どうやら俺の次のレースが決まったらしい。今はその最終調整に入っているのだが。
「久しぶりだな~ヴァーディ!」
「ヒヒン(お、金添さんじゃん)」
「次のレース、久しぶりに僕が乗るからね。またよろしくね!」
マジで!?金添さんが乗るの!凱旋門賞は鷹さんだったから俺見限られたのかと思った……!
「ハハ、やっぱり人懐っこいね、君は」
(そりゃな。久しぶりだぜ本当に)
「それじゃ、早速始めようか」
「ヒヒン!(おう!また頼むぜ金添さん!)」
それにしても金添さんになるとはな。海外ではまた別の騎手になるんだろうか?その辺は考えても仕方ない気がするが。
金添さんを乗せて走る。どうよ金添さん。俺この脚で凱旋門賞を勝ったんだぜ?
「相変わらず速いな、ヴァーディ!」
金添さん的には好感触らしい。やったぜ。
(このままレースに向けて調整頑張るぞ!)
もうすぐに迫っている。このレースを勝って、欧州戦線の弾みをつけるぜ!
「金添さん、どうでしたか?久しぶりにヴァーディに乗った感触は?」
海藤さんの言葉に、僕は興奮を隠せないまま答える。
「やっぱり凄いですね、ヴァーディは。本当に速い」
ヴァーディの騎乗依頼が海藤さんから来た時、そりゃあ小躍りするぐらいに喜んでいた。乗る日が来るのを今か今かと待ちわびていたぐらいだし。
そして今日、実際に乗ってみたら……いや、本当に凄いや。
(あの時以上に速く感じる……!ヴァーディは、さらに強くなってるってことか!)
こりゃ、下手な騎乗はできないな。プレッシャーは掛かるけど、さすがにフォワ賞を経験した今となっては大体のプレッシャーは動じなくなった。あの時はマジでヤバかったけど……。
「ひとまず日経新春杯、勝ってきます」
「よろしくお願いしますね、金添さん」
「はい!任せてください!」
最終追い切りも終わったのでこれで解散。さて、日経新春杯頑張りますかね!
日経新春杯
| 枠順 | 番号 | 馬名 | 性齢 | 人気 |
1 | 1 | モズナガレボシ | 牡5 | 9 |
1 | 2 | クラヴェル | 牝5 | 5 |
2 | 3 | マイネルウィルトス | 牡6 | 6 |
2 | 4 | ステラヴェローチェ | 牡4 | 2 |
3 | 5 | ロードマイウェイ | 牡6 | 15 |
3 | 6 | ヤシャマル | 牡5 | 10 |
4 | 7 | アフリカンゴールド | セ7 | 13 |
4 | 8 | フライライクバード | 牡5 | 3 |
5 | 9 | マイネルフラップ | 牡6 | 16 |
5 | 10 | ヨーホーレイク | 牡4 | 4 |
6 | 11 | ショウナンバルディ | 牡6 | 8 |
6 | 12 | エフェクトオン | 牡6 | 14 |
7 | 13 | トップウイナー | 牡6 | 17 |
7 | 14 | プレシャスブルー | 牡8 | 11 |
8 | 15 | ダノンマジェスティ | 牡7 | 7 |
8 | 16 | トラストケンシン | 牡7 | 12 |
8 | 17 | ヴァーディクトデイ | 牡5 | 1 |
中京競馬場*1。ここに来ることができた幸運な観客達は興奮冷めやらぬ様子で発走の時を今か今かと待っていた。
「現地でヴァーディクトデイを見れるなんて幸運だな~!」
「にしても、本当にカッコいい馬体だよなヴァーディクトデイ。惚れ惚れしちゃうよ」
「分かる~!今日はどんな勝ちっぷりを見せてくれるかな?」
この日のヴァーディクトデイの単勝オッズはなんと1.0倍。いわゆる元返しである。あの凱旋門賞を制した競走馬、飛ぶような末脚は人々の記憶に新しい。それを見たい、応援したいという気持ちが重なった結果、オッズが1.0倍になるという事態になった。なお、一部のファンは無事に走り切って欲しいという思いが強いようだが。
《晴れ渡る空の下、芝2200m日経新春杯を迎えました。中京競馬場での代替開催、栄光を掴み取るのはどの馬か?このレースで注目されているのはなんといっても凱旋門賞馬ヴァーディクトデイでしょう!単勝オッズは驚異の1.0倍、これもファンの期待の表れ!凱旋門賞で見せた末脚をこの中京競馬場でも見ることができるのでしょうか?各馬返し馬を済ませて続々とゲートインを済ませます》
そんなヴァーディクトデイの様子は、絶好調そのものだった。パドックでも自然体のままであり、ゲートにもすんなり収まった。全馬がゲートに収まり、少しの静寂の後ゲートが開く。
