ある日、気づいたら。
『今日からよろしくね!ヴァーディ君!』
(なして?)
俺の隣の馬房がクロノジェネシス先輩になっていた。どういうことだってばよ。
「お前ら2頭とも相性悪くなさそうだし、しばらく隣の馬房で様子を見ようか」
(まぁ……別に悪い気はしないからいいけど)
クロノジェネシス先輩は他の牝馬とは違うし、それに先輩として色々教えてくれる馬だ。嫌という感情は別に湧かない。戸惑いはするけど。
『沢山沢山お話ししようね!ヴァーディ君!』
『あ、は、はい』
こうして、隣の馬房がクロノジェネシス先輩になりました。良好な関係は築けてると個人的には思っている。
大きな変化といえばそれぐらいで。俺の次走に決まった野路菊ステークスの日が来た。前走の勝ちっぷりが評価されてか、俺の人気は1番人気である。
(俺の現在位置は……先頭なんだよなぁ)
別に意図して逃げる位置についたわけじゃないが、そもそもの出走数が俺を含めて6頭。展開も何もあったもんじゃない。力任せにレースを支配した。
《600の標識を通過して馬群は固まってきました。先頭を走るのは2番ヴァーディクトデイ。2番手は5番グランスピード3番手5番のエキサイター。1番外から1番のマイラプソディが上がってきている。そして今最後の直線に入りました。マイラプソディこれは楽な手ごたえしかし先頭ヴァーディクトデイが加速する!ヴァーディクトデイがグングン加速する!マイラプソディ追いつくのでいっぱいいっぱい!内からグランスピード、間のエキサイターも頑張っている!しかしヴァーディクトデイ!ヴァーディクトデイだ!これはものが違うかヴァーディクトデイ!》
「このまま押し切るぞヴァーディ!」
(おうよ!)
余力十分!このまま逃げ切るぜ!
《ヴァーディクトデイが突き放す!ヴァーディクトデイが2馬身3馬身と突き放す!残り200を切ってヴァーディクトデイが突き放した!マイラプソディも追い上げてくるがこれはもう届かないか!4番手以下は接戦!3番手はグランスピード!グランスピード頑張っているがマイラプソディに届かないか?そして今ヴァーディクトデイが1着ゴールイン!2着マイラプソディに6バ身差完勝です!ヴァーディクトデイが2勝目を上げました!》
これで2勝目を挙げて。次は重賞となるデイリー杯2歳ステークスに出走することになった。まずまずのスタートダッシュを切って、俺は早めに先頭を走る馬達のすぐ後ろにつける。先行集団の位置だ。
(ここが一番勝ちやすい位置らしいからな。なら、ここをキープしておくのがマストだろ)
滝村さんも抑えるような指示は出さない。だからこそ、この展開が俺にとっての最適解なんだろう。
レースは淀みなく進んでいった。
《残り600を切りまして先頭は3頭中から4番サクセッションが先頭に代わりました、リードは半馬身。2番のコルテジアが2番手、3番手は外から接近ベールエール。各馬一団となって第4コーナーのカーブを曲がります。本レース1番人気の7番ヴァーディクトデイはまだ先行集団につけています前から5、6頭目のやや外目の位置。果たしていつ抜け出すのかが見どころでしょうか?第4コーナーを曲がって最後の直線に入りました!先頭は4番のサクセッション!しかしリードは半馬身このまま逃げ切れるかサクセッション!》
俺の位置は外目。俺にとっての絶好の位置だ!
(よっしゃ!この辺で仕掛けるか!?)
「行くぞ、ヴァーディ!」
(合点承知!)
滝村さんの声出し。ムチを入れてのGOサインに俺は従う!
《最内からレッドベルジュール!最内からレッドベルジュールが先頭に代わったか!?2番手はペールエール!サクセッションは後退していく!大外からヴァーディクトデイだ!ヴァーディクトデイが上がってきている!2番手ペールエールを瞬く間に躱したレッドベルジュールとの一騎打ち!ヴァーディクトデイが開けた進路から9番ライティアも上がってくる!その後方から5番のアジャストザルートも上がってくる!先頭はレッドベルジュールかヴァーディクトデイか!?わずかにヴァーディクトデイが前に出ている!ヴァーディクトデイが有利だ!》
おっし、このまま押し切る!
