しいけど……向こうの厩舎でも元気にやれよ!」

 

 

「ヒヒン!(おうよ!)」

 

 

 俺は世話になったスタッフさんの顔を舐める。

 

 

「うわっぷ、ハハ、お前は本当に可愛いヤツだなぁ。お前の活躍する情報を待っているぞ!」

 

 

 よっしゃあ!バリバリ活躍するぞー!それに、俺の名前なんになるかな~?そっちも楽しみだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~い黒坊!お前の名前と所属厩舎が決まったぞ!これからお前は海藤厩舎の……“ヴァーディクトデイ”だ!」

 

 

 なんだその闘争を求めてそうな名前は。

*1
当歳馬の離乳後から1歳夏までの間(厩舎に所属するまでの間)馬を育てる施設

*2
馬の顔の白い部分




ヴァーディクトデイに決定。身体は闘争を求める……。
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