悩んで、悩んで、悩んで。ようやく結論が出たので金添さんに言うことにした。
「……金添さん」
「……はい」
「ヴァーディの鞍上の件です。凱旋門賞の」
「……覚悟はできてますよ。どうしますか?」
気持ちを落ち着けろ、しっかりと、自分の意見を言うんだ。
「まず、宝塚記念で判断するのは難しいです。何から何まで違いますし、ここで負けたからといって凱旋門賞の鞍上は任せられません、とはならないでしょう」
「まぁ、あくまで直近のレースを指標に、程度のものでしたから。そりゃそうですよね」
金添さんは照れ臭そうに頬を掻く。いや、それは分かっていることだ。だから、ここからが重要。
「凱旋門賞のステップレース……フォワ賞。このレースを使います」
「宝塚記念からのフォワ賞、ですか?それは……」
「はい。過去にはナカヤマフェスタが通った道です。宝塚記念がどうなるのか予想がつきませんので予定段階ではありますが……このフォワ賞で金添さんに乗ってもらおうと考えています」
「ッ!フォワ賞で、僕に?」
俺は頷く。これが、俺の出した結論だ。宝塚記念で判断するのは難しい。馬場や造り、なにからなにまで違うから。だけど、フォワ賞となると話は別だ。フォワ賞は凱旋門賞と同じパリロンシャン競馬場の芝2400mで施行される。この舞台で金添さんに手綱を握ってもらい、是非を判断する。金添さんが海外でも通用するかどうか、ヴァーディの手綱を凱旋門賞でも握ってもらうかどうか。それを見極めるために。
「……輸送の問題は?」
「ヴァーディは長距離輸送を苦にしないタイプです。ですが、さすがに海外への輸送は初めて……どれだけの影響が出るかは分かりません。もし、影響が大きければフォワ賞は使わず、凱旋門賞の手綱はそのまま金添さんが握ってもらいます」
「なるほど、ね」
「それで、どうでしょうか?受けて……いただけますか?」
不安を抱えながら、金添さんの返答を待つ。金添さんはうんうん唸って、かなり考え込んで。
「……分かりました。そこまで考えていただいたのに、これで乗りませんなんて言えないですね。フォワ賞の手綱、握らせてもらってもいいですか?」
「ッ!はい、よろしくお願いします!」
「ありがとうございます海藤さん。僕のせいで迷惑かけちゃって……」
「とんでもないです。それに、海外での実績を積むチャンスにしてほしいですから」
こうして正式に、海外でもヴァーディの鞍上は金添さんが続投する方針で決定した……正確にはフォワ賞での結果次第で、だけど。
これでヴァーディがどの日に旅立つのかも大まかに決まった。後は調整をしっかりしていくだけだな。
『そう言えば俺達また一緒のレース出るらしいですねジェネ先輩』
『そうだねヴァーディ君!』
調教終わりの馬房。今日も疲れたな~なんて思いつつジェネ先輩と世間話。話題は俺達の次走について。
大阪杯を圧勝した俺だが。どうやら次は宝塚記念に出走するらしい。宝塚記念といえばそう、俺が昨年ジェネ先輩に負けたレースである……思い出し方が悲しくなってくるな。
(ま、まぁ?あれから俺だって成長してるし?それに秋の天皇賞ではジェネ先輩に勝ったし!)
だからといって全く油断できないわけだが。
『ぐぬぬ……この前のレースは負けちゃったからね!相手がヴァーディ君であっても手加減しないよ!』
『この前……というと、ドバイでしたっけ?』
『そう!あとちょっとだったのに~!』
俺が大阪杯に向けて頑張っている間、それと同じようにジェネ先輩も違う国で頑張っていた。なんでもドバイのデカいレースだとか。なんて言ったっけな……確か、ドバイシーマクラシック。厩務員さん達がそんな話をしてたのを覚えてる。それにしてもドバイねぇ。なんかスゲー発展を遂げた都市ってイメージがある。
『悔しい悔しい!だから次のレースは絶対に勝つもんね!相手がヴァーディ君でも!』
『俺だって負けませんよ!昨年は届かなかったんだから、今度こそ届いてみせます!』
『おーおー、バチバチだねー相変わらず』
『お、ラーシー』
ジェネ先輩と会話しているところにラーシーも混ざり込んできた。そう言えば、コイツも最近レース勝ったんだったな。報告を聞いたその日のうちにおめでとうって言っておいた。
『そりゃあな。昨年は負けたわけだし、今度こそリベンジしてやるって気持ちは出るもんよ』
『ま、そーだな。気持ちは分からんでもない』
『でもこの前一緒に走った時はヴァーディ君勝ったじゃん!……思い出したら余計負けられなくなってきた!』
どうやらジェネ先輩は秋の天皇賞を思い出したらしい。背後に炎が見えるぐらい燃え上がっております。
『あ、そうだヴァーディ君。ヴァーディ君がこの前出たレースのことなんだけど』
『あぁ大阪杯ですか?それがどうかしました?』
何だろう、猛烈に嫌な予感がする。ジェネ先輩の背後の炎がなんか黒ずんで見える気がするな。
『ヴァーディ君、誰かに絡まれたりしなかったよね?大丈夫だったよね?』
……どうしよう。正直にいったらヤバくね?
