──そのウマ娘を見たのは本当に偶然だった。
「……っ」
思わず息をのむ。彼女の走る姿から目を離せなかった。
おそらく、ディープインパクトの走りを模倣しているのだろう。ところどころ細かいところは違うものの、そのフォームはトレセン学園生徒会長であるディープインパクトの走りにとても良く似ていた。ぎこちなさは一切感じない。その走りは彼女に合っているのだと。一目見ただけで分かった。
それだけなら、ディープインパクトに憧れて頑張っているんだな、で済む話だ。すぐに立ち去るかそれとも興味を持ったからトレーナーとしてスカウトするか……その二択になる。だけど俺は。
「……」
ただ黙って、彼女の走る姿に釘付けになっていた。
なんて言えばいいのだろう?運命的な何かを感じた……と言えばいいのだろうか。それぐらい、俺は彼女のことが気になっていた。
「……いや、これただの不審者だろ!?」
我ながらとんでもない思考をしていることに気づいて思わず恥ずかしくなった。反省しなければ……。
「にしても、凄い瞬発力だな。見たことないし、もしかして新入生?」
黒く長い髪。癖っ毛のようにところどころ跳ねている。そんな彼女はジャージ姿でトレーニングに励んでいた。
手元の時計で時間を確認する。
「おーい、そこの君!もうそろそろ帰った方がいいんじゃないかー!?」
彼女に声をかける。そろそろ帰らないと暗い夜道を帰ることになるだろうからと、声をかけた。
向こうもこちらの声に気づいたのだろう。時計を確認するようなしぐさを見せて、急いで自分のバックが置いてある場所へと向かっていた。そしてバックを取った後、俺のところにやってきた。
こちらに来たことに戸惑っていると、彼女は頭を勢い良く下げる。
「いや~すいません!トレーニングに夢中になってたらこんな時間になってました!ありがとうございます!」
「いや、大丈夫だよ。でも、トレーニングに夢中になるのも良いけど怪我はしないようにね?見たところ、君新入生でしょ?」
「そうですけど……あなたは?そのトレーナーバッジを見るにトレーナーさんなのは分かりますけど」
そう言えば、お互いに自己紹介をしてなかったな。自己紹介をしておこう。
「俺は海藤。チーム・アルクトスのトレーナー「海藤さん!?」え?なんでそんなに驚いてるの?君と面識はあったっけ?」
目の前の彼女は大層驚いていた。まるで久しぶりに再会したかのように。でも彼女に会った記憶はないんだけど……。
俺の反応に黙り込んでしまった彼女は何かを考え込んでいる。……怒らせちゃったかな?それともガッカリさせてしまったか?
(なんにせよ、謝るべきだな)
「すまない。もしかして、俺が忘れているだけで君と会ったことがあるのかな?だとしたら、教えてくれないだろうか?」
だが、俺の言葉に彼女は首を横に振る。
「……いや、俺の勘違いだったみてぇだ。気にしないでくれ」
「勘違い……他人の空似、ってこと?」
「ま、そういうことだ」
彼女は突然砕けた口調になった。おそらく、こっちが素の口調なのだろう。慌てて訂正しようとするが。
「いや、そのままで構わないよ。変に気を使わなくても大丈夫」
「……なら、遠慮なく。ところで、海藤さんはどうしてここに?」
「散歩だよ。チームのミーティングを終えた帰り道に、偶然君がトレーニングしているところを見つけてね」
「ふ~ん……まぁなんにせよ、俺はこれで帰るよ。じゃあな海藤さん。時間教えてくれてありがとよ!」
「うん。君も……」
「ヴァーディクトデイ!ヴァーディで良いぜ!」
「ヴァーディも気をつけて帰るんだよ」
「おーう!」
そうして彼女、ヴァーディは帰っていった。
次の日、ヴァーディと出会ったことをチームのみんなに話す。そしたらみんな心当たりがあったみたいで。
「その子有名ですよ。なんでも、あのジェンティルドンナ副会長が目をかけている子だって!」
「新入生で~、すっごくイケメンなウマ娘として話題になってますよ~!」
「フジキセキさんとかシリウスシンボリさんも良いですけど、あのキリッ!とした目からは信じられないくらい人懐っこいとことか!」
「分かる~!」
生徒会副会長、リギルのジェンティルドンナが目をかけているウマ娘……そんなに凄い子だったのか。
(だとすれば、あの子はリギルに入部するのかな?)
