小さい頃からある光景が焼き付いて離れなかった。
(誰だろう……僕の前を走る、君はだれ?)
小さい頃から見てきた夢。ターフの上でレースをしている僕ら。そして、僕の前を走る誰か。その子を見る度に湧き上がる──悲しいって感情と嬉しいって感情がぐちゃまぜになる感覚。
少なくともその子に見覚えはない。ただ、その子の走りは──
(飛んでるみたい……!)
本当に宙に浮いてるんじゃないか?って錯覚するようなフォーム。重力から切り離されているかのような走り。その子はとても速くて……夢の中の僕は、そんな姿を見て胸を高鳴らせる。
キラキラして輝いてて。その子と走りたいって感情に駆られる。だけど……その子はすぐに消えちゃう。並ぼうとすると、その子の姿はかき消える。まるで、最初から存在していなかったかのように。
そして押し寄せる、悲しいって感情。辛くて、苦しくて。痛くて、切なくて。手を伸ばすけど届かなくて、並びたいけど並べなくて。
(教えて!君は……君は、誰なの!?)
「教えて!」
そうして布団から飛び起きる。ここは……寮のベッドの上だ。隣では相部屋のパンサラッサがまだ寝息を立てている。
「また……この夢か」
小さい頃から見続けていた夢。僕の前を走る誰か。その子には決して追いつけなくて、並ぶことすらできなくて。顔を見ることすらできない。それに、姿もあいまいでよく覚えていない。夢だから仕方ないのかもしれないけど。
「……二度寝するのにも中途半端だし、このまま起きてよ」
時計を確認すると、もうすぐ日が昇る時間。二度寝したら遅刻しそうだしこのまま起きてよう。
「今日は新入生の模擬レースの日。気合入れていかないと」
洗面台で顔を洗いながら寝間着を脱いで制服に着替える。残った時間はウマホでネットサーフィンでもすることにした。
朝。登校する時間。教室……には向かわず、生徒会室へと足を運ぶ。
「おはようございます、ディープ会長」
「あ!おっはよ~コンちゃん!今日も可愛いね~!」
「ありがとうございます」
生徒会室に足を運ぶ理由は、ディープ会長に会うため。
ディープ会長は昔会ったことがある。菊花賞でディープ会長の走りを見に行ったんだけど、元々の目的は確か……夢が関係していた。
(夢の断片的な情報、飛ぶような走り……それに該当するのは、ディープ会長ぐらいだったから)
「どしたの?コンちゃん。私の顔に何かついてる?」
「あ」
思わずディープ会長の顔を凝視してしまっていた。や、ヤバいヤバい!
「す、すいません!ちょっと昔を思い出してて……」
「昔?……もしかして、コンちゃんが初めて会いに来てくれた時のこと?」
「うっ。そ、そうです」
ちょっと恥ずかしながら答えるとディープ会長は満面の笑みを浮かべていた。凄く嬉しそうにしている。
「いや~、あの時は嬉しかったね~!まさか私に憧れてくれるなんて!しかもしかも、ディープインパクトさんのようなウマ娘になります!……なんて言ってくれたね~!」
「今でも憧れです!ディープ会長のようなウマ娘になる……その目標は変わりありません」
「嬉しいね~!コンちゃんに慕われて私も幸せだよ!」
……まぁ、それと同じかそれ以上に気になっていることがあるんだけど。それは言わないでおこう。
ディープ会長のようなウマ娘になりたい。その目標に嘘偽りはない。だけどそれ以上に気になるのは……夢に出てくる誰かの正体だ。
結論から言うと、夢の中の誰かはディープ会長ではなかった。確かにディープ会長の走りは飛ぶような走りでドキドキしたのは確か。憧れているのも確か。だけど……夢の中の誰かとは
じゃあ、夢の人物の正体は一体……僕の心はモヤモヤするばかりだった。
「そうだコンちゃん。コンちゃん今日新入生の模擬レースの日だったよね?頑張ってね!」
「……へ?あ、はい!精一杯頑張ります!」
「フフフのフ……ヴァーディはダメだったけど、コンちゃんこそはリギルに!」
「あ、すいません。リギルは良いかな~って」
「なんでー!?」
すいませんディープ会長。でも、リギルって管理主義らしいから……あんまり合わなかいかなって。
ディープ会長と別れた後は授業を受ける。今日は午前中だけ、午後からは模擬レースの時間だ。
「コンちゃんは何番目?私は7番目だったよ」
「僕は……5番目だ」
僕に話しかけてきたのはタクトちゃん──デアリングタクト。同じクラスになってから話すようになった間柄だ。彼女の言葉に、僕も夢のことは一旦忘れて模擬レースへと意識を集中させる。
(ここは重要。もしかしたら有力チームにスカウトされるかもしれないし!)
