「ふぅ……」
気を落ち着つかせる俺。周りには数名の観客。そして俺と一緒に走る予定のヤンキーみたいなウマ娘達。
「へ、中央のエリート様がお高く留まりやがって!」
(そんなつもりはないんだがな)
「頑張ってくださいヴァーディクトデイさん!」
「そんなヤツらけちょんけちょんにしてください!」
「頑張れー、姉さーん」
「おーう!頑張るからなエフ!しっかり見とけよ!」
なんにせよ妹に情けない姿は見せられないな!笑顔で手を振って答えておこう!
さて、現在俺がいるのはとあるグラウンド。俺がこんなとこにいるのはまぁちょっとした事情があって。話は少し前にさかのぼる。
俺は今日特にやることもなかったのでエフを誘ってトレーニングをすることにした。ただどちらかといえば遊ぶのが主目的だが。トレーニングはついでだ。
「ジェネ先輩達は全員用事があるらしいし。なんもやることがないってのは久しぶりだな~」
「そうだね姉さん。でも、なんでシューズを持ってるの?」
「一緒にトレーニングしないか?エフ」
「うん、いいよ」
1人ではなく妹であるエフと一緒に。ペリは今日は用事があるらしい。ちょっと残念だ。
そうしてエフと学外に良さげな練習場所はないかと歩いていると……。
「ちょっとちょっと!流石にインチキでしょこれは!?」
「聞こえませんな~?そもそも、ルールを確認しなかったそっちが悪くね?」
「なにいってんのよ!?こんなぬかるんだ地面で走れるわけないじゃない!」
「いや~悪いね~。急に水を撒きたくなったもんだからさ!ま、中央のエリート様には厳しかったかな~?」
なんか言い争うような声が聞こえたのだ。中央だとか色々と聞こえてきて、興味を惹かれる。
「なんかあったのか?行ってみようぜエフ」
「……どうせ厄介ごとだと思うよ?」
エフの呆れたような表情。だけど、気になるもんは仕方がない!早速向かうことにした。エフは呆れながらも俺の後をついてくる。
俺達がその現場に向かってみると、中央のジャージを着ている知らないウマ娘といかにもガラが悪そうなウマ娘が言い争っていた。
「よ、何してんの?」
「は?誰だよお前」
ヤンキーみたいなウマ娘達の威圧するような眼光。知らないヤツが急に割り込んできたんだ。そりゃそうなるわな。
「な~に。おたくらが言い争ってる声が聞こえたもんでね。ちょいと気になって来てみただけさ」
中央の生徒らしきウマ娘は俺達の方へと回り込んできて盾のようにする。おいおい、なんだなんだ?
「ヴァーディクトデイさんが来たわ!アンタたちもこれで終わりよ!」
「そーよそーよ!」
「ちょいと待ってくれ。なんでそうなるんだ?」
割と純粋に疑問なんだが。というか、まず何があったのか説明してくれよ。
「なんだ?自分達だけじゃ勝てねぇからって援軍でも呼んだのかよ!中央様はやることがセコいな~」
「いや、偶然通りかかっただけなんだけど」
「セコいのはそっちでしょ!地面に水撒いて走りにくくして!しかも妨害まがいのことしてたじゃない!」
「話聞いてくれませんかね?まず何があったん?」
そして詳しい経緯を聞くと。中央の生徒達がトレーニングがてらこの練習場を使っていたらいちゃもんをつけられたらしい。ヤンキー達の言い分曰く。
「ここはウチらの縄張りなんだよ!どっかよそへ行きな!」
とのこと。それにカチンときた中央の子達は反論。
「ここはみんなが使える場所でしょ!?私達が好きに使ってもいいじゃない!」
至極真っ当な正論である。ただ中央の生徒であると分かったヤンキー達はさらに反論。口論がヒートアップしていき、最終的にはレースで決着をつけることになったと。で、そのレースというものが。
「このぐっちゃぐちゃの地面でのレースを強いられた、ってわけね」
「そうなの!アイツら、レースが決まった瞬間私達の走るコースに急に水を撒き始めて!」
「でも、別にそんぐらい良くない?」
確かにずるいかどうかと言われたらずるいかもしれないけど、ぶっちゃけバ場が悪くなっただけの話だ。確かにどうかと思うが、そこまで憤ることかね?
