飛行機雲に焦がれて   作:カニ漁船

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久しぶりのコンビでプリンスオブウェールズステークスへ。


久しぶりのコンビ

 イギリスに渡って最初のレースを終えた。それからまた月日が経って今は6月に入ったぐらい?の頃。

 

 

「久しぶりだね、ヴァーディ。ゴードンリチャーズステークスの映像は見たよ」

 

 

 鷹さんがこっちにやってきた。次のレースはどうやら鷹さんが騎乗するらしい。

 

 

(凱旋門賞以来だから久々だな~。あれからのことは聞いてるだろうし、俺が気にしてないということを教えるために頭を近づけておこう)

 

 

 ほれほれ、撫でろ撫でろ。鷹さんはくすぐったそうにしていた。

 

 

「そうだヴァーディ、今更になっちゃったけど、年度代表馬おめでとう。お前の半弟も最優秀3歳牡馬に選ばれたし嬉しいんじゃないか?」

 

 

 年度代表馬……あ~、確か海藤さんがそんなこと言ってたな。確か、その年で一番活躍した馬に与えられる賞だとかなんとか。それに俺が満票で選ばれたのだとか。後は俺の半弟?に当たる馬が最優秀3歳牡馬に選ばれたらしい。これはかなり貴重なことだって。

 そんなわけで調教が始まることになったのだが。鷹さんがとある提案をしていた。

 

 

「すみません、他の馬との併走をお願いしても良いですか?」

 

 

「「え?」」

 

 

 黒羽さんもゴードンさんも戸惑ってるな。かくいう俺も戸惑っているわけだが。

 こっちに来てから、俺はトレーニングで併走をしなくなった。その理由は単純で……俺が暴走しちまうから。だから併走をしなくなった。調整も何もかも俺だけでやっている。

 

 

(俺を蝕むあの幻影……アイツに勝たなきゃ、俺は世界一になれない。世界一になれなきゃ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 世界一の座を守り抜こうにも、俺は世界一にすらなれていない。だからこそ、早いところ俺はあの幻影に勝って……世界一にならなきゃいけない。

 なにより、俺は強さを証明し続けるって誓ったんだ。アイ先輩が教えてくれた俺の道、最強であり続けるということ。そのためにも俺は……強くなきゃいけない。

 

 

「~~~(それでは、お願いしますね)」

 

 

「~~~(それは大丈夫だが……気をつけろよ。タカ)」

 

 

「~~~(勿論です……ヴァーディになにがあったのか、知る必要があるので)」

 

 

 会話の後鷹さんが俺に騎乗する。他の馬も程なくしてきて……俺との併走が始まった。

 最初は普通。そう、最初は何もないんだ。だけど、しばらく走ると──そいつが現れる。

 

 

(ッ!やっぱりきやがったか……テメェ!)

 

 

 必ず俺の前を走る、ヤツの幻影。それが見えた瞬間、俺はギアを上げる。お構いなしにペースを上げ続ける。

 

 

「ッ!来たか……ヴァーディ!」

 

 

 鞍上が手綱を必死に抑えている。だが、関係ない。ヤツに追いつくためだ。無理矢理にでもペースを上げる。

 

 

「落ち着け、落ち着けヴァーディ!君が見ているそれは……なんだ!?」

 

 

 俺が何を見ているか、だと?そんなもん、コントレイルに決まって……

 

 

(あ、れ?)

