さて、と。やってきたか。
(うん、感触も悪かねぇ。むしろ、最高に良いぐらいだ!)
こっちの芝ももう馴染んだもんよ!この調子でフォワ賞も勝つぜ!
「ヴァーディ、あまり気負わないでね。リラックスしていこう」
そう言って首を撫でる金添さん。いや、そうは言うがアンタ。
(金添さんの方が気負い過ぎてね?大丈夫か?)
なんというか、走る前から緊張しているのが丸わかりだ。ここはちょいとほぐしてやりますか!俺はロデオのように暴れまわる。金添は、必死に手綱を握ってるな。
「うわっ、とと!どうしたんだい?ヴァーディ」
「ブルルル(気持ちは分かるが、落ち着くのはあんたの方だぜ金添さんよ)」
「……アハハ、そうだね。僕の方が酷かったか。うん」
どうやら気づいたみたいだな。乗り心地も……さっきよりも柔らかいものになった。いつもの調子に戻ったみたいだな!
「うん、もう大丈夫だよヴァーディ。勝とうか!」
「ヒヒン!(おう!)」
さてと!どうやらここには俺の他にももう1頭日本から来た馬がいるらしいが……どいつのことだ?全く分からん。返し馬で色んな馬を見るが判別できない。そんな時。
『よ~し、頑張るぞ~』
やたらのんびりしてそうな感じの馬がいた。なんか、どっかで見た気があるが……多分気のせいだろう。
「ヴァーディ、あの子が君と同じで日本から来た子だよ」
あ、あののんびりした馬がそうなのか。俺と同じ日本から来たの。
そんな感じで返し馬を済ませてゲートに入る。俺のゲート番号は5番。外目だからちょっと嬉しい。さて、と。ゲートに入って気を落ち着かせるとしよう。スタートをしっかりとしなきゃな。
《まもなく出走しようとしています凱旋門賞のステップレースフォワ賞!馬場の状態はgood*1、芝の2400mが今始まろうとしています。注目は日本からやってきた2頭、ディープボンドとヴァーディクトデイ!とりわけヴァーディクトデイはかなり注目されています!オッズは3.2!果たしてどのような走りを見せてくれるのか?各馬ゲートに入りました。まもなく出走となります!》
ゲートの中で静かに待ってっ、開いた!今だ!
(おしっ!良いスタート切れたんじゃね?……と、思ったけど。これ良すぎたな)
結構前目の位置につけてしまっている。このまま控えっ?
(あれ?手綱が引かれない……つーことは、このまま前で走んの?)
良い感じのスタートが切れて、先頭を走るのが1頭。俺は外からもう1頭と一緒に上がっていって3番手ぐらいの位置につけている。つか、ポジション争いが熾烈だな。滅茶苦茶ぶつかりそうになるじゃん。この感覚もちょっと懐かしいな。
なんでこの位置にいるかというと……金添さんが抑えようとしないってのがある。しかも俺自身初となる2400m。慎重に慎重を重ねた結果このような形になったのかもしれんね。ま、ここでも走れないことはないしきっと大丈夫だろう。てかさっきからヤバい。ホントにぶつかりそうだ。
《2番のディープボンドが逃げます!ディープボンドが逃げに打って出た!2番手は外からブルーム、そしておっと、これは意外ヴァーディクトデイ!最後方で競馬をしているヴァーディクトデイが前目の位置につけています!これは珍しい何かの作戦でしょうか?この3頭が少し抜け出してストレートの坂を上っていきます。この3頭から3馬身程離れて4番手以降は一団となっている。ディープボンド、ブルーム、ヴァーディクトデイ以外の4頭は一団となっている。ディープボンドの逃げも珍しいがヴァーディクトデイがこの位置というのもまた珍しい!》
金添さんは落ち着いている……はず。だからまぁ大丈夫なはずだ。このポジションにだってきっと意味があるんだろう。
前を走る馬を追う。隣にはもう1頭いる。坂は別に苦じゃない。さてさて、頑張りますかね!ここで勝って、凱旋門賞に弾みをつけるか!