《内の1番レッドベルジュール外の7番ヴァーディクトデイ!ヴァーディクトデイが前に出る!ヴァーディクトデイがわずかに有利か!?3番手は11番ウイングレイテストとペールエールが接戦!そして今ヴァーディクトデイがわずかに競り勝ったゴールイン!半馬身差でヴァーディクトデイがデイリー杯を制した!大外からの追い込み勝ち!タイムは1:34:4!上がり3ハロンは33.7を記録しました!》
あっぶ、なんとか勝つことができたぁ……。適当にクールダウンをこなして帰ろうとすると……同じレースに出走していた馬達の言葉が聞こえてきた。
『クソッ!クソッ!勝てなかった……!』
『次は、次こそは……!』
『勝たなきゃ、勝たなきゃっ!』
それと同時に、騎手達が申し訳なさそうに馬達に謝っている言葉も聞こえてくる。少しだけ、胸がズキリと痛んだ。勝ったことへの申し訳なさ?そんなことは思わない。勝ったのならば堂々としなければならないのだから。哀れみは、負けた馬達に対する最大の侮辱だ。少なくとも俺はそう思っている。
じゃあ、この胸の痛みはなんだ?どちらかといえば……憧憬、だろうか?
(なんで憧憬?俺は、アイツらのなにを羨ましがっているんだ?)
……答えは出てこない。
「どうしたヴァーディ?もしかして、脚が痛むのか?」
「ヒヒン(んにゃ、大丈夫)」
いかんな。急に立ち止まってしまったから滝村さんを心配させてしまった。心配ないと伝えるために走り出す!
「うわっ!?お、落ち着けってヴァーディ!?」
「ヒヒーン!(俺は全然大丈夫だぜー!)」
《おっとヴァーディクトデイ、まだまだ走り足りないとばかりに走り回っております!これは少し面白いパフォーマンスですね!》
《鞍上の滝村騎手は驚いていますね。ヴァーディクトデイは結構なやんちゃ坊主なのか?》
滝村さんを心配させまいと俺は走り回った。……この後滝村さんに怒られたが。次からは気をつけないとな……。
前回のデイリー杯で俺の年内のレースは終了。今年いっぱいはもう休養らしい。それは。
『ヴァーディ君は絶好調だね~わたしは5着だったよ~トホホ……』
隣のクロノジェネシス先輩も一緒で。クロノジェネシス先輩もどでかいレースが終わって年内はもう休養に入るらしい。
現在すでに年の瀬である。1年ってあっという間だなぁ。
『いやいやいや、G1って凄く大きいレースですよね?それで5着って凄いじゃないですか』
『……本当にそう思ってる?』
『思ってますよ。それに、クロノジェネシス先輩はG1を勝ったじゃないですか!確か、秋華賞!』
そう、なんとクロノジェネシス先輩はG1の秋華賞を勝ったのだ!当時俺に嬉しそうに報告してきたのを覚えている。
『でもな~。やっぱりたくさん勝ちたいもんだよヴァーディ君』
『まぁ、それはそうですけど』
『それにさ、どんなレースでも負けたくないって思うのは当たり前のことだと思うよ?ヴァーディ君はそうじゃないの?』
クロノジェネシス先輩に言われてドキリとする。その言葉で思い出すのは、デイリー杯の時。あの時の馬達の言葉を思い出した。
(負けたくない……か)
ぶっちゃけ、勝ちたいって気持ちはある。負けたくないって気持ちはある。だけど……彼らほどの気持ちはあっただろうか?そんなことを思ってしまう。
『あれ?ヴァーディ君どうしたの?おーい?』
クロノジェネシス先輩には併走で負けっぱなしだし、勿論勝ちたいって気持ちはある。うん、俺にも負けたくないって気持ちはあるはずだ。
『ヴァーディ君ってば!』
『へ?あ、あ!?すいません!ちょっと考え事してて……』
『大丈夫?もしかして調子悪いの?』
『そんなことはないんですけど……』
『じゃあ悩み事?なら、わたしになんでも相談してみて!』
う~ん……クロノジェネシス先輩が悪い馬じゃないってのは分かってるんだけど。こればっかりは俺の気持ちの問題な気がするし。
『すいません、自分で解決してみます』
『ガーン!?わたしって頼りにならない先輩なんだ……』
『そんなことないですよ!?ちょっと俺の気持ちの問題ってだけで……』
この後クロノジェネシス先輩を宥めるのに苦労した。宥めながら俺は来年のことを考える。
来年はいよいよクラシックシーズン。なんでも、生涯に一度しか出走できないレースがあるらしい。俺の当面の目標もそのレースになるのだとか。
(生涯に一度しか出走できないってことは……滅茶苦茶貴重なレースってことか)
つまり、そのレースを勝てば世界最強の馬に一歩近づくのだろうか?なら、それを目標に頑張ってみよう。それに、クロノジェネシス先輩でも勝つのが難しいレースだ。きっと、まだ見ぬ猛者がたくさんいるのだろう。ラウダシオンとも戦ったことないし、戦ってみたいな。
『ねぇヴァーディ君聞いてる!?』
『はいはい聞いてますって』
『……大変だなオメェも』
ラウダシオンのそんな言葉を聞きながら。俺の年の瀬は過ぎていった。
次回か次々回からクラシックシーズン。あのお馬さんの登場も近いです。