「……暑い」
ディオスは額に流れる汗を拭いながら呟いた。空は快晴。雲一つない青空が広がっている。気温は真夏日。そんな中でジャージ姿の彼女がいるのは、学園内の運動場である。
「いやー、お互い熱中症にならないように気をつけませんとなぁ~」
スポーツドリンク片手にそうのたまっているのはセイウンスカイだ。彼女もまたジャージ姿だ。
キングヘイローと仲直りしたセイウンスカイは、また以前のように合同練習に加わるようになった。
この地区一帯の小学生ウマ娘が参加する練習クラブのようなものだが、本気でトレセン学園を目指している者達が複数在籍しているせいか、その士気は高い。
「ほらっ、そこ。練習中におふざけは厳禁よ!」
特に、キングヘイローを取り巻く環境は小学生にしては生真面目な緊張感に包まれている。ディオスは彼女の事を「お人好し」だと形容したがるが、実際のところはそれだけでない。一流なればこそ、周囲のメンバーが怪我をしないように気を配るのも、なおかつ自分が人一倍練習をこなすのも当然だと言わんばかりに振る舞っている。
「……食らいつく……キングヘイローに……」
そんなキングヘイローに影響されているものも少なくはなく、特に強い影響を受けているのがディオスだ。
(んー……)
セイウンスカイにとっては、真面目に練習しているのを小馬鹿にするつもりはないが。ただ、やはりこう思ってしまうのだ。
(……ディオスちゃん、根詰めすぎじゃないかなぁ……)
どうしても余計なお世話な思考が頭を過ってしまう。
頑張っている彼女に水を差すような真似はしたくないというのが本音なのだが、それはそれとして少し心配な気持ちもあるのも事実であった。
(まぁでも、私がどうこう言ったところで仕方ないんだけどさ……)
そんな事を思いながら、何か良い気晴らしでもないかと考えた。
「プール行かない?」
セイウンスカイは帰り道でそんな提案した。それを聞いたディオスは訝しげな表情を見せる。
「唐突だな」
確かにそうだと思いながらも、セイウンスカイは話を続ける。
「ほら、近頃暑いしさ。涼みに行こうかなって」
「まぁ、構わんが。一つ問題点がある」
そう言って、ディオスは指を一本立てる。
「……スクール水着しか持ってない」
その言葉を聞いたセイウンスカイは苦笑する。
「小学生だからそれでいいんじゃない? トレセン学園の子達だってスクール水着着るだろうし」
「良くない。去年市民プールいったら中学生の男の子に指さされて笑われたんだぞ」
それはそれでかわいそうな話だが、五年生にして妙に発育の良い彼女は思春期の男児にとって奇異に映ったのかもしれない。
「行くにしてもキングヘイローに水着を選んでもらってからでいいか?」
それを聞いて、セイウンスカイは微妙な気分になった。
(……いや、いいんだけどさ。なんか釈然としないっていうか……別に嫉妬とかしてるわけじゃないけどさ……)
自分とプールに行く為に、キングヘイローに水着を選んでもらう。なんとなく、モヤモヤするというか、胸がざわつく感覚があった。
「……あのさ」
それを払拭するように、セイウンスカイはとある提案する事にした。
そうして訪れた週末。セイウンスカイとディオスは二人で買い物にきていた。目的の品物は、水着だ。
現在二人はショッピングモール内の専門店で商品を見ていた。
様々な種類の水着が並んでいる中、二人の視線はある一点に集中していた。そこに展示されていたのはビキニタイプの水着である。それを見たディオスは眉を顰めて口を開く。
「……これは、ちょっと、恥ずかしいよ」
彼女が難色を示すのも無理はない。何せこれはあまりにも露出が多いからだ。布面積がスクール水着よりも断然少ないせいで身体のラインが出てしまう上、小学生の身の上でこんな大胆な水着を着て衆目を集める事には抵抗があるらしい。
「いや、まぁ、うん……」
セイウンスカイもこれにはさすがに同意せざるを得ない。勧める勇気もない。二人ともせいぜい「着こなせる人はカッコイイ美人だろうな」と、漠然とした感想を抱くくらいだ。
「……それにしてもオレやはりこういうのはセンスがな……キングならパッと宛がってくれるんだが……」
ディオスはそういう事を独り言のようにボヤいていた。そんな彼女を見て、セイウンスカイは少し考え込む。
(……ほんと、キングちゃんの事ばっかりだなー)
だがそれも今更だ。理解して歩み寄った道。少なくともセイウンスカイ自身はそう思っているし、今この時だってそれは変わらない。
それを踏まえれば胸の中で燻っているような感覚を覚えた。
(よし!)
