宝塚記念後。
『ぐあああぁぁ!負けたぁぁぁ!』
『ふ、ふっふ~ん!わたしはヴァーディ君の先輩だからね!まだわたしの方が強いもんね!……ちょっと負けそうって思ったけど』
放牧地のしがらきにてジェネ先輩と一緒に放牧されている。宝塚記念を終えた後のリフレッシュみたいなもんだ。
『くっそ~!もうちょっとだったのに!』
『ホントにね』
『やっぱあそこで考えちまったのが良くなかったよな~。判断迷っちまったし、金添さんと違うルート取ろうとしてたし。そのミスが響いたなぁ』
『え゛』
あのミスがやっぱ響いたな。う~ん……冷静になって考えると、俺ってずっと大外から抜いてたんだよな。中から抜くってことはあんまりなかった。多分だけど、金添さんがそういう風に誘導してたんだと思う。理由はまぁ単純で、こうなることが分かっていたから。
これは俺にとっての弱点みたいなもので、今回はその弱点を突かれた形になる、ってことか。
(反省だな。こっから先も同じようなマークをされることがあるはず。なら、これを克服しておくに越したことはない)
つっても、どうしようもない気がするんだよなぁ。レースで培っていくしかねぇわけだし、騎手の判断ならそっち優先しなきゃだし。難しい問題だ。
俺の次走どうなるかな~?確か海外らしいけど。てか常々思ってたけど。
『俺達結構一緒のレースに出ますねジェネ先輩』
ラーシーとは1回しか走ってないし、コントレイルは2回。アーモンドアイさんやグランアレグリアさんは1回ずつだ。そんな中でジェネ先輩は前回の宝塚記念で3回、今度の海外のレースを含めて4回目の対戦となる。サリオスも確か同じぐらいだったか?アイツともなんだかんだ走ってるな。
『そうだねヴァーディ君!わたし達よく一緒のレースに出るよね!』
ジェネ先輩が興奮気味に顔を近づけてきた。近い近い。
『そうですね。そして宝塚記念は2回とも俺達のワンツーフィニッシュですし』
『ふっふ~ん!』
なんだか機嫌良さそうだなジェネ先輩。機嫌が良いならいいか。
草をもしゃりながら時間が過ぎていく。レース後のこの、のんびりとした時間も嫌いじゃない。ぶっちゃけ、次のレースに向けてトレーニングしたいって気持ちはあるけど。休むってのも大事なことだからな。しかも次のレースは今までの日本の遠征とは違って、国を変えての遠征だ。しっかりと体調を整えないと元も子もない。
(絶対に世界一を取って、コントレイルに挑むぞ!)
決して楽な道のりじゃないことは分かってる。だけど、それでも。頑張って勝とう。そんな風に思う放牧地での一日だった。
「……すいません、もう一度、お願いできますか?金添さん」
今、にわかには信じがたいことを金添さんから聞いた。困惑している俺をよそに、金添さんは淡々と告げる。
「後任の騎手のことです。僕は……鷹騎手を推薦したい。本人からも了承を得ました。もし、僕が凱旋門賞でヴァーディに乗れなくなったら──彼が乗ってくれると」
「……いやいや。いやいやいや!」
思わず机を叩いて、金添さんを見据える。
「何で始まる前から!?それは、いざ乗れなくなった時でも!」
「
金添さんは至極冷静。まるで問題ないとばかりに、淡々と告げている。
「鷹騎手に騎乗依頼はたくさん来ます。この凱旋門賞だって、間違いなくオファーが来るでしょう。だからこそ、先んじて鷹騎手にお願いしておきました」
「いや、なんで……!」
