飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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どうにもならない現実。


残酷な現実

 ──その日、日本競馬界に激震が走った。

 

 

【凱旋門賞馬ヴァーディクトデイはジャパンカップ回避の方向!有馬記念も回避濃厚!?】

 

 

 日本競馬に凱旋門賞制覇という初の偉業をもたらしたヴァーディクトデイ。当初の予定では次走にジャパンカップを予定していた。順当に行けば同世代の無敗の三冠馬コントレイルとの対戦が実現することになり、無敗の三冠馬コントレイルVS凱旋門賞馬ヴァーディクトデイという対戦カードが実現する……はずだった。

 しかし、ヴァーディクトデイを管理する海藤崇文は秋の天皇賞が終わってから1週間が経った頃、声明を出した。

 

 

「ヴァーディクトデイはジャパンカップには出走させません。年内いっぱいは休養に充てます」

 

 

 それはあまりにも唐突な宣言。直前までは誰もがヴァーディクトデイはジャパンカップに出走するものだと思っていたので大盛り上がりだったのである。それが突然、裏切られた形になった。

 しかし、有識者の間では仕方なし、という声が多い。

 

 

「凱旋門賞は激走でしたからね。これも仕方のない判断だと思います」

 

 

「それにヴァーディクトデイは一度疲労を見せると中々回復しないですからね。昨年の秋の天皇賞もそうでしたし」

 

 

「今は体調第一。また元気に走る姿を見せて欲しいものです」

 

 

 あれだけの激走だったんだ、疲労が溜まっていても仕方がない。今は疲労回復に努めて、また元気に走る姿を見せて欲しい。()()()()()()()()はそう切り替えることにした。

 だが、ジャパンカップ出走回避を良く思わないファンも勿論いる。

 

 

「はぁ!?せっかくコントレイルとの対戦が見れると思ったのに!」

 

 

「出走できねぇんだったらもっと最初から判断しとけよ!」

 

 

「海藤陣営は逃げたんだな!そうなんだろ!」

 

 

「勝てる自信がないからって逃げたんだ!」

 

 

 そういう批判の声が各所で相次ぎ、しまいには一部のマスコミが囃し立てて海藤厩舎に持ち込んだこともある。

 

 

「これだけの声が上がってるんですよ?誰もが凱旋門賞馬ヴァーディクトデイの出走を望んでいます。ヴァーディクトデイの体調も問題なさそうですし、ここは出走するべきでは?」

 

 

 しかし、そんな声にも海藤崇文は毅然とした態度で拒否の姿勢を示した。

 

 

「誰が何と言おうと、ヴァーディクトデイはジャパンカップに出しません。これは秋畑代表とも話し合って決めたことです。もしものことがあるといけませんので」

 

 

 それだけ答えて、海藤崇文は記者の前から去っていった。

 ヴァーディクトデイのジャパンカップ出走回避が発表されてからというものの、各所で議論がされている。出走回避を残念がる声や、海藤陣営に対する批判。その批判を受けて海藤陣営を擁護する声。その擁護する声に噛みついてさらに批判……無限ループに陥っていた。挙句の果てにはヴァーディクトデイの種牡馬価値を下げないために出走しないなどという出処が不明の情報が出回る事態にまで発展した。

 今現在も白熱とした議論が続いている。だが結果は変わらない。

 

 

ヴァーディクトデイ、ジャパンカップ出走回避

 

 

 それが覆ることはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや~、体調もどんどん回復してってるなぁ。これ、いけるんちゃいますか?

 

 

(ジャパンカップ……聞くところによると、コントレイルが最後に走るレースらしいじゃねぇか。じゃあ出走しないわけにはいかねぇだろ!)

 

 

 ここを逃したら、もうコントレイルと対戦する機会はない。俺とアイツは1勝1敗ではあるけど、結局のところ決着つかずだ。だからこそ、アイツと俺どっちが上かを決めたい!凱旋門賞を制覇して、俺は世界一の競走馬になったかもしれねぇ。だけど!

 

 

(コントレイルだ!アイツに勝たなきゃ……俺は本当の世界一にはなった気がしない!アイツに勝って、俺は自分が納得できる世界一の座につくんだ!)

 

 

 そのためにも早いとこ疲労回復しねぇと!まだまだ万全じゃないからな、ここからしっかりと回復してっ?

 

 

(あれ?スタッフさん達どうしたんだろうか?)

 

 

 俺の馬房を開けたまでは良い。だけど、連れて行くのは放牧地じゃないみたいだ。どんどん違うところへと連れて行かれる。連れて行かれた先にあったのは輸送用のトラックで。

 

 

(もしかして……栗東に帰れるのか!?)

