飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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コントレイルのジャパンカップ。


ジャパンカップ、そして

 大きいレースがまた近づいてるみたいだ。人間さん達の気合が、一段と違う。そしてぼくの気合もまた違う。

 

 

(この大きいレース……確か、ジャパンカップ。このレースには確か、ヴァーディ君が出走するはず!)

 

 

 そんな話を人間さん達がしていた。きっと気合が入っているのもそのせいだろう。

 ヴァーディ君は強い。そんな相手に負けたくないって気持ちは、きっと一緒。だからみんな頑張ってるんだ。だから、ぼくも頑張る!そう考えていたところに、信じられない言葉が聞こえてきた。

 

 

「それにしても……ヴァーディクトデイは残念でしたね」

 

 

(どうしたんだろう?人間さん、悲しそうな顔してる)

 

 

「あぁ。まさか、疲労が取れずに出走を取り消すとはな」

 

 

(……え?)

 

 

 出走を取り消す。良く分かんないけど、レースに出ないの?ヴァーディ君。

 

 

(そんな、嘘だよね?ヴァーディ君)

 

 

 だって言ったじゃないか。また闘おうって。今度は全力で走ろうって。そう言ったじゃないか。でも、話を聞いているとどうも仕方のない理由みたいだ。遠いところを走った疲れが、また残ってるとかなんとか。そんな状態で走ったら、最悪のケースを想定したら走らせるわけにはいかないだろうって。そんな風に話してた。

 人間さん達は、いつだってぼく達の体調を第一に考えている。ぼくがレースで走る機会が少ないのも、ぼくの身体のことを考えているからだって。そう話していたのを覚えている。だけど……それでも納得できないことはある。

 

 

(ヴァーディ君と戦えないなんて……そんなの、嫌だ!)

 

 

「コントレイル、ちょっと気が立ってますね」

 

 

「案外、ヴァーディクトデイの話をしているからじゃないか?アイツが出走しないと知って、やる気出してるとか?ハハ」

 

 

(そんなわけないだろ!)

 

 

 そんな風に言う人間さんはこうしてやる!

 

 

「うわっ!?ちょ、コントレイルが蹴りかかってきたぞ!?」

 

 

「違うってことじゃないですか?どっちかっていうと戦いたかったとか、そんな感じじゃないです?」

 

 

「うぅ……冗談だったのに……」

 

 

 冗談だろうが知らない。ぼくはヴァーディ君と走りたい。だけど……それもできない。

 

 

(ぼく、次が最後って言ってた。だからもう、ヴァーディ君と戦う機会は……)

 

 

 そう考えると、凄く悲しくなる。なんで?一緒に走りたいのに、どうしてこう上手くいかないんだろう?

 ぼくはヴァーディ君に、1回勝って1回負けている。だけど1回目の勝ちは、ヴァーディ君が本調子じゃない可能性がある。だからぼくとしては、まだ負けている段階だ。だから勝ちたかったのに……それも叶わない。

 

 

(どうして、どうしてぼくは……次が最後なんだろう?)

 

 

 もっと走りたい。もっともっと走りたい。けど……人間さん達のことだって分かる。

 ぼくは、元々そんなに身体が強くないって言ってた。脚元にも不安があるみたいだし、いつ壊れるか分からないって。だから、人間さん達も慎重になっている。ぼくが大事だって気持ちは、凄く伝わってる。だけど……それでもぼくは、ヴァーディ君と一緒に走りたい。

 

 

(ワガママだな、ぼくって)

 

 

 その後も人間さん達は集まってきた。いつもぼくに乗る人間さんも来て、本格的なトレーニングが始まる。

 

 

「増永君、コントレイルは?」

 

 

「……タイムは悪くないですけど、少し心ここにあらず、というか。そんな感じがします」

 

 

「……続けて調整していこう」

 

 

 それからトレーニングの日々は続いて。最後のトレーニングの日は。

 

 

「まさか、歴代最高の仕上がりになってくるとは思わなかったよ」

 

 

「本当に、底が知れませんね。コントレイル」

 

 

 上々の結果に終わった。ぼくの、最後になるかもしれないレースが迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャパンカップ

 

 

枠順番号馬名性齢人気

1
1ムイトオブリガート牡715

1
2コントレイル牡4
1

2
3ブルーム牡56

2
4シャフリヤール牡3
2

3
5キセキ牡77

3
6グランドグローリー牝58

4
7オーソリティ牡4
3

4
8ウインドジャマーセ417

5
9アリストテレス牡44

5
10ロードマイウェイ牡518

6
11シャドウディーヴァ牝511

6
12サンレイポケット牡610

7
13モズベッロ牡516

7
14ユーバーレーベン牝35

7
15マカヒキ牡812

8
16ユーキャンスマイル牡614

8
17ワグネリアン牡613

8
18ジャパン牡59

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ついに、やってきてしまった。

 

