ヴァーディの新馬戦が終わった次の日。滝村さんと問題点を洗い出す。
「それで、実戦でヴァーディに乗ってみて……どうでしたか?滝村さん」
「……少し酷なことを言いますが、それでもいいですか?」
深刻そうな表情の滝村さん。おそらく、ヴァーディの弱点になるものを見つけ出したのだろう。覚悟を決めて、聞き出す。
「構いません。忌憚のない意見を」
滝村さんは、意を決したように口を開く。
「このままだとヴァーディは……重賞を勝つのは少し厳しいものになるかと。ヴァーディの才能もあってG3、G2は勝負になるでしょう。ただ……G1は、かなり厳しいものになると思います」
それは、なんとなく察していたこと。
「……やっぱり、ですか」
「海藤さんも薄々気づいていましたか?」
「調教の時から疑問には思っていました。ヴァーディは利口……いや、
俺の言葉に、滝村さんは頷いた。そして、滝村さんは俺以上にそれを感じていたのだろう。実戦でヴァーディに乗ったわけだから。
「ヴァーディは騎手の騎乗に一切の文句も言わずに付き合ってくれます。我を押し通さない……ただそれは言い換えれば、騎手の手腕によって彼の強さは左右される、ということになります」
「……」
「ヴァーディは私の騎乗に何ひとつ逆らいませんでした。私が行けといったら行きますし、抑えろといったら抑えます。それは、普通ならいいことです」
「けど、利口すぎるあまり……」
滝村さんは頷く。
「利口すぎるあまり、騎手に全判断を委ねています。自分の我を押し通さず、
「難しい問題ですね……しかも、それだけじゃない」
「はい。それに、ヴァーディはどこか勝ち気が薄いように感じられます。それは、調教の時にも感じていたはずです」
「そうですね……クロノジェネシスとの併走の時が特に顕著だ。どこか勝負根性が薄いというか……」
「おそらくですが、ヴァーディ自身が抑えつけているんでしょう。自分の内に秘めている闘争心を」
「そうですね。騎手を乗せていない時は誰よりも前を走るような馬ですし……騎手に遠慮しているのかな?」
「そこまではまだ。これからの騎乗で分かっていくことだと思います」
ヴァーディの弱点。それは利口すぎるという点だ。騎手の命令に逆らわない、どんな騎乗でも嫌がるそぶりを見せずに従う。確かにそれはいいことなのかもしれない。だけど……利口すぎるがあまり自身の闘争心すら抑えつけているように感じられる。
ヴァーディの能力値は間違いなく高い。それは普段の調教からでも感じられる。G1を勝てるだけの素質は確実にあるはずなんだ。だからこそ、歯がゆい。
(闘争心の欠如……それは、俺達じゃどうしようもないことだ。ヴァーディ自身の問題だから)
「……気に入ってるんですか?ヴァーディのこと」
「へ?」
考え込んでいると、そんな声を掛けられて。思わず顔を上げたら滝村さんがニヤニヤした表情で俺を見ていた。
「いや、他の馬だっているのにこの1時間ずっとヴァーディのことばっかりじゃないですか?」
「え?お、俺そんなに話してました!?」
「話してましたよ。海藤さん、余程ヴァーディのことを気に入ってるんですね」
「あ、アハハ。テキとして不味いなぁそれは……」
「まぁいいんじゃないですか?仕事にさえ影響がでなければ」
「き、気をつけます……」
思わず顔が熱くなる。その間も滝村さんは楽しそうに笑っていた。ただ、真面目な表情に変わる。
「新馬戦は能力の差であれだけの勝ちができました。ただ、あの勝利はそうそうできないかと。それだけは伝えておきます」
「……はい。ヴァーディの今後を考えたら、何としても改善しないといけない問題ですね」
「そうですね。ただ、こればっかりは本人の気性の問題です。なにか、大きなことがない限りは……」
「難しい問題ですね……」
あぁでもない、こうでもないと滝村さんと試行錯誤する。ただこれといった改善点は見つからず。気がつけばかなりの時間話し込んでしまった。
「それでは、私はこれで。今日はありがとうございました」
「いえ、俺の方こそありがとうございます。ここまで付き合ってもらって」
「いいんですよ。海藤さんのヴァーディ愛が伝わりましたから」
「ちょっ!?」
「それじゃ、さようなら~」
手をひらひらさせて去っていく滝村さんを、俺は呆然と見つめるしかなかった。ヴぁ、ヴァーディ愛って……。
新馬戦が終わってしばらく。また調教の日々が始まるのだが。
「ヒヒィィィィィィィィン!?(ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!?)」
『待ってー!そこの黒い子ー!』
『私達と一緒に走りましょー!』
『お断りしまぁぁぁぁぁす!』
俺は絶賛牝馬に追いかけられている!クッソ、油断してた……!
