「ねぇ」
セイウンスカイが釣りに興じている時、隣で見物している彼女が質問を投げかけてきた。
「結局、尻尾同士を絡ませることになんの意味合いがあるの?」
セイウンスカイとアドマイヤディオス。その2人がやっている行為についての事である。
堤防の縁に隣り合って座っている折に、互いの尻尾が触れ合ったのをきっかけに、セイウンスカイはなんとなしに自分の尻尾を相手の尻尾へと巻き付けて遊んでいた。
「さあね〜? なんとなくやってみたくなっただけかな〜」
そう言ってセイウンスカイは機嫌よさそうに笑っている。
喧嘩別れ一歩手前までいったという自覚はお互いにあるものの、こうしてまた仲良く並んで釣り糸を垂らしているのはなんとも不思議な気分だった。
セイウンスカイはふと横目で隣の少女を見やる。そこには同じくこちらをじっと見つめている視線があった。
「……どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ~」
そう言うと再び視線を水面に戻すセイウンスカイ。そんな彼女の横顔を見つめてから、ディオスもまた同じように前を向いた。
「女の子言葉の方を多く使うようになったね」
ディオスはそんな事を言われて、一瞬戸惑った表情を見せた後、俯いてしまった。
「……男言葉ばかり使ってたから、今更、似合わんか……」
表情豊かな大型犬のように分かりやすく落ち込んでいるディオスの様子を横目に、セイウンスカイは思わずニヤニヤしてしまう。
「ううん、とっても可愛いよー?」
「……あぁ、もうっ!」
相手がからかいたいだけだと察知して、そっぽを向いてしまうディオス。セイウンスカイはそんなディオスの態度にすら心地よさを覚えながらも、しばらくの沈黙。そしてなんとなしに思った事を口にする。
「……どうせなら男の子に生まれたかったなー、なんて」
何気なく呟いたその言葉に対して、返ってきた反応は意外なものだった。
「オレと同じことを思いよるな、お前は」
相手の返しに、思わず動揺してしまうセイウンスカイ。しかしすぐに平静を装って言葉を返す。
「へぇー、意外だね」
「何がだ?」
「だって、ディオスちゃんはそういう事言わないタイプだと思ってたからさー……」
セイウンスカイの言葉に、ディオスは一瞬キョトンとしてから、破顔する。
「ふはっ。確かに、ウマ娘に生まれなければ一緒に走れもすまいさ。だが、そういう事は一旦置いて考えるとして、だ」
そこで一度言葉を切ると、ディオスは続ける。
「男の方が便利だろう? 化粧しなくていいし、服だって気を使わなくていい」
その言葉にセイウンスカイが目を丸くした。
「え、そういう理由?」
「……他に何があるというのだ?」
あまりにもあまりな答えに、逆に呆気に取られてしまったセイウンスカイだったが、次の瞬間には吹き出してしまっていた。
その様子を訝しげに見ていたディオスであったが、怒りださずにセイウンスカイが落ち着くまで黙っていてくれた。
「あぁ、ごめんごめん。……いやさ、なんていうか、もっと真面目な理由かと思ってさ」
ひとしきり笑った後で謝罪したセイウンスカイは、ディオスの方を向き直って話しかける。
「んっとね、私が言いたかったのはね、どっちかが男の子ならもうちょっと……仲良くなれたんじゃないかなー? って……」
尻すぼみになっていく台詞と共に、段々と声が小さくなっていくセイウンスカイ。
最後の方は完全に消え入りそうな声になっていた。
結局のところ、この関係には"限界"が見えている。それがセイウンスカイにとって怖かった。
そんな彼女の不安をよそに、ディオスの反応はあっけらかんとしたものだった。
「不和を乗り越えたオレ達は十分仲が良い。そう思っていたんだが、違うか?」
そういって、尻尾を絡め返してくるディオスの顔は自信に満ち溢れていた。まるで当然の事を言うように言ってのける彼女に、セイウンスカイも釣られて笑ってしまう。
──あぁ、こういう部分はやっぱりこの子の長所かなぁ……。
セイウンスカイはそう思いながら、同時に安堵している自分がいることにも気がついていた。
今の関係はあくまでも友情の延長線上であって、恋愛ではない。少なくとも相手はそうだと思っているだろうし、自分もそうだと信じたい。
そうでなければこの先の関係に支障をきたすことになってしまうかもしれないからだ。
「……やっぱり女の子っぽく振る舞った方がいい?」
「……ううん、大丈夫。あなたの好きなようにやっていこう」
だから、今はまだこのままでいい。
そう自分に言い聞かせながら、尻尾同士をきゅっと絡めて気持ちを落ち着かせるセイウンスカイであった。
後日。キングヘイローと仲直りする事も兼ねて、合同練習の後でウマ娘の皆でファーストフード店に行こうとした折の事。
「でぃ、でぃ、でぃ……ディオスさ、ん? いったい、なに、を……?」
珍しくキングヘイローが顔を真っ赤にして、狼狽していた。セイウンスカイは対象的に、口をあんぐりと開けて蒼褪めている。
「……どうしたの、二人とも?」
アドマイヤディオスは二人の様子を見て不思議そうに首を傾げている。二人以外のウマ娘達も、ディオス以外は顔を赤くしたり青くしたりしていた。
その理由はといえば、ディオスが皆の前でキングヘイローの尻尾に自分の尻尾を絡めて離さなかったからである。キングヘイローはというと、今にも泣き出しそうなくらいに目を潤ませている。
「な、なんで、尻尾、からめてくるの……?」
必死に声を絞り出して質問するキングヘイローに対して、ディオスは満面の笑みで答える。
「なんとなくやってみたかったから!」
――パシーン。
頬を打つ音が響いた。叩かれた勢いで横を向いた拍子に、絡み合っていた尻尾は解けた。そして、キングヘイローはディオスの頰を打った手を震わせながら叫ぶ。
「皆の前でやる事じゃないでしょうこのおばかッッッ!!」
そう言い残し、走り去っていく彼女を追いかけようともせず、ぽかんとした表情で見送るディオス。
その後ろでは、他の皆が呆れている様子が窺えた。
「……私、なんか、悪い事、した……?」
「うん」
「した」
他のウマ娘達は真顔で即答した。セイウンスカイは、蒼褪めた顔のままため息をつく。
――今はまだこのままでいい、のかなぁ……?
そんな風にセイウンスカイは内心で思った。