「ヴァーディ!宿題見せて!」
朝、学園に登校するとパンちゃんから開口一番そう言われた。思わず溜息を吐いてしまう。
「ま~た忘れちゃったのか?パンちゃん」
「う!そ、その……昨日はちょっと用事があって……」
「その用事ってのはなんだ?宿題よりも優先すべきことか?」
咎めるようにパンちゃんを追求すると、バツが悪そうにパンちゃんは俯く。
「た、ターボ先輩と一緒に特訓してて……。寮に帰ってお風呂に入ったらそのまま寝ちゃって……宿題やるの忘れちゃった」
「……」
「こ、今度はちゃんとやるから!だからお願いヴァーディ!今回だけ、今回だけ!」
「前回もそう言ってただろパンちゃん」
仕方ないなと思いつつも、俺は宿題を取り出す。キッチリと終わらせている宿題を。
「生憎だが見せることはできない」
「うっ、だ、だよね……」
「ただ、始業の時間までしっかりと教えてあげるから。だから一緒に頑張るぞパンちゃん」
「ッ!ありがとうヴァーディ!やっぱりヴァーディは優しいな!」
「はいはい。じゃあ早いとこ宿題終わらせるぞ」
そうしてパンちゃんに教えているところにラーシーが呆れ顔で近づいてきた。
「相変わらずお人好しなこって」
「良いだろ別に。困ってるのはさすがに見過ごせん」
「良い子ちゃんぶってるというかなんというか。ま、オメーが良いならいいけどよ……あ、パンサラッサ。お前そこ間違ってるぞ」
「え?……あ、ホントだ!」
「お前も俺と変わらんだろラーシー」
「ウッセ」
なんだかんだこいつも俺と変わらないお人よしだ。現に近い席に座って2人体制でパンちゃんの宿題を見てるし。ちなみにプボちゃんは自分の席で寝ている。サリオスやコントレイルは他のクラスだから知らない。
そのまま始業の時間までパンちゃんの宿題を見て。なんとか目的の授業までには終わらせることができた。
「やったー!ありがとなヴァーディ、ラーシー!」
「おう、次からはちゃんとやるんだぞ」
「そうだ。特訓もいいが、宿題もちゃんとやれよ?」
「分かった!」
いつもと変わらない日常である。
「レース中、なにを考えているのか……だって?」
「うん」
昼休みの時間。エフから呼び出されたと思えばそんなことを聞かれた……ここに来るまでの間にタキオン先輩の実験に付き合わされそうになっていたことはここだけの話だ。
「レース中何を考えてるって言われてもな。他の子達と一緒のことしか考えてないぞ?位置取りとか、どこでどう脚を使うかとか」
「うん、それもあるんだけど……」
エフは言いにくそうにして、やがて決心したように言葉を紡ぐ。瞬間
「姉さんは、走っている時
──俺の表情は無くなった。エフは、驚いた表情で俺を見ている。
「ね、姉さん?」
「──エフ」
できる限り傷つけないように、エフを優しく撫でながら。
「……前を走るウマ娘を見ているだけさ。追い抜かなきゃ!って思ったら、自然と表情が引き締まるんだよ」
「……本当?姉さん」
「おう、本当本当。オレウソツカナイ」
「嘘だね。さすがに分かるよ姉さん」
「……ま、だよなぁ」
ぶっちゃけ、俺は嘘が得意な方じゃねぇしな。エフは呆れ顔。ただ、納得はいってないながらも。
「そんなに、教えたくないことなの?」
「まぁな。聞いても訳分らんと思うし、なによりこれは俺自身の問題だ」
「……」
「別にお前が頼りにならないとか、そういうことじゃないんだエフ。分かってくれるな?」
「うん……」
「いつか、いつかきっと話すさ。だからそんなに悲しそうな表情をしないでくれ」
俺が教える気がないことを分かってか、エフは悲しそうな表情を浮かべている。我ながら、最低なヤツだと思うが……こればっかりは教えられない。俺が追いかけているものは……俺を蝕む元凶なのだから。
(……まぁ、その元凶に憎しみを向けているかと言われたら別にそうじゃねぇんだが)
「ほら、早いところカフェテリアに行こうぜ?飯、まだだろ?」
「姉さんもまだでしょ?タキオン先輩に追いかけられていたし」
「まぁな。んじゃ、早いとこ向かうか!」
「うん、行こうか姉さん」
