──夜。ナサニエルはトレーナーに今日のトレーニングの件について報告していた。
「──ヴァーディクトデイに関する報告は以上となります」
淡々と業務的に報告するナサニエル。その報告を受けてナサニエルのトレーナーは難しい表情を浮かべる。
「……難しいものだな。ヴァーディクトデイの容態は?」
「今はエネイブルの屋敷で休息を。ただ、疲労が抜けきっておらず……彼女のトレーニングは休みにした方がいいでしょう」
「そうか。……彼女自身の意思は?」
トレーナーの言葉にナサニエルは呆れた溜息を吐いて答える。
「どうも、彼女はトレーニングをするつもりらしいですが。ですがそんなことはさせません……彼女の将来のためにも」
「そうだ。ヴァーディクトデイというウマ娘の将来のためにも、しっかりと休ませろ。あぁそれと……今後の彼女のトレーニングプランだ」
言いながら、トレーナーはナサニエルに紙の束を渡す。ナサニエルは一通り目を通した後、トレーナーの言葉に頷いた。
「……分かりました。それではこのプラン通りに」
「あぁ。今日は君も帰ってゆっくり休みたまえ」
「はい。それでは、失礼します」
ナサニエルは一礼して、部屋から退出する。部屋の外には、1人のウマ娘が待ち構えていた。部屋の中から出てきたナサニエルを、ニコニコとした表情で出迎える。だが、ナサニエルはそのウマ娘の姿を確認すると露骨に嫌な表情を浮かべた。
「やぁナサニエル。奇遇だね?」
「……待ち構えておいて奇遇も何もないだろフランケル。何の用だ?」
「つれないねぇ……なぁに、今日のことでちょっと話そうじゃないか」
「勝手にしろ」
ナサニエルはフランケルのことを無視して歩き出す。フランケルはやれやれと言った様子で肩をすくめるも、ナサニエルの隣へとポジションを取る。
「それにしても……日本からきた彼女は良いね。伸びしろがある。こちらでデビューしても良いんじゃないかな?」
「……タイムから考えるに、彼女はこちらの芝の方が合っている節がある。じっくりと育てていけば、あるいは」
「お、会話してくれるんだね?オレは嬉しいよ!」
「黙れ。無反応の方が良かったか?」
「おーこわこわ」
おどけた様子のフランケル。ナサニエルはまともに取り合うことを止めようかと考えるが、フランケルは途端に真面目な表情になった。
「ただ、
「……ふぅ。何がだ?」
「とぼけちゃってぇ。分かってるでしょ?」
フランケルの言葉に思い当たる節があるのか、ナサニエルは顎に手をやる。
「彼女、
「やはり、気づくか」
「そりゃあ併走相手だから当然だ。彼女……ヴァーディクトデイはオレではない
「そうだな。彼女の視線は常に前を向いていた……だがその視線の先はお前ではなかった」
フランケルとナサニエルは互いに今日の併走について話し合う。その時感じた、ヴァーディクトデイというウマ娘の違和感について。
「不思議と言えば……彼女の能力値に関してもオレは疑問なんだよね。ちょっと期待外れというか」
「どういう意味だ?」
「う~ん……
「どうせお前の期待が高すぎただけ、というオチだろう?」
「いやいや!それにしてもそうでもなかった気がするんだよ。もうちょっとやると思ってたのにさ」
「言いたいことは分かるし、大体の見当はついているがな」
フランケルの言葉に対し、ナサニエルは自身の見解を述べる。
「今の彼女は、
「あーはいはい。理想が高すぎて現実が追いついてないパターンね」
「……そんなところだ。だが、それも当然だろう。そうしなければ彼女の身体が壊れるからな」
「……ふ~ん?」
興味深そうにしているフランケル。ナサニエルはヴァーディクトデイのデータが詳細に書かれている紙を見ながら淡々と告げる。
「彼女の能力値は、同じデビュー前のウマ娘と比べて突出している。加えて、どこまで成長するかが未知数だ。ヴァーディクトデイというウマ娘の底が見えない……それがワタシとトレーナーの見解だ」
「それはオレも同意だね。だけど……」
「あぁ。彼女は
ナサニエルの目には、ヴァーディクトデイというウマ娘はどこか焦っているように見えた。今すぐにも力をつけたい、そうしなければならない理由があるのかと思うほどに。それほどの走りを併走で見せていた。