「僕は、ヴァーディを任せるなら鷹騎手が良い。いいや、鷹騎手でないとおそらく乗りこなせい。かつてディープインパクトに乗っていた鷹騎手だからこそ……ヴァーディを任せられる」
「だからっ!」
「それに、僕は
金添さんは、覚悟を持った表情だった。なんで勝手にそんなことをしたとか、どうして最初から負ける前提で話しを進めているのかとか。そんなことを口にする前に、金添さんは俺の行動を目で制した。
「フォワ賞……1着を取ってみせます。これは、その覚悟でもあるんです」
「覚悟……?」
「そう。保険をかけるのと同時……負けたら僕は凱旋門賞に騎乗できないって状況を作り出すために。他の騎手が見つからなくて、仕方なく乗らなきゃいけないって状況にならないように。そのために鷹騎手にお願いしました」
そしてようやく、金添さんは表情を変えた。その表情は──少し、痛々しさを感じた微笑み。自虐的な笑みだった。
「今回の宝塚記念……敗因は僕の判断ミスです」
「……」
「ロメール騎手なら、間違いなくヴァーディの弱点を突いてくると思っていた。僕も精一杯騎乗しましたけど……結果はハナ差の2着。おそらくですけど、ヴァーディの取ろうとした進路とは別のルートを選んだんでしょうね。だからこそ、少しだけ減速してしまった」
「確かに、そうですね。ヴァーディは僅かに減速しました」
「今回追いついたのは、ヴァーディの実力あってのものです。僕は……あの時追いつけないと思ってしまいましたから」
金添さんは、宝塚記念のことを気に病んでいるらしい。それは自分の判断ミスで負けたから……だけじゃないだろう。
「海藤さん、僕は以前にも申した通り、向こうでの騎乗経験がほとんどありません。だからこそ、やっぱり不安なんですよ」
「向こうのスタイルに適応できるかどうか……ですか?」
「はい。それに、ヴァーディの弱点もチームでなら取りやすい。だから不安なんです……今回の宝塚記念のようなことが起こらないか」
まぁ、不安になる気持ちは分かる。しかもこの弱点も、俺達でどうこうできるようなものじゃない。ヴァーディ自身の問題だから、彼の気性をどうにかしない限りは……。
けど、金添さんは覚悟を決めた表情に切り替わる。思わずこっちも気を引き締めた。
「だからこそ、今度のフォワ賞は絶対に取ります。ヴァーディに乗り続けるために、フォワ賞で1着を取ってみせます」
金添さんは、俺を真っ直ぐに見ていた。
……鷹騎手にお願いしたということは、遠くないうちに俺のところにも連絡が来るだろう。その時に事情を説明するか。それに、金添さんの覚悟もしっかりと受け取った。
「分かりました。では、当初の予定通り──フォワ賞で結果を残せなかったら、鞍上を変えます。それでいいですね?金添さん」
「はい。よろしくお願いします、海藤さん」
金添さんと固く握手をする。それからヴァーディの今後の日程を伝えて、金添さんとは別れた。それと入れ替わるように。
「──失礼します」
「……あなたは」
「金添騎手から紹介されてきました。話は、通ってますよね?」
鷹さん。今を生きるレジェンドが、俺の前に立っていた。
鷹騎手。この業界に携わる人間として、知らない人はいないだろう。なんなら、世間的にも一番有名な騎手だ。改めて認識すると滅茶苦茶緊張するなっ。
「と、とりあえずどうぞ」
「はい。では失礼して」
鷹さんに座るように促して、お互い無言のまま時間が過ぎていく。き、気まずい……!かなり気まずい!いや、よくよく考えれば鷹さんは仕事で来たんだ!金添さんからの話を受けて!なら、それを切り出せばいいだろう!