エフと2人でカフェテリアに向かう。その途中。
「あ、ヴァーディだ!」
「あ、ヴァーディさんにエフ。2人も今からご飯?」
幼さを感じさせる声、下手すりゃ小学生と見間違えるような見た目。鹿毛の髪をストレートロングにしたウマ娘──メロディーレーンさんとその妹、黒みがかった鹿毛の髪をショートカットにしたウマ娘──タイトルホルダーと出会った。どうやら2人もカフェテリアに向かうところらしい。
「レーンさんにタイホか。そうだな、今からご飯に行くところだ」
エフは2人に対してお辞儀をする。というか、いつ見ても姉妹逆にしか見えないな……タイホが姉でレーンさんが妹に見えるが実際には逆なのだから。あんまり考えすぎるとレーンさんに考えが読まれるからこの辺にしておこう。ただでさえ分かりやすいっぽいし、俺。
「2人ともご飯ならわたし達と一緒にいこーよ!」
レーンさんの提案。別に断る理由もないので俺は快諾する。
「はい、良いですよ。エフも良いよな?」
「うん。私は構わないよ」
「それじゃあ行きましょうか」
こうして4人で食事を取ることに。なおその後。
「ヴァーディさん危ない!?」
「へ?……ぎゃあああぁぁぁぁ!?」
「ヴ、ヴァーディが人ごみに攫われちゃった!?」
「ねえさぁぁぁぁぁん!?」
カフェテリアの人ごみに攫われて大変な目に遭ったり、限定メニューの争奪戦に巻き込まれたりして散々な目に遭ったが……。
そして放課後。今日は俺1人、VRウマレーターを使ってレースのシミュレーションをする。科学の進歩って凄いな、これでレースの体験ができるんだから。しかも実際に走っているような感覚付き。とんでもねぇテクノロジーだぜ本当。
(……)
前を走るウマ娘15人のウマ娘。それを俺は最後方から見据える。今の状況は東京レース場の芝2400m、最後の直線に入ろうかというところ。
俺の前には無数の選択肢。だが大外の選択肢だけ封じられている。どれをとっても俺は先頭に立つことはできるだろう。そんな状況で。
「……ここだろ」
俺は無数の選択肢の中から、1つのルートを
前を走るウマ娘が外に膨らむ。俺の進路に立ちはだかろうとしている。だが、関係ない。俺も同じように外に持ち出して、そのまま躱す。このルートならば外のウマ娘とも接触しないのだからなんの問題もない。
俺は他のウマ娘達を瞬く間に躱していき。最終的に5バ身差つけて勝った。
「……足りねぇな」
昔の俺なら迷っていた状況。だが、今の俺ならば迷うことはない状況。これも成長ってヤツだ。
「今日も精が出るね、ヴァーディ!」
「ヴァーディ、あまり根を詰め過ぎないようにね?」
VRウマレーターでトレーニングしていたら、聞きなれた声が聞こえた。おっと、しっかりと整えなければ。
「ジェネ先輩、
そこに立っていたのはジェネ先輩と俺のトレーナーに当たる人物、バディこと海藤さんだ。最初聞いた時はまさかと思ったが同姓の別人らしい。そりゃそうか。
「ひとまず水分補給だ。はい、スポドリとタオル」
「お、サンキュー!助かるぜバディ!」
「それにしてもヴァーディの走りは……」
「どうしたんすか?ジェネ先輩?」
「……うぅん!なんでもないよ!次はわたしと一緒に走ろう、ヴァーディ!」
一瞬表情に影を落としたジェネ先輩。けどそれも一瞬だけ。すぐに元の表情に戻った。
「っ、いいっすよ!今日こそは」
「ダメだよヴァーディ。君の脚のこともあるんだから。だから今日はもうおしまい」
「うぐっ、は、はーい……」
海藤さんから止められちまったぜ。まぁ、結構走ってたしそれも致し方なしだ。というか、下手したらずっと見てた疑惑あるなこの2人。
その後はチームメンバーも続々と合流してきた。全体ミーティングを終わらせて、各々トレーニングに戻っていく。
「ヴァーディは身体作り。しっかりと身体を作って、怪我をしない丈夫な身体にしていこうか」
「おう!分かってるぜバディ!」
「……前々から思ってたけど、気に入ってるの?それ」
「うん?まぁな。呼びやすくていいだろ?」
