とある日の昼下がり──。
「ハァ……相変わらずダメダメだなぁわたし」
そう暗い調子で歩いているのは黒鹿毛の髪をストレートロングにしたウマ娘──ブラックタイドだ。トレセン学園生徒会長、ディープインパクトの姉でもある。
そんな彼女はつい先ほど、彼女のクラスで行われていた小テストが返却された。結果は……まぁお察しの通りである。
「プイちゃんはきっと満点を取ってるんだろうなぁ……プイちゃんは凄い子だからなぁ」
ブラックタイドは妹であるディープインパクトに強烈なコンプレックスを抱いていた。別に嫌いというわけじゃないしむしろ好意的だが、どうしても自分とディープインパクトを比べると見劣りする。それが彼女の悩みの種だった。
そんな肩を落として歩いているブラックタイドの元に。
「あ!タイドさん!」
「あれ?ブラックタイド先輩じゃないですか」
キタサンブラックとヴァーディクトデイが通りかかった。2人は落ち込んでいるブラックタイドを見て心配するように小走りで近づく。
「どうしたんですかタイドさん。落ち込んでるみたいでしたけど」
「なにかあったんですか?」
2人の心配する言葉。ブラックタイドは嬉しく思いつつも卑屈な態度を取る。
「ハァ……プイちゃんは凄いよねぇって思ってただけだよ……わたしなんかとは大違い」
自虐するようなその言葉。だが、キタサンブラックとヴァーディクトデイは。
「そんなことありませんよ!タイドさんだって凄いじゃないですか!」
「そうですよ。ブラックタイド先輩にはブラックタイド先輩の良さがあるんですから」
励ましの言葉を贈った。が、ブラックタイドの卑屈は止まらない。
「2人とも優しいよねぇ。でも、無理して褒めてくれなくていいんだよ?」
「「無理なんかじゃありません(ない)!」」
「うひゃあ!?」
ブラックタイドの言葉に、キタサンブラックとヴァーディクトデイは強い言葉で返す。2人にとってはブラックタイドは運命的な何かを感じる、尊敬する先輩なのだ。だからこそ、2人はブラックタイドのことを本当に凄い先輩だと思っている。
「タイドさんは凄いウマ娘です!少なくとも、あたし達はタイドさんを尊敬しています!」
「はい!ブラックタイド先輩は凄い!」
「え、えぇ~?」
2人のウマ娘に対してにわかには信じがたい目で見るブラックタイド。そんな疑いの視線を察したのだろう。キタサンブラックは妙案が思いついたかのように手を叩く。
「そうだヴァーディちゃん!
「ッ!?ま、待って2人とも!」
キタサンブラックの言葉に、アレが何かを察したブラックタイドは必死に止めようとする。だが、ヴァーディクトデイは。
「良いですね!
キタサンブラックの提案に乗っかかる。ブラックタイドの制止も空しく、2人はいつものアレを始めた。
「タイドさんは~」
「「凄い!」」
「タイドさんは~」
「「優しい!」」
「タイドさんは~」
「「強い!」」
「や、止めてぇ~……っ!」
顔を真っ赤にし、手で顔を隠し始めるブラックタイド。だが、2人の勢いは止まらない。2人は笑顔でブラックタイドの良いところを褒めていく。
「ブラックタイド先輩は後輩思い!」
「ちょっぴりつっけんどんな態度を取ることもあるけど、それも愛情の裏返し!」
「卑屈になっちゃうときもあるけれど、自分のことを良く分かっている!」
「きっとタイドさんには隠されたギアがある!」
「妹のディープ会長が大好き!そんなディープ会長もブラックタイド先輩のことが大好き!」
「そ、それはどうなんだろう……?プイちゃん、わたしのこと好きなのかな?」
「「はいっ!」」
2人はひとしきりブラックタイドを褒め称えた。周りからはなんだなんだ?と騒がれていたが、様子を見て察したのだろう。すぐに元の日常へと戻っていった。
ブラックタイドは顔を赤くしているものの、悪い気分ではなさそうだ。少なくとも、先程の卑屈な態度は見られない。
「あ、ありがとね2人とも。こんなわたしのために……」
「大丈夫です!卑屈になっちゃうとき、ありますよね?」
「そんな時は!俺達に任せてください!さっきみたいにいっぱいいっぱい褒めますので!」
「う、うん……できれば勘弁してほしいんだけど……」
だが、ブラックタイドも強く断ることができない。2人に悪気がないことは分かっているし、純粋な好意でこれをやっているのだから。
