飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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イギリスに渡るヴァーディですよ。


状態、渡英

 

 

「改まって呼び出して、どうしたんだ?金添」

 

 

「鷹さん」

 

 

 日経新春杯が終わった後、僕は鷹さんと一緒に食事に来ていた。用件はただ1つ、ヴァーディのこと。

 

 

「それにしても、今日のヴァーディは凄かったな。凱旋門賞を経験した馬は不調に陥るケースが多いが……ヴァーディは全く問題にしてないってことか」

 

 

 問題にしていない、か。確かにあの勝ちっぷりを見たらそう思えるだろう。だが、乗っていた僕からすれば全くそんなことはない。それは別に、弱くなったとか不調だったとかそういうわけじゃない。ただ……。

 

 

「僕、あの時はなんもしてなかったんですよ」

 

 

「ん?どういう意味だ?」

 

 

「言葉通りの意味です。僕は今回の日経新春杯、本当にただ乗っていただけです。手綱を握って、重りになっていただけでしたよ」

 

 

「……ヴァーディが自分でレースを展開していた、ってことか?」

 

 

 頷く。ついでに言えば、むしろヴァーディの邪魔をしていただけの可能性が高い。

 

 

「そこまで言うってことは、何かそう感じる部分があったのか?」

 

 

「はい。まぁ……明白ですよ。あの勝ちっぷりを見れば」

 

 

「追い込み……ありゃ追い込みなのか?で14馬身差。とんでもないな」

 

 

「僕は、いつものようにレースを展開しようとしていたんです。最初は、普通だった」

 

 

 そう、最初の方は普通だったんだ。それが変わり出したのは、1000mを越えた頃。向こう正面を走っている時だ。

 

 

「出だしは好調だった。すぐに抑えて走ったし、最後方からレースを展開していた。だけど……向こう正面に立って少し経ったら、ヴァーディの雰囲気が変わったんです」

 

 

「雰囲気が変わった?」

 

 

「はい。上手く言えないんですけど……こう、冷たい雰囲気というか。今までのヴァーディとは明らかに雰囲気が違った」

 

 

「冷たい雰囲気?あのヴァーディがか?」

 

 

 にわかには信じられないような表情をしている鷹さん。僕も、最初はそう思っていた。気のせいなんじゃないかって。だけど、レースが進むたびに──ヴァーディの雰囲気はさらに研ぎ澄まされていった。

 

 

「そこからです。ヴァーディが進出を開始したのは」

 

 

「……あの暴走は、もしかしてそれか?」

 

 

「はい。僕は必死に手綱を抑えました。()()()()()()()、すぐに抑える……はずだった」

 

 

 ヴァーディは今まで騎手の言うことに従っていた。抑えろと言ったら抑えるし、僕も抑えるように必死に呼びかけた。だけどあの時のヴァーディは、言うことを聞かなかった。こんなこと初めてだ。そしていうことを聞かなかった結果が──今日の日経新春杯だ。

 

 

「実況も、現地の人達、テレビや配信で見ていたファンも。あのレースを見ていた人達全員がヴァーディの暴走だと思ったでしょう。僕も暴走だと思った」

 

 

「だな。俺も映像越しにそう思っていたし。……もしかして、違うのか?」

 

 

 鷹さんの言葉に、僕は頷く。僕だって最初は暴走だと思っていた。必ず途中で力尽きると。ロンシャンの馬場を経験していてもさすがに無理があると。そう思っていた。だけど実際には。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ヴァーディ自身が本当に仕掛けたのは、残り200mになった時です」

 

 

「……冗談、だよな?」

 

 

「冗談でこんなこと言うと思います?」

 

 

 驚きで目を見開いている鷹さんに冷静に返す。

 

 

「今回の上がりタイム、聞いてますか?」

 

 

「……最速はヴァーディの33.1秒だったな」

 

 

「そうです。仮に暴走していたんだったら、落ちていてもおかしくない。だけどヴァーディは、むしろ伸びている」

 