 

 

 いや~ついに帰れるんだな!長い放牧だったぜ本当!

 

 

「それじゃあヴァーディ。馬運車に乗ろうか」

 

 

 おう!それじゃ、早いとこ乗って栗東に帰り……?

 

 

(あれ、なんだ……?)

 

 

 なんというか、これに乗ったらダメな気が……これに乗ってしまったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな悪い予感が働いた。いや、気のせいかもしれないんだけど……でも、なんとなく直感した。

 

 

(これに乗ったら、ダメな気がする)

 

 

 俺は立ち止まる。この直感に従って、トラックには乗らずにその場で立ち止まる。スタッフさんはなんとかして俺を動かそうとするけど、俺は反発する。

 

 

「ヴァーディ?ヴァーディ!ほら、早く馬運車に乗ろう?嫌いじゃないだろ?」

 

 

(嫌いじゃねぇ。嫌いじゃねぇけど……なんか悪い予感がするんだよ!)

 

 

 俺は必死に抵抗する。スタッフさん達に迷惑をかけるのは嫌だけど、それでも俺はこのトラックに乗りたくなかった。これに乗ったら、本当に取り返しのつかないことになりそうな気がして。いつもならスタッフさんの指示に従う俺でも、必死に抵抗した。

 

 

「どうしよう……このままじゃ」

 

 

「なんとかして乗せるしかないだろ?早くしないと「よ、良かった!間に合った……!」か、海藤さん!?どうしてここに?」

 

 

「ヴァーディを乗せるのに手こずるんじゃないかって思ってね。だから、急いでこっちに来たんだよ」

 

 

 あれ?海藤さんだ。珍しいな。しかも俺が手こずるの分かってたらしいし。てか黒羽さんもいるじゃん。2人とも珍しいな。う~ん、この2人にまで迷惑を掛けるのはなんか忍びないなぁ。さすがに乗るか?

 

 

「ヴァーディ、馬運車に乗るの、嫌かい?」

 

 

(別に嫌ってわけじゃないけど……だけど、何となく嫌な予感がするんだよな)

 

 

 頭を横に振って答える。

 

 

「じゃあ、なんとなく嫌な感じがするのかい?馬運車に乗ったら、ダメな気がする……そんな感じがする?」

 

 

 頭を縦に振って答える。うんうん、そんな感じ。

 海藤さんは真っ直ぐに俺を見ている。ただ、その表情はかなり辛そうで。なんでそんな表情をするのか、俺には分からなかった。

 

 

(どうしたんだよ海藤さん?黒羽さんもそんな悲しそうな表情して。ほら、元気出せって)

 

 

「……ハハ、ありがとねヴァーディ」

 

 

「海藤さん。本当に……?」

 

 

「……いうよ。ヴァーディは賢い。俺達の言葉を理解している節があるしね。だから、教えておかないといけない」

 

 

 頭を押しつけて慰める。後は顔を舐めたりして。でも、悲しそうな表情は崩れなかった。本当にどうしたんだ?しかもなんかヤバめなことでも言いそうな気配だし。

 

 

(う~ん……ここまで心配かけるようなことになったのか?じゃあ仕方ない)

 

 

 さっさとトラックに乗り込むか。迷惑を掛けるのも本意じゃないし。じゃ、さっさと

 

 

「いいかい?ヴァーディ。この馬運車の行き先は栗東トレセンじゃない──ヴァーディの生まれ故郷、有北ファームに向かう馬運車だ」

 

 

 ……あ゛?

 

 

「ヴァーディ、君の身体の疲労はまだ抜けきってない」

 

 

 待てよ。

 

 

「今の状態じゃ、とてもじゃないけどレースには出せない」

 

 

 待てって。

 

 

「だから、このまま有北ファームで休養させることが決まった。ジャパンカップの出走は、残念ながらできない」

 

 

 待てっつってんだろ!

 じゃあなんだ?ジャパンカップに出走できないってことは、コントレイルと対戦できねぇってことか?

 

 

(……ふざけんじゃねぇ!)

 

 

 嫌な予感はこういうことか!だったら、俺は絶対に乗らねぇぞ!

 

 

「ヴ、ヴァーディが暴れ出した!?おい、しっかり抑えろ!」

 

 

「抑えてます!ヴァーディ、落ち着けって!」

 

 

 うるせぇ!海藤さんも言ってたけど、もう年内のレースには出走しねぇんだろ!?コントレイルとも戦えねぇだろうが!そんなこと許せるかよ!

 

 

(せっかく凱旋門賞を取ったんだぞ?世界一の競走馬になって、コントレイルと戦うことができるんだぞ?なのに……なのに!こんなのってありかよ!?)

