飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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凱旋門賞が終わってからしばらく。


ヴァ―ディの評価 凱旋門賞後

挑戦の歴史に終止符!今年の凱旋門賞馬に輝いたのは日本のヴァーディクトデイ!

 

 10月3日、日本時間の23時05分のその日。歴史が変わった。

 世界でも最高峰のレースの1つ、凱旋門賞。日本馬の挑戦の歴史は長く、最初に挑戦したのは1969年のスピードシンボリ。実に52年にもわたる歴史があった。1999年のエルコンドルパサーが2着に食い込んだものの、どれだけ健闘してもあと一歩が届かないのが実情だった。日本馬はロンシャンの芝に適応できない、日本馬は凱旋門賞を勝てない。そんな現実を突きつけられた。

 だが、その歴史が変わったのである。その歴史を変えた馬の名はヴァーディクトデイ。フォルスストレート(偽りの直線)から徐々に進出を開始し、そのスピードを全く緩めることなく前との差を詰めていく。その加速は留まることを知らず、最終的には2着のトルカータータッソに3馬身差つける形での決着となった。

 ヴァーディクトデイのレースを見て、現地の人々は1986年に凱旋門賞を制したダンシングブレーヴを思い出したらしい。大外からの追い込み、異次元の末脚を発揮しての勝利。その姿はまさしくダンシングブレーヴのようだったと関係者は語っている。ヴァーディクトデイはこの凱旋門賞の勝ちが評価され、ロンジンワールドベストレースホースランキングで133のレーティングを獲得し単独トップに躍り出た。前回のレーティングは120だったので大躍進である。しかし関係各所の間ではこのレーティングを疑問視する声も上がっており、凱旋門賞の馬場も考慮すればこのレーティングはもっと上がるんじゃないか?との声も上がっている。

 

レース後のコメント

 

海藤崇文調教師

「本当に言葉が出ない。向こうは天気が良くなくて、当日は重馬場での開催と発表された時は凄く不安だった。だけど、ヴァーディクトデイが1着で駆け抜けたことを確認した時は涙が止まらなかった。テレビで見ていた他のスタッフの方々と肩を抱き合って喜んでいた。ヴァーディクトデイとクロノジェネシスが帰ってきたらお疲れさまって、よく頑張ったなって褒めてあげたい」

 

鷹騎手

「ゴールした時、まず呆然としたんですよね。本当に勝ったのか?俺は、凱旋門賞を本当に勝ったのか?って。だけど自分の前には誰もいなかったから、あぁ、俺勝ったんだなって気づいたら涙が溢れて止まらなかった。もうね、止められなかった。自然と涙があふれた。その後はヴァーディクトデイと勝利を分かち合ったよ。

 

今回の凱旋門賞で初めてコンビを組んだんだけど金添騎手の言っていたことが良く分かる。ヴァーディクトデイという馬は本当に底が知れない。特に最後の直線、途中でガクッてなったから力尽きたか?って思ったんですけどそこからさらに伸びていった。おそらくだけど、まだまだ強くなれる余地を残しているような気がするんです。欧州の馬場にもすぐに適応したし、いつまで現役で走るのかは分からないですけどもしまだ現役を続行するようであれば乗ってみたいですね」

 

秋畑代表

 

「凱旋門賞制覇は日本で競馬に携わる人間にとっては悲願だった。挑戦し続けているけど惜しくも届かない、そんなことが多かったレースです。そのレースを、ヴァーディクトデイが勝ってくれて。気づいたら涙を流していました。本当に最高の馬ですよ、ヴァーディクトデイは」

 

 

 

 

 

 

ついに超えた世界の壁!凱旋門賞を制したのはヴァーディクトデイ!