 

「成程な……だったら、お前の話にも信憑性が増してくる」

 

 

 もし仮にノーマルペースに戻したのであれば、それはそれで弊害が生まれてしまったわけだけど。

 

 

「ただ、ヴァーディは自分が一番力を発揮できるのが最後方からのレースだと刷り込まれている。だから、最後方からの競馬に慣れてしまっている」

 

 

「実際、ヴァーディの気性を考えれば追い込みを選択するのは間違いじゃなかったと思うけどな」

 

 

「そうなんですけどね。ただ──今のヴァーディはあまりにも速すぎる。1頭だけ本当に、次元が違う」

 

 

「……最後方で控えることが、かえってストレスになってるってことか」

 

 

 そんな問題点が出てきたけど、これは正直気にならない。ヴァーディ自身がストレスに感じているかは分からないし。

 

 

「まぁヴァーディなら矯正できると思いますし、仮に矯正しなかったとしたら、ヴァーディ自身そこまでストレスに感じていない、ってことになると思います」

 

 

「確かにな。……もしかして、他にもまだあるのか?」

 

 

 僕の浮かない表情で察したのだろう。鷹さんが切り出す。

 

 

(僕が一番懸念していること、それは……)

 

 

「ヴァーディが冷たい雰囲気を出しながら走ってた、って言いましたよね?」

 

 

「言ったな。それが?」

 

 

「……僕の気のせいだったらいいんですけど、というよりは、気のせいであってほしいんですけど」

 

 

 覚悟を決めて、鷹さんに言う。これから先ヴァーディは欧州で走ることになる。騎手がどうなるかは分からないけど……おそらく、鷹さんが騎乗する可能性が高い。ヴァーディのレーススタイルは向こうの騎手には合わないだろうし。だから、教えておかないといけない。ヴァーディが……どうなっているのかを。

 

 

「アイツ、あの場にいないナニカを見ているような気がしたんです」

 

 

「あ、すいませーん。飲み物おかわりでー」

 

 

「真面目に聞いてくださいよ!?」

 

 

 人が真剣に考えてるのに!

 

 

「つっても、そんなオカルトチックな話されてもな。信じろって方が無理だろ」

 

 

「いやまぁ……そうなんですけど。そうなんですけど!」

 

 

 だけどそうとしか言えないんだから仕方ないでしょ!?

 

 

「で?真面目に聞くがなんでそう思ったんだ?」

 

 

「……アイツ、先頭に立っても全然気を抜かなかったというか、一点を集中して見てたように感じたんですよ。誰もいないのに、本当にそこにナニカがいるように走ってる。そんな気がしたんです」

 

 

「成程ねぇ」

 

 

 ……正直、僕の気のせいと言われればそこまでの話だ。ただ、日経新春杯のヴァーディは──今までのヴァーディとは違っていた。漠然とそう思ったんだ。

 僕と鷹さんの間に流れる無言の時間。その無言の空間を切り裂くように、鷹さんが口を開く。

 

 

「海外では俺も騎乗する時があるかもしれない。その時に、お前が感じた違和感がなんなのかを確かめてみるよ。真偽も含めてな」

 

 

「お願いします、鷹さん。今のヴァーディは……今までと何かが違う」

 

 

「分かったよ。そういえばヴァーディの疲れはどうなんだ?」

 

 

「レース後はなかったですね。全然疲れてなさそうでしたよ」

 

 

「……お前の話が一気に真実味を帯びてきたな。最初にそれを話せよ」

 

 

 その後は他愛もない雑談で時間は過ぎていった。そういえば、ヴァーディももうすぐイギリスに発つのか。……もう騎乗機会なさそうなのが残念だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日経新春杯とやらが終わってからは少しの間放牧に出されて。2月に入ってすぐ。ついに出発の日を迎えた。

 

 

「あっちでも頑張ろうな、ヴァーディ!」

 

 

(あ、黒羽さんもついてくるのね)

 

 