「今回、併走後にヴァーディクトデイが倒れかけたのも力を求めるが故だろう。己の限界以上の力を引き出そうとしていた……これはワタシの不手際だ」
「いやいや!併走したいって無理を押しかけたのはオレだ。オレの責任でもある」
「だとしても、最終的に許可を出したのはワタシだ。トレーナーからも叱られたよ」
ナサニエルは少しばかり肩を落とす。しかし、話が横道に逸れたと感じたのかすぐに修正した。
「今の彼女の能力値を考えたらもっとやれるだろう。だが、そうしないのは……今持てる力を出し切ったら
「出せる力はまだまだあるけど、身体がその出力に耐えられない……ってところかな?」
「そうだ。彼女はまだ身体が出来上がっていない……そんな状態で能力を限界まで引き出したら脚が壊れる。だからこそ、彼女の身体が無意識に力をセーブしている。そしてセーブしなかったら──今日のようになる可能性がある」
「それでも、あんだけの力を出せるってのも凄いけどね。彼女の身体が完成したその時はどうなるのやら」
「間違いなく、怪物が誕生することになるな」
「違いない」
ナサニエルとフランケルは話しながら歩く。その時間にも終わりが近づいていた。
「……ワタシは向こうだ。じゃあなフランケル。二度と「なぁ、ナサニエル」……なんだ?」
「オレはさ、思うんだよ。ヴァーディクトデイというウマ娘について」
夜空を見上げながら、フランケルは楽しそうな笑みを浮かべる。ナサニエルは怪訝な表情を浮かべていた。
「彼女はきっと──とても一途なウマ娘なんだって」
「一途なウマ娘……だと?」
「そう。話しながらさ、どうして彼女はそこまで力を求めるんだろう?何故自分の身体を壊してまでも強さを求めるんだろう?ってずっと考えてたんだ。そして、彼女との併走を思い出して……
フランケルは変わらず、楽しそうに語る。
「彼女が併走の時に見ている相手……それがきっと彼女の到達したい領域にいるウマ娘なんだろうね。そのウマ娘に追いつくために、彼女は必死に足掻いている」
「……だからなんだ?」
「気にはならないかい?ヴァーディクトデイに思われているウマ娘に、
「人格すら歪める、か。確かに、レース中のヴァーディクトデイは別人のようだったが」
「別人なんてもんじゃないさ、あれは」
フランケルはヴァーディクトデイというウマ娘のことを考えて、身震いした。あの時の併走で感じた、
「彼女は、そのウマ娘の為なら全てを排斥しても良いって考えてる……あらゆるものを犠牲にしてでも、そのウマ娘のために捧げるという覚悟がある」
「……冗談だろう?」
「冗談でこんなこと言うと思うかい?エネイブルも直感しているんだろうさ……ヴァーディクトデイは
「……もしや、エネイブルが名乗りを上げたのも?」
「大部分の理由は一目惚れだろうけど、少しはあるだろうね。彼女に危うさを感じているんだろう」
フランケルはナサニエルを真面目な表情で見据える。
「日本の、彼女を担当しているトレーナーにも伝えた方がいい。ヴァーディクトデイから目を離すな、とね。それとナサニエル達もだ。しっかりと見張らないと……彼女は必ず無茶をする」
「分かっている。にしても……普段から真面目な態度でいればワタシも見直すんだがな」
「そりゃあ無理だな。これがオレだ」
「よく知っているさ」
フランケルと別れた後、ナサニエルはトレーニング資料に目を通す。
(ヴァーディクトデイのことを考えるのであれば……)
そして、これを彼女にどう伝えるか。そう考えながら帰路についた。
せっかく留学したのに次の日はトレーニング休みとかそんなことある?
「身体が怠いけど、できなくはないんだがなぁ」
しかし監視されている以上何もできん。ストレッチでもして気分を紛らわそう。そんな時だった。扉をノックする音が聞こえたのは。
「?『は~い、どうぞ~』」
扉を開けて入ってきたのはエネさんとこのメイドさん。ただなにか慌てているような感じがするけど……どうしたんだろう?
「『申し訳ございませんヴァーディクトデイ様。バティスタ様を見なかったでしょうか?』」
……バティスタ?あのバカ息子と同じ名前だと?