 

 その日、歴史は変わった。

 10月3日、日本時間で23時05分に凱旋門賞は発走した。日本から挑戦したのは今年は3頭。クロノジェネシス、ヴァーディクトデイ、ディープボンドの3頭である。クロノジェネシスはグランプリ3連覇を果たした女傑、ディープボンドは前走のフォワ賞で見事な逃げ切り勝ちを見せてくれた。ヴァーディクトデイは、宝塚記念はクロノジェネシスの後塵を拝し、フォワ賞はディープボンドを捉えきれず敗戦した。オッズも、この2頭に比べれば低めだった。

 歴史が変わったロンシャン競馬場最後の直線533m。フォルスストレートから徐々に加速していたヴァーディクトデイは最後の直線で他馬をごぼう抜きにかかった。そして残り100mに差し掛かろうかというところ。日本競馬の歴史が変わったのである。

 先頭に躍り出たヴァーディクトデイ。日本の競馬ファンの応援を一身に受けて走り、ついに凱旋門賞制覇を成し遂げた。上がりタイムはおよそ34秒88と言われている。2分37秒の激闘は、日本競馬初の偉業という形で幕を閉じた。

 だが真に恐るべきは、ラスト1ハロンのタイムが11秒台と言われているところだ。ロンシャンの、しかも重馬場でこれだけの時計を出せる馬が今まで存在しただろうか?しかもこの11秒台という時計も10秒台だったり12秒台だったりとまちまちだ。だが確実にいえることは、あの時のロンシャンでは勇者が再来したのである。

 この凱旋門賞の勝利をもって、ロンジンワールドベストレースホースランキングはヴァーディクトデイのレーティングを120から133へと大幅に上昇させた。だが関係者の間ではこのレーティングの上昇を疑問視する声もあり、高すぎるという声もあれば逆に低いのではないか?という声も上がっていた。

 かつてエネイブルを手掛けたジェフ・ゴードン氏はこう語る。

 

「ロンシャン競馬場の馬場を考慮すれば、ヴァーディクトデイの上がりは素晴らしいタイムだ。他の馬よりも2秒近く速いし、特にラスト1ハロンの伸びは驚異的と言ってもいいだろう。それを考慮すれば135が妥当ではないだろうか?」

 

 これに賛同する声も多く、ヴァーディクトデイのレーティング見直しも検討されている。ただ確実にいえることは、ヴァーディクトデイは世代の頂点に立ったということだろう。

 52年にわたる凱旋門賞挑戦の歴史。その歴史は、1頭の馬によって終焉を迎えた。世界に羽ばたいた黒い鳥ヴァーディクトデイ。勇者を彷彿とさせる神速の末脚と英雄を想起させる走行フォームで、次はどのレースへと飛び立つのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、海藤さん!さっきから取材の連絡が鳴り止みません!」

 

 

「今忙しいからそっちで対応お願い!こっちもこっちで忙しいんだから!」

 

 

「じ、JRAからグッズの打診が!」

 

 

「え~っと!秋畑さんと検討するから返事は保留しといて!」

 

 

 あぁもう!本当に忙しい!秋の天皇賞が近づいてきている今日、俺の厩舎には取材の依頼が殺到していた。理由は明白で、ヴァーディクトデイの凱旋門賞勝利を受けてのことだ。

 新橋さんはあの場にいたからすぐに取材に応じた。正直涙を流しながらやってたから恥ずかしいんだけど……自分なりにしっかりと受け答えできたと思う。

 凱旋門賞に勝ったんだ。日本競馬の悲願ともいえる偉業。取材が殺到するのは当たり前。だけど……!

 

 

(いくらなんでも忙しすぎるだろ!)

 

 

 向こうはこっちの事情なんてお構いなしに取材の依頼をお願いしてくるし、しかも一人一人が滅茶苦茶しつこい!業務に支障が出るから後にしてくれといっても俺につなげだのなんだの言ってくる。初めて苛ついたかもしれない……!

 

 

「だけどまぁ、仕方ないよなぁ……」

 

 

「そうっすね。ヴァーディの偉業を考えたら、ここまで忙しくなるのも当然というか」

 

 

 そしてこれは記者だけではなく、JRAからの電話も凄い。まぁこっちは秋畑さんが対応しているからこっちに来ることは稀なんだけど……本当にたまにこっちに電話がかかってくることがある。

 内容はJRAが監修しているグッズだったり……有名どころで言えばヒーロー列伝なんかの作成なんかとか。後はヴァーディクトデイのCMなんかも作成中らしい。改めて凄いな本当。

 だけど……。

 

 

「……」

 

 

「心配ですか?ヴァーディのこと」

 

 

「……そうだね」

 

 