『そりゃ俺も気になるな。つっても、オメーのことだからどーせ絡まれたんだろ?』
『なぜわかった!?……あ』
や、やっちまったぁぁぁぁ!?思わずポロリと口に出してしまったんだが!?
『誰!?誰に絡まれたの!?わたしに教えて教えて!』
ヤバいヤバい!ジェネ先輩が興奮してるよ!もう正直に白状するしかねぇよコレ!
『え~っと、グランアレグリアって方に絡まれてました』
『グランアレグリア!?よりによってアイツ!?アイツめぇ……!』
『知り合いなんですか?クロノジェネシス先輩』
『わたしの同期!最初の大きいレース、わたしはアイツに負けたんだから!』
なんと。ジェネ先輩とアレグリアさんにそんな接点があったとは。
『へ、変なことされなかったよね?大丈夫だよね!?』
『別になんもされてませんけど……ただ執拗に顔を近づけられましたね』
『はぁぁぁぁぁぁぁ!?』
『あ、後どこ住みとか聞かれました』
『それ聞かれても答えてもどうすんだよ。俺らじゃどうしようもねーだろ』
『俺もそう思うラーシー』
本当に何だったんだろうかアレは。多分特に意味のない質問だと思うが。
『他には!?他には何もないよね!?』
『他……他……う~ん』
『変なこと言う前に黙っておいた方が『ラウダシオン君は黙ってて!』ウッス』
つってもなぁ、別に変なことは……あ!
『速い子大好き、だから俺のこと大好きって言ってましたね』
『……』
『オメーはなんでそう……もういい』
……俺も言ってから気づいたよラーシー。これ絶対に言っちゃいけないヤツだって。黙っておいた方がいいヤツだって。だけどさ、嘘言えなかったんだよ。ジェネ先輩の圧がヤバいんだよ。
ただ、思いの外ジェネ先輩は大人しくしていた。特に何も言わずに黙っててどうしたんだろう?とも思ったが。
『……まぁ何もないんならいいんじゃね?』
『それもそうだな』
と、ラーシーと意見が一致したのでそれ以上は何も言わないことに。ただ、しきりにジェネ先輩の馬房から。
『わたしがヴァーディ君を守護らなきゃ……守護らなきゃ……!』
そんな言葉が聞こえてきて。
(聞こえないふりしとこ)
俺は無視を決め込むことにした。そして翌日以降、ジェネ先輩はというと。
『ヴァーディ君はわたしが守る!』
「ブルル……ッ!」
ジェネ先輩は周りを威嚇するようにしていた。だが、それがまずかったんだろうな。
「クロノジェネシス、なんだか気が立ってますね。どうしたんでしょうか?」
「もしかして不調かな?ちょっと検査してみようか」
『あー!?待ってヴァーディくぅぅぅぅん!?』
ジェネ先輩は身体の不調を疑われて検査場へと連れて行かれましたとさ。まぁその後何事もなく戻ってきたんだけど。
そしてその日の調教も終わってまた雑談タイム。
『そうだジェネ先輩、俺海外に行くことが決まりそうなんですよ』
『……え?』
『なんでも海外のデカいレースに出るらしくて。そのために遠征するらしいです』
『あ、あぁなんだ!そういうこと!それならわたしもそうだよ!わたし達お揃いだね!』
次の話題は海外のレースのこと。なんでも、俺は凱旋門賞に出走することになったらしい。そう、ドンナ姉さんに教えてもらったあのレースだ!
(世界一を決めるレース……そこに出走することができた!まずは挑戦のチケットを取ることができたんだ!)
それがまず嬉しいな!だが、喜んでばかりもいられない。世界一を決めるレースということは、世界中からとんでもない強さの馬が集まってくるということ。つまりは、それだけレースのレベルも高い。
加えて、あっちとこっちじゃレース場の造りも芝とかも全部違うらしい。厩務員さん達がそう話していたのを聞いている。だからこそ、あのディープインパクトでさえも勝てなかったと。
よしんば俺がここを勝てば、俺は世界一の競走馬ということになる。となるとつまりだ。
(コントレイルと並んでも遜色なくなるんじゃね、俺!)
あっちは無敗の三冠馬、俺は世界一のレースを制した競走馬!見劣りしねぇな!多分!そうすりゃアイツと戦うのにも相応しくなるってもんよ!
『俺達一緒に向こうに渡るみたいですし、頑張りましょうジェネ先輩!』
『そうだねヴァーディ君!一緒に頑張ろうか!』
そんな雑談をする俺達だった。
「……それじゃあ、クロノジェネシスの鞍上。お願いしてもいいですか?ロメールさん」
「ウン。むしろ、こっちからお願いしたいくらイ」
滝村さんが落馬負傷したため、クロノジェネシスに乗る騎手の代役。それに選ばれたのは。
「ヴァーディと金添にはリベンジしないとネ。だから、宝塚記念は勝ちマスヨ」
ロメールさんだった。宝塚記念ももう少しである。
ヴァ―ディは前哨戦としてフォワ賞に出走。実際に宝塚記念からフォワ賞に出走した馬っているのかな?と思い調べたらナカヤマフェスタがおりました。……そうだったのか。後キセキもそうでした。