 ぶっちゃけかなり助かる。俺向こうの人達の言葉分かんないし。日本語が聞けるというだけでも安心感がダンチだ。

 飛行機でイギリスへと向かい、その間は何もすることがないので寝ることにした。今回はジェネ先輩みたいな帯同馬もいないのでかなり暇。

 

 

(やることないから寝るしかねぇんだよな)

 

 

 適当に時間を過ごして……ガチで暇だ。何もやることがない。

 そんなことを考えながら過ごしていたら、イギリスに着いていた。日本でも会ったゴードンさんが俺達を出迎えてくれる。

 

 

「~~~(それじゃあ、ここから我々の厩舎に向かうぞ)」

 

 

「それじゃヴァーディ、これから厩舎に向かうみたいだから行こうか」

 

 

「ヒヒン(あいよ)」

 

 

 ここからまた馬運車に揺られてしばらく。俺はゴードンさんの厩舎へとたどり着いた。今日からしばらくは調教もないのでしばらくは放牧と馬房で大人しくするかのどちらかである。そういやここイギリスのどのへんなんだ?

 

 

「ニューマーケットの街並みも良いなぁ。ここから頑張っていこう!ヴァーディ!」

 

 

(ニューマーケット?……し、知らねぇ)

 

 

 まぁいいや。放牧中にこっちの馬と仲良くなっとこ。

 

 

『あれ?見ない顔だな』

 

 

『どうも、日本からやってきたヴァーディクトデイだ。気軽にヴァーディって呼んでくれ』

 

 

『へぇ、日本からきたのか。ま、よろしくなヴァーディ。俺はモスターダフだ』

 

 

『おう、よろしくな。あ、向こうにもいるな。おーい!』

 

 

『フットワーク軽いなアイツ』

 

 

 そんなわけでこっちの馬ともすぐに打ち解けた。もう慣れたもんだぜ。

 そしてそして来るべき調教の日がやってきた。

 

 

「今日は軽めの調整をするよヴァーディ。それじゃ、乗るね」

 

 

「ヒヒン(あいあーい)」

 

 

 んじゃ、軽めに走りますかね。俺は黒羽さんを乗せて駆け抜ける。うん、やっぱりこっちの芝の方が合っている……ような気がする。別に日本の芝が走りにくいとかそういうわけじゃなく、こっちの方が合っているな。

 駆け抜けること少し。他の馬と併せて走っていた時にそいつは──唐突に現れた。

 

 

(……あ゛?)

 

 

 俺の前を走るその幻影、コントレイルの姿を、俺は捉える。

 ……あぁ成程な。どこまでも俺を蝕もうってことか……!

 

 

(上等だ。だったら)

 

 

「ッ!?ヴ、ヴァーディ!?」

 

 

「~~~!?(おい、どうした!?)」

 

 

(ぶち抜いてやるよ……!コントレイルゥ!)

 

 

 ペースを上げる。速く、ただ速く駆け抜けることだけを考える。

 

 

「落ち着いて!落ち着いてヴァーディ!止まれって!」

 

 

(黙れっ!)

 

 

 じゃねぇと、アイツに追いつけねぇだろうが!

 駆け抜ける。速く駆け抜ける。そして──ゴール地点を過ぎたら。

 

 

(……消えやがったか)

 

 

 アイツの幻影は、消えていた。また、俺は追いつけなかった。

 ……ちょっと待て。俺に乗っている黒羽さんは!?

 

 

(どうなっちまったんだ!?というか、俺はなんで……!)

 

 

「よ、ようやく止まってくれたぁ……」

 

 

「ヒヒィィィン!?(黒羽さぁぁぁん!?)」

 

 

 背中が軽くなったと思ったら黒羽さんが下りたらしい。だけど、めっちゃ疲れとる!?やや、やっちまった!?ゴメン、本当にゴメン黒羽さん!気がついたら無我夢中で走っちまった!