 

 

 気づいたら、幻影は消えていた。少しずつ減速して、ゴールへと向かう。

 

 

「ヴァーディ……君には、なにが見えているんだい?」

 

 

 鷹さんが、不安そうな声でそう聞いてくる。勿論俺は喋れないし、向こうも返答がくることなんて期待していないだろう。だが、それでも……俺は無言を貫くことにした。

 

 

(教えられるわけじゃねぇけど……たとえ喋れても、教えるわけにはいかねぇよ。こんなことはよ……)

 

 

 その後のトレーニングを順調にこなした。ただどことなく……俺の気分は落ち込んだままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 成程……金添の言っていた通りだった。いや、ここまで酷いとは思ってもいなかった。

 

 

「黒羽さん、ヴァーディはこれでも調子を落としていないんですね?」

 

 

 確認も込めて、ヴァーディの担当厩務員である黒羽さんに質問する。黒羽さんは、遠慮がちに答えた。

 

 

「は、はい……。ヴァーディは、暴走する以外は()()()()()()()()()()()()()()()。体調だって問題ないですし、故障の前兆すらありません……」

 

 

「しかも、暴走を加味してもヴァーディには疲労が溜まっている様子が見られない。不思議なものだな」

 

 

 確かに不思議だ。ゴードンリチャーズステークスは21馬身差をつけるほどだったのに疲れが溜まっていない。

 

 

(いや、サンフランコさんも言ってたな。余力を残していたって)

 

 

 ……暴走しているのに余力を残している?それもまた不思議な話だな。もしかしてヴァーディの身体が全力を出さないように?だとすれば、何故暴走するようなことを?

 考えても答えは出ない。俺達がやれることといえば、ヴァーディの疲れが溜まらないようにスタッフ総出で疲れを癒す。それに尽きる。

 

 

「次走はプリンスオブウェールズステークス。体調にも問題は見られないが……どうする?」

 

 

「……出走で良いと思います。その間に、暴走の原因をできる限り考えてみます」

 

 

「そ、それなんですけど!」

 

 

 唐突に黒羽さんが声を上げた。どうしたんだ?黒羽さんは意を決したように、口を開く。

 

 

「もしかしたらヴァーディ、ジャパンカップに出走できなかったこと、凄く悔やんでるんじゃないかって。そう、思うんですけど……」

 

 

 ジャパンカップ?ジャパンカップといえば……。

 

 

(コントレイルがワールドレコードで勝ったレースだよな……!?)

 

 

 待て、ヴァーディは確かコントレイルを強く意識していると聞いた。そんなコントレイルと戦う機会だったジャパンカップ。これがコントレイルと戦う最後の機会だった。しかし、ヴァーディは疲労が抜け切れずに出走が叶わなかった。しかも海藤さんと黒羽さん曰く、有北ファームに運ぶ際の馬運車に乗る時もかなり暴れていたらしい。()()ヴァーディがだ。

 ジャパンカップ、コントレイル、ヴァーディ、暴走、ナニカを見ている……それらを連想して導き出される答え。あぁ、成程。

 

 

(君が求めているものは……君が、望んでいることは……)

 

 

 腑に落ちた。腑に落ちたけど……己の無力感に苛まれる。

 

 

「どうかしたのか?タカ騎手」

 

 

「鷹さん、ど、どうかしたんですか?」

 

 

 どうしようもないことだ。どう足掻いたって叶わないことだ。だけどヴァーディは……彼は。今も。

 

 

「……なんでもありません。プリンスオブウェールズステークス、必ず勝ってきます」

 

 

「あ、あぁ。頼んだぞ」

 

 

「ヴァーディを無事に、お願いしますっ!」

 

 

「勿論です。絶対に、怪我をさせるわけにはいきませんから」

 

 

 俺にできることは、彼が気づくまで、満足するまで走らせることだ。ヴァーディは賢い、きっと気づく日が……()()()()()()()()が来る。あるいは、すでに気づいているのかもしれない。なんにしても、その日が来るまで俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来るプリンスオブウェールズステークス、アスコット競馬場。今回のプリンスオブウェールズステークスは6頭立て。日本から出走しているのは2頭、ヴァーディクトデイと2021年のダービー馬シャフリヤールである。

 

 