 

(だけど、ぼくは考えた。この先も、走れるかもしれない考えを)

 

 

 ()()()()()()()()()。誰も文句を言わせない、誰も意見できないような勝ち方をすれば……きっとぼくをまだ走れるって判断してくれるはずだ。だからぼくは、このレースを圧倒的に勝つ。

 

 

「今日は落ち着いてるな、コントレイル」

 

 

(うん。だって、ぼくはまだ走りたいから)

 

 

 ゲートに入って気合を入れる。ヴァーディ君とまた走るために。ぼくはこのレースを勝つ。

 

 

 

 

《各馬ゲートに入りました。これがラストランになっております、無敗の三冠馬コントレイル。見事に有終の美を飾ることができるのか?運命のジャパンカップが今、スタートしましたっ!コントレイルは良いスタートを決めてくれました!シャドウディーヴァがいった、サンレイポケットもいった。ここでハナを切るのはどの馬か?ワグネリアンも行ったが、ここはアリストテレス!アリストテレスが先頭に立ってっ?おっとこれはやや速いペースだ、アリストテレスがガンガンペースを上げている!》

 

 

《逃げ馬不在の今回のジャパンカップ。逃げているのはアリストテレスの縦山騎手。果たしてこのまま楽に逃げることはできるのか?》

 

 

《各馬第1コーナーを曲がります。先頭はアリストテレス続いてシャドウディーヴァ。ワグネリアン、サンレイポケット。そしてシャフリヤールと続きます。前から6、7頭目この位置にコントレイルはつけている。レースは縦長の展開、無敗の三冠馬コントレイルは最内につけているぞ。なんとキセキはいきません!キセキは最後方に控えている!これは面白い展開だ!》

 

 

 

 

 そうだ。そのまま走ってよ。そのまま、早いペースで逃げ続けて。

 

 

(最後に捲って、ぼくが勝つ)

 

 

 ぼくは走る。この先の未来を見据えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無敗の三冠馬コントレイルのラストラン。観客は息を飲んでレースの展開を見守る。ただ、少しどよめきが生まれていた。

 

 

「確か逃げ馬不在だったよな?にしてはなんというか」

 

 

()()()()()()()

 

 

 これといった逃げ馬が不在のこのレース。1000mを通過して、タイムが発表される。

 

 

《最初の1000mを通過しました。1000mの通過タイムは5()9()()!59秒ジャストで先頭のアリストテレスが走っておりますジャパンカップ!向こう正面でも展開は変わらず縦長の展開!先頭アリストテレスその差は5馬身から6馬身、鞍上の縦山武は抑えようとしている。これは掛かっているのか?外からワグネリアン内をついてシャドウディーヴァが追走。前から4番手にオーソリティがおりますその後ろ5番手の位置に今年のダービー馬シャフリヤールがついています。その後ろにサンレイポケットそしてコントレイルが続いております。後方で展開を窺うキセキこれは珍しい展開。しかし少しずつ、じわじわと上がっておりますキセキ》

 

 

 ペースは少し早め。そんな展開を迎えている騎手の心情は、穏やかではなかった。現在アリストテレスで先頭を走る縦山は焦りを見せる。

 

 

(思ったよりも早いペースだ!後方からのプレッシャーが半端じゃない!)

 

 

 縦山武は必死にアリストテレスを抑えようとしている。だが、それに反してアリストテレスは逃げている。ペースを考えずに逃げていた。おそらく、後方からのプレッシャーを感じているのだろう。その圧から逃げようと、アリストテレスも必死になっている。

 その圧の原因──コントレイルと鞍上の増永は冷静にレースを俯瞰していた。周りのペースに流されることなく、しっかりと展開を見極めている。だが、増永はコントレイルの強さに舌を巻いていた。

 

 

(凄いな……お前は、どこまで強くなるんだ?おそらく、この強さを引き出した要因は)

 

 

 増永は思う。今この場にはいない、コントレイルが最も意識している競走馬のことを。だが、すぐに思考の外に追いやる。

 

 

(いけないな。今はとにかく、このレースに集中することだ)

 

 

 第3コーナーのカーブを曲がる。外からはキセキが上がってきており、そのまま先頭に立とうとしている勢いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後ろから睨みつける。早く行けと言わんばかりに、そのまま逃げろ言わんばかりに。ぼくは気持ちを抑えないで走っていた。

 

 

(後ろから上がってきた子もいるけど、まだだ。まだ堪える)

 

 

 人間さんの手綱はまだ緩まない。まだ抑えろということ。なら、抑えないと。

 レースは、最後になろうとしていた。

 

 

 

 