(だからこそ質が悪いというか……)
もっとも、ブラックタイド自身褒められて悪い気はしない。むしろ自信がついていた。
「そ、それじゃあ一緒にご飯食べに行こうか2人とも。飲み物、わたしが奢るよ」
「え!?いいんですか!」
「う、うん。2人は可愛い後輩だから」
「ありがとうございますブラックタイド先輩!やっぱり先輩は優しいですね!」
「そうだよねヴァーディちゃん!」
「「ねー!」」
「ふ、2人とも早くいくよ!」
照れを隠しながらブラックタイドは先導するように歩いていく。3人はカフェテリアへと向かった。
ブラックタイド達と別れ、廊下を歩いているヴァーディクトデイ。そんな彼女の前に。
「よう、世間知らずの黒い鳥さん?」
「……シリウスシンボリ先輩?」
シリウスシンボリが現れた。不敵な笑みを浮かべるシリウスシンボリと、とりあえず愛想笑いを浮かべるヴァーディクトデイ。ひとまず、ヴァーディクトデイは気になったことを聞いてみることにした。
「世間知らずの黒い鳥とは、いったいどういう意味です?」
そんな彼女の質問に、シリウスシンボリはハッと笑って返す。
「そのままの意味さ。お前、凱旋門賞についてどう思うか?というルドルフの問いかけになんて答えたか……覚えているか?」
「あ~……」
ヴァーディクトデイには思い当たる節があった。
つい先日の話だが、ヴァーディクトデイは前生徒会長であるシンボリルドルフと偶然居合わせた。その時自身の目標、ひいては凱旋門賞について尋ねられたのだが、その際に答えたのが。
「俺にとって凱旋門賞はただの通過点……だったか?ハッ!これは飛んだお笑い種だぜ」
「アハハ。そうですかね?」
いつものように愛想笑いを浮かべるヴァーディクトデイ。だが、シリウスシンボリはそれが気に入らなかったのか。はたまた別の理由か。険しい表情でヴァーディクトデイを睨む。
「
「知ってますよ。
壁に体重を預けて話すヴァーディクトデイ。シリウスシンボリはそんな彼女の前に立つ。
「古くはシンボリ家の挑戦から始まった……でしたっけ?」
「あぁそうだ。これまで日本でも選りすぐりの猛者達がその壁に挑み……そして阻まれてきた。お前も知っているんじゃないか?その中に──現・生徒会長、ディープインパクトが含まれていることを」
「無論、知ってますよ」
ヴァーディクトデイは知っている。凱旋門賞に挑戦したウマ娘の中にディープインパクトが含まれており。そして敗れていったということを。
「特にオルフェーヴル副会長は惜しかったですね。あわや!ってとこまではいってたんですけど」
「あぁそうだな。だが……私が聞きたいのは
シリウスシンボリはヴァーディクトデイの手を掴み、壁に押し当てた。いわゆる、壁ドンの状態になる。
「答えろ。凱旋門賞の歴史を知ってなお……何故お前は凱旋門賞をただの通過点だのほざきやがった?」
ヴァーディクトデイの顔から表情が抜け落ち、能面のようになる。その瞳は、なにを考えているのか分からない……無だった。
「決まってるじゃないですか。
要領を得ない回答。シリウスシンボリは訝しむ。
「相応しくあるためだと?……誰にだ?」
「俺のライバルです」
ヴァーディクトデイはシリウスシンボリの手に指を絡ませる。恋人つなぎのような状態になった。
「俺は、小さい頃からずっとずっと……とある夢を見ているんです」
「……」
「小さい頃からずっと見ていた──俺を蝕み続ける悪夢をね」
その手に力が入る。シリウスシンボリは一瞬顔を歪めるが、すぐに元の表情に戻した。だが、ヴァーディクトデイは力を緩めない。
「そいつはずっと俺の前を走っている。いくら走っても追いつけない……いくら頑張っても届かない。そんな夢を見ているんです」
「……ほう。それが、凱旋門賞とどうつながるってんだ?」
「そいつはね、
ヴァーディクトデイはシリウスシンボリのもう片方の手にも自身の手を伸ばし……思いっきり押した。シリウスシンボリは、今度は逆に壁に抑えつけられる状態になる。
「アイツに追いつくには、それ相応の品格ってヤツが必要だ。俺にとってそれが、凱旋門賞だったってだけの話ですよ」
「テ、ンメェ……!」
シリウスシンボリはなんとか押し返そうとする。だが、ヴァーディクトデイは
(コイツ!どんなパワーしてやがんだよ!?)