「お互い頑張ろうねコンちゃん。良いチームを見つけられるように」
「うん!タクトちゃんも頑張ってね!」
「もっちろん!」
そうして迎えた模擬レースの日。みんな気合バッチリのようだ。
「そりゃそうか。ここはトレーナーさん達に声をかけてもらえる最初の機会なんだから」
いくら後から選抜レースなりなんなりで機会があるとはいえ、その機会の1つを無駄にしていい理由にはならない。だからみんな気合を入れているんだろう。……気合入れすぎてゲートにぶつかった子いるけど。
(僕の番までまだだから、体をほぐしておこう)
「フッ、ん~……」
ストレッチをして走る時に備える。そんな時、声がした。
「あ、コンちゃんコンちゃん。もうそろそろ話題の子が走るよ」
「話題の子?……確かヴァーディクトデイ、だっけ?」
「そうそう!」
ヴァーディクトデイ。妙に聞き覚えがあって胸の高鳴りを覚えるその名前は、新入生の間では凄く有名な子だった。
容姿も端麗ながら走りも一級品。話題にならないはずがないよねって子。僕の方が話題に上がるけど、ヴァーディクトデイって子も負けず劣らずだ。良く話題に上がっている。
そんな子が走る。ちょっと気になるな。
「え~っと、どこかな?」
「ほら、あそこの大外枠」
「あの子か……実際に見るのは初めて」
長く黒い髪にところどころ跳ねてる癖っ毛。黄金色の瞳にきりっとした目付き。可愛い、綺麗というよりはイケメンという言葉が先に出てくる。というか、スタイルが良いな。思わず自分のスタイルと見比べるけど……。
(スッ、キュ、ストーン……ぐぬぬ!)
なんか悔しい。別に僕だって小さいわけじゃないけど、小さいわけじゃないけど!
そんなヴァーディクトデイだが。ゲートに入ると雰囲気が一変した。ゲートが開いて、彼女は駆け出す。
「ッ!」
先程までのような雰囲気は微塵もない。研ぎ澄まされた、
「コンちゃん……あのヴァーディって子」
「……」
「凄く強いっ?どうしたの?コンちゃん」
「静かにして、タクトちゃん」
でもそんなことはどうでもいいんだ。僕は彼女の動きを一瞬たりとも逃さないように凝視する。ヴァーディクトデイというウマ娘の走りを、絶対に見逃さないように。
(どうしてだろう?彼女の走りから目が離せない)
彼女の走る姿にドキドキする。この感覚には覚えがあった。そう、まるで夢の誰かのような……!
最後の直線に入って、彼女はスパートをかけた。その走りはまさしく、
(あぁ……!あの走りはッ!)
僕の心をつかんで離さない。彼女の走りが、僕に刻まれていく。その走りが僕の心を動かして、否応なしに突きつける。
心がドキドキする。魂が叫ぶ。目の前にいるあの子こそが、ヴァーディクトデイ……ヴァーディ君こそが!