正直に白状すると、レースの開始前から頭の中がぐちゃぐちゃだった。色々と考え込み過ぎて、どれがベストか決めあぐねていた。挙句の果てにはヴァーディにロデオみたいに動かされてしっかりしろ、と喝を入れられる始末。我ながら恥ずかしい。
あれでなんとか持ち直したけど、いざレースが始まると──頭の中を支配するのは、どうレースを展開するかという疑問。
「いつも通りにレースを展開するべきか?」
「それともこっちの競馬に合わせたレースを展開するべきか?」
ヴァーディの脚質は追い込み。それが一番だってのは分かっているし、勿論そうするつもりだった……最初の内は。だけど、思いの外良いスタートを切れてしまった。
(っとと、抑えないと……っ)
最初はそう思ったけど、ヴァーディがあまりにも軽そうに走るから。そして、前回の宝塚記念のことを思い出して……このままいかせた方がいいんじゃないか?という疑問が生まれる。悩んで、悩んで。頭の中がまたぐちゃぐちゃになって。これでもジョッキーとして長くやっているのに、新人の頃みたいに酷い状態だった。
(っ!と、とにかくこのままいこう!ヴァーディは前目の位置でも立ち回れる!それに、ヴァーディの末脚なら……!)
そう考えて、前目の位置につけた。
思わず拍子抜けするほど好位置につけることができた。前を走るディープボンドの2番手か3番手の位置。隣にはブルーム。後続は3馬身以上は離れている。コーナーを回ってもこの位置で、このままいけば……きっと。そんな風に感じる位置だった。
だからこそ、僕は忘れていたんだ。なんでヴァーディを追い込みで走らせていたのか、選択肢を狭めるような競馬をしていたのか。その理由を、この時の僕は忘れていた。
その結果が、今の状況だ……ッ!
《フォルスストレートを抜けて最後の直線に入りました!先頭はディープボンド1馬身差をつけております!2番のディープボンドが逃げます!2番手はブルームだ!ヴァーディクトデイは後続に捕まっているぞ大丈夫か!?3番手ヴァーディクトデイはズルズルと後退している!まだ抑えている!まだ抑えている!残り300を切りました!3番手以下の差はかなり開いている!ここから巻き返せるかヴァーディクトデイ!》
後続に捕まった!しかも、ヴァーディは……かなり苦しそうにしている!
ヴァーディのスタミナは、中距離馬ということを考えればかなり豊富な方だ。もしかしたら、長距離に転向しても好走できるんじゃないか?ってぐらい。それがどうしてここまで苦しそうにしているのか……理由は明白。
(序盤のポジション争いが熾烈だったこと!加えて、常に後続との差を気にしながらレースをしていた!いつもと違う形に、ヴァーディ自身も戸惑いがあったはずだ!そんな状況で走ったら余計に疲れる!そんなこと、初歩の初歩だろう!?)
こんな素人丸出しのミスにすら気づかなかった!でも、嘆いている暇はない。ここから追い抜くためのプランを……。
(構築、できるのか?この状況で、僕が生み出してしまった……この状況で)
ヴァーディが本来の末脚を発揮できれば、いつもの競馬ができていれば……そんなたらればを考えてしまう。でも!
(やるしかないっ!ここで仕掛けよう!)
得意の外から、追い上げていこう……ヴァーディ!鞭を入れて、ヴァーディに気合を入れる!
(後悔するのは後だ。今はこのレースを全力で取り組む!)
虫のいい話だってのは分かってる。この状況を生み出しておいて、何言ってんだって気持ちは分かる。だけど、頑張ってくれ!ヴァーディ!
その時僕は──いつものような、
(──はは、こんな状況でも、君は)
ベストな走りが、できるのか。
いや、あの。初めて2400走ったけど……別にキツかねぇな。ただ、前に追いつけそうにねぇ!原因分かってるけどさ!
(別にのんびりしてたわけじゃねぇけど、前を走るヤツが速いなおい!)
先頭を走る馬のペースが思ったよりも速い!久しぶりに前目につけて走ったからじっくりと様子を窺っていた。そしたらいつの間にかこんなとこきたし!そりゃ調子乗ったらこういう目に遭うわ!マジでゴメン金添さん!手綱に動きがないからって調子乗り過ぎました!でも余力は一応あるから許して!
さてさて、どうやら残り300を切ったらしいが……金添さんの鞭は入らないのか?そんな風に思った瞬間ッ!
(っ鞭が入った!っつーことは……!)
ここで気合入れろってことね!そんじゃま、ぶっ飛ばしますか!
