とある日の放課後。トレーニングが休みということで教室で駄弁ることにした俺達だが。
「なぁヴァーディ!イギリスってどんなとこなんだ!?」
「どんなとこ、ってーと?」
パンちゃんからイギリスについて聞かれた。いやまぁ、確かに留学経験はあるが。ひとえにどんなとこと言われてもなんて言えばいいのか困る。
パンちゃんはうんうん唸っている。そこまで深く考えてなかったんだな。少し経って思いついたのか、バッ!と顔を上げて。
「ご飯とか!」
「ご飯……ご飯か」
「なんつーか、メシマズ国家で有名だったよな一時期」
「確かにそんな印象あるよね~」
ラーシーとプボちゃんの言いたいことも分からなくはない。ただ、これだけははっきりと言っておこう。
「別にそんなことはないぞ。美味いとこはちゃんと美味いし」
「へー、そうなのか?」
「あぁ。確かに味付けが薄いから物足りなさを感じるけど、それも自分で調節できるからな。そりゃただの先入観ってもんだ」
実際イギリスの料理は美味い。これは留学していたからハッキリ言える。
「特にフィッシュアンドチップスは本場だからか滅茶苦茶美味かったな!やっべ、想像したら久しぶりに食べたくなってきた」
「そうなんだ。ぼくも食べてみたいな~」
「パンも!パンも食べてみたいぞ!なんならイギリスに行きたい!」
って言ってもなぁ。フィッシュアンドチップスの作り方も別に教わってないし、イギリスに行くのも無理だ。どうしようもねぇんだよな。
「こうなるぐらいだったらフィッシュアンドチップスの作り方、エネさんのとこで習っとくべきだったなぁ。そうすりゃ「お呼びですか?ヴァーディ様」いや、エネさんのとこでフィッシュアンドチップスの作り方教えてもらっとけばよかったなぁってぇぇぇぇぇ!?」
ビックリした!マジでびっくりした!なんでいるんだよエネさん!?あなたイギリスに帰ったはずでしょ!?
「ウフフ、ヴァーディ様に会いたくて……来ちゃいました♡」
「来ちゃいました♡で済む距離じゃないですよね!?イギリスから日本ですよ!?」
「そこはほら、爺やに頼みましたので」
エネさんはニッコリと微笑んでるけど、そういう問題なのか!?というか肝心の爺やさんは……あ、教室外にいたわ。首から入校許可証下げてる。俺の視線に気づいてか一礼した。思わず俺も頭を下げる。
「でも、大丈夫なんですか?あまり気軽に来れる距離じゃないですよね?」
「そんな……ヴァーディ様は、私が来ない方がよろしかったのでしょうか?もしかして……ご迷惑をおかけしてしまったのでしょうか……?」
「いや、別にそこまでは……」
ちょちょちょ!?エネさんが泣きそうになってる!?ヤバいヤバい、なんとか慰めないと!
「あーあー、ヴァーディが泣かせてら」
「うるせぇよラーシー!そ、そういうわけじゃないんすよエネさん!俺、エネさんに会えて超嬉しいですから!」
「……本当ですか?」
「本当です本当です!いや~、すげぇ嬉しいな~!超ハッピー!」
「では、それを証明していただけますか?」
「へ?」
エネさんは頬を赤らめつつ、両手を広げて……あの、俺になにを要求するつもりです?
「ヴァーディ様の愛のハグをお願いします」
「今ちっさい声でなんか言いませんでした?」
「気のせいですわ。さぁ、私とハグしましょうヴァーディ様!さぁ、さぁ!」
えぇ~……これどうすればいいんだ?とりあえず爺やさんの方を見るけど……?うん?口パクでなんか言ってるな。なんて言ってんだ?
(なになに?いけ、いけ……いや止めろよアンタは!)
「もしかして、お嫌でしたか?ヴァーディ様……」
「うぇ!?」
「そうですよね……ヴァーディ様は、私とのハグはお嫌ですよね……。申し訳ありません、ヴァーディ様のご迷惑を考えず……」
あ、ちょ!?止めてください!えぇいままよ!
「エネさん失礼します!」
「え?っきゃっ!?」
俺はもう後先のことを考えずエネさんを力強く抱きしめた。うわ、すっげぇやわらけぇ……。我ながら反応がアレだけど、実際エネさんの身体は柔らかい。女性らしい身体つきというかなんというか、すげぇ緊張する。顔もさっきから熱いし!
と、とりあえずいつまで抱きしめていればいいんだ?エネさんが満足するまでか?
「~~~ッ!」
とりあえずエネさんは凄い嬉しそうだけど……おいラーシー!プボちゃん!パンちゃん!見るんじゃねぇ!みせもんじゃねぇぞ!指の隙間からチラチラ見てんじゃねぇよ!後爺やさんはさっさと止めに来いよ!何BGM流す準備してんだ!
こんなとこ、誰かに見られるわけにはいかねぇ!特にジェネ先輩辺りに見られたら最悪だ!間違いなく問い詰められる!そうなったら俺は誤魔化せる自信がない、ジ・エンドだ!
エネさんを強く抱きしめること数分。ようやく満足したのか離れるのを許してくれた。
「はぁ……至福の時間でしたっ」
やたらツヤツヤしたエネさんと。
「あぁ……良かったっす……」
げっそりした俺の、対称的な反応。どうやら、誰にも見られなかったようだな。ミッションコンプリートだぜ。
「ところでヴァーディ君。元々の話は良いの?」
「元々の話?……あぁ、フィッシュアンドチップスのことか」
「それでしたら」
気づいたら爺やさんが近くに来ていた。いや、いつの間に来たんだよアンタ。ただ手には何か持っていて?