《町が代わり、時が流れても全馬の無事を祈って、さぁスタートしました!日経新春杯が始まりました!各馬綺麗なスタートを切ります、ショウナンバルディとトップウイナーが出ていきました。長いホームストレッチ、まずは先行争い。ハナを切ったのは13番トップウイナー、2番手は先頭のトップウイナーを見るように7番のアフリカンゴールドがいきます。アフリカンゴールドの後ろ、ここにショウナンバルディそしてステラヴェローチェ。2番人気ステラヴェローチェはこの位置だ》
《ヴァーディクトデイはやはり最後方からの競馬ですね。スタートこそ良かったですが、すぐに抑えて最後方に控えていますよ》
《やはり今回も最後方からのスタートだヴァーディクトデイ!落ち着いて、非常に落ち着いてレースを見ていますヴァーディクトデイ金添騎手。いつ仕掛けるのか?どこで仕掛けるのかがポイントとなってきます》
日経新春杯が始まり、歓声が上がる。
「頑張れよー!」
「いけいけー!」
応援の声は、やはりというかヴァーディクトデイが圧倒的に多い。観客達は第1コーナーを曲がっていく各馬を見守る。
──その後、観客達は衝撃の光景を目にすることになった。
第2コーナー曲がって向こう正面に入った頃。……なんだろう。
(大分力を抑えて走ってるせいで、かなりストレス溜まるな)
これも最後方に控えるためだから仕方ないとはいえ、今まで以上に力を抑えることになっている。前の馬はそんなに離れてない。2馬身とか3バ身ぐらいの差。
(ちょいと外に持ち出すか)
少しばかり外に持ち出して、大外から追い抜くための準備をする──が、前の馬もそれに倣うように外へと膨らんできた。……成程ねぇ。
(そりゃま、警戒はされますわな)
時折俺の位置を確認するように見ているし、対策をしてきているということだろう。俺の勝ちパターンが大外からの追い上げと分かっているから当然だな。
(だけど、やることは変わらない。このまま落ち着いてレースを展開して、最後の直線で全員追い抜いて……っ?)
向こう正面も半分を過ぎた頃。ふと俺の視界に──信じられないものが映る。
(……おい、なんだありゃ)
んなバカな。気でも触れたか俺は?あり得るはずがねぇだろ。
(現に蜃気楼みたいに揺らめいてやがる。黒いもやみてぇに。そうだ、あり得るはずがねぇんだ。あれは俺の幻覚なんだ)
……だけど、本能が抑えきれない。アイツを追い越せと、アイツを追い抜けと。俺の中のナニカが叫ぶ。
(なんでテメェがいやがんだよ……
本能で理解した。俺の視界が捉えたアイツは、コントレイルなのだと。別の馬と見間違えたとかそんなはずはない。アイツは確かに……コントレイルだ。俺は本能で理解した。
(アイツは引退したはずだ。もうレースには出てこないはずなんだ。だからアレは……俺の幻覚に過ぎない)
だが、抑えきれない。アイツを追い越せという俺の本能を……抑えつけることができない。
気づけば俺は──
「?……っ!?ヴ、ヴァーディ!?」
(ぶち抜いてやるよ……コントレイルゥ!)
向こう正面から徐々に進出を開始していた。
アイツを追い抜くにはこんなペースじゃダメだ。もっと早めに仕掛けないと。幸いにも、これくらいのペースならば問題なくいける。なんなら、無理に抑えつけようとしない分さっきより楽に走れている。
「どうしたんだヴァーディ!落ち着けって!」
金添さんがなんか言ってるが、知ったこっちゃない。俺は大外からどんどん追い上げていく。
《向こう正面も半分を過ぎました。ペースは平均的といったペースですがっとぉここで!?なんとここでヴァーディクトデイが進出を開始した!ヴァーディクトデイが後方から上がっていく!》
《これはまさかの!ヴァーディクトデイのロングスパートでしょうか!?しかしこれまでのレースでここまでのロングスパートを決めたことはないはずですが!》
《鞍上の金添騎手は……た、手綱を必死に抑えている!まだ行くなと言わんばかりに手綱を抑えている!これはヴァーディクトデイの暴走だ!ヴァーディクトデイが完全にかかっている!まもなく800の標識にかかろうかというところ!鞍上の金添は最早手綱を抑えることを諦めた!このままいくつもりだ!果たして大丈夫でしょうか!?》
俺がスローペースからノーマルペースに上げるのと同時に、コントレイルの幻影はペースを上げ始めた……上等だ。
(テメェもぶち抜いてやるよッ!)