ちょっと残念だけど、その可能性が高いだろう。
「そう言えばトレーナーさん、もうすぐ新入生の模擬レースがありますよね?今年は行くんですか?」
メンバーの1人、クロノ──クロノジェネシスが質問してきた。新入生の模擬レースか。
「うん。有力な子は早めにスカウトするに越したことはないからね。俺のところに来てくれるかは分からないけど、念のため行くつもりだよ」
「そうですか。頑張ってくださいね!」
「新しい子か~。入ってくれるといいな~」
「あわよくば、ヴァーディちゃん入ってこないかな!?」
「お願いします海藤トレーナー!なにとぞ、なにとぞヴァーディちゃんをウチのチームに!」
「……まぁ、声だけはかけてみるよ」
「「「やったー!」」」
でもみんな狙ってそうだよな普通に。強豪チームに入りそうな気がする。
(俺のチームはまだまだ駆け出しだからなぁ)
チームとして日が浅いから仕方ないとこだけど。
それから日が経って。迎えた新入生の模擬レースの日だ。今日は気になってきたクロノもいる。
「き、今日はいつもより多いですね」
「有力な子がたくさん出てくるらしいからね。しっかりと見ておかないと」
サリオスにレシステンシア、レイパパレ。それに……あのコントレイルにデアリングタクトも出走してくるらしい。
そんな中でヴァーディクトデイは、やはりというかかなりの注目株。スピカもスカウトしに行ったらしい。加えて。
「見ろよアレ。リギルの東条トレーナーだ……」
「あぁ、やっぱりヴァーディクトデイを見に来たのか?」
「だろうな。あのジェンティルドンナやディープインパクトが目にかけてるって触れ込みだろ?そりゃあ見に来るだろうさ」
……まさかあの子、ディープインパクトにも注目されているとは。本当に凄い子だ。
そんな大注目の中で始まる新入生の模擬レース。ヴァーディクトデイは、っと。
「ヴァーディは3番目らしいね」
「そうなんですね……あ、あの2番の子良い感じじゃありません?」
「あれは……レイパパレか」
そんな少しだけのほほんとした空気の中で見る模擬レース。そして迎えたヴァーディクトデイの番。彼女は大外枠のようだ。
「なんか……他の子に絡まれてるね。困った表情してる」
「……」
「どうしたの?クロノ」
「良い」
クロノはボーっとしていたかと思うと、唐突にそう呟いた。
「あの子!ヴァーディクトデイって子!凄く良い!トレーナーさん、あの子をスカウトしましょう!」
「お、落ち着いてクロノ。みんな見てる」
「……ハッ!?」
気づいたのだろう。クロノは顔を赤くして縮こまった。ちょっと微笑ましく思いつつも、ゲートに収まったヴァーディクトデイを見る……っ!?
(な、なんだ?彼女の空気が……)
一変した。そう思ったのもつかの間。レースが始まる。
「……あれ?ヴァーディクトデイ出遅れたな?」
「本当だ。あまりスタートは上手くない感じか?」
「ただ、焦っている様子は見られない。ということは、後方待機するために?」
他のトレーナー達は冷静にそう分析しているが、俺はそれどころじゃなかった。
(なんだ……?彼女の走り、この前とは明らかに違う気が)
言いようがない。俺の気のせいと言えばそれまでだ。だけど、あの日見た彼女の走りと今の彼女の走りは……どこか違うような気がする。気が付けば彼女の走りにまた釘付けになっていた。
今回のレースは右回り1200m。最後の直線に入るのだが。
「ッ!?」
最後の直線に入った瞬間、
「今のは……っ!?」
そして、最後方に控えていたヴァーディクトデイが──爆発的な加速力で一気に追い上げていた。
「おい!?あのフォームは!」
「あぁ……!ディープインパクトの!」
「し、新入生がか!?マジかよ!」
1人、また1人を躱していく。ただ冷徹に、残酷なまでに力を見せつける。前を走るウマ娘という標的を無慈悲に撃ち落としているかのような、そんな感覚を覚えた。
だが、それ以上に……。
「ヴァーディ……」
(君は……君は、なにを見ているんだ?)
