飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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乗り変わり2回目のヴァーディ。


2度目の乗り変わり

 フランスのシャルル・ド・ゴール空港。ここからヴァーディクトデイがいる厩舎へと足を運ぶ必要があるのだが。

 

 

「鷹さん」

 

 

「金添か」

 

 

 先日、フォワ賞でヴァーディクトデイに騎乗していた金添が出迎えてくれた。歓迎……といった表情ではなさそうだが。どちらかというと悔しさをにじませている。

 

 

「フォワ賞での僕の騎乗、見ましたか?」

 

 

 フォワ賞か。

 

 

「見た。いつものお前らしくなかったな」

 

 

「……」

 

 

「慣れない環境、追い詰められた状況……考えられる敗因はいくらでもあるが、自分が原因だと思っているんだろう?」

 

 

「……はい。もっと、海外での騎乗を経験しておくべきだった」

 

 

 それに気づけただけでも儲けものだろう。今回は、高い授業料だったと思えばいい。

 金添は、真っ直ぐに俺を見て。

 

 

「後はお願いします、鷹さん。ヴァーディと鷹さんで、世界一を獲ってきてください」

 

 

「……軽く言ってくれるな」

 

 

「できますよ。ヴァーディと鷹さんなら」

 

 

「プレッシャーが凄いな。もっとも、出る以上勝つ気で行くが」

 

 

 ヴァーディはロンシャンの馬場でも問題なく走れていた。後は少しでもベストな状態で走れるようにすることだろう。

 ……だが、最優先で取り組むべき課題はヴァーディクトデイに乗り慣れることだ。俺はヴァーディクトデイに乗ったことがない、この凱旋門賞が初騎乗。初騎乗が凱旋門賞とは、かなりハードルが高いよ本当。目の前にいる金添はディープに乗っていた俺なら大丈夫だとは言うが……それも実際に乗ってみないことには分からない。

 

 

「レース後のヴァーディクトデイの様子は?」

 

 

「特に疲労は残ってないです」

 

 

「そうか……ひとまず乗ることから始めるか」

 

 

 すぐにでもヴァーディクトデイがいる厩舎へと向かおう。今は一分一秒も惜しいのだから。少しでもヴァーディクトデイへの理解を深めないといけない。

 

 

「それじゃ、俺はもう行くよ」

 

 

「はい……鷹さん」

 

 

 金添は、どこか憑き物が落ちたような表情で。

 

 

「勝ってきてください、凱旋門賞」

 

 

 ……本当に、軽く言ってくれるヤツだ。だが、それも俺を信頼してのこと。ならば。

 

 

(その信頼に、応えないわけにはいかない)

 

 

「任せろ。獲ってきてやるよ──凱旋門賞をな」

 

 

 そう答えて。俺はヴァーディクトデイが待つ厩舎へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え~っと、まず理解が追いつかん。

 フォワ賞の敗戦から少し経って。調教再開!ってなったのは良いんだが。

 

 

「初めましてヴァーディクトデイ。俺は鷹、よろしく」

 

 

 誰だよアンタ?金添さんはどうした金添さんは。なんて思っていたが。

 

 

「ヴァーディ、凱旋門賞ではこの人……鷹さんが乗ることになったんだ。金添さんは……うん、乗れなくなっちゃったから」

 

 

 あ、そうなの?もしかして、フォワ賞の敗戦のせいか?ということは、レース後やけに暗かったのそのせい?さすがに寂しいな……金添さん、滝村さんと乗り変わってからずっと乗ってくれてたし。それが1回の敗戦で交代ってのはやっぱり厳しいんだな騎手の世界って。

 

 

(てかこれで俺3人目じゃねぇか。え?俺そんなにダメな方なの?)

 

 

 ジェネ先輩なんかはずっと滝村さんが手綱握ってるらしいじゃん。宝塚記念の時は滝村さんが大怪我したから乗り変わったらしいけど。怪我がまだ治ってないからこの凱旋門賞でも別の人が乗るらしいが……俺の場合健在なのに乗り変わってる。なんでだ?