「すっごいねコンちゃ……ヒィッ!?」
「……あはぁ」
「見 つ け た ぁ ♥」
ようやく会えたね、ヴァーディくぅん……!
分かる、分かるよ。君が僕が探し求めていた相手、君こそが僕の運命の相手だ……。理屈だとかなんだとか、そんなくだらないものなんかじゃ測れない。直感が、本能が、魂が!君という存在を僕に刻んでくれる。
「あは、あははっ」
「ど、どうしたのコンちゃん?」
タクトちゃんの戸惑っているような声が聞こえる。ごめんねタクトちゃん。でも、この気持ちに浸らせてほしい。
(ようやく会えたね、ヴァーディくぅん。小さい時からずっとずっと……夢見ていたよ?)
夢の誰かの正体……それはヴァーディ君だって。夢じゃ追いつけなかった、並べなかった。でも……ここは夢じゃない。
「ようやく君に並べる……君と走ることができるんだ……」
「こ、コンちゃんが怖い!?誰かー!保健の先生をっ?」
保健の先生を呼ぼうとしているタクトちゃんを手で制す。今は4番目……次が僕の番か。
「大丈夫だよタクトちゃん。僕は平気。ちょっと興奮し過ぎちゃっただけ」
「……え?興奮する要素がどこに」
「次は僕の番だね。じゃあ行ってくるよ」
「ち、ちょっとコンちゃん!?」
ヴァーディ君。君が僕のレースを見てくれるかは分からないけど、全力で走るね?
しばらく待って。僕の番がやってくる。ゲートに収まる。そして、ゲートが開いた。
「あはっ」
待っててねヴァーディ君。僕は絶対に強くなる。強くなって強くなって……君と戦うのに相応しい相手になるよ。
君は凄く強い。夢の中じゃ一度だって追いつけなかったから。だけど、僕の魂にまで刻まれた君の強さ……それを越えた時、一体どうなっちゃうんだろう?それに、僕はこう考えるんだ。
「は、はやっ」
「いつのま」
「フフフ……アハハ……」
強い君だからこそ思うんだ。他人からすれば凄く醜い感情かもしれないけど……しょうがないよね。だって、僕はこう思っちゃってるんだから。
「なんて強さだ……さすがはディープインパクトの後継者と言われるだけある」
「新入生ながらこれだけの差、か」
「大楽勝、って感じね」
ねぇヴァーディ君。僕はね──
(僕の走りで……君をぐちゃぐちゃにしたい……!)
周りのスカウトの声に一つ一つ丁寧に対応しながら、来るべきヴァーディ君との戦いに向けて──僕は胸を高鳴らせていた。
──それは、悲しい記憶。
(待って……お願いだから待って!)
小っちゃい時から見てた夢。ぼくの記憶ではなく、魂に刻まれた感情。
目の前にいる誰か。その誰かを見る度に、ぼくは悲しくなって。夢の中のぼくはあの手この手を尽くしてその誰かを救おうとするけど……全部ダメだった。
決まって最後は。その誰かが悲しい声色で。
「──ごめんな」
そう、告げるのだ。
「……はぁ」
朝からこの夢か~なんて思いながら起き上がる。うん、今日は自分で起きれたぞ。大事な入学式の日ぐらいは自分で起きないと。
急いで支度して、学園について。思いを馳せる。
「今日からここに通うのか~」
なんというか感慨深い。まさか自分があの中央に入学できるなんてね~。おっとっと、新入生はあっちか。
ねむ~い入学式を何とか乗り切って。幼馴染であるコンちゃんと少し話をする。
「あ、ボンドちゃん。今朝は自分で起きれたんだね」
「さすがにね~。自分で起きたよぉコン君」
「寮暮らしでしょ?同室の子に迷惑をかけないようにね?」
「うっ、が、頑張る~」
そして教室に辿り着くと。ぼくの隣の子はすでにきていたらしい。黒く長い髪がところどころ跳ねている子だった。そして何より──どことなく
とりあえず席に座る。