先頭に立ったというのに、一切気を抜かない。それどころか、まだ前に誰か走っていると言わんばかりに加速している。もう、誰も前にいないというのに。
ヴァーディクトデイは加速する。一切の手加減も容赦もなくゴールめがけて走る。その姿が、その走りが……俺には
結局ヴァーディクトデイは1着でゴール。しばらく立ち止まった後、彼女はコースから外れてこちらに向かってくる。すると瞬く間にトレーナー達が彼女に群がった。そして、その中には勿論リギルの東条トレーナーの姿もあった。それ見て他のトレーナーが一歩引こうとしている中俺は。
「教えてくれ!ヴァーディ!」
「……海藤トレーナー?」
「ち、ちょっとトレーナーさん?」
人ごみを押しのけて。誰よりも早く彼女の元へとたどり着いた。知りたいことがあるから、どうしても聞きたいことがあるから。大慌てで彼女の元へと向かった。
「……何をだ?海藤さん」
「ヴァーディ。君は……君は!」
ヴァーディクトデイは不思議そうな表情をしている。思い出すのは先程の模擬レース。レースの内容──ではない。
「君は、
「ッ!」
「何言ってんだ?あのトレーナー」
「なにを見て走るもなにも……なぁ?」
俺がそう聞くと、ヴァーディクトデイの表情が強張る。どんな感情なのかは分からない。だけど、俺にはどうしても気になった。
レースの内容自体は悪くない。あの出遅れだってわざとだろうし、そこからの大外一気で他のウマ娘を躱していくレースは見事と言わざるを得ないだろう。自分の末脚に自信を持っていなければできない芸当だ。
だけどそれ以上に俺が引っかかったのは、彼女の視線だ。
「君はずっと、前に誰かがいるように走っていた。先頭に立ってからも変わらずにだ」
「……」
「前に他のウマ娘はいなかった。にもかかわらず、君はずっと誰かがいるように走っていた」
「……あんたの気のせいじゃないか?」
露骨に視線を逸らすヴァーディクトデイ。気を逸らそうとしているのが丸わかりだ。
「教えてくれヴァーディ。君には一体──何が見えていたんだ?」
真っ直ぐと彼女を見る。すると彼女は、こちらへと顔を向けた。その表情は……。
「──」
ヴァーディクトデイは、瞳孔が開いた目で俺を見ている。思わず、気圧されそうになる。
だがそれも一瞬のこと。すぐに人懐っこい笑みに変わる。
「わりぃな。俺ってさ、ど~もレースになると気合が入り過ぎるタチでよ。気合が入り過ぎて周りが良く見えなくなるんだ。そのせいだろうな」
バツが悪そうに言うヴァーディ。だが、すぐに分かった。これは嘘だと。
けど、さっきの表情……。
(教える気はない、ってことか)
明確な拒絶の意思。ならば、これ以上聞くのは止めた方がいいだろう。
「……そっか。まぁそういうこともあるよね」
「そーそー!なんだよ分かってんじゃん海藤さん!流石は俺のバディ!」
「アハハ……ん?バディ?」
な、なにそれ?初めて聞いたんだけど。というか、どういう意味だ?
「ん?……あ~、そういや言ってなかったな」
「な、なにを?」
「俺、あんたのチームに入ることにしたから」
「「「……」」」
静寂。何度目かのゲートが開く音が聞こえるぐらいには静かだった。そして。
「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」」」
「うるっさ!?」
いやいやいや!本当にどういうこと!?
「ど、どういうことだい?ヴァーディ!なんで俺のチームに!?」
「え?だって海藤さんここに来たってことは俺をスカウトしに来たんだろ?」
いや、まぁ……そうだけど!そうだけども!
「俺さ、元から海藤さんのチームに入る予定だったんだよ。入部するの後回しにし過ぎてこんなんなったけど」
「な、なんで俺のチームに!?リギルにだって注目されてるし、スピカにもスカウトされたんだろ!?」
「直感」
「直感って……」
そんなのでチーム決めていいの!?こっちとしては嬉しい限りだけども!
「勿論、嫌だったら拒んでくれて構わないぜ?ま、入部を許してくれるまで部室に押しかけるけど」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ヴァーディはそう告げる。
……まぁ、断る理由はないしむしろ大歓迎か。
「いや、こちらこそよろしく。ヴァーディ」
「おう!よろしくな、バディ!」
俺はヴァーディと固い握手を交わす。周りからは嫉妬の目で見られていたのでそそくさと退散した。そして東条トレーナーはいつの間にかいなくなっていた。おそらくだけど、スカウトできないと踏んだんだろう。
「ところでバディって何?」
「ん?相棒って意味だ。これがしっくりくるからな」
「あぁ、そうなんだ」
こうして、俺はどういうわけかヴァーディクトデイをスカウト?できた。後日談だが、チームのみんなは大層喜んでおり、特にクロノは。
「わたしわたし!わたしが面倒みまーす!」
と勇んでいた。ヴァーディもどういうわけかクロノにはすぐに懐き、他のメンバーは悔しがりながらも口は挟まなかった。
クロノジェネシス
身長;161cm
体重:微増
B/W/H:86/56/83
一言メモ
灰色がかった葦毛の髪をセミロングにしたウマ娘。神秘的な印象を抱かせる。チーム・アルクトスの実質的なリーダー。たまに一生懸命さが空回りすることもしばしば。
ヴァーディクトデイを一目見て気に入り彼女の指導役に付く。ヴァーディクトデイもクロノジェネシスには懐いている。
ちなみにこの新入生のレースでヴァーディはコントレイルを確認していない模様。