 考えても仕方ねぇか。この人に乗り変わるってのはもう決まってるんだし。とにかくお近づきのしるしに顔を押しつけてアピールしとこう。

 

 

「ヒヒン(これからよろしく鷹さん)」

 

 

「っとと、金添から聞いてはいましたけど、人懐っこいですね」

 

 

「そうですね。あ、後はヴァーディって呼んであげると喜びますよ」

 

 

「そっか。じゃあそう呼ばせてもらうよ、ヴァーディ」

 

 

「ヒヒィン!(おう!)」

 

 

 そして鷹さんを乗せての調教が始まる。準備運動をしっかりと済ませて、コースを走る。疲れは……うん、溜まってねぇな。フォワ賞の疲れもすっかり抜けたかもしれん。あくまで体感だけど。

 

 

(にしても、やっぱこっちの芝走りやすいな~!滅茶苦茶気持ちよく走れるぜ!)

 

 

 タイム的には日本と変わらないっぽいけど、走りやすさはこっちだな!

 後今乗っている鷹さんだが……すげぇ。マジでスゲェ。黒羽さんがレジェンドだって言ってたけど、それが良く分かるぐらい凄い。

 

 

(俺、騎手の良し悪しとかさっぱり分かんねぇけど、これは分かる。この人は、凄く上手い)

 

 

 金添さんとそう変わらないというか、下手すりゃ金添さんよりも乗せてて走りやすい。ぶっちゃけ誤差の範囲だけど、初の騎乗でこれだ。本当にすげぇな。さすがはレジェンド。

 今日はそこまでキツい調教はしない。フォワ賞もあったから少し軽めに済ませた。本格的な追い切りはまた少し先だろう。

 

 

(にしてももうすぐ凱旋門賞か……フォワ賞はアレだったが、本番ではこうはいかねぇぞ!)

 

 

 フォワ賞は凱旋門賞の前哨戦。そこを勝ったディープボンドを警戒するのは勿論のこと、世界中からすげぇ強い馬が集まってくるからな。それにジェネ先輩もいる。ジェネ先輩には1勝2敗……ここは勝っておきたいな!

 

 

(それに、勝ってコントレイルにも挑みたい!今度こそ、今度こそアイツと本気の勝負を!)

 

 

 アイツ確か無敗の三冠だろ?なら、俺が凱旋門賞を勝ってコントレイルに挑戦すればめっちゃ見栄え良くなるんじゃね?よっしゃあ!絶対に勝ってやる!

 

 

「かなり気合入ってますねヴァーディ。フォワ賞の敗戦が悔しかったんでしょうか?」

 

 

「そうかもしれないですね。ヴァーディ、かなり負けず嫌いなとこあるので」

 

 

「最初は闘争心が薄いとか言われてたのに、凄い変わりようだよな」

 

 

「ですよね輪田さん。本当に、ヴァーディは変わりましたよ」

 

 

 凱旋門賞、絶対勝つぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァーディクトデイ改め、ヴァーディに乗り始めてから数日。

 

 

(なるほど……金添の言っていた通り本当に乗りやすい。こりゃ予想通り、凄い馬だ)

 

 

「た、鷹さん。どうですか?ヴァーディは」

 

 

 今日のトレーニングを終えると、ヴァーディの担当厩務員である黒羽さんが不安そうにしていた。もしかしたら、なにか言われるんじゃないか?と思われてるのかな?だったら、早いとこその不安を取り除こう。朗らかな笑みを浮かべて。

 

 

「凄いですねヴァーディは。金添が入れ込むのも分かります。確かにこれは、誰にも鞍上を渡したくなかったでしょう」

 

 

 そう答えると、黒羽さんは露骨に嬉しそうな表情になった。

 

 

「ッ!そ、そうですか!鷹さんにそう言ってもらえるなんて……お前は幸せもんだな、ヴァーディ!」

 

 

「ブルル?」

 

 

 ヴァーディは分かってるのか分かってないのか。いや、多分なんて言われてるか分かってるんだろうな。ヴァーディはかなり賢い馬だから。

 ヴァーディは確かに乗りやすい。だが、()()()()()()()()

 

 