(なんでだろう?とりあえず挨拶だね)
「なんにせよ、この問題を解決しないとな」
「え~?なんのこと?」
その子の呟きに質問する形で声をかける。その子が振り向いた時──魂が震えた。
(……あ)
「ん~?そりゃあ……」
その子の姿を見ると、胸が苦しくなった。これはなんだろう?悲しい、辛い、苦しい、ごめんなさい……色んな感情が湧き上がってくる。
向こうはぼくをみて驚いている。でも、ぼくも驚いていた。
(もしかして、この子は……)
夢の子なんじゃないだろうか?そう、直感のような何かが働いた。
その後はお互いに自己紹介。そして彼女、ヴァーディ君と言葉を交わす度に、ヴァーディ君が夢の子なんじゃないかという気持ちは強まっていく。
どうやらヴァーディ君とは同室だったようで。荷解きも少し手伝ってもらった。そしてその日の夜。ぼくは──またあの夢を見た。
(……でも、いつもと違う)
夢の誰かの姿ははっきりとしていて。その姿は──ヴァーディ君だった。
(なんで、そんな表情をしてるの?ヴァーディ君)
ヴァーディ君は飛行機雲を見て悲しそうな表情をしている。その理由は分からない。だけど夢のぼくは分かっているのか……ヴァーディ君に寄り添っていた。
ヴァーディ君は、申し訳なさそうな表情をして。ぼくに謝っていた。
(謝らないでよヴァーディ君……ぼくが好きでやっていることなんだから)
辛そうなヴァーディ君を見るとぼくも辛くなる。悲しそうなヴァーディ君を見るとぼくも悲しくなる。だからできる限り寄り添う。
でも、夢の中のぼくは……きっと分かっていた。
(ヴァーディ君の傷は、癒えることはないんだって)
それでも悲しそうなヴァーディ君を見るのが辛いから。できる限りのことをしていた。
ヴァーディ君にどうしてここまで尽くしているのは分からない。だけど……きっと何かがあったんだと思う。それに。
(ヴァーディ君の悲しそうな表情を見るのは、ぼくも辛いから……)
夢から覚める。あんまりいい寝起きとは言えない。だけど。
「お、おはようさんプボちゃん。ご飯できてるぞ」
薄手のシャツにハーフパンツ。凄くラフな格好でぼくに向かって微笑んでいるヴァーディ君が目に入る。
だけど、ふと夢のことが頭に浮かんだ。ヴァーディ君は多分、心に傷を負っている可能性があるのだと。そう思った。
(とりあえず、ぼくがやるべきことは……)
「おはよ~ヴァーディ君。ヴァーディ君の手作り朝ご飯か~」
「味には自信あるぜ?ま、結構自己流だけど」
「どんな味でも文句はないよ。いざ、実食だ~い」
ヴァーディ君の傷が少しでも癒えるように頑張ろう。ぼくじゃどうしようもないかもしれないけど……それでも、ぼくがやりたいから。
いつかヴァーディ君の傷が癒えるその日が来ることを願って──。
「おいし~い!」
「そりゃよかった。作った甲斐があるってもんだな」
ぼくは今日も頑張る。
コントレイル
身長;164cm
体重:完璧な調整
B/W/H:82/54/80
一言メモ
青みがかった黒色の髪を外ハネのショートカットにしているウマ娘。受話器のような白い流星が特徴。少し入れ込みやすくはあるものの大人しい優等生。また自撮りが得意だったりする。
ヴァーディクトデイに対しては周りがドン引きするような感情を持っている。
ディープボンド
身長;161cm
体重:こしあんぼでぃ
B/W/H:88/60/87
一言メモ
黒い髪をショートカットにしたウマ娘。ヴァーディクトデイの同室。おっとりとした性格をしている。ズブい。ただ気合が入ると周りも驚くような一面をのぞかせることも?
ヴァーディクトデイに対しては並々ならぬ感情を抱いているようで……?