だがどうやら、それだけじゃないみたいで。
「それにアイツら!自分達だけは濡れてない地面で走ってたんですよ!?」
「それに、あんなスピーカーまで用意して!大音量で音楽を流してくるんですよ!?」
指差した方向には確かにどでかいスピーカーがあった。成程ねぇ。
「向こうは耳栓してるから大丈夫みたいで……。でも、私達はそんなのつけてないし」
「まー要約すると、すげぇ不利な条件で走らされてた……と」
中央のウマ娘達は頷く。はいはい、そういうことね。
(……まぁやりますかね)
別に走る意味があるかと言われたらないに等しい。別の練習場所探せばよくね?で済む話だ。だけど。
「ハハハ!中央のエリート様はとっとと尻尾巻いて逃げるんだな!」
「ここはウチらの縄張りだっつの!」
「つーか、中央ってのも大した事ねーな?アタイでも入れたりして?」
「「「ギャハハハ!」」」
舐められっぱなしというのもアレだしな。
「ま、話は分かったよ」
「そ、それじゃあ!」
「あぁ。アイツらをぎゃふんと言わしてやるよ」
その言葉に中央のウマ娘達は嬉しそうな笑顔を浮かべる。対するエフは咎めるような目つき。
「姉さん」
「だーい丈夫だエフ。別に走るのを禁止されているわけじゃねぇんだから問題ないさ」
「そうじゃないよ。せっかくの休日なのにまた面倒事に首を突っ込んで……」
「それを言われると反論できねぇな……まぁ待っとけエフ」
ヤンキー達を睨みつけて。
「秒で終わらせてやるよ」
そう宣言した。
……とまぁ。これが事のあらまし。今はグラウンドのトラックで待機中な訳だが。
「へへへ……」
「ヒヒ」
なんつーか、分かりやすいぐらい下卑た笑いをするなおい。ま、構いはしないが。
幸いにもシューズは持ってきていた。本当ならエフとのトレーニングのつもりで持ってきたんだが……まぁいいだろう。
「本当に良いんだな?アイツらと同じルールで。今なら変えてやってもいいんだぜ?」
「いーよ別に。どうせ濡れてないトラックで勝ったところで、いちゃもんつけるだろ?……それに、彼女達と同じ条件で俺が勝たないと中央が舐められっぱなしだからな」
「そうかい。……後悔すんなよ?」
するわけないだろ。とりあえずスタート位置につく。
気持ちを落ち着かせ、一点集中する。
「スタートッ!」
その声とともに一斉に走り出す俺達。そしてスタートと同時に大音量で鳴り響くスピーカーの音楽。さて、と。
「──勝つか」
さて、今回の条件は1000mの模擬レース形式。相手は良バ場に対して姉さんのコースは不良バ場。地面がぐちゃぐちゃで、走るのもキツそうなバ場。完全にこっちが不利だね。しかもスピーカーの音楽が集中力を乱す。姉さん側の圧倒的不利な状況。
「おいおい?最後方じゃねぇかアイツ!」
「大丈夫でちゅか~?そんなんでちゃんと追いつけまちゅか~?」
ヤンキー達が姉さんを煽る。もっとも、姉さんはそんな声なんて気にも留めないだろうけど。
「くぅ……!音楽だけ止めようにもアイツらが見張ってるし……!」
「止めさせられない……!」
スピーカーを止めようにもヤンキー達はスピーカーを囲むように陣取っている。あれじゃあ止めることなんてできないだろう。
だけど姉さんは、気にした様子をみせずにただ前だけをジッと見ていた。音楽なんて聞こえてないんじゃないか?ってぐらい集中してる。きっと姉さんの目に映っているのは──
「も、もう200切っちゃった!?」
「ど、どうするの!?差は10バ身はあるのに、あんなバ場じゃ!」
「大丈夫だよ」
慌てる中央の生徒をよそに私は落ち着いている。その態度を咎めるように、彼女達は私を問い詰めた。
「そうはいっても!あんな不良バ場じゃ!」
「そうだよ!頼んだはいいけど……っ!」
そんな彼女達を安心させるように。私は確信をもって答える。
「大丈夫だよ。姉さんは──どんなバ場でも力を発揮できる」
私の言葉に答えるように。姉さんは一気に加速した。あんな不良バ場で、どうやってあんな加速を可能にするんだ?ってぐらいの走り。音楽が流れていても、地面を踏む音がこっちにも聞こえてくるかのような力強さ。極端な上下運動がなく、まさに飛んでいるような走り。漆黒の撃墜王の異名を持つ……姉さんの走りだ。