800の標識を通過する。俺は──コントレイルをただぶち抜くことだけを考えていた。
ヴァーディクトデイの暴走。今までそんなことがなかったためか、ファンの間で悲鳴が上がっている。
「なにやってんだ金添ー!」
「なぁ、あれヤバいんじゃないか?」
「ヴァーディクトデイって、2400までしか走ったことないだろ?スタミナもつのかよ!?」
「いや、ロンシャンの馬場でもったからあるいは……!」
そんなヴァーディクトデイは、第4コーナーを通過する頃にはすでに先頭に立っていた。今までにない展開である。
ファンの間で広がる失望の声。さすがにスタミナがもたないだろう──そう思っていたファンの目は、驚きで見開かれることになる。
《第4コーナーの中ほどに差し掛かります!先頭はヴァーディクトデイ!ヴァーディクトデイ先頭!この勢いのまま押し切ることはできるのか!?スタミナが心配ですが徐々に、徐々に後続との差をつけていきます!じわじわと差を広げているヴァーディクトデイ!ヴァーディクトデイが後続16頭を引っ張る形!》
徐々に差を広げていくヴァーディクトデイの姿。失望の声は徐々になくなっていった。
「……これ、もしかしていけるんじゃないか?」
後続との差が6馬身はつく。ヴァーディクトデイは全くといっていいほど衰えた様子をみせない。最後の直線に入った。
《最後の直線に入ります!先頭は依然としてヴァーディクトデイ!これはセーフティリードか!?これはセーフティリードかヴァーディクトデイ!鞍上金添は後ろを振り返っている!差を詰められていないか確認している!後続もそろそろ差を詰めたいところ!ここでアフリカンゴールドが2番手に立ったか!?残り400を切って各馬一斉に坂を上ります!先頭ヴァーディクトデイは坂を悠々と上っている!ステラヴェローチェが仕掛けた!それを見てヨーホーレイクも仕掛ける!徐々に上がっていく、が、しかし!しかしッ!》
最後の直線。各馬が一斉にスパートを掛け始めた段階。差も詰まってくるだろう──そんな甘い考えは、見事に消え去った。
《さ、差が縮まらない!?むしろ差が開いていく!残り400を切ってさらに差が開いていく!?6馬身の差がさらに開く!7馬身!8馬身!まだまだ開く!まだ開く!金添騎手手綱は持ったまま!》
《こ、これは圧倒的ですね……》
《ヴァーディクトデイが飛んでいる!凱旋門賞を制した漆黒の撃墜王が中京競馬場を飛んでいる!残り200を切って……ッ!?さ、さらに加速する!ヴァーディクトデイがさらに加速する!誰も撃墜王を止めることは叶わない!すでに飛び立った撃墜王を落とすことは不可能だ!無情にも差は開いていく!鞍上の金添は何度も後ろを振り返っている!余裕を見せているぞ金添騎手!ヴァーディクトデイ圧巻の走り!余裕の勝利だ!》
その勢いが衰えることはなく、むしろ増すばかりの勢いで。日経新春杯はヴァーディクトデイの勝利で終わった。
《そして今ヴァーディクトデイが先頭ゴールイン!圧巻の走りだヴァーディクトデイ!世界へ向けて飛び立った!勝ち時計は……ッれ、レコードの表示が出ています!勝ち時計2分8秒7!後続につけた差は推定14馬身差!残り1000を切ってからのロングスパートで見事にレコード勝ちを収めましたヴァーディクトデイ!》
《お、追い込みでこれだけの差を付けた馬がかつて存在したでしょうか?いや、いないはずです!そもそもそういう脚質ではありませんから》
《いや、最早これは追い込みといってよいのでしょうか!?最後方で控えていたのが遊びだとでも言わんばかりの圧勝!欧州遠征に向けて、見事なパフォーマンスを見せてくれましたヴァーディクトデイ!向こうでも頑張ってきてくれ!》
あまりの勝ちっぷりに驚きを隠せないファン。我に返った後、彼らはヴァーディクトデイに賛辞の言葉を贈り続けた。
「す、すげぇぇぇぇぇぇ!」
「これが凱旋門賞を制した力か!」
「やっぱとんでもねぇ馬だぜお前は!」
「「「ヴァーディ!ヴァーディ!ヴァーディ!」」」
鳴り響くヴァーディコール。中京競馬場に来ることのできたファンは、ヴァーディクトデイに惜しみない賞賛の言葉を贈り続けた。
──だが、鞍上である金添騎手の表情は、あまり良いものには見えなかった。
(ヴァーディ……ここまでの強さになっているのには凄く驚いた。だけど……だけど)
「お前は、
金添が抱いた違和感。それに答える者は……誰もいない。
気がついたら、ゴールしていた。ゴールしたのと同時、ヤツの姿は消えた。やはり俺の幻影だったのか?
(……いや、そんなことはどうでもいい)
(あぁ、そうだったわ。なに浮かれてんだ俺は?)
あの姿を見て思い出した。俺は……
アイツに追いつけなかった。アイツに負けた。だから……次こそはアイツに勝つ。
(アイツに追いついて、俺は本当の意味で世界一になる)
レースに勝った時、高揚感があった。勝ったから嬉しい、そんな気持ちで溢れていた。だが、今日の俺の気持ちは──驚くほど冷え切っていた。
勝っても乾いている。飢えている。アイツに追いつけなかったという事実が……どうしようもなく腹立たしい。
(アイツに、あの姿に追いつくことこそが……この渇きを癒す、唯一の方法だ)
そう結論づけて、俺は歩みを進める。金添さんを落とさないように気をつけよう。
──次こそはコントレイルに勝つ。
いや~無事に勝ちましたね(遠い目)。