 

 

「だ、大丈夫だよヴァーディ。ぼくは大丈夫だから」

 

 

「ブルル(本当にスマン)……」

 

 

 顔を舐めて労わる。くすぐったそうにしてるけど、いや、本当にゴメン。

 その後黒羽さんはゴードンさんとなんか話してた。多分だけど、俺の今後のことだろうか?いやまぁ、こんなことやらかしたらそれも当然かもしれないけど……。幸先不安だな、これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァーディとイギリスに来てから数週間が経った。ゴードンさんと、ヴァーディの今後のことを話している。

 

 

「ヴァーディクトデイが暴走する条件が絞り込めたな」

 

 

「そうですね。ヴァーディクトデイは──他の馬と併せる時に限って必ず暴走します」

 

 

 ヴァーディだけが走ってる時はそうじゃないのに、併走をするってなったら途端にヴァーディは暴走する。しかもそのヴァーディがとんでもなく速いから手に負えないんだよね……。

 その時のヴァーディは、なんというか……凄く怖い。いつもは普通に走っているヴァーディでも、その時だけは凄く怖いんだ。日経新春杯の時もそうだった。ぼくはレースを見るだけだったけど……ヴァーディが明らかにおかしいとすぐに気づいた。

 体調自体は問題ない。疲労だって、全然残っていない。怖いくらいに好調だ。だからこそ──原因が分からない。ヴァーディになにが起こっているのか?

 ゴードンさんも難しい表情をしている。海藤さんとも話し合ったって言うけど、あまり良い回答は得られなかったって言ってた。きっと、海藤さんにも分からないことなんだ。

 嘆息して、ゴードンさんは今後の予定を伝える。それは事前に教えてもらっていたことだ。

 

 

「ヴァーディクトデイは4月のレース──ゴードンリチャーズステークスから始動する。こちらの芝でどれほどの力を発揮するかを見よう」

 

 

「その次はプリンスオブウェールズステークス……でしたよね?」

 

 

「そうだ。そこから連戦になるが、ヴァーディクトデイの体調と相談しながらだな」

 

 

 ヴァーディは疲労が抜けにくい。それを考えて、しっかりとヴァーディの様子を見ておかないと!

 

 

「本来なら日本のタカに依頼する予定だったが……生憎と、彼は日本のクラシックがあるらしいからな。今回は別の騎手だ」

 

 

「確かにそうですね。じ、じゃあヴァーディに乗るのは」

 

 

 その時、扉がノックされる。ゴードンさんが入室を促して、入ってきたのは……!

 

 

(こ、この人は!)

 

 

「よく来てくれたな、サンフランコ」

 

 

「や、ゴードンさん。まさか、オレが世界でもホットな馬に乗せてもらえるなんてね」

 

 

「本来予定していた騎手は日本のクラシックがあるからな。今回は君に頼みたい」

 

 

 サンフランコ騎手。凱旋門賞の史上最多勝利記録を持つスーパージョッキー。そんな人がヴァーディの鞍上に……!というか、金添騎手に鷹騎手、それに加えてサンフランコ騎手もって。それにサンフランコ騎手もヴァーディに興味ありげだし。

 

 

「プリンスオブウェールズステークスに向けた調整だ。頼んだぞサンフランコ」

 

 

「オーケー、任せてくれよ」

 

 

「ヴ、ヴァーディをよろしくお願いします!サンフランコさん!」

 

 

「ハハ!任せておけ!君達の馬、大事に大事に乗らせてもらうさ!」

 

 

 その後は度々サンフランコ騎手も調教で騎乗するようになった。その度にサンフランコ騎手は興奮気味に。

 

 

「凄いな彼!できればずっと乗っていたいよ!」

 

 

「た、鷹騎手がいるからそれは難しいかな~って」

 

 

「タカにお願いしてみるか……?」

 

 

「多分断られると思います」

 

 

 ヴァーディのことを語っていた。うん、本当に凄いなヴァーディ。

 それから月日は流れて──ヴァーディのイギリスでの初戦を迎えた。




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