《さぁ先頭に立ったキセキ!やはりキセキが先頭に立ちました指定席!今年もキセキが先頭に立って最後の直線に向きました!先頭キセキから4馬身程離れてアリストテレス、ワグネリアン、オーソリティと続きます!コントレイル鞍上増永はまだ抑えたままだ!まだ抑える鞍上増永!そして……さぁ手綱を動かし始める!先頭キセキは3馬身程着けている!鞍上倭田の鞭が飛ぶ!倭田隆二の鞭が飛ぶ!》

 

 

 

 

 坂が見えて。手綱が動いた。つまりは……ここで動けという合図。

 

 

(思い出せ……あの時のヴァーディ君の走りを)

 

 

 あれは真似しようと思ってできるものじゃないと思う。だけど、あれに追いつくためには……ぼくは、自分が持てる全てをぶつける必要がある。

 不思議なほど気持ちは落ち着いていた。勝とうって気持ちはあるけど、それでも不思議と落ち着いている。一呼吸いれて、ぼくは。

 

 

(──勝つッ)

 

 

 ()()()()()()()()

 前との差を一気に詰める。坂を上って、他の子達を躱すために走る。なんだろう、他の子達は──不思議なぐらい遅かった。

 

 

 

 

《オーソリティが現在2番手に上がってきた、アリストテレスも懸命に粘る!坂を上り終わったここで今年のダービー馬シャフリヤールも上がってきた!それに続いてコントレイルもっ!?コントレイルが瞬く間に躱していく!コントレイルがあっという間に躱した!残り200m先頭オーソリティ、いやコントレイル!コントレイルが先頭!キセキはどうだ!?キセキはもう伸びないか!?》

 

 

《しっかりと脚を温存していましたね!それにしてもこの末脚は……!》

 

 

《コントレイルが突き抜ける!コントレイルが突き抜ける!オーソリティも躱した!コントレイルが瞬く間に差を開いていく!これが無敗の三冠馬の強さだ!これがコントレイルの強さだ残り100!もう他には何も来ない!もう他には何も来ない!》

 

 

 

 

 そのままぼくは駆け抜ける。疲れはない、脚の痛みもない。他の子達は、みんなぼくに追いつけない。

 

 

 

 

《空の彼方に最後の軌跡!コントレイルゴォォォォルイン!コントレイルやりましたっ!見事に、見事に有終の美を飾りましたコントレイル!他馬を寄せ付けない圧倒的な強さ!これが無敗の三冠馬の実力だと証明するように!空の彼方に軌跡を描いたコントレイル!他馬を圧倒的な強さでねじ伏せた!》

 

 

《っ?ま、待ってください。掲示板のタイムがっ!》

 

 

《な、なんと!掲示板にレコードの文字が出ております!?コントレイルの走破タイム……なんと2分19秒8!かつてアーモンドアイが記録した2分20秒6をさらに更新しました!ついに2分20秒の壁を越えた!これが無敗の三冠馬の強さだコントレイル!最後のレースでまさかの大レコード!自らの花道を!レコード決着で彩ったコントレイル!》

 

 

 

 

 歓声が凄い。多分、ぼくは凄いことをやったのかな?

 

 

「お前は、本当に……っ!最後の最後でレコードタイムなんて……!」

 

 

 ぼくに乗っている人間さんは、涙を流している。レコードというのは分からない。多分凄いことってのは、何となくわかった。

 だけど、ぼくの心には──ぽっかりと穴が空いたまま。その原因は、人間さんの言葉。

 

 

(最後の最後……あぁ──)

 

 

 頑張っても、ダメだったんだなって。ぼくの最後のレースというのは、変わりなかったんだなって。それでも、ちょっとだけ淡い希望を抱いた。

 

 

「最後の最後でレコードタイム……本当に、凄い馬ですよコントレイルは。プレッシャーとの戦いでしたけど、ウイルスの影響下の中で少しでも明るい話題を出せたんじゃないかって。そう思っています。先程ちょっと跨らせてもらいましたが、空を飛んでるってのはこういう感覚なのかなって。そう思いました。コントレイルの子供で、凱旋門賞を取りに行けたらと思います」

 

 

「無観客での開催が多く、お客様の熱量をあまり感じることがなかったんですけど、今日こうしてファンのみなさんに沢山祝福してもらって。この子は愛されているんだなと実感しています。コントレイルという馬と過ごした時間は、本当に夢のような時間でした。ただ……いえ、これは止めておきましょう。今はただ、俺とコントレイルを引き合わせてくれてありがとうと、そう言いたいです。いちホースマンとして、とても得難い経験をさせてもらいました」

 

 

 インタビューも終わって。人間さん達の話を聞いているうちに──その希望は、小さくなって。

 

 

「ヴァーディクトデイに……勝ちたかったな、コントレイル」

 

 

 ぼくに乗っていた騎手さんが悔しそうに漏らした、その言葉を聞いて。

 

 

(……やっぱり、ダメなんだね)

 

 

 ぼくの希望は、完全に打ち砕かれた。




コントレイルレコード勝ち。しかし、コントレイルの心は……。
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