 頭に浮かぶのは、ヴァーディのことだ。

 ヴァーディはつい先日、クロノジェネシスとともに日本に帰ってきた。そんなヴァーディは現在、検疫を済ませてクロノジェネシスとともに有北ファームしがらきにて放牧中である。放牧中……なのだが。

 

 

「ヴァーディ、こっちに帰ってきた時明らかに疲れてた」

 

 

「そ、そりゃあ……輸送の疲れがあるから」

 

 

「ヴァーディが輸送に強いこと、知ってるだろう?凱旋門賞は凄い激走だった。疲れていてもおかしくない。だけど……」

 

 

 しがらきからの報告によると、飼い葉食いが悪くなっているらしい。そして、明らかにガレていると。クロノジェネシスは復調しつつあるが、ヴァーディクトデイの調子は下降していく一方とのことだ。まだ帰ってきて日も浅いからここから回復するかもしれないけど……俺の脳裏によぎるのは、秋の天皇賞のこと。

 

 

(あの時も、ヴァーディの疲労回復は遅かった。それを考えると今回も……)

 

 

 悪い考えがよぎって、俺は頭を振る。こんなナイーブな考えじゃダメだ。ヴァーディがここから回復していくことを祈ろう。

 

 

(特に、ヴァーディの次走をと考えているジャパンカップ……おそらく、コントレイルと勝負をすることができる最後の機会。この機を逃せば、コントレイルとの対戦は叶わなくなる)

 

 

 馬の安全を考えれば回避一択。だけどヴァーディは、コントレイルを特別意識している感じがする。昨年の有馬記念も、コントレイルが出走しないことが分かった途端すぐにそっぽ向いたし。

 ただ、ジャパンカップの出走……それはヴァーディの気持ちだけの問題ではなく。

 

 

「海藤さん、世間の声……見ましたか?」

 

 

「……またなんか書き込まれてましたか?黒羽さん」

 

 

 ヴァーディの担当厩務員である黒羽さんは、ノートパソコンを操作しながら画面を見せてくる。そこにあったのは──。

 

 

「また増えてます。ジャパンカップをラストランに決めているコントレイルとヴァーディクトデイの……直接対決を望む書き込みが」

 

 

「無敗の三冠馬VS日本競馬初の凱旋門賞馬……そりゃ、盛り上がるだろうからな。望む声は大きいだろうよ」

 

 

 瞬間、スタッフの1人が机を強く叩く。

 

 

「だけど!どうにもならねぇことだってあるだろうが!外野から好き放題言いやがって……!何が海藤陣営は逃げないよな?だ!こっちだって万全な状態だったら……!」

 

 

 彼は、凄く怒っている。表情を歪めて、こっちの事情をなにも考えていない書き込みに対して憤りを覚えているんだろう。それは、俺だって一緒だ。

 そんな彼の肩にそっと手を置いて宥める。

 

 

「落ち着いて。怒ったって仕方ない。彼らはヴァーディの事情を知らないんだから」

 

 

「だけど……!」

 

 

「それに、まだ出走できないと決まったわけじゃない。ここから……ヴァーディの体調が回復することを祈ろう」

 

 

「……すいません」

 

 

 気分が落ち着いたのだろう。彼は怒りを鎮めて謝ってきた。

 

 

「うん、じゃあ業務を再開しようか。今日もやることは山積みだからね」

 

 

「「「はいっ!」」」

 

 

 俺の号令とともに、他のスタッフ達も業務へと戻る。電話の応対をする者、馬の世話をするために厩舎へと向かう者。俺は厩舎へと向かった。

 道中、黒羽さんに。

 

 

「あ、あの。海藤さん。こんな時にする話じゃないってのは分かってるんですけど……」

 

 

「どうしたの?」

 

 

 黒羽さんはおずおずと。()()()()()について切り出してきた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……あれって、本当なんですか?」

 

 

「……」

 

 

 耳が早いな。その話は、本当についこの間秋畑さんのところで上がったばかりだっていうのに。

 

 

「まだ噂程度、だよ」

 

 

「そ、そうなんですか?実際にその話は……」

 

 

()()()()。それだけは伝えとく」

 

 

「ちょ、ちょっと!?海藤さん!?」

 

 

 俺は足早に厩舎へと向かう。

 ──ヴァーディを取り巻く環境は、激変した。




立ち込める暗雲。
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