 

 

 出せ!俺をジャパンカップに出せ!じゃねぇと……テメェらを蹴り飛ばしてやる!

 

 

「ヴァーディ」

 

 

 海藤さんが、ゆっくりと俺に近づいてくる。

 

 

「海藤さん!?危ないですよ!」

 

 

「今のヴァーディは危険です!早く離れて!」

 

 

「大丈夫」

 

 

 何だよ!いくら海藤さんでも、言うことは聞けねぇ!俺は……絶対にジャパンカップに出走してやる!

 俺は海藤さんを睨みつける。昂る気持ちを必死に抑えつけて、海藤さんをただただ睨む。海藤さんは、すげぇ申し訳なさそうな表情をして。

 

 

「ごめんね、ヴァーディ」

 

 

(……黙れよ。謝るくらいだったら、ジャパンカップに出せよ)

 

 

 クソ、クソ……。

 

 

「君がコントレイルを特別視しているのは分かってる。コントレイルと戦いたいっていう気持ちは、俺達も良く分かってる」

 

 

(だったら出せよ!俺の気持ちわかってんだったら……ジャパンカップに出せよ!)

 

 

 本当は、分かってるんだよ。

 

 

「だけど、出すわけにはいかないんだ。君の疲労は、君が思っている以上に蓄積している。確かに回復傾向だけど……凱旋門賞のダメージが、まだ抜けきってない」

 

 

(クソが!()()()()()()()()()()()!)

 

 

「このままジャパンカップに出したら、君は勝てない。だけどそれ以上に……最悪の事態を考えたら、君を出すわけにはいかないんだ」

 

 

(知るかよ!それでも……それでも出せよ!)

 

 

 全部全部、分かってんだよ……!

 

 

「分かってくれ、ヴァーディ」

 

 

 海藤さん達だってっ!

 

 

「君が……大切なんだ。だから、ジャパンカップに出すわけにはいかないんだ」

 

 

 俺のことを思って出走取り止めを決断したのなんて……全部わかってんだよ!

 そうだ。海藤さん達はいつだって俺達のためを思って行動している。俺達がいけると思ったら行くし、ダメだと思ったらダメという。海藤さんはいつだって、俺達のためを思って行動している。だから海藤さん達がダメって決断したんなら、それはきっと……俺がよろしくない状態だってことだ。そんなのは、本当は分かってんだ。

 だけど、それで諦められねぇんだよ!コントレイルと戦う最後の機会なのに……俺はその舞台にすら立てねぇのかよ!?

 

 

「……ごめんね、ヴァーディ」

 

 

(止めろ……謝るんじゃねぇ)

 

 

「君がコントレイルを特別視しているのは分かってる。だから、限界まで見極めていた。だけど……!」

 

 

(そんな辛そうな表情するんじゃねぇ!申し訳なさそうな表情をしてんじゃねぇ!)

 

 

 そんな表情されたら……!申し訳ないって気持ちが伝わるからするんじゃねぇ!そしたら俺は……俺は!

 

 

()()()()()……!俺達だって悔しい、凄く悔しい!だけどもう……ダメなんだよ!」

 

 

 誰を恨めばいいんだよ!

 あぁクソ、もうぐちゃぐちゃだ。本当は分かってる。誰も悪くねぇって、悪いのは疲労が抜けなかった俺のせいなんだって。そんなことは分かってんだよ!でも……でも!諦めきれねぇんだよ……っ!

 

 

(ようやく……ようやくアイツと並ぶのに相応しくなれたのに……!こんなのってありかよ……!?)

 

 

「ごめんな……ごめんな……!ヴァーディ!俺達が、不甲斐ないばっかりに……!」

 

 

(謝るな……謝るな!悪いのは俺だ、俺なんだ!だから、海藤さん達は謝るなよ!)

 

 

 畜生、畜生……!こんなのってありかよ!

 

 

「海藤さん……ヴァーディ……!」

 

 

「海藤さんもヴァーディも……泣いてる……」

 

 

「クソ、クソっ!ゴメン、ゴメン……ヴァーディ!俺達がもっと上手くやれていれば!」

 

 

「誰も悪くねぇよ黒羽さん。だから……」

 

 

 全員が、泣いている。俺も例外じゃない。現状が悔しくて、どうにかしたくて。だけど、どうにもできなくて。泣くことしかできない。

 

 

(畜生……畜生……)

 

 

 俺は、どうすることもできないから。さっきからずっと抱き着いている海藤さんを優しく振り払って。

 

 

(コントレイル……お前とまた、走りたかった……!)

 

 

 馬運車に乗った。




ヴァーディクトデイ、ジャパンカップ出走取消。
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