セイウンスカイは自分の心に鞭を打つようにして、水着を一つ選んだ。
「ねぇ、こういうのはどうかな。ディオスちゃんに似合うと思うんだけど~……」
そう言って差し出したのは、淡い水色を基調としたワンピースタイプの水着だった。デザインとしては幼い印象があり、可愛らしい印象を受けるものだった。
「…………」
だがディオスの反応は渋かった。というより、気恥ずかしそうにしていた。
「スクール水着より分が悪いな。年齢的にはそれで正しいのだとは思うが……」
どうやらそのデザインは子供っぽすぎると思ってしまったようだ。確かにディオスの体格には不釣り合いだ。ならば別のにしようと判断するスカイ。
「じゃあ、これはどうかな? これならさっきよりはマシじゃない?」
次に見せたのはチュニック付きの水着である。先程に比べると大分大人しい印象を受けるもので、露出度も低い事からビキニみたいな大胆さとはかけ離れている。
「…………なぁ」
「へ?」
不意にディオスが口を開いたので、セイウンスカイはきょとんとした表情で聞き返す。
「妙に幼いのを着せたがるのはお前の趣味か?」
そう言われて、セイウンスカイは一瞬硬直してしまった。持ってきた水着を見返す。確かにそう捉えられなくもないかもしれないと思えた。しかし慌てて弁解する。
「ち、違うよ!? そういうんじゃないって!」
セイウンスカイはブンブンと首を振る。確かに、自分の好みで選んでいたかもしれないが、決してそういう意図はなかった。断じて違う。
だがそんな必死さがかえって怪しく見えてしまったらしく、ディオスは胡乱げな目でセイウンスカイを見ている。
「……ん。いや、一緒に遊びに行くのだからそういうのもありなのか」
ディオスは納得した素振りでそんな事を呟いた。
「え、い、嫌がらないの?」
思わぬ反応にセイウンスカイは驚いてしまう。
セイウンスカイの驚きように、逆に驚いた様子で、ディオスは答える。
「ん、友人が選んでくれた服装で遊びに行くのを楽しむやり方もこの前ワイドショーの特集でやってたが。違うのか?」
その話をいくらか聞いてみるセイウンスカイだったが、思っていたものと少し違った。
(……それ、"友人"じゃなくて"恋人"と海へ遊びに行く時の特集……)
セイウンスカイは心の中でそんな事を思う。ただ、その一方で、黙っておきたい自分も居た。
(…………この流れだと、ディオスちゃんに私の好きな水着着せられる?)
何も間違った事はないと自信満々に腕を組むディオスを目の前にして、セイウンスカイは妙な感情がふつふつと生じてきた。
(…………)
一瞬脳裏に浮かんだのは先のビキニタイプの水着。あれは自分達にはハードルが高いと思っていたのだが、押し切れば案外イケるのではないかという考えに駆られた。
(いや、さすがに……それは……)
そう思うセイウンスカイではあったが、ディオスのお人好しさ加減というか……警戒心のなさというか……そういった部分が判断力を鈍らせる。
セイウンスカイは必死に理性で己を律しようと試みたものの、無駄な抵抗であった。
悶々としながら試着室の前で待つセイウンスカイ。
「……己の体格の良さにはつくづく笑いが出るな」
しばらく経って試着室から聞こえてくるのは乾いた笑い。水着のサイズは成人女性を想定されたものだったが、ちゃんと着用出来ているらしい。
「……え、着れたの? ホント?」
目安のマネキンは、だいぶ大きかった気がする。さすがのセイウンスカイも半信半疑だ。
「ちょっと、見てもいい?」
「あぁ、別に構わんが……あ、他の人に見られるとさすがに恥ずかしいから閉めてね」
許可をもらったセイウンスカイはカーテンを開けて中に入る。そこには、白いビキニを着用したディオスの姿があった。
「……どうだ? 変じゃないか?」
不安そうな表情で前かがみになって訊ねてくるものだから、セイウンスカイは思わず下唇を噛んだ。
「ん、ンン……こう、やっぱりチェニックとか羽織るタイプの水着がいいと思うよ。私達小学生だし……」
「そうか。セイちゃんがそういうなら間違いないな」
咳払いして視線を逸らすスカイと、素直に納得するディオス。
セイウンスカイは、この手の事に関して小心になってしまう己を少し恨んだと同時に、安堵した。
(それにしてもディオスちゃんとプールかぁ……)
無難な水着を買い終えての帰路。セイウンスカイは胸が高鳴っている事を自覚していた。
(…………)
ちらりと横目で隣を歩くディオスを見る。妬心が和らいで以来、つい意識してしまう自分が居る事に気付き、頭を振った。
「プールの時は更衣室で他人をじろじろ見たりしたらダメだよー? ディオスちゃん、そういうところで無神経だからさー」
スカイは笑い話のように振舞ったが、ディオスは表情を曇らせた。
「そういえば正月頃にもキングに注意されたな。気を付けておかないとな……」
「キングちゃんとプール行ったの? 正月に?」
温水プールにでもいったのかと考えての質問。それに対し、きょとんとした表情を浮かべるディオス。やがて合点がいったようで、頷いた。
「いや、日帰り温泉に入ってきた」
「……水着で?」
「うんや、裸」
そしてとうとうセイウンスカイは頭を抱える。
「どうした。急に」
「いや、もうなんというか……敵わないなって……」
相変わらずディオスは他人の心がよく分かってない様子で、首を傾げるばかりであった。
「……プールじゃなくて温泉行かない?」
「水着買ったのに!?」
ただセイウンスカイの方からワガママを言えるようになっただけ、以前よりはずっとマシなのかもしれない。