そこからの姉さんはすさまじかった。あっという間にヤンキー達に追いつく。
「はっ?」
「えっ?」
そんな気の抜けた声を上げるヤンキー達を尻目に。姉さんはあっという間にゴールを奪った。うん、相変わらず凄い走りだ。
走り終わった姉さんに近づく。この時は注意しないといけない。いつもの姉さんに戻るまで、時間がかかるから。
「お疲れ様姉さん。はいこれ、タオル」
「……おう!ありがとよエフ!どうよ俺の走りは?」
「うん、いつも通りカッコよかった」
「そうかそうか!」
何かを見ていた姉さんが私に気づいて笑顔を浮かべる。うん、いつも通りの姉さんだ。
ヤンキー達はなにか言いたそうにしているが、姉さんが目で制す。
「で?俺が勝ったわけだ」
「ぐっ……!」
「つーか、お前ら全員で仲良く使えばいいだろ?別に誰のものってわけでもねぇし」
姉さんの至極もっともな意見。だけど、ヤンキー達はそれが癪に障ったみたいだ。
「だ、だけど!これでまだイーブンだ!もう1回やれもう1回!」
「え~?俺が勝ったんだからいいだろ?俺勝者、お前ら敗者。俺が勝ったんだから、お前ら仲良くグラウンド使え。これ勝者特権ね」
「うるせぇうるせぇ!四の五の言わず走りやがれ!」
「めんどくさ……」
心底めんどくさそうに頭を抱える姉さん。気持ちは分かるよ。
そんな次の瞬間だった。
「てかコイツ!よく見たら中央の【漆黒の撃墜王】じゃねーか!?」
ヤンキーの1人が姉さんのことを知っていたらしい。そう声を上げた。
「は?誰だよそいつ?」
「知らないんスか姉御!?あのトレセン学園生徒会長が一目置いている、期待の若手ですよ!」
「なっ!?ま、マジかよ!?」
どうやらリーダー格のウマ娘は姉さんのことを知らなかったらしい。ディープインパクト会長が一目置いているという言葉を聞いて驚いていた。
「ふふーん!そうよ!ヴァーディクトデイさんは凄いんだから!」
「ありがとうございますヴァーディクトデイさん!おかげで……ヒィッ!?」
中央生徒の1人が、短い悲鳴を上げる。どうしたんだろう?そう思って姉さんの方を見ると──。
「──あ゛?」
完全に表情が抜け落ちていて、能面のようだった。
(姉さん?)
こんな表情の姉さん見たことがない。思わず困惑してしまう。
その雰囲気はヤンキー達にも伝わったらしい。全員が姉さんを見て、口を開けて固まっている。
「……」
姉さんは無言で、姉さんの異名を発したヤンキーのもとへゆっくりと近づいていく。
「ひ、ヒィッ!?」
彼女は怯えきった表情で後ずさりするけど。転んでしまった。姉さんはなおも彼女にゆっくりと近づいて──。
「おい」
「あ、あ、あ……」
いつもの柔らかい雰囲気に戻り、困ったような笑顔を浮かべた。
「俺、その異名あんま好きじゃねーんだわ。わりぃな、できればあんまり呼ばないでくれるか?」
姉さんの言葉に、彼女は壊れた機械のように首を縦に振った。
「おし!分かってくれたみたいだな!んじゃ、お前らグラウンド仲良く使えよ~」
その反応に満足したのか、姉さんは帰り支度を始める。私も慌てて後をついていった。困惑したままのヤンキーと中央の生徒達を放置して。
帰り道。私は姉さんに聞いてみる。
「姉さん、さっきの……」
そう切り出すと、姉さんは申し訳なさそうな表情をする。
「あ~……怖がらせちまったな。悪いなエフ」
「それは良いんだけど。……姉さんは、どうして自分の異名が嫌いなの?」
その言葉に、姉さんは困ったような笑顔をする。どうしてそんな顔をするのか分からなくて。その理由を教えて欲しかった。
言いにくそうにした後、姉さんは口を開いた。
「別に嫌いってわけじゃねぇ。ただ……”王”ってのが気に入らなくてな。だからあんま好きじゃねぇんだ」
「……そうなんだ」
「正確には、撃墜王はエースパイロットの称号なんだけどな。ただ王って部分がどうしても気に入らねぇんだ俺は」
カッコいいから好きではあるんだけどな~漆黒の撃墜王、と続ける姉さん。
(どうして姉さんは、王の部分が気に入らないんだろう?)
その理由が、私には分からなかった。
ヴァーディクトデイの秘密②
実は、自分の異名に王がついていることが気に入らない。