海藤さんは深くは突っ込まないことにしたらしい。俺も身体作りのトレーニングに勤しむことにした。目指すは──打倒、コントレイルのために。
「トレーナーさん」
「……クロノか。どうしたんだい?」
海藤トレーナーとクロノジェネシス。2人っきりの空間。クロノジェネシスは、沈痛な面持ちで話しを始める。
「ヴァーディのレース、見てました。……
「……俺もだ。俺も、さっきのレースを見ていた」
それは先程のレースのこと。
「俺が初めて彼女のレースを見た時からずっとそうだ。彼女は──
海藤トレーナーは漠然とした違和感を抱いていた。ヴァーディが走る時に見せる表情は、明らかに普通じゃない。前を走るウマ娘ではなく、その先にいるナニカを見て走っている……海藤トレーナーは、そう考えていた。それは一部のウマ娘も同じことを考えており、この場にいるクロノジェネシスもそうである。
クロノジェネシスは、自らの非力さを痛感するように顔を俯かせる。
「ヴァーディ、いつもそうなんです……。でも、わたし達には教えてくれなくて……これは俺自身の問題だからって」
「俺も同じだよ。彼女は、ナニカの正体について教える気はないらしい」
「わたし、悔しいです……っ」
クロノジェネシスは、その目から涙を零す。
「あの子の力になってあげられなくて……あの子に、信じてもらえるような存在じゃなくて……!」
「クロノ……」
海藤トレーナーは、クロノを落ち着かせるように。優しい声色で諭す。
「それは違うと思うよ、クロノ。ヴァーディは、俺達のことが大好きだから、大切だから教えるわけにはいかないって思ってるんだ」
「……えっ?」
クロノジェネシスは顔を上げて、己がトレーナーを見る。
「ヴァーディとの付き合いはそう長いわけじゃないけど……何となくわかるよ。あの子は分かりやすいから」
「確かに、そうですけど……」
「俺達に心配をかけさせるわけにはいかないから、自分にとって納得のいってないことがあるから。そして……教えたことで関係が変わってしまうんじゃないかって。そう思っているんじゃないかな?」
「……別に、変わることないのに。わたしはヴァーディのこと大好きなのは変わらないし」
「それはきっと、ヴァーディも一緒だと思うよ。ヴァーディもクロノのことが大好きだと思っている」
「本当ですか!?やっぱりそう思いますよね!?」
先程まで涙を流していたのは何だったのだろうか?と思うレベルで豹変するクロノジェネシスである。とても嬉しそうな笑顔で海藤トレーナーを見ていた。気圧されつつも、海藤トレーナーは続ける。
「う、うん。チームの中でも特にクロノを慕ってるからね。そうじゃないかな?」
「えへへ……!やっぱりわたし達は相思相愛だね、ヴァーディ」
多分ヴァーディが向けてるのは親愛とか友愛とかそういうのだと思うけど、下手に突っ込まないことにした海藤トレーナーであった。
「ま、まぁ!いくら仲良くなったとしても隠したいことの1つや2つはある。きっとヴァーディが見ているナニカもそういう類のものだと思う」
「は、はぁ」
「なら、ヴァーディから話してくれるのを待とう。大丈夫、ヴァーディはきっと話してくれるさ。それに話してくれなくても、ヴァーディのことが大好きなのは変わらない……そうだろう?」
「はいっ!」
今日一番の返事でクロノジェネシスは答える。苦笑いしつつも、海藤トレーナーはクロノジェネシスを微笑ましい目で見ていた。
「それじゃ、早いところ帰った方がいいんじゃないかな?この時間は何かあるんだろう?」
「へ?……あ、本当だ!早くしないとヴァーディがお風呂に入っちゃう!ヴァーディ、わたしがいないとすぐに髪のお手入れサボるんだから!」
「それ、俺がいないところで言ってくれるかな……?」
「それじゃあトレーナーさん、また明日ー!」
クロノジェネシスは去っていった。そのことを確認してから、海藤トレーナーは椅子に体重を預けて座る。
「さて、仕事に戻るか」
海藤トレーナーは、仕事に取り掛かることにした。
ヴァーディクトデイのトレーナーの呼び方。相棒(バディ)。