(極論、ヴァーディは誰が乗っても勝てる馬だ。だけど、その能力全てを引き出すとなったら……途端に難しくなる)

 

 

 乗り心地に関しては、本当にディープとそう変わらない。飛んでいると錯覚するあの走法も、まさにディープって感じがするし。金添も飛んでるって言ってたな。確かにこれはそうだ。でもブラックタイド産駒なんだよなヴァーディは。

 

 

(ブラックタイドのギアは、しっかりと受け継がれているのかもしれないね)

 

 

 言いながらヴァーディを撫でる。気持ちよさそうにしていた。その間にも、どういう風に騎乗するかを考える。

 

 

(ヴァーディのことを考えるなら後方からの大外一気が良いんだろうな。だけど、凱旋門賞でそれは不利だ)

 

 

 勝てないことはないが、凱旋門賞で勝つ馬のほとんどは王道のレーススタイルで勝っている。理由としてはロンシャンの重い馬場と、競馬場自体の起伏もある。追走するにもスタミナを使うし、最後の直線勝負で全員をごぼう抜きするのはかなり難しい芸当。

 ヴァーディは前でもレースを展開することができる。フォワ賞は失敗したが、しっかりと折り合いをつけたら前につけていても問題なく走れるはずだ。だがそれは、ヴァーディの強みを消すことに繋がらないだろうか?それに何より、ヴァーディが強さを発揮したのはいずれも後方からの追い込みの時。フォワ賞は、前目につけた結果の敗戦という線もある。こればっかりは何とも言えないが、いずれにしてもヴァーディの強みを発揮するなら。

 

 

(ヴァーディが得意とする後方一気の末脚……加えるなら大外からの追い上げがベスト……難しい問題だな)

 

 

 リスクの高い勝負になる。だが、ヴァーディの強みを活かすならそれが一番良い。考え込みそうになるが……もう肚は決まった。

 

 

(ヴァーディの末脚に賭ける。ヴァーディの末脚ならば……ロンシャンの馬場でも問題なく発揮できると。そう信じて走ろう)

 

 

 思い出すのは凄まじい上がりを記録した秋の天皇賞、そして不良馬場に近い阪神競馬場でただ1頭問題なく末脚を発揮した大阪杯。この2つが頭に浮かんで……俺の肚は決まった。

 

 

「一緒に頑張ろうな、ヴァーディ。いきなり騎手が変わって不安だろうけど……俺を信じてくれ」

 

 

 ヴァーディだってきっと不安なはずだ。この異国の地で、騎手が突然変わって。だけど、それでも俺を問題なく乗せてくれている。良い馬だ。金添が入れ込むのも良く分かるよ。

 俺の言葉を理解したのか、それとも何となく察したのか。ヴァーディは。

 

 

「ヒヒィーン!」

 

 

 1つ鳴いて答えた。思わず笑みを零して、誓う。

 

 

「黒羽さん、輪田さん」

 

 

「は、はい?」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「この凱旋門賞……必ず勝ちます」

 

 

「「ッ!」」

 

 

 お2人は驚いたような表情を浮かべて顔を見合わせた後。俺の自信に満ちた言葉に笑顔を浮かべて。

 

 

「はいっ!よろしくお願いします、鷹さん!」

 

 

「ヴァーディと一緒に、世界一に!」

 

 

 そう答えた。そんな様子を、パニー調教師は微笑ましそうに見ている。

 

 

「良いねぇ鷹。だけど、今年も強い馬がたくさん出てくる。セントレジャーを制してジンクスを破ろうとしているハリケーンレーン、昨年のブリーダーズカップを制したタルナワ、ダービーステークスとキングジョージを制したアダイヤーもいるからね。かなりの群雄割拠だ」

 

 

「望むところですよ」

 

 

 パニー調教師の言葉にも、俺は揺るがない覚悟で答える。

 

 

「ヴァーディなら勝てる。見ててください……第100回凱旋門賞優勝馬の名前に、日本の、ヴァーディクトデイの名前を刻んでやりますよ」

 

 

 そう宣言して。今日のトレーニングは終わった。




凱旋門賞も着々と近づいていますね。
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