「おい誰だ!?ヴァーディよりも歳が上の牝馬と一緒にした奴は!?」
「いや!それが……調教に連れて行こうとしたら俺達の手を振り切って!」
「クソ!とにかく抑えるぞ!」
分かっていたことだけど速いな!?それでもクロノジェネシス先輩よりは遅いのでなんとかなっているのだが……さすがにずっと逃げ続けることはできない。
『まってー!お話しましょー!あわよくばワンチャン……!』
『ワンチャン何をする気なんですかねぇ!?』
『そりゃあ勿論……ジュルリ』
ヒィッ!?怖すぎる……!捕まったら何されるかわからんぞコレ!
このままスタッフさん達に捕まるまでなんとか逃げ切ろう。そう考えていた矢先……。
『こらー!ダメでしょヴァーディ君を怖がらせたら!』
『く、クロノジェネシス先輩!?』
な、なんと牝馬達の前にクロノジェネシス先輩が立ちはだかった。せ、先輩……!
『ヴァーディ君が可愛いのは分かるけど!』
先輩?
『でもそうやって追い掛け回すのは良くないよ!』
『『ッチ』』
『散った散った!ヴァーディ君はこれから
え?そうなの?初めて知ったんだけどそんなこと。
「ゼェ……ゼェ……よ、ようやく捕まえた……」
あ、スタッフさん達が追いついた。名残惜しそうに名も知らない牝馬さん達は帰っていく。
『また会いましょうね~!黒いお馬さ~ん!』
『一緒に遊びましょ~!』
「ヒヒン……(う、ウッス)」
『ヴァーディ君、嫌なら断ってもいいんだよ?』
クロノジェネシス先輩は心配するようにそう言うが。
『き、きっと分かってくれたと思うんで。大丈夫ですよクロノジェネシス先輩』
『そう?……ヴァーディ君がそう言うならいいけど』
すまないクロノジェネシス先輩。
『でも心配してくれてありがとうございます、クロノジェネシス先輩』
『いいよいいよ!なんてったって、わたしはヴァーディ君のお姉さんだからね!』
それにしても……クロノジェネシス先輩は本当に不思議だよなぁ。他の牝馬とは違う気がする。でも……たまに背筋が凍る視線を送ってくることがあるんだよな。……まぁ、そんなことないか。きっと気のせいだろう。その後のトレーニングはクロノジェネシス先輩との併走だった。相変わらず勝てなかったけど……。
馬房に帰ってくると、ある馬と視線がぶつかる。
『よう、おかえり。相変わらず牝馬に追いかけられてたみてーだな』
『おう、ラウダシオン。本当だよ……めっちゃ疲れた』
『モテモテでいいじゃねーか。見向きもされねぇよかマシだろ』
『じゃあ1回体験してみろよお前。追われてる側はマジで恐怖だぞ?』
『嫌だね』
ラウダシオン。俺の同期で、俺よりも一足先にデビューして新馬戦を勝った馬だ。今度重賞?っていうレースに挑戦するらしい。俺の次走はまだ決まっていない。
『次頑張れよラウダシオン。応援してる』
『なんだなんだ?余裕かオメーは』
『んなわけないだろ。純粋に応援だよ』
『……おかしな奴だなオメーは。言っておくが、同じレースで走ることになったら容赦しねーからな』
『分かってるよ。そん時はよろしくな』
『……本当に分かってんのかね?』
ラウダシオンとそんな会話をしながらご飯を食べる。うん、今日も干し草がうめぇ。何杯でも食えるわ。
『そういや、俺達以外に勝ちあがった奴の話聞いたか?お前』
『確か、お前と今度一緒に走るエースのヤツは勝ったんだろ?』
『そりゃ勝ったから一緒のレースに出るわけだからな。後はホラ、あそこにいる奴はこの前のレースで負けた。丁度お前の前日に』
『へ~……ちょっと待て。なんで俺にそれを教えた?』
『いや、特に理由はねぇ。まぁほとんどの奴はまだレースで走ってねぇらしいぞ』
『ふ~ん。俺達は早かったってわけか』
『ま、そういうことだな』
それからラウダシオンのヤツとそこそこ話した。今度のレース、勝って欲しいものである。
わたしには可愛い可愛い後輩がいる。それは、真っ黒な身体をした子。名前はヴァーディクトデイ、ヴァーディ君だ。
ヴァーディ君との出会いはわたしの新馬戦よりも前。新馬戦を間近に控えて緊張していたわたしを、厩務員さん達が会わせてくれた馬。それがヴァーディ君だった。
一目見た時、わたしはすぐに彼を気に入った。まだまだ可愛さの残る顔立ちも、わたしが導いてあげなきゃ!って思うぐらいには。なんとかお近づきになりたくて、あの時はグイグイいったっけ?