《本レースで注目されているのはやはりヴァーディクトデイでしょう!前走を21馬身差の圧勝劇で飾った凱旋門賞馬、調子は絶好調だと陣営も太鼓判を押しています!ダントツの1番人気です!しかしアスコット競馬場に集ったのは負けず劣らずの優駿達。ドバイシーマクラシックを制して乗り込んできた同じ日本馬のシャフリヤールに加えてドバイターフを同着で勝利したロードノース、タタソールズゴールドカップは惜しくも敗れましたがガネー賞を制したステートオブレスト、さらには今5連勝と勢いに乗っているブリガディアジェラードステークスの勝ち馬ベイブリッジが初のG1制覇に向けてその目を光らせています!各馬ゲートインが完了しました。果たしてどのようなレースになるのかプリンスオブウェールズステークス。今……、スタートです!》

 

 

 各馬がゲートに収まった後、スタートする。1.4のオッズ、最注目のヴァーディクトデイは外枠から少しずつ後方に下がり、最後方からのスタートとなった。

 

 

《綺麗なスタートを切り、いやロードノースが出遅れています!ロードノースが出遅れている!ロードノースが大きな出遅れ!他の馬はスタートしました!先行争いの後先頭に立ったのはステートオブレスト。その後ろシャフリヤール、ベイブリッジ、グランドグローリーが固まっている。グランドグローリーから3馬身程離れた位置、ここにロードノースがおります。だがおっと?出遅れたロードノースからさらに遅れること1馬身、最後方はヴァーディクトデイ。ヴァーディクトデイはゴードンリチャーズステークスから一転最後方からの競馬になります。先頭はまもなくスウィンリーボトム、最初のコーナーへと入っていきます。各馬自分の位置をキープするようだ》

 

 

 アスコット競馬場はスウィンリーボトムと呼ばれるコーナーを曲がるまでは下り坂だ。しかしこのコーナーを曲がると一転、今度は最後の1ハロン付近まで上り坂が続くことになる。非常にタフなコースだ。

 6頭立てということもあり、先頭から最後方までの差は10馬身内に収まっている。綺麗な隊列を作っており、その隊列が乱れることなくスウィンリーボトムを越えて各馬坂を上っていっていた。

 

 

《隊列に乱れはありません。オールドマイルコースも半分を切りました。最後のコーナーへ向けて各馬が走っています。隊列は先程と変わらず先頭はステートオブレスト!シャフリヤール、ベイブリッジ、グランドグローリー、そしてロードノースと固まっております。ヴァーディクトデイはここからやや離れているか?3馬身後ろ最後方の位置。しかしどこからでも追いつくことができる神速の末脚の持ち主、果たしてどのような思惑があるのか?》

 

 

 どの陣営も動くことなく探り合いが続く状態。レースが動いたのは──最終コーナーの手前100mだった。

 ここで、今まで最後方に控えていたヴァーディクトデイが動き出す。上り坂をものともせずに前との差を詰めにかかった。

 

 

《まもなく最後のコーナーへと入りますがここで!ここで最後方に控えていたヴァーディクトデイが徐々に進出を開始した!ヴァーディクトデイが前との差をじわじわと詰めております!先頭は最終コーナーへと入りました各馬続々と最終コーナーへと入ります!すでにヴァーディクトデイも集団に加わりました、ヴァーディクトデイが大外から集団に加わります!依然として隊列は変わらずだがしかし!ヴァーディクトデイが迫ってきております!》

 

 

 一度ヴァーディクトデイに乗ったことのあるサンフランコは冷や汗を流す。

 

 

(なんて圧だ……!敵として対峙すると、プレッシャーが尋常じゃない……!)

 

 

 他の騎手も、ヴァーディクトデイから発せられる圧に肝を冷やす。だが、その圧に惑わされることなく最後の直線へと向いた。

 最後の直線を向いて残り500m。そろそろ前との差を詰めようかと考えていたところに──ヴァーディクトデイが、大外から上がっていった。

 

 

「やはり来るか!」

 

 

「だけど、こちらも!」

 

 

 ヴァーディクトデイが上がるのを見て、他の馬もペースを上げ始める。だが、ヴァーディクトデイの脚は……他の馬と一線を画していた。

 

 

