キングヘイロー。
天才と謡われたウマ娘を母に持つ良家のお嬢様。
彼女自身もまた、確かな才能を有していた。
ただ、生まれ持った才覚と、母親の血筋ゆえに。誰もが彼女自身をこう褒め称える。
「さすが、あのグッバイヘイローの娘」
キングヘイロー自身は、そう褒められる事をひどく嫌うというのはセイウンスカイにとって既知の事実だ。
『母親ではなく、私自身を見なさい』
そういわんばかりの態度は、まるで自分自身を見てもらえない事に苛立っているようにも思えた。
「グッバイヘイローって、前世でもすごい存在だった?」
二人っきりで遊んでいた時、セイウンスカイがディオスにそんな事を聞いた。
「なんだ、そっちからキングに関する事を聞いてくるなんて珍しいな。いつもは他の話題をしたがるのに」
それはディオスがやけにキングヘイローの事を話したがるからなのだが、いちいちスカイも指摘はしなかった。
「いやさ、周囲の大人達がやけに褒めちぎるから、気になってさ」
そう言うと、ディオスはしばし考え込むような仕草をする。
「……小学生になって、ようやく物事が分かり始めたくらいに前世のグッバイヘイローについての凄さを理解したんだが――」
そこで言葉を区切ると、ディオスは目を細める。
「……前世の事について話していいのか?」
以前それで不和のきっかけになったからか、気にするような素振りで彼は聞いてきた。
とはいえ、それも時と状況による。スカイの表情を見てそれを理解したディオスは言葉に気を付けながら、言葉を続ける。
彼女は周りに誰もいないかどうか確かめた後、小さな声で囁く。
「……国外の事にゃ詳しくないし、レースの貴賤なんて今になってもよく分からないんだが」
そう踏まえた上で、グッバイヘイローについて語り始めた。
彼女が海外で走っていたという事。海外のG1をいくつも勝利したのは紛れもない事実だという事。現役時代の活躍から日本に渡ってきて、キングヘイローを産んだ事。
そしてディオスにとって特に印象に残っていた話題は、彼女自身が子供だった頃は"かなり評価が低めに見積もられていた"という事だった。
「……意外だね。大人達が皆、キングのお母さんの事を天才や才女だって褒めちぎるから、子供の頃からそんな風に評価されてるんだと思ったけど」
確かに、大人になった彼女は馬でもウマ娘でもその実力を疑う者はいないだろう。だが、幼少期からそれを見抜くというのは難しいのかもしれない。
その事において世間とはかくも厳しいものだと考えるような顔をするセイウンスカイだったが、ディオスは小声で呟いた。
「……形は違えど、オレ達ゃ大体同じようなもんじゃないか。キング含めて」
その意味する所を考えて、セイウンスカイは少し黙る。
自分達が付き合ってきたキングヘイローは"自身が望む形"で評価されているかどうかといえば、されていないのだろう。そこにはどうしてもグッバイヘイローの評価が前提に語られる。
キングヘイロー自身、まだ小学生だ。ちゃんとした公の場では実績も何も残していない。だからこそ大人たちは彼女の母親の功績を讃えるしかないのだろうが……。
「でも、私はキングちゃんってなかなかやるウマ娘だと思うんだけどなー……将来はきっとG1勝ったりしてさー?」
それは前世の事抜きにしてでも、セイウンスカイがなんとなく感じる部分である。そんな思いで口にした言葉だった。
それに対してディオスは少し驚いた後に、気さくな笑みを返す。
「なんだ、子供同士なら案外分かるもんだな」
彼女もまた、思うところは同じところだったらしい。
「――大人たちが理解するのは後々の事なんだろうけど、キングちゃんなら大人たちをアッと驚かせてくれるに違いない。そう思うんだ」
どこか期待感を含んだ声色で、セイウンスカイは言った。
ディオスはその言葉に頷く。
「……やっぱり、母親と似た者同士なのかもしれんな。キングは」
――キングヘイローが活躍する姿が見たいというのは、ディオスも同じ気持ちであった。そしてセイウンスカイがそれを期待している姿は、なぜかディオスにとってとても嬉しかった。
「ところでさ。ディオスちゃんの前世のお父さんとかお母さんってどういう感じだったの? ほら、以前聞いたミスマルゼンスキーっていうおばあちゃんとかは聞いたけど……」
セイウンスカイも、以前には雑談のさなかに『ひいお爺ちゃんが名馬だった。その名前にあやかったおばあちゃんがいる』という事は聞いていた。
「ん、あぁ。ばあちゃんや母ちゃんは話した通りだ」
「じゃあ、お父さんは? 前世だと男の人も走るんだっけ?」
そう聞くと、ディオスは少しばかり考え込んだ顔をしていた。
「…………海外で走ってて、G1含めて連勝しまくって、現役時代の活躍から日本に渡ってきて……」
猛烈にデジャヴを感じる内容。セイウンスカイは変な笑いがこみ上げてくるのを感じた。
「……大体似たようなもんだって言ったろ」
そういって誤魔化すディオスを見て、セイウンスカイは思わず吹き出してしまった。
ディオスが幼稚園の頃からキングヘイローを気に掛けている理由は、案外他の理由もあるのかもしれない。セイウンスカイはそう思った。