「先程作らせました。どうぞ、フィッシュアンドチップスでございます」
おぉ!フィッシュアンドチップスだ!久しぶりに見た!超美味そう!パンちゃん達も目を輝かせてみてる。じゃあ早速!
「「「いただきまーす!」」」
「どうぞ、本場の味付けでございますので」
そうして俺達はフィッシュアンドチップスを食べ始める。うん、やっぱり美味しいな!
「「美味しい~!」」
「成程、こりゃ確かにうめーな!オメーがまた食いたいって気持ちが良く分かるぜ」
「だろだろ?本当に美味いんだって!」
「喜ばしいお言葉です。ヴァーディ様、いくらでもイギリスに来てくださってもよろしいんですよ?」
「それはちょっと」
やんわりと断りつつフィッシュアンドチップスを食べる。いや~本当にうめぇわ!たまに変な料理あるけど、こうして美味しいものだってあるのだ。……ウナギゼリーとスターゲイジーパイはどうしても好きになれなかったが。
「随分美味しそうだね。わたしも食べていい?ヴァーディ」
「良いですよジェネ先輩!是非食べてください!」
「どれどれ~……うん、美味しいね!ヴァーディが絶賛するの、良く分かるよ!」
「でしょでしょ?本当に美味い……ん、ですよ……」
あれ?おかしいな。いつの間にかジェネ先輩がいるぞ?さっきまでいなかったですよね?
……い、いや。大丈夫だ。きっと見られていないはず。見られてないはずだ。だからきっと、大丈夫なはずだ。
「ところでヴァーディ、さっき面白いものを見たんだ~」
「へ、へ~。なにを見たんですか?」
「ヴァーディがエネイブルさんと抱き合ってるとこ」
俺は、壊れたブリキ人形のように首を動かしてジェネ先輩の顔を見る。笑顔だ。とても素敵な笑顔だ。やっぱりジェネ先輩の笑顔は良いなぁ……この、地獄の鬼すら裸足で逃げ出すような圧さえなければ。
俺の取るべき行動は……!
「……逃げるッ!」
「どこに行くの?ヴァーディ」
「ぐえっ!?」
ジェネ先輩に首根っこ掴まれた。なんてことだ、もう助からないゾ。
「ゆっっっっっくり、話を聞かせてね?ヴァーディ」
「あ、あはは……お手柔らかにお願いしますね?」
「それはヴァーディの態度次第かな~?」
この後、ジェネ先輩になんとか理解してもらえた。ただ交換条件とばかりに。
「わたしにも抱き着いて!エネイブルさんよりも長く抱きしめて!」
そんな要求をされたので強く抱きしめた。別に減るもんじゃないし。その間ジェネ先輩はとても幸せそうな表情をしてたのが印象的だった。もっとも……。
「ヴァーディ。ワタクシも抱きしめなさい」
「ど、ドンナ先輩?一体なんのことです?」
「あら?誤魔化すつもりかしら?」
ドンナ先輩は険しい表情で俺を見ている。とんでもない眼光で睨まれてるよ俺。
「知っているのよ?あなたがクロノジェネシスと抱き合うだけじゃ飽き足らず、イギリスからやってきたウマ娘も誑し込んでいたという話」
「人聞きが悪い!?」
「ワタクシも抱きしめなさい。あの2人にできて、ワタクシにできない理由でもあるのかしら?」
「な、ないです……」
「良い子ね」
ドンナ先輩にも話がいったらしく抱きしめることになったのだが。もっともドンナ先輩に限ってはどちらかというと、俺が抱きしめられていた。
ドンナ先輩とのハグが終わって、ようやく解放された。なんというか、かなり疲れた……。
(何をするのが正解だったんだ、俺は)
別にあの対応が間違ってたわけじゃない……と、思いたい。
「ヴァーディ君、困ってるなぁ。そんな表情もいいなぁ」
「……何見てるの?コンちゃん」
物陰からヴァーディ君の様子を観察していると、タクトがドン引きした表情で僕を見ていた。おかしい、そんな変なことをやってるつもりはないんだけど。
「なにって……ヴァーディ君を観察してるんだけど」
「そんなさも当たり前のような表情されてもね……というか、ヴァーディはまた先輩方に絡まれてるんだね」
タクトもなんだかんだ言いつつ先が気になるのかヴァーディ君の観察をしている。ジェンティルドンナ先輩とのハグが終わって、ヴァーディ君は疲れた表情をしてた。
「ヴァーディも毎度毎度大変だね。大体トラブルの渦中にいるし」
「ヴァーディ君、トラブルに巻き込まれやすいからね」
「それに、この前なんかイギリスのウマ娘さんにも絡まれてたって話だよね?確か、エネイブルさん」
そんな話もあったね。確か、欧州に留学している時にお世話になったウマ娘さんだって聞いた。この辺はサリオス経由の情報。
「それも熱心に勧誘されているらしいし。もしかしてヴァーディ、欧州のトレセンに行ったりして?」
「そんなことしない」
「え?」
「ヴァーディ君はそんなことしない。僕との決着を投げ出して、欧州のトレセンになんていったりしない」
だってそうだ。僕とヴァーディ君は運命の相手……きっとヴァーディ君だってそう思っているはずだ。じゃなきゃ、僕に対して情熱的な言葉を向けるはずがない*1。それにヴァーディ君は逃げ出すなんてことはしないはずだ。
「コンちゃん、怖い怖い。怖いから。そんな無の表情で私を見ないで」
「……あ、ごめんねタクト。つい」
「ううん。私が悪かったから……相変わらずヴァーディが絡むと変になるなぁコンちゃん」
小さい声でなんか言われたけど気にしない。
その後は特に何事もなくタクトと帰った。
いやぁ、お互い思い思われですねぇ()。