「『いえ、ずっと部屋の中にいたので見てませんけど……どうかしたんですか?それと、誰でしょうか?バティスタって』」
「『あぁすいません!バティスタ様というのは……』」
それからメイドさんが説明してくれた。
曰く、エネさんの親戚にあたる子。時折妹と一緒にエネさんの屋敷に来るらしいのだがこれがま~結構なワガママお嬢様。人の言うこと聞かんわ気に入らないと癇癪起こすわ無茶ぶりでメイドさん達に迷惑をかけるわ……とにかく手を焼いていると。
そんなバティスタはいつもはエネさんに窘められてようやく癇癪を止めるのだが、そのエネさんは今日は不在。これ幸いと思ったバティスタは。
「今のうちに好き放題できる!」
と屋敷内で逃げ回っているそう。妹であるベルフラムは大人しくしているのだが……バティスタを止める気はないようで。
「『バティスタ様に何か起こるとまずいので、我々も探し回っているのですが……』」
「『いまだに捕まえられない、と』」
メイドさんは頷く。成程ねぇ……。
(相変わらず、ワガママっぷりは健在ってことか。あのバカ息子め)
こっちの世界では娘か?まぁいい、どうせ暇を持て余していたところだ。
「『捕まえるの手伝いますよ、メイドさん』」
「えぇ!?『そんな悪いですよヴァーディクトデイ様!』」
「『いえいえ、どうせ暇を持て余していたところですし構いませんよ。特徴だけでも教えてくれたら』」
「え、『えぇっとぉ……エネイブル様のような髪の色をショートカットにした子です。見かけたらすぐにご連絡ください!』」
メイドさんは慌ただしく去っていった。さて、と。
「探すとしますかね」
さ~てまずは部屋を出てっと。とりあえず隣の部屋から見ていく「『ワーッハッハッハ!わたしちゃんはだれにもとめられなーい!』」……速攻見つかったな。
「『お待ちくださいバティスタ様!そのように走り回られては!』」
「『は~?わたしちゃんに意見しよーっていうの?くやしかったらつかまえてみろ~!』」
廊下を爆走しているバティスタとそれを追いかけるメイドさんが視線の先にいる。ここからだと……下に飛び降りた方が早いな。
「よっと」
柱を伝って下の階に降りる。そしてバティスタの進路に先回りして──
「捕まえた」
「わぎゃ!?」
バティスタをすぐさま捕獲した。おいこら、暴れるんじゃねぇ。
「『だれだお前!?はなせー!はなせー!』」
「『離すわけねぇだろアホンダラ。メイドさん、捕まえましたよ』」
「『あぁ、ありがとうございます!ヴァーディクトデイ様!ほらバティスタ様、大人しく勉強を……』」
「『へへ~ん!やーだよ~!』」
俺の手の中で暴れ回っていたバティスタはするりと抜け出した。チッ、しくじったか。
「『だれがお前らのいいなりになんかなるもんか!わたしちゃんはあそぶんだもんね~!』」
「『ですがバティスタ様!また奥様に叱られますよ?』」
「『知らないもーん!』」
……こっちでも相当なワガママらしいな。なら、仕方ねぇ。
「おい」
「『は~?なんだよお前。つーか、だれだよ?』」
「『俺はヴァーディクトデイ。日本から来たウマ娘だ』」
「『ニホン?……ま~いーや。とにかくわたしちゃんのじゃまをする……ひっ!』」
ちょっと強めに圧をかけて、バティスタを威嚇する。こうでもしなきゃこいつは分からんからな。
「『ちょ~っとこっちに来てもらおうか?バティスタぁ』」
バティスタはがくがくと震えている。アイツの考えが透けて見えそうだ。
「『ななな、なんだ?すげーこわい……!この人にさからったらダメだって気が……!でも、にげ』」
「『逃がすわけねぇだろ』」
「ぎゃひん!?」
首根っこ捕まえて、今度こそ逃げないようにしっかりと捕まえる。
「あ、あ、あ……」
「『お仕置きの時間だ』」
ニッコリと笑顔で。バティスタにそう告げた。
「『ただいま戻りました。それでバティスタは大人しく……してないですよね』」
「『お帰りなさいませエネイブルお嬢様。それなのですが……』」
どうやらエネさんが帰ってきたらしい。だが、俺にはやるべきことがある。
「『ほら、迷惑をかけた分しっかりと謝れバティスタ』」
「……ふ、ふーん」
「『ほう?どうやら、まだ叱られたいようだな?』」
そう囁くと、バティスタは身体を震え上がらせていた。
「『ごめんなさいごめんなさい!しっかりとべんきょーします!もうめーわくかけません!』」
「『よ~し、良い子だバティスタ』」
「ヒン……」
バティスタは大人しく勉強しに向かったようだ。何はともあれ、一件落着だな。
「あ、『お帰りなさいエネさん』」
「は、『はい、ヴァーディ様。……何があったのですか?』」
「『それなんですけど』」
エネさんに事情を一通り説明。するとエネさんは納得したようで。
「『それにしても、バティがいうことを聞くなんて……珍しいですね。私の言うことは素直に聞くのですが』」
「『ま~任せてくださいよ。慣れてるので』」
主に前世で。
それにしても、バティスタはこっちでも変わらずワガママ三昧のようだ。そして……
「『ヴァーディお姉さま……!』」
「『うん?どうしたベルフラム』」
「べ、『ベルとよんでください!』」
「あ、『あぁ分かったよ、ベル』」
ベルと呼ぶと、ベルフラムは嬉しそうな表情をしていた。……こっちも変わらず、か。
休みだったのに、何かと色々とあった一日だった。
海外留学はそこまで長くならん予定です。次かその次ぐらいで終わり。