「無敗の三冠ウマ娘に相応しい品格……それはきっと、世界最強の証である凱旋門賞こそが相応しい。俺は、そう考えているんです。だから俺は凱旋門賞を手土産に……その無敗の三冠ウマ娘に挑戦する。そうすればきっと、アイツは本気で戦ってくれるはずだ!そんなアイツと戦って勝つことで俺は!本当の世界最強だと胸を張って言える!」
ヴァーディクトデイの表情が、恍惚としたものに変わった。そして、すぐに顔から感情が抜け落ちた。
「だが、それは簡単な道のりじゃない……さっきも言った通り、ディープ会長ですら届かなかったし、オルフェーヴル副会長もあと一歩届かなかった頂だ」
「ぐ、ク、そ……がぁ!」
「でもそれで諦めるほど俺は利口じゃない。凱旋門賞の高い壁?そんなもん……俺が破壊してやる。アイツに相応しい自分であるために……アイツと本気の勝負をするために」
なんとか振りほどこうともがくシリウスシンボリ。だが、ヴァーディクトデイの力はあまりにも強く、もがいてもビクともしなかった。体勢の不利こそあるが、それを考慮しても凄まじいパワーである。
しかし、ヴァーディクトデイはシリウスシンボリへの手を緩めた。手を離して、能面のような表情から一転、にこやかな表情でシリウスシンボリを見る。
「御忠告ありがとうございます。先輩からの貴重なご意見……本当に感謝しています」
「……は、どこまでが本気なんだか」
「やだなぁ。全部本気ですよ?」
「信用できねぇ笑顔だなおい」
「酷くないですかね!?」
ヴァーディクトデイは傷ついた表情を浮かべる。先程の不気味さは最早なかった。シリウスシンボリは毒気が抜かれた気になる。
「冗談だよ。……なんにせよ、分かってるんだったら気を付けるこった。凱旋門賞の道のりは……楽じゃねぇぞ」
「……勿論分かっていますよ。それじゃあシリウスシンボリ先輩、またどこかで会いましょう」
「はいはい」
去っていくヴァーディクトデイを見守るシリウスシンボリ。そんな折彼女は、シンボリルドルフから言われたことを思い出す。
(アイツから底の見えない狂気を感じた、か)
「テメェに同意するぜルドルフ。アイツ……何を考えてやがるんだ?」
シリウスシンボリも確かに感じていた。ヴァーディクトデイから感じる──底の見えない狂気を。
だが。
「……ハッ、おもしれーじゃねぇか。テメェがどういう末路を辿るのか……見させてもらうぜ」
シリウスシンボリはフッと笑って。その場を立ち去った。
余談だが。シリウスシンボリとヴァーディクトデイが壁ドンしあう光景を見ていたウマ娘達は黄色い声を上げていたらしい。中には気絶する者もいたとか。
地味に力つよヴァーディ君。