ある日突然名字がルーマチャイ・ホーマチャイになってしまったトレーナーとスーパークリークの話です
※某所に投稿したものを微修正したものになります

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ある日突然名字がルーマチャイ・ホーマチャイになってしまったトレーナーとスーパークリークの話

「ふんふ~ん♪」

 

 その日、スーパークリークはご機嫌だった。

 家庭の事情でしばらく休んでいたトレーナーが復帰するからだ。

 今まで会えなかった分、いっぱい甘やかしてあげたい。

 クリークはふんふんと鼻歌まで歌いながら、ルンルン気分でトレーナー室まで向かう。

 

「トレーナーさ~ん、お久しぶりです~」

 

 トレーナー室の扉を開けると、ソファに座ったトレーナーが待っていた。

 しかし、何か様子がおかしい。クリークもすぐに気づいたようだった。

 

「やあ、クリーク……久しぶり。元気してた?」

 

「そういうトレーナーは、元気がなさそうに見えますけど~……」

 

 トレーナーの顔には明らかに精気がなかった。

 数日の休みの間になにがあったのだろうか。

 それをクリークが聞こうとする前に、トレーナーはぽつりと言った。

 

「実はね、俺の名字が変わったんだ」

 

「え、名字が……!?」

 

「うん。実はこの間、俺の母親が再婚してさ。それで身分証とかの名義変更手続きしたり、色々あって……」

 

「そうだったんですね~……」

 

「うん……お母ちゃ……母親はさ、今まで女手一つで俺を育ててくれたんだ。再婚相手の人もいい人だったし、今まで苦労した分幸せになってほしいんだ。だから再婚自体はいいと思うんだ。いいと思うんだけど……」

 

 そこまで言って、トレーナーは口を閉ざす。

 何か、言いづらいことがあるようだった。

 

「だけど、どうしたんですか?」

 

「うん……すごく、しょうもないんだけど。俺にとっては深刻な問題なんだ。クリーク……笑わないで聞いてくれるかな?」

 

「笑いませんよ、トレーナーにとって深刻な問題だったら」

 

「じゃあ、言うけど……俺の新しい名字、ルーマチャイ・ホーマチャイなんだ」

 

「ッッッ!?!?!?」

 

 全く予想していなかった角度から抉りこまれたブローを、クリークはなんとか我慢した。トレーナーにとっては深刻な悩みだという意識が功を奏し、なんとか笑いを呑み込むことができた。

 

「そ、それはどういう……」

 

「いやね……お母ちゃんの再婚相手がタイ人の方でね。サムチャイ・ルーマチャイ・ホーマチャイって名前でね……」

 

「それでトレーナーさんの名字もルーマチャイ・ホーマチャイになっちゃったんですか……」

 

「うん……色々大変だった。誰に話しても笑われるし、名義変更に行ったら大体の受付に笑われるし……本当に、辛かった。ありがとう、聞いてくれて。笑わずに聞いてくれたの、クリークだけだよ」

 

 クリークは笑わずによかった、と心の底から思った。

 トレーナーの表情は、それほどまでに追い詰められていた。それを知ってしまえば、もはや笑う気など起きない。

 彼は今まで、たった独りで思い悩んでいたのだ。

 そう思うと、クリークの胸はぎゅっと苦しくなった。

 

「結婚には賛成なんだ……サムチャイさんもいい人だし、お母ちゃんもすごく幸せそうなんだ……でも、でもさぁ……!!」

 

 トレーナーの目から、涙がぽろぽろと溢れてくる。

 クリークの手前我慢していたが、誰にも理解されない悩みを吐き出すことで感情を抑えきれなくなった。

 

「なんだよルーマチャイ・ホーマチャイって……意味わかんねえよ……!! なんで俺までルーマチャイ・ホーマチャイなんだよぉ……書類上もうルーマチャイ・ホーマチャイになっちゃってるし、理事長やたづなさんまでもう俺のことルーマチャイ・ホーマチャイさんって呼ぶようになってるし……!」

 

 クリークはそんなトレーナーを見て、ぎゅっと優しく抱きしめて自らの胸に導いた。そうするべきだと思った。

 トレーナーは、泣いた。ただただ泣いた。

 クリークは、ただただその涙を全て受け止めていた。

 

「うぁぁ……わぁァッ……!!」

 

 くぐもった声で、トレーナーは泣く。それこそ、子供のように。

 だがクリークには、不思議とトレーナーのことが子供のようだと思えなかった。普段はあんなに赤ちゃん扱いして甘やかしていたのに。

 

 トレーナーさんも、大人の人なんだ。大人の人も、こんなふうに泣いたりするんだ。今まで、見たこと無かった。

 でもトレーナーさんは、見せてくれた。他の人に見せない姿を、私だけに……。

 

 クリークの心音が、とくとくと早くなっていく。

 こんな想いを抱くのは、はじめて。

 熱く昏い『何か』が、クリークの中に芽生えた瞬間だった。

 

 ──しばらくして、トレーナーは我に返る。

 そして自分の今の状況にドキリとして、慌ててクリークから離れた。

 

「あ……わっ、クリーク、ごめん! 俺、なんてことを……」

 

「いえ、私が好きでやったことなので~……」

 

 クリークの胸元は、トレーナーの涙と鼻水で汚れていた。

 彼女はそれを一切意に介することはなかった。

 それとは対照的に、トレーナーの心には罪悪感があった。

 

「本当に、ごめん……俺、どうかしてた。

 クリークに、あんな事させて」

 

「いいえ、私が好きでやったんです。それに……少しだけ、嬉しかったんです。

 なんていうか……トレーナーさんを本当の意味で甘やかしてあげられたような……そんな感覚がしたんです」

 