「それで、金添さんからの話の件ですが」
「俺も、最初に聞いた時は何の話かと思いましたよ。え、お前が乗るんじゃないの?って思ったぐらいですから」
鷹さんは笑いながらそう言った。アハハ、確かにそうかもしれないな。主戦騎手直々に乗り変わってくれない?なんて話はそうそうないだろう。というか、あったら困る。
ちょっとおかしくて、噴き出しそうになる。ただ我慢して、話しを続ける。
「今度のフォワ賞。金添さんが結果を残せなかったら、鷹騎手にヴァーディクトデイの鞍上をお願いしたいと思っています……構いませんか?」
鷹さんを真っ直ぐに。真面目な態度で接する。鷹さんも、俺と同じような態度で。
「構いません。ヴァーディクトデイには乗ってみたいな~という思いがありましたから」
ちょっと冗談めいた口調で答えた。……なんか、真面目な態度を崩しそうになるな。というか、鷹さんも乗ってみたいと思ってるとかヴァーディは本当に……。
「凄いなヴァーディ。レジェンドジョッキーの方々から乗ってみたいって思われてるなんて」
「うん、それぐらい興味を惹かれるんだよ彼には。ロメールも彼に乗ってみたいって言ってたからね」
「ロメール騎手も!?」
「そう。ご飯の席だったから冗談めいたとこもあったかもしれないけどね」
鷹さんは苦笑い気味だ。いや、冗談だったとしてもすごいな。
「それにしても、金添も相当プレッシャーを感じているみたいだ。保険と称して自分を追い詰めるだなんてね」
「……そうですね。宝塚記念での敗戦、思ったより効いてたみたいですし」
「そりゃあね。あれは完全に金添の腕負けだから。もっとやりようはあったと思うよ」
「ちなみに、鷹さんだったらどんな判断をしますか?あの状況、ヴァーディの鞍上で……どんな判断をしますか?」
俺の質問に、鷹さんはあっけらかんとした調子で。
「無理矢理大外に持ち出すか、馬の行きたい進路を取らせるかの二択だね。ヴァーディクトデイならそうした方が強いから」
そう答えた。続けて。
「でも、そもそもあぁいう状況にはもっていかないかな?多少のロスは承知の上で大外に持ち出すか、それとも思い切って内に位置を取るか。あれは外目の中途半端な位置につけていたのがまずかったね。内にも、大外でないにしても外からも行ける位置だった……だから、賢いヴァーディクトデイに迷う余地を与えてしまった」
「成程……」
「ロメールも上手い位置につけたもんだよ。レースを支配していた……ヴァーディクトデイを封じつつ、クロノジェネシスの勝てる展開にね」
それが分かっていたからこそ、金添さんもあそこまで思い詰めていたのかもしれないな。
「……で?海藤さん的にはどう思っていますか?今回の件」
鷹さんの言葉。どう思っているか、か。
「鷹さんには迷惑をかけるな、と」
「アハハ!確かにそうですね!そもそもアイツ、自分がフォワ賞勝つかもしれないのに!その時はどうすんだか」
「アハハ……」
「だけど、心配ですね」
不安そうな表情を浮かべながら鷹さんは。
「ただでさえ向こうとこっちじゃレースが違うなんて言われてます。アイツは、経験が少ないから余計にプレッシャーがかかっている。さらにオルフェーヴルの一件……それもあるからさらにかかっている。いくら大一番に強いって言っても限度があるし。やらかさなきゃいいんだがなぁ」
金添さんを、心配していた。ただ、すぐに冗談めいた口調で。
「まぁそうなったら俺がヴァーディクトデイに乗れるからいいんですけどね」
「鷹さん的にはどっちです?勝って欲しいですか?負けて欲しいですか?」
「半々、ってとこですかね?」
これも冗談だろう。鷹さん微かに笑ってるし。
「どちらかといえば勝って欲しいですよ。そりゃヴァーディクトデイに乗りたいって気持ちもありますけど……アイツも色々と経験してますから」
「そうですね。……頑張って欲しいですね、金添さん」
「そうなると、俺はどうするんだ?って話ですけどね?」
「「アハハハ!」」
なんというか、最初の真面目な雰囲気が嘘のように話し合いは終わった。
「それじゃあ、鷹さん。もしもの場合はよろしくお願いします」
「はい。金添とヴァーディクトデイのフォワ賞、楽しみにしてます」
そう答えて、別れた。
今度のフォワ賞で決まる……ヴァーディの鞍上が、どっちになるかが。
果たしてどうなるフォワ賞。次回辺りで遠征地へGO。