前を走る馬との差は結構開いている。だが、追いつけねぇことはねぇ!このままぶっ飛ばして、追いついてやらぁ!
前との差を、徐々に詰めていく……が。向こうもはえぇなおい!最初から先頭走ってた割には全然落ちてこねぇ!だけど、追いついてやらぁ!
《残り200を切って先頭はディープボンド!ディープボンドが逃げる逃げる!ブルームが必死に追いかけるが、3番手の集団からヴァーディクトデイが抜け出してきた!ヴァーディクトデイが飛んできた!これが日本で見せた飛ぶ走り!ディープボンドとブルームとの差をグングン詰める!凄まじい末脚!しかしディープボンドの姿はまだまだ前!これはさすがに追いつけない残り100m!先頭ディープボンド!》
ここから頑張って走ったわけだが……さすがにあの差を埋めようはなく。俺は2着にすら追いつけずに3着で入線となった。
《逃げるディープボンド先頭ゴールイン!日本のディープボンドが鮮やかに逃げ切りました!最初から最後まで先頭で駆け抜けましたディープボンド!2着は1と半馬身差でブルーム、3着はブルームから遅れて1馬身差ヴァーディクトデイ!日本の2頭は見事上位に食い込みました!》
クッソ~!流石に追いつけねぇか!こりゃ俺が調子乗った罰か……反省しないと。
「……ごめんね、ヴァーディ」
うん?なんか金添さん暗いな。元気出せよ、そりゃ今回は負けちまったけどさ。とりあえず元気を出せとばかりに揺らしますか。
「……」
あり?あんまり芳しくない?本当にどうしたんだよ金添さん。う~ん……分からん。
『や、やった~!勝ったぞ~!』
お、さっきの1着の馬だ。てか良く見たら金添さんの言ってた日本の子じゃん。挨拶しとこ。
『お疲れさん。次は負けねぇからな!』
『えっと、君は?』
『俺、ヴァーディクトデイ。君と同じで日本から来た馬』
『え~!そうなんだ!僕と同じ子がいるのってなんか嬉しいな~!』
『今回は負けちまったけど、次は負けねぇからな!』
『お、お手柔らかに~』
さて、本番こそは負けねぇぞ!とりあえず今度からは前に行くのは止めにしよ……なんか合ってないっぽいし。最後の直線で捲る方が性に合ってるわ。
「海藤さん、では、約束通りにお願いします」
「金添さん……」
「このフォワ賞、たとえ1着をとっても僕は降りるつもりでした。フォワ賞でこれなんだ。僕に……凱旋門賞は早すぎた」
「分かりました。では、約束通りに」
日本にいる海藤さんは、僕に事実だけを淡々と告げる。
「凱旋門賞の騎手は、鷹騎手に依頼します」
凱旋門賞で、僕がヴァーディに乗ることは無くなった。まぁ、あんな無様な騎乗を見せたんだ。それも仕方のないこと「ただし」?まだ何かあるんだろうか?もしかして、あの騎乗について文句言われたりして。
「もしまた、日本でヴァーディが走る時は。その時は金添さん、お願いできますか?」
思わず目をぱちくりする。いや、思ってもみなかった言葉だ。そりゃ嬉しいけど……。
「フォワ賞の騎乗、見ましたよね?あんな無様な騎乗したんですよ、僕」
「……」
「新人でもやらないようなミスやって、勝てるレースを落として……主戦騎手落とされても文句言えませんよ僕は」
「でも、日本での成績は圧倒的です。さすがに海外は無理ですが……日本でまた機会があれば、俺は金添さんに頼もうと思っています。受けてくれますか?」
……ハハ。本当に優しいことだ。
「お願いしても、良いですか……ッ!」
涙混じりの声。そんな僕の声に、海藤さんは柔らかい声で。
「はい、こちらこそ」
そう、答えて電話を切った。
……いつまでも落ち込んでいられないな。
「今回の敗戦……全部が僕の怠慢だ。今までやってこなかったツケが回ってきた……それに尽きる」
今度からは、もっと海外のレースに売り込もう。とにかく数をこなして、アピールするんだ。自分は、やれるってことを。そしていつの日か。
「ヴァーディの産駒に乗って、リベンジを果たす……なんてね」
もっと技術を磨こう。そう思い知らされたフォワ賞だった。僕も、まだまだだな。
フラグを回収してしまった……。