 今までの甘やかしは、言うなればゴッコ遊びの延長線上にあった。しかし、今回のそれは違う。

 自立した立派な大人であるトレーナーを、大人のまま甘やかしたのだから。

 

「だから、その……もしトレーナーがよければ。

 今日みたいに甘やかしてもいいですか?」

 

 これに頷いたら、引き返すことができなくなる。

 トレーナーは直感的にそう感じた。

 だが……彼は首を横に振ることができなかった。

 

 彼は少し逡巡ののち……ゆっくりと、首を縦に振った。

 その瞬間、お互いに何か踏み入れてはいけない領域に入ってしまった気がしていた。

 

 ・・・・・・

 

 それから、数日が経った。

 ある休日、クリークがオグリキャップとタマモクロスの三人で雑談をしていた時のこと。

 

「クリーク、なんだか最近調子がいいみたいだな」

 

「ふふふ、そうですか?」

 

「ウチも思うわ。最近えらいご機嫌やないか。ウチを赤んぼ扱いしようとすることもなくなったし……」

 

「あらあら、タマちゃんは甘やかしてほしいんでちゅか~?」

 

「ちゃうわ! なんでそうなんねん!」

 

 三人で他愛のない会話をしているところに、

 クリークのトレーナーがやってきて声をかける。

 

「あ、いたいた。クリーク~!」

 

「あ、トレーナーさん……♡

 ごめんなさい二人とも、今日はトレーナーと予定があるんです~。

 それじゃあ、また今度」

 

 クリークはそう言って、小走りでトレーナーのもとに駆け付ける。

 そして一言二言何かを話したかと思うと、腕を組んでどこかに行ってしまった。

 タマモクロスはそれを見て顔を赤くしながら、口をパクパクさせていた。

 オグリキャップはそれを見て不思議そうな顔をしていた。

 

「お、お、オグリ……今の、見たか?」

 

「ああ、とても仲が良さそうだったな」

 

「良すぎるんや! 何やアレ、クリークのあんな顔、初めて見たわ。アカンわあれ、なんぼなんでも距離感が近すぎるわ」

 

 タマモクロスは見てしまった。

 トレーナーと腕を組んで歩くスーパークリークの横顔を。

 彼女から見て、クリークはオトナの表情をしていた。

 自分たちがまだ踏み入れてない階段を、登ってしまったかのような……そんな風格を感じさせた。

 

 ちなみにオグリキャップも見ていたが

『あんなに嬉しそうにして、クリークはトレーナーのことが大好きなんだな』

 くらいにしか思わなかった。

 

「距離感が近すぎるのはいけないのか? タマだってトレーナーと距離が近いじゃないか」

 

「あ、ぐ、う、それは……それはええんや! トレーナーは家族みたいなもんやからな!!」

 

「そういうものなのか」

 

 痛いところを突かれるタマモクロスと、なぜか納得してしまうオグリキャップ。

 タマモクロスはタマモクロスでクリークと違った方向性でトレーナーとズブズブなため、

 自分のことに触れられると少しばかり苦しかった。

 

「家族ならいいのか……私も、トレーナーと家族になれるだろうか」

 

「アカンわ! そういうことやない! ああ、ウチじゃオグリが納得できる説明ができんわ……誰か助けてくれ~……」

 

 ・・・・・・

 

 タマモクロスがそんな弱音を吐いているなんてことは露知らず、クリークとトレーナーは二人並んで歩く。

 

「……トレーナー♡」

 

「クリーク……」

 

 熱のこもった視線と、囁くような呼びかけ。

 それは、二人だけの合図だった。

 二人はトレーナー室に足を向けた。

 

 ・・・・・・

 

「それじゃあ、その……うん」

 

「……はい♡」

 

 トレーナーは遠慮がちにクリークの背中に手を回すとそのままぎゅっと抱きつき、胸に顔を埋めた。

 

 ──絶対、ヤバいのに。

 ──絶対、イケナイのに。

 

 二人とも背徳感を持ちながら、クセになってしまっていた。

 お互いがお互いを求めてしまっていた。

 クリークはトレーナーを本当の意味で甘やかしてあげられることに悦びを感じていたし、トレーナーはそんなクリークの胸の中で癒やされる安心感に依存してしまっていた。

 

「……駄目だよ、やっぱ新しい名字で呼ばれることに慣れない。っていうか、慣れるの無理だよ……」

 

「うん……当たり前ですよね。辛いですよね……」

 

 トレーナーは苦しみを吐き出し、クリークはそれを受け入れて静かに頭を撫でる。穏やかで、どこか昏い、二人だけの時間。

 おそらく、今抱えている悩みが解決してもこの時間は終わらないだろう。なにか適当に理由をつけて、今の時間を続けるだろう。

 もう、二人は底なし沼に踏み入れてしまったのだから。

 愛情という名の、深く温かい泥沼に。

 

「……ところで、トレーナーさん。円満に名字を変える方法があるんですけど~……」

 

「そんなの、あるの?」

 

「はい、その……あの、婿入り、っていうのは、どうでしょうか?」

 

「……ウマ娘とするときって、名字どうなるのかな?」

 

「確か、実家の名字になったはずです。だから……」

 

 恥ずかしいのか、クリークの声のトーンが小さくなっていく。

 トレーナーはそんなクリークをぎゅっと抱きしめた。

 

「もし、できるようになったら……その時は一緒になろう、クリーク」

 

「……はいっ!」

 

 数年後、盛大な結婚式を挙げる二人と、

 それを祝う人に紛れた一人のタイ人がいたという。

 期せずして、二人を結びつけるキッカケになった男。

 サムチャイ・ルーマチャイ・ホーマチャイは義理の息子の晴れ姿を泣きながら祝っていたのだった。


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