《最後の直線に入って各馬ペースを上げ始めるが……これはヴァーディクトデイ!ヴァーディクトデイだ!大外からヴァーディクトデイが先頭との差をグングン詰める!ステートオブレスト逃げ切れるか!?ヴァーディクトデイが最後方から4番手、3番手と上がってきている!残り300を切って!ここでヴァーディクトデイが先頭に並び立とうとしている!先頭ステートオブレスト2番手ヴァーディクトデイ!しかしこれは、これは!》

 

 

 アスコット競馬場は歓声に包まれている。ヴァーディクトデイが最後方から一気に捲って上がってきたのもそうだが、そのヴァーディクトデイはどんどん外へ外へ向かっているのだ。かなりの距離ロスがある。ロスがあるはずなのに……前との差は詰まっている。

 逃げるステートオブレストの騎手は、レース中にも関わらず驚愕するしかなかった。

 

 

(なんであんな走りしてんのに追いつかれそうなんだよ……!どういうスピードしてんだよ、あの馬は!?)

 

 

 こっちも必死に手綱を動かしている。なのにヴァーディクトデイは。こちらの頑張りなどまるで意に介していないかのように……瞬く間に躱していった。

 

 

《並ばない並ばない!ヴァーディクトデイが先頭に立った!ヴァーディクトデイ先頭!後続を突き放す!外へ外へと走っているのに突き放す!まるで遊んでいるようだ!ヴァーディクトデイに遊ばれているぞ!だが誰もがヴァーディクトデイに追いつけない!並べない!離されるばかりだ!残り200m!その差を2馬身、3馬身と突き放すヴァーディクトデイ!ステートオブレスト達後続馬達の騎手が鞭を入れる!鞭が入るがなんと!?ヴァーディクトデイの鞍上鷹は手綱を持ったまま!鞭も入れていない!馬なりで他の馬との差をつけていく!》

 

 

 2番手以下の馬達は、騎手の指示の下必死に前との差を詰めようとしている。だが先頭を走るヴァーディクトデイは──鞭すら入れていない。馬なりで他馬との差をつけていた。

 ヴァーディクトデイの鞍上、鷹はヴァーディクトデイを自由に走らせていた。

 

 

(……やっぱり君は、()を見ているのかい?ヴァーディ)

 

 

 どこか憐れむような、そんな感情になりながら。ヴァーディクトデイはプリンスオブウェールズステークスを7馬身差で制した。

 

 

《なんと馬なり!ヴァーディクトデイが馬なりでプリンスオブウェールズステークスを制した!2着との差は実に7馬身!最後の直線で瞬く間に先頭に立ったと思えば、そのまま後続を馬なりで突き放して7馬身差の圧勝です!恐ろしい馬だ!他の馬は遊ばれていた!ヴァーディクトデイ、プリンスオブウェールズステークス圧勝ー!2着はステートオブレスト!3着はベイブリッジ!同じく日本馬のシャフリヤールは伸びを欠いて5着に沈みました!》

 

 

 レースに出走していた他の騎手と馬は、ヴァーディクトデイという馬に畏怖の感情を抱く。馬なりで差をつけられていったという事実に恐怖した。そんな騎手達とは対称的に、観客は大盛り上がりである。

 

 

「やっぱすげぇぜ!次も圧勝してくれよヴァーディクトデイ!」

 

 

「バーイードとの対戦も楽しみだぜ!どっかでぶつかってくれねぇかな!」

 

 

「ヴァーディクトデイ最高!」

 

 

 その歓声を受けながら、ヴァーディクトデイは。

 

 

(……満たされねぇ。それどころか、どんどん乾いてやがる)

 

 

 勝利に満足することはなく、心は乾いていた。

 

 

(……()()()()

 

 

 鞍上の鷹騎手は、ヴァーディクトデイを労わるように首や頭を撫でる。ヴァーディクトデイは気持ちよさそうにしていた。

 ──ヴァーディクトデイ、プリンスオブウェールズステークス勝利。2着との差、7馬身。




順調に勝ってますね()。
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