でもヴァーディ君はわたしを凄く警戒していた。後から知ったことだけど、どうやらヴァーディ君は年上の牝馬に好かれやすい子らしい……まぁ気持ちは分かる。今はまだ可愛いけど、後々すっごくカッコよくなるのが分かる顔立ちしてるし。
わたしは、なんとか襲い掛かろうとするのを我慢して、我慢して!質問した。
『ねぇねぇ!あなたお名前はなんていうの?教えて欲しいな!』
とにかく名前だけでも聞こう。そう思って話しかけた。
『わたし、クロノジェネシスっていうの!ほら、わたしはお名前教えたよ?あなたのお名前、教えて欲しいな!』
するとヴァーディ君は、恐る恐るだけど名前を教えてくれた。そこから少しだけ話して、一緒にトレーニングした。さすがにまだわたしの方が速かったけど……あの時のヴァーディ君の悔しそうな態度は忘れられない。それに、何となくわかる。この子は……凄く強くなる子だって。
(今はまだ追いついてないけど……きっと強くなる)
でもそれはそれとしてヴァーディ君は可愛かった。きっとこれからカッコよくなるんだろうな~。その時が楽しみだな~。
ヴァーディ君とは別々の馬房に連れて行かれた。もうちょっと話したかったけど……仕方ない。
そして厩務員さん達の話を盗み聞きして知った。どうやらヴァーディ君は小さい時から自分よりも上の牝馬に追いかけ回されていたらしい。だから、牝馬恐怖症になる可能性を危惧してわたしを引き合わせたのだと。そういっていた。
(ということは……この状況って、すっごくチャンスなんじゃ!?)
少なくとも今日の出会いでヴァーディ君はわたしに悪印象を抱いていない。むしろ、他の子達と違うと思って気になっているだろう。
ここでわたし、妙案が浮かびます!それは……。
(わたしがヴァーディ君を守り続ければ、ヴァーディ君はわたしに靡いてくれるんじゃない!?凄い、わたしって天才かも!)
わたしがヴァーディ君の味方になり続ければ、ヴァーディ君はいずれわたしに気を許してくれるはずだ。そうすれば……グフフ……!
そうと決まれば即実行!わたしはヴァーディ君の味方になり続けた!他の子達に追いかけ回されていたら仲裁したり、ヴァーディ君に寄り添い続けました!時々凄く我慢したけど、その先に待っている栄光のために!その結果……。
「クロノジェネシスとヴァーディクトデイの相性悪くなさそうですし、それに2頭とも落ち着いてるみたいなんですよ。なので、馬房を隣同士にするってのはどうです?」
「良いかもしれないね。他の牝馬達はヴァーディを追いかけ回してるけど、クロノジェネシスはそうじゃないし」
「じゃあお試しで馬房を隣同士にしましょうか。ヴァーディも悪い気はしないでしょう」
(やったぜ)
わたしとヴァーディ君、馬房が隣同士になったよ!やったねわたし